第69話 2日目 再会と再会
犯人が地区本部へと連行されていくのをぞろぞろと付いていく。
あかね、江口橋、君堂はもちろん、関係者として冷泉と一条も本部へ帯同していた。
おばさんは拘束するわけにもいかないので、冷泉が名前と担当場所だけ聞き出していた。あとで表彰されるのではないかという話だ。
東5の本部へは江口橋がすでに連絡済みで、女性スタッフ総動員で女子トイレの全個室のチェックを行っているらしい。
東5のガレリア側の女子トイレから雀田が出てきたところで鉢合わせた。
「瑞光寺さん、お手柄でした。お疲れ様です……ん?」
雀田の視線が、一条で止まる。
偶然にもお互い同時に目が合い、
「「あっ」」
ふたりの声が重なった。
朝の見本誌チェック以来の顔合わせ。
君堂が顔をそむけ、江口橋が目を丸くしている。
一条も雀田もお互いを見て固まり、ふたりの間に緊張が流れる。
遅れて冷泉がようやく雀田を見て一条を見て、また雀田を見た。
「似ているでしょう」
「ぶふっ」
あかねの言葉が刺さったのか、君堂が耐えられずに吹き出し、冷泉も顔をそむけて肩を震わせる。
「ふふっ……ふふっ……」
上目遣いに雀田を見て、急いで口元を抑えた。
「おっきな……ふふっ、一条が……」
あかねから見れば一条は小さな雀田なのだが。
冷泉から見れば雀田が大きな一条になるようだ。
笑いのツボにはまったのか、ずっと笑っている。
「雀田さん、一条さんにまた会えて良かったですわね」
「私は特に……ねえ?」
同意を求められた一条がうなずく。
ふたりの困惑の表情が、また全く同じで冷泉に突き刺さる。
「やめて……意気投合しないで……くくくっ……」
初めて見る冷泉の姿にすごく困ったのだろう。一条が再び雀田と顔を見合わせると、冷泉はこらえきれずにとうとう声を上げて笑い出した。
完全に犯人のことを忘れていた一行は、連行していた東6ホールの本部員に後できっちり叱られたのだった。
午後に入った。
このジャンルの混雑具合はあまり変わらず、昨日のような完売もない。
列こそできていないが、数人がサークルの前で溜まっている、いわゆる「ダマ」の状態がいくつか見られた。多くは通行を妨げるようなものではない。
君堂のいる定点を中心に巡回を続けているが、今のところ混乱は起きていないようだった。
江口橋に勧められ、隣のハパブロックも巡回ルートに含めている。今の状態で厳密にブロックを分けて運用する意味はほとんどない。
相変わらず列ができているシブロックを横目に外周の通路を歩く。
列ができている分通路が狭まり人の流れに余裕は無いが、サークルにとってはありがたい賑わいだろう。
「瑞光寺さん」
人ごみの中で、聞き覚えのある声に呼び止められた。
声のする方を見ると、パブロックのサークルが手を振っている。
「あ、やっぱり瑞光寺さん」
「高村さんではありませんの」
前回前々回と出会った小説家の高村だった。
今日のジャンルは評論で、アニメのジャンルではなかったはずだが。
「さっきからちらちらと見てはいたのだけれど、お忙しそうで」
「ええ。色々とありましたの」
「お疲れ様」
警察沙汰の大きな事件だが、わざわざ伝えることはないだろう。
解決している以上不安を抱かせるだけだ。
「姉ちゃん……こちらの方と知り合いなの」
「え? あら」
後ろに座る男性が、声を上げた。
サングラスをしているが、確かに聞き覚えのある……というか、数時間前に聞いた声だった。サングラス越しにも分かる整った顔立ち。その青年とは、慣れた地元の駅で顔を合わせていた。
「あなたは大泉の」
「あっ、朝はありがとうございました! 本当に」
「え、何。トシ、知り合い?」
トシと呼ばれた青年が事情を説明する。
通行証を紛失したことは後ろめたいのか、若干しどろもどろになっていたが、姉の高村に問い詰められてあっさりと白状した。
「あなたね……瑞光寺さんにそんなご迷惑を」
「いえ。特に支障はありませんでしたので」
頭を下げようとする高村を止める。
あかねは笑いかけようとしたが、また悪事を企むような顔になってしまった。
通行証を使う予定だった安威のことは見ていないが、恐らく近くから監視をしているはず。言いつけを守って目立たないようにしているのだろう。
「ご姉弟だったとは思いませんでしたわ。世間は狭いんですのね」
「本当に」
「ということは、ご姉弟で同じC96夏に初めてお会いしたということになりますのね」
「えっ、トシにも会ってたの? それはすごい偶然ね」
トシは何か言いたげにしていたが、高村は気づいていないようだ。
「それにしても、先生が来られているとは思いませんでしたわ。てっきり今回ご参加されないものかと」
「ゆっくりしようと思ったのだけど……ちょっと売り子しなければならなくなっちゃって」
「というと?」
高村が弟をちょいちょいと指さすと、当人があわてて頭を下げた。
「この子俳優なんだけど、夏からの新番組に準レギュラーで出ることになってね」
「それはおめでとうございます」
机の上に目をやると、聞いたことのある特撮番組の名前が並んでいた。
少し古そうなものから比較的新しいものまで揃っている。
「ということは、こちらは現場の本ですの?」
「……という誤解を招かないようにするために、私が売り子をすることになったというわけなの」
「ああ、なるほど」
あかねはひと言断りを入れると、一番新しいと思しき本を手に取ってパラパラと中身を見た。
内容は出演者やスタッフのデータをまとめ、代表的な話数の見どころや全体を通しての特徴を解説をしている。正直なところあかねはその番組を真面目に見たことは無かったので、すべてを理解することはできなさそうだ。
