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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C98夏編
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第68話 2日目 女の敵

 参加者対応を終えたあかねに、君堂がそっと近づいてきた。

 

「瑞光寺さん……楽しそうに英語で話してたけど、今の人知り合い?」

「知り合いと言えば知り合いですわね。お互い顔しか知りませんが。君堂さんも、そういう参加者の方もいらっしゃるでしょう」

「あー、いるね。列作ってるときに見覚えある顔だなーとか思ったりね」


 意外に参加者って個性あるよねーと君堂が笑う。

 背の高いメイド服……の男性がやって来た。髪は後ろにまとめてお団子カバーを装着している。

 なるほど、これで長い髪であるように思わせるのかと感心した。

 

「おっ、瑞光寺さん、お疲れ様」

「雲雀さん。ごきげんよう」

「あはは、お疲れ様じゃないんだ」


 何がおかしかったのか雲雀が笑った。

 隣にいる君堂に気づくと、また違った種類の気安い笑みを浮かべる。

 

「お、君堂さんもいる。お疲れーお久しぶり」

「久しぶり。ちょっとはマシな女装するようになったじゃないの。いいねお団子カバー」

「俺は女装というよりメイド服が着たいだけなんだけどな」

「メイド服を泣かせるんじゃないよ」

「ははは」


 ふたりのやり取りを耳で聞きながら、しかしあかねは別の方向を見ていた。

 目だけを動かして何かを見ている。その様子に君堂が何かを感じたらしい。少し緊張を含んだ声で尋ねた。

 

「どうかしたの?」

「今、外シャッターからこちらに来られている……ロングスカートの方」


 目だけを動かして凝視している。

 気づかれてはいないようだ。特にスタッフ三人のことを気にすることはなく、すぐ横を足早に通り過ぎていく。


「女子トイレから出て来られたのですが、本当に女性かしら」


 あかねの言葉に、ふたりの顔つきが変わった。

 後姿を三人で確認する。

 言われてみると違和感がある。髪の質感がどうも作り物くさいように見えるし、女性にしては背が高い。そこまでは考えすぎと言われても仕方がないが……

 君堂は、ロングスカートが春物で夏コミにはあまりそぐわないものであることに違和感を覚えた。

 雲雀には、骨格がどうも女性らしくないように見えた。

 そしてあかねは、すれ違う時に見た顔が個人差を超えて女性のようには見えなかった。

 

「君堂さん、女子トイレ封鎖して点検した方がいいか」

「緊急かも。あたしと瑞光寺さんはちょっと張るから雲雀さん無線よろしく」

「了解。シャッター脇はうちのマミブロックで面倒見るよ……マミブロック雲雀から本部、取れますかどうぞ……」


 対象から視線を外さず東6方面に向かうあかねと君堂。無線を発信しながら歩き始めた雲雀。

 瞬時にお互いがなすべきことを理解し、即座に実行に移すこの空気が、あかねは好きだった。


「あ、江口橋さんだ。合流した方がいいから声かけてくるね」


 ただならぬ様子の君堂を見て、すぐさま江口橋も合流する。

 歩きながら事情を説明すると、江口橋は硬い表情だ。


「言われてみれば怪しいが、白だったら失礼どころじゃないな」

「いやー、あれは男でしょ……」

 

 三人が追跡していると、対象は東6シャッター脇の女子トイレに狙いを定めたようだ。

 東5の女子トイレから出てそのまま東6の女子トイレに向かう……これは用を足すのではない。トイレそのものに何か用があるとみて間違いない。


「あたし、行ってくるね」


 君堂が帽子と腕章を外し、追ってトイレに入る。

 今日のジャンル配置はあまり女性参加者がいないせいか、珍しく列はできていない。だからこそ、狙われたのかもしれない。

 しかしこの東6ホールは、あかねと江口橋にとっては違うホールになる。何かあった時のことを考えると、東6のスタッフにも事情を知っておいてもらいところだ。

 ちょうどいいところに、ミニ雀田の姿が見えた。クリーム色のスカートが目を引く。

 

「一条さん」

「!」


 見つかってしまったとでも言うように、ニヌ副ブロック長の一条がぎこちなくあかねの方を向いた。

 

「緊急事態なのです」

「また……」


 嫌そうに顔をしかめるが、そういえば1日目に声をかけた時も緊急事態だった。

 そんな時にちょうど現れる一条が、あかねにとっては非常にありがたい。

 

「女子トイレに女装した男性が入っている恐れがあります。冷泉さんにご連絡いただけますか」

「!」

「む。外に出るようだな……瑞光寺さん、一条さん、俺はトイレに入った君堂を待つから、ふたりで監視を続けてもらえるか」

「承知いたしましたわ」


 出てくるのがあまりにも早い。

 一条も緊迫した空気を感じたのか、すぐさま黙ってうなずいた。


「あれは……男っぽいね」


 一条が小さい声で言う。

 シャッターの外に出た対象は、ごみ箱でごみを捨てた後、ホール外のベンチで荷物をごそごそ触り始めた。

 あかねと一条は距離を取りながら、巡回しているように装う。

 すると、思わぬところから声をかけられた。

 

