第67話 2日目 列はできている
今回2日目の東5ホールはあまり混雑しないという予測だった。
しかし開場のアナウンスと同時に、トラックヤード側の外周に面したお誕生日席に、あっという間に人が群がった。
ブロックの真ん中である定点であかねと一緒にいた君堂が声を上げる。
「瑞光寺さん」
「承知いたしましたわ」
人通りの少ない通路では急ぎ足を邪魔されることもなく、あっという間にお誕生日席へとたどり着いたのだが……
そこにあったのは、整然と2列に並べられた列。
「お疲れー、列作ったけど札が無いからもらえるかな?」
ブロックの最年長である小竹が涼しい顔をして立っている。
あかねが最後尾札を渡していると、少し遅れて君堂が追いついた。
「さっすが小竹さん。鮮やかー」
「いやいや。もっと言ってよ」
楽しそうに笑っている二人。
小竹は人のよさそうな男性で、おじさんを自称しているがそれほど年を感じさせない。表情が明るく、動きがきびきびしているせいだろうか。
顔や手には確かに年相応の年季があるのだが、雰囲気が若い。
「ああ、札ありがとう……すみません最後尾の方、札をお願いします」
最後尾札を渡したものの、小竹は少し難しい顔になる。
外周はそれほど人通りがあるわけではないが、このまま通路に置いておくには列が長すぎる。
「瑞光寺さん、列伸ばすんならこのまま非常口から出すか、柱沿いにホール内に置くかどっちがいいかな」
「ホールまたぐと面倒かもね」
「そんなに伸びないと思うがなあ……違う違う。瑞光寺さんに聞いてるの」
君堂にくぎを刺すと、あかねの方を向く。
視線を感じたあかねは、真っ直ぐ非常口を指さした。
「非常口方面に。ひとまずホールで収まるようにお願いしますわ」
「ほいほい了解」
言うや否や手早く列を切る小竹。
切った前の方がかなり長いが、頒布が進むうちに短くなるのを待つつもりらしい。人通りがあまり激しくないからこそ使える手だという。
「ここパケットだけど、誰か新人さんに練習してもらう?」
「ああ、それは良いですわね。雀田さんを呼びましょう。君堂さん、呼んできていただけるかしら」
「了解ー、そのあと定点に付いてるね」
君堂はさっと身を翻すと、指示の通り雀田を探しに行った。
その背中を二人で見送る。
「相変わらず元気だな」
「君堂さんとは長いんですの?」
「まあ長い付き合いではあるなあ。何年かごとに……いや、コミマよりそこそこの規模のオールジャンルで一緒になる方が多いか……ああ、こちら最後尾ではありませんので、後ろのあの列へ」
雑談しながらも列の管理を忘れていない。
また、声を少し大きくして周囲の参加者にも聞こえるように話していることに気づいた。そしてスタッフ同士で話すときよりも、少し声が低く、心なしか上を向いている。
何人かが最後尾に向かっていったところを見ると、誘導の意図は伝わったらしい。
あかねが感心していると、小竹が少し声を抑えて言った。
「おや。瑞光寺さん。お隣が怪しい気配がするね」
「お隣?」
小竹の指す方向を見ると、隣の隣……パブロックの誕生日席あたりで人の流れが悪いように見える。
数人立ち止まっている人もいて、少し通行の妨げになっているようだ。
「わたくしが見てまいりますわ」
「おう、頼むね」
あかねが近づいていることに気づく参加者たちの視線が集まったような気がした。
「通路では立ち止まらないようにお願いいたしますわね」
何人かはそれを聞いてふらりとその場を離れる。
パ30aのサークルが準備中だ。この様子だと遅刻で今来たのか、搬入物の受け取りが遅れたのかだろう。
明らかにまだ準備中だが、人気サークルの本を手に入れるために準備の間すら待つつもりなのだろう。何人かは遠巻きに立ち止まって様子を伺っている。
しかしあかねが1秒目を合わせると、気まずそうにその場を離れてゆく。
順番に周囲を見ているうち、いつしかあたりに立ち止まる人はいなくなった。
「ふむ。平和ですわね」
立ち止まる人こそいないが、明らかに周囲を歩き回る人は増えている。
列ができるかを伺っているのだろうか。
それでも通行に支障はないため、特に声をかけるようなことはしない。
立ち止まる気配がある人をあかねが見るだけで、足早に去っていく。
(何も言わずともこちらの意図を汲み取ってくれる参加者の方が多いですわね)
あかねは感心していたが、何のことは無い。あかねの放つ雰囲気に怖気づいているだけである。
何人かあかねの前に立ち先頭をアピールしようとしたが、物理的に上から見下ろされる角度、めったに見ない整った顔立ちの女性に真っ直ぐに見られる圧力。
スタッフの指示など無視するような輩さえ、長くその場に留まることはできなかった。
「あっあっ、ごめんなさい瑞光寺さん!」
「椎名さん。ごきげんよう」
短いポニーテールがふりふりと揺れる。
申し訳なさそうに笑うという器用な表情を見せながら、メイド服のハパブロック長、椎名が現れた。
「こちら遅刻で来られて受付まだなんですよう!」
「そうでしたのね。それでは先に椎名さんにお知らせすれば良かったかしら」
「いやー、もっと混むと思ったんですけど、思ったより落ち着いてるから全然!」