ロケ地の紹介で見覚えのある風景がちらりと見えた。
「せっかくだから1部いただこうかしら」
「ありがとうございます。大泉の方にも満足いただけると思います」
「大泉の」
誰に聞かせるともなく繰り返す。このビッグサイトで地元の名前を聞くと、まるで非日常の中に突然日常が現れたような感覚があった。
「高村先生は次回サークル参加されますかしら」
「申し込みはする予定よ。また会えると良いのだけど」
「いらっしゃれば必ずお伺いしますわ。妹がぜひお会いしたいと申しておりましたの」
「それは緊張するわね」
「緊張ですか」
「読者の方と直接お会いするなんて初めてだから」
あかねは意外に思ったが、そういえば素顔不詳の作家だと言っていた。
何か理由があるのだろうかと思ったが、だいたいは見て理解した。美形俳優の姉であることからも分かる通り、同性から見ても高村は美人だ。半端に露出してしまった場合、本業に支障が出そうなことは想像できた。
「すみません、こちら1冊……」
少し話が途切れたところで、あかねの後ろから声がした。
あまりサークルの前で長居してはいけない。
「それでは、また」
「ええ、また」
高村と目であいさつを交わすと、あかねはそっとサークルスペースを離れた。
あとはひたすら巡回するだけだ。ああ、責任者である以上はブロック員の休憩のローテーションと、体調管理に気を配らないといけない。祭りの浮かれた空気の中、得てして限界ギリギリまではしゃぎがちだ。
まだ最終日がある。休んでもらわないといけない。
あかねは1年前に江口橋に休むよう言われていたことを思い出した。
そして、夢の光景まであと1年しかない。
何もできないまま半分まで来てしまったことに、再びの焦りを覚える。
「あのっ」
「あら。トシさん」
「高村トシヤです。ご挨拶遅れてしまって」
「瑞光寺あかねです。お気になさらず」
そういえば名乗り合っていなかったと今更になって思い至る。
高村トシヤはやや中性的な顔立ちで線の細そうな青年だった。色が薄めのサングラスは素顔を隠すに至っていないが、一応芸能人だということなのだろう。
「その……瑞光寺さんのことで少し気になることがあって」
「何でしょう」
「ちょっと上手く整理できていないので後日……SNSのアカウントとか教えていただけますか」
よくあるナンパだろうかと一瞬考えたが、少し後ろに実の姉がいるのにそんなことはしないだろう。ましてや、あの高村夏見先生である。
そして何より、トシヤ本人があまりにも真面目な雰囲気だった。
あかねはそれほど迷うことなく、挨拶用に作っていた簡単な名刺を渡した。
「でも、あまり発信はしておりませんのよ」
「いえ。またDMで連絡します……ああそうだ。ご心配でしょうし姉とも繋がっていただいた方が良いですよね。電話番号を教えますので」
トシヤは高村に許可を取ると、自分の名刺の裏に番号をメモをしてあかねに渡した。
見る人が見れば金ぴかに輝いて直視でないぐらいの価値がありそうだが、あかねは手の中でしばらく持て余していた。
しかし、思考が唐突に中断される。
外周の柱の下に、大きめのボストンバッグが放置されているのを見つけてしまった。
「それでは失礼いたしますわ」
「ええ、また」
雰囲気が変わったことを察したのか、トシヤが戻っていく。
さて、不審物だ。
ひとりで対応するのはやりづらい。誰か他にスタッフがいないものかと見回すと、ちょうどブロック2つ分向こうに江口橋の姿が見えた。
声をかけるとすぐにあかねに気づいて近づいてくる。
「どうした瑞光寺さん」
「……あのバッグ、忘れ物かしら。少々怪しくありませんこと」
柱の下にあるバッグは忘れられているようであり……置かれているようでもある。
最近のコミマの状況を考えると、見過ごすことはできない。
「……対応しないとな」
「ですわね」
「ネノ江口橋から本部へ。不審物対応をお願いしたい。場所は……」
バッグの周りを確保しながら江口橋の無線を聞いていると、東6方面からふらふらと雀田がやってくるのが見えた。手に持っているのは……バッグ。
雀田はふたりを見つけると、安心したように困った表情を見せた。
「江口橋さん、瑞光寺さん、忘れ物が……」
「……」
江口橋とあかねは顔を見合わせると、小さくため息をついた。
「本部から応援が来たら、一緒に対応してもらいましょう」
「……そうだな」
本部スタッフが到着するまでの間、あかねから雀田に不審物を触らないよう注意をする。
何もないことがほとんどだが、万にひとつの当たりの時に命の危険すらある。
外のベンチまで運び、並んで置かれたふたつのバッグ。
本部のスタッフが恐る恐る開き、あかねも中身を覗き込む。
雀田が持ってきた片方の中身は飲み物と本。普通の忘れ物に見える。
「忘れ物、だな」
「インフォメ行きですわね」
「ではこちらも確認してしまいますね」
緊張した空気が緩み、あかねが見つけた方のバッグも同じように中身を確認する。
雀田がゆっくりチャックを開く。
「うわっ」
開けた瞬間、誰のものか分からない声が出た。
時計、電池、あとは弁当箱大の何か。
何らかの時限装置にも見える。
「至急至急! 和泉さんいるか!?」
本部スタッフがホール長に向けて緊急の無線が発信された。
あっという間に警戒レベル引き上げられ、通行規制が実施される。
その時点であかね達は解放され、あとは専門の部隊が対応したようだった。
バッグを開けた関係者ということで、なぜか雀田は本部に連れて行かれてしまった。
言うまでもなく巡回の強化が指示され、スタッフの休憩が吹き飛んだ。