「アレ、お久シブリ」

「あら。奇遇ですわね」


 ここはゴミ捨て場だ。

 ごみの分別をしている係のふくよかな外国人のおばさん。前回も前々回も偶然出会っていた。

 

「怖い顔。どうかシタ?」

「ええ、女の敵を追っていますの」

「? 大変ネ。何か力なる?」

「お気持ちだけでも嬉しいですわ」


 今の段階ではまだ何も確定していない。ただ限りなく怪しい人がいるだけだ。

 気のいいおばさんとも久しぶりの会話をしたかったが、今の状況でそれはできなかった。

 少しの荷物整理を終えた後、対象は余裕の足取りで館内に向かう。

 あかねが会話を切り上げることを伝えると、おばさんは構わないと笑った。

 

「アタシ何か助ケあるとき、あたし『メイニュイ』と呼びなさい」

「メイニュイ? 分かりましたわ」


 それが名前なのだろうか。首をかしげるあかねだったが、おばさんはうんうんと満足そうに笑うのだった。



 ホールに入ってすぐ、冷泉が合流した。三人体制で心強くはあるが、すらりと背が高いあかね、小柄で可愛らしい一条、ふわふわ髪の冷泉。この組み合わせはどうにも目立った。

 

「トイレから出てきてトイレに入って行った、と……ほぼ黒ね。一条、まじまじ見ない。目があったら気取られるわ」

「次に行くとしたらどこかしら」

「ガレリア側のスブロックのところだと思うわ」


 冷泉の言う通り、対象の視線もガレリア側のトイレに向いている。

 少し離れながら追いかけていると、東5から無線が入った。


『マミ雲雀からネノ瑞光寺さん、取れる?』

「こちら瑞光寺です。雲雀さんどうぞ」

『東5トラヤ側、小型カメラらしきもの発見。対象の確保に動いてください、以上』

「承知いたしました。東6トラヤ側は君堂さんが確認中ですわ。以上」

『続けて江口橋から。その君堂も同じく発見したらしい。黒と見て間違いない。以上』

「なんてこと……」

『ネノ江口橋より瑞光寺、東6のスタッフに応援を』

「すぐ隣にいらっしゃるので共有いたします。以上……冷泉さん、対象は黒と見て間違いない、とのことですわ」

「了解」


 ふたりは目配せをすると、すぐさま無線のスイッチを入れた。

 

「冷泉より東6各所。緊急事態です。これから……」

「瑞光寺より東5各所。これより東6にてトイレ盗撮犯の確保に動きますわ。念のため各女子トイレの個室のチェックを実施してくださいませ。以上」


 発信している間にも、少しずつガレリア側の女子トイレへと近づいていく。

 こちらもまた列はなく、すぐさま利用できる状態のようだ。


「私が入ります。一条、確定したらすぐ無線を入れるわ。本部からの応援があると思うから確保に協力して。瑞光寺さん。間に合わなかったら協力をお願い」

「承知いたしましたわ」


 あかねの返事と一条が無言でうなずいたのを確認すると、冷泉は対象を追って女子トイレへと入った。


「瑞光寺さん」

「江口橋さん」


 追いついた江口橋の姿を見て、あかねは心強さを感じた。

 君堂は東6ホールの外周シブロック員と共にトラックヤード側女子トイレの対応に当たっているらしい。

 一条は落ち着きなくトイレと本部の方を交互に見ている。

 すると、びくりと一条が反応した。冷泉からの連絡があったようだ。

 同時に東6本部からの応援がふたり到着する。間に合ったと胸をなでおろすのも束の間、対象が女子トイレから出てきた。

 

「カメラ、あったらしい……です」


 東6本部のふたりがそっと対象に近づく。声をかけようと肩を叩いた瞬間、脱兎のごとく走り出した。

 人の多いガレリア側を見て、トラックヤード方面へと身をひるがえす。


「くっ」


 江口橋が手を伸ばすも、ギリギリで振りほどかれる。

 それほどの混雑がない外周。真っすぐではなくとも走ることはできた。犯人にとって実に都合のいい人の密度。

 あかねも江口橋も後を追うが、人生の終わりから必死に逃げる犯人と、スタッフという立場から人にぶつからないよう配慮するふたりでは、明らかにスピードに差が出てしまう。

 逃げられる。

 しかしあかねは、その先に大柄な女性……あのゴミ捨て場のおばさんを見つけた。

 あかねは力いっぱいに叫ぶ。

 

「メイニュイー!」

「アッ、女の敵カ!?」

「是! その通り!」


 それを聞いたおばさんは、走って来る『敵』を見極め、カッと目を見開いた。

 左足を大きく前に出し、腰を落とす。

 そして、後ろばかりを気にする犯人の首に向かって、遠心力の乗った右腕をものすごい勢いでスイングさせた。


「女の敵ハ、死ネ!!」


 怖い片言の日本語がホールに響き渡り、重い大きな音がホールに響いた。

 本当に死んだかもしれない。

 目撃した誰もがそう思った。

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