第66話 2日目 一条さんと雀田さん
そんな三人の前を、白いワンピースが通り過ぎた。
切り揃えた真っすぐの髪もあって、清楚というより無垢。
悪く言えば……身長があまり高くないこともあり、中学生ぐらいの子供に見える。
「お疲れ様ー」
「あら、一条さんご機嫌よう」
「お疲れ様です」
三人それぞれに声をかけられた一条は、小さく「お疲れ様」と言って頭を下げた。
君堂は直接同じ担当になったことは無かったが、冷泉美弥子の後輩であるらしいとは聞いている。
スタッフ証に「副ブロック長」とあるが、あまり責任者らしくはない。
「昨日はありがとうございました。非常に助かりましたわ」
丁寧な瑞光寺に、一条はなぜか戸惑っているように見える。
昨日熱中症のサークル参加者の対応があったことは聞いていたが、一条に手伝ってもらったということなのだろう。
口数が少ない。コミマの女性スタッフにしては珍しいタイプのように思える。
「そういえば」
そう言って瑞光寺は、一条の隣に雀田を立たせた。
「似てますわね」
「へ?」
「プッ」
雀田は困惑し、君堂は吹き出した。
瑞光寺は大まじめにうなずいている。
「そう、ですか?」
なるほど、身長差こそあるが、切り揃えた髪と切れ長の目といった特徴が非常によく似ている。
今はふたりとも戸惑っているので、表情まで同じだ。
君堂も納得してうんうんうなずく。
「姉妹みたいだね」
「「ええっ!?」」
思わず顔を見合わせるふたり。
息が合いすぎている。君堂は大笑いしたいところだったが、本気で困惑しているふたりの前では自重した。しかし、似ている。
雀田の身長が平均よりやや大きく、一条は逆に小さいため姉妹で髪型を揃えていると言われれば納得してしまいそうだ。
「そういえば初対面かしら」
はっとした雀田が居住まいを正し、戸惑いながらも名乗る。
「あ、ネノブロックの雀田です……」
「ニヌの一条です……」
こんなに似ているふたりが偶然隣同士のブロックを担当することになるとは。
開場前ながら、今日一番の瞬間かもしれないと君堂は考えていた。
「そうだわ。ふたりで組んでサークル受付をしたら面白いのではないかしら。ニヌブロックのお手伝いということでやってみませんこと」
「「ええ……」」
とんでもないことを言うお嬢様だ。ブロック越境どころかホールの越境である。
何かあった時に責任がややこしくなるのだが、言い出しっぺは責任者である副ブロック長で、やらされる方も副ブロック長である。もはやなんでもありな気がしてきた。
言われたふたりはまたしてもお互い顔を見合わせているが、何も言わずニヤニヤしている君堂を見て助けは無いと諦めたようだ。
「申し訳ありません、お嬢様の指示ですので少しだけ……」
一条はため息をついてうなずいた。
ちらっと恨みがましい視線が届いた気がしたが、君堂は別の方向を見て気づかないふりをした。
それから急遽、越境コンビによるサークル受付が開始された。
そっくりなふたりが机の前に立ち、分かりやすく戸惑うヌブロックのサークル参加者。
背中では困惑しているが、案外チームワークが良いふたり。初対面であるのに加え、雀田はまだ2回目のスタッフ参加のはずだが、挨拶とチェックが分担され流れるように受付が済んだ。
ふたりが同時に頭を下げた瞬間のシンクロぶりに、君堂は思わず口とお腹を押さえた。
三つのサークルを連続して受け付けると、ふたりが戻ってきた。
戻ってくるときの表情も生き写しだ。
「何がしたかったのですが、瑞光寺さん」
「あら。見たいものが見られて満足していますわよ」
「コスプレの仕返しですね……」
「何のことかしら」
何だか分からないが、雀田も苦労しているようだ。
一条も釈然としない顔をしているが、雀田が面と向かって文句を言ってくれた以上黙っているようだ。
君堂にとっては、参加しなかった昨日の分も含めてお釣りがくるほど楽しい時間だった。
楽しさは、意外なところに転がっているものだ。
※
あかねが担当するネブロックにようやくサークル参加者が増え始めた。
少し出遅れたが、ネブロックのサークル受付を開始する。雀田と回るのは初めてなので少し妙な気分だ。
ベテランサークルが多いこともあり、受付の作業で困るようなことは無かったが……
「やはりコスプレしているときの方が、スムーズに受付が進んでいる気がしますわね」
「そうですね。何といっても存在感が違いますから」
見本誌バッグを担ぎなおし、力を込めて雀田が言う。
一番楽しんでいるのは、一番経験の浅い彼女なのかもしれない。
始まる前こそ「化粧が汗で落ちる……」とブツブツ言っていたが。