そう言うと椎名はサークル受付を開始し、列の形成についても相談を始める。
それを背中で聞いていると、あかねは矢原の姿を見つけた。そういえば矢原の希望で見本誌回収後は休憩時間だった。
ふくよかな体型はブロック業務では目立っていたが、このジャンルの参加者の中では標準体型のようだ。
「矢原さん。ごきげんよう」
「あ、はい……今休憩中っすので」
「もちろん存じておりますわ。そのために朝しっかり見本誌回収していただいきましたもの」
「いや、ええ……いつもの傾向だともうとっくに列ができてるものと」
「ご覧の通り、皆様サークルさんが準備を終えられるまで、立ち止まるようなことはございませんわ。さすがですわね」
それを聞いた矢原はあからさまに眉をひそめるが、半分口を開いただけで言葉を飲み込んだようだった。
ネブロックの方から、元気に列を誘導する雀田の声が聞こえてきた。パケットになった列を取り扱う練習を始めたのだろう。
ここのサークルも、列ができたら練習に使えるだろうか。
「椎名さん列はどうなさいますの?」
「あ、問題ないです!」
問題ないの指すところが分からず、あかねは首をかしげる。
しかし矢原には分かったようだった。
「ああ、そういうことか……」
そうつぶやくと、矢原はトラックヤードへ出るシャッター方面に歩いていった。
まだ事態が飲み込めないまま、あかねは立ち止まろうとする人に注意を促す。
「もう少しだけ散らしをお願いしていいですか。瑞光寺さん!」
「ええ、構いませんわ」
ネノブロックの状況把握にはそれほど困らない。定点には君堂が付いている。
椎名は少しだけ離れると、パ30を伺っている幾人かにそっと声をかけた。
そして声をかけられた参加者は、矢原と同じようにそっと外へと向かう。その先を見ると、シャッターの真下あたりに動かないサークルの列があった。
ここでようやく理解ができた。このサークルの列はあのシャッターのところに作っているのだろう。
混雑が少ないとはいえ、このサークルを買おうとしていた人たちが一斉に集まると、あっという間に通路をふさぐ規模だ。参加者にとっては少し歩くが、列の形成は落ち着いて安全に行える。
椎名の明るい笑顔の下でこんなことを考えていたのかと感心した。
椎名がパ30aの列を連れてくると、あかねはお役御免となった。あとはハパブロックの若手を中心に列の管理を行うという。
定点に戻ったあかねは、ネノブロック全体で異常がないことを確認する。今日は雰囲気がのんびりしている。昨日の混雑を考えると同じイベントとは思えない。
しかし人の密度は低いわけではない。ジャンルの特性なのか、じっくりと立ち読みする人も多いように見える。そして本をたくさん買っていく人が多い。気に入った初めてのサークルの本は全部買ってやるとでもいうような勢いだ。
それゆえに、荷物整理が大変そうだ。
多くは邪魔にならない柱の下や外のベンチで整理しているようだが、まれに腰を下ろして座り込んでしまう参加者もいる。
外向きに頒布しているシャッターサークルの真後ろ、通路に少しはみ出して荷物を整理する参加者がいた。
「申し訳ありません、館内での座り込みは……あら」
あかねはその姿を見て、言語を切り替えた。
『お久しぶりですわね』
『え? ああ君は!』
前回のC97冬で出会った外国人参加者だ。
あかねのことを覚えていたようだが、どうやら覚えられていたことに驚いているらしい。
『今日はおひとりですの?』
『その通り。寂しい限りさ』
『海外からだと苦労さないますわね』
『ほんの数時間さ。今となってはその時間も愛おしいね』
あかねはその言い回しが少し気になった。
まるで今回が最後のような雰囲気だ。
『どうかなさいまして?』
『これから丸2年来ることができないんだ。兵役でね』
『兵役。そうなんですの』
『もしかしてお連れの方も』
『そう。ひと足お先にお役目に就いている』
参加者にはそれぞれ事情がある。外国人ともなるとさらにその違いが顕著になるのだろう。
そしてあかねは、思ったより彼が若年だったと気付いて心の中で詫びた。
『そうなると長い休みが取れる保証が無いからね。今回はもう両手に一杯買ってやろうと思ってさ』
『税関で止められませんこと?』
『ははっ、至って合法さ。今日のところはね』
後半を強調し、あからさまなサムズアップ。つまり明日も参加予定なのだろう。彼の幸運を祈るばかりだ。
『それじゃ、また……次に会うのはC103冬、かもね』
『そう、ですわね。ああそうだわ』
『何だい?』
『次に荷物整理されるなら、ホールの中ではなくホールの外でお願いしますわね。座り込みは禁止ですの』
一瞬目を丸くすると、大げさに肩をすくめて笑って見せた。
『これは失礼。次こそはルールを守ることにするよ』
『これから叩き込まれますものね』
『そうさ。次は失敗しないよ。ご期待ください』
彼はそう言うと、本を求めて隣のブロックへと去っていた。
力強く歩む背中を見送りながら、あかねがつぶやく。
「C103冬……」
三桁の開催回は、まだ現実感が薄い。
間違いなく先の予定にはあるのだが、それが危ういことをあかねだけが知っている。