「おじょ……瑞光寺さんは、コスプレをした方が良いと思います」
「雀田さん」
「コスプレをした方が良いと思います。大事なことです」
「あなたの趣味ではなく?」
「趣味と実益です」
正直な雀田だった。
どっしりと重い同人誌。実際に訪れた廃墟をベースにした架空の場所をカラーイラストで表現した作品たち。ページ数もそれなりにあるが、何よりフルカラーでインクが乗っている。
細部まで丁寧に描きこまれたイラストは、すべてのページで妥協がないように見える。
「美しい」
「あっ、ありがとうございます」
「素晴らしいですわね。この作品たちを活かすのにフルカラーを選択されたのですね」
少しくすんだ色の表現が、現実とイラストの不安定なリアルさを感じさせて引き込まれる。
見れば見るほど細かく書き込まれたイラストであることが分かる。
「解像度の限界までチャレンジされていますわね……」
本来見本誌のチェックというものは、頒布して問題ないかを確認するものであり、本の中を堪能するものではない。しかしあかねは、せっかく縁があった本なのに中身をパラパラを確認するだけというのはあまりにも勿体ないと思ってしまう。
今は時間に余裕があるということもあって、じっくりと鑑賞していた。
「これだけ細かい作業をなさっているのに、新刊が3冊もおありですのね。素晴らしいですわ」
「いえ……絵を描くことしか能がないですので」
「何をおっしゃいますか。絵を描くことしか能のない方が、ここにいらっしゃるわけがありませんわ」
あかねの真っ直ぐな目に、サークルの男性がやや怯む。
コスプレしていなくても、その目には射貫くような力があった。
「サークル活動というのは、総合マネジメントだと聞いたことがあります。作品を作るだけではありません。印刷所に申し込む形式を整え、頒布部数を見極め、当日の展示方法を決め、宣伝をし、当日は搬入し、お金の管理をし、お隣さんや知り合いとの交流もこなし、一般参加者への対応もする。場合によっては……」
「瑞光寺さん。落ち着いてください」
「あら、失礼いたしましたわ」
熱く語る間に、雀田が残りの見本誌のチェックを終えている。
成年向け頒布物ではないため特に手が止まるような部分もなく、スムーズに完了できる。
その間ずっとあかねは語り続けていた。
「ともかく、ここにいる皆様は、大変なマネジメントをなさった上でここにいらっしゃるのです。参加なさっているだけでも素晴らしいわ」
「あ、ありがとうございます……」
問題なく受付を完了したことを雀田が伝えると、サークルの男性は明らかに安心したような表情になった。
額に浮かぶ汗は、暑さのせいなのかこの受付のせいなのか。
「戸惑っていらっしゃいましたよ」
「サークル受付は難しいですわね」
まだ受付が終わっていないサークルを確認しようとしたところで、後ろから声をかけられた。
「お疲れ様。時間があるのなら、サークルと会話するのはいいことだ」
「江口橋さん。どうしてここへ。ノブロックのガレリア側の受付はどうなさいましたの」
「めどがついたから小竹さんに任せた。あとは来ていない3サークルだけだ」
「そんなに早く……」
「今日はサークルさんも早く来ているところが多かったからな」
それにしてもこれほど早く終わるものだろうか。
あかねと雀田が担当している島は、まだ4分の1程度は残っている。
「瑞光寺さん、私向こうを見ていましたが、おふたりがそれぞれ別々に受付をなさっていました……だから二倍の速さです」
つまり、aの受付とbの受付を同時にしていたらしい。
重い本を持ちながらの登録受付になるが、男性ならそれほど苦にならないのかもしれない。
江口橋は雀田のバッグが本で膨らんでいるのを見て、手に持っていた空のバッグと交換した。代わりに本部へ持っていってくれるようだ。
「ベテランがふたり揃えばそうなる。その方が早いしな」
「そうなんですの」
あかねは、もう少し場数を踏めば自分にも可能だろうと思った。
雀田は、自分にはまだ無理だと思った。
「それであの、江口橋さん。さっき交流した方が良い、と」
「雀田さん、サークルの立場で想像してみてください。淡々と事務的に処理するスタッフと、しっかり本を見たり体調を気遣ってくれるスタッフ、もし困った時どちらに助けを求めますか」
「なるほど」
スタッフに頼る場面など無い方がいいが、いざという時にスタッフを頼るハードルは低い方が良い。
雀田はそれなら自分にも可能かもしれないと思えた。
それぞれの思いが暑い空気の中で混ざり合いながら、C98夏の2日目が始まる。




