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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C98夏編
72/171

第63話 1日目 招かれざる

「落ち着いてください! ねっ!」


 メイド服の椎名が、必死になだめている。

 黒セーラーのスカートをなびかせながら、あかねは足早に椎名に寄る。


「椎名さん、どうかなさいまして」

「あっあっ、瑞光寺さん……助かりました」


 サークルの男性が、机越しにふたりの男を睨みつけている。トラブルだろう。

 一触即発。

 真夏の不快指数が高い空気の中で、頭が冷える要素はない。


「椎名さん、無線は……ああ、外されていますのね」

「無線? ああっ!」


 外していたことを忘れてしまっていたらしい。

 慌てて耳にイヤホンをして、気づかなかったことと自分が無事であることを発信している。

 さて。

 あかねは睨み合っている男性の方を向いた。短い金髪に耳ピアス。少々場違いな感じがするこの男性を、あかねは知っていた。


「あら」


 あかねは思わず声を上げた。

 

「淡野さんではありませんの」

「え?」

「あ、ほっ、ほらお兄ちゃん、漫画革命のときの……朝机を交換してくれたって言ったじゃない」

 

 その淡野の後ろには、朝に顔を合わせたReikaがいた。

 

「Reikaさん、何かございまして?」

「あの……この人たちが、兄の本を笑って……」

「兄の本? まあ。淡野さん、本を出されたのですか。素晴らしいですわ」

「あ、どうも……あ、あの時のスタッフさんか。コスプレしてて分からなかったっす」


 淡野の雰囲気が和らぐ。

 知り合いが間に入って、少し落ち着いたらしい。


「ところで、笑った、とは」


 次は淡野と対峙していた男ふたり組の話を聞く順番だ。

 あかねの迫力ある目に、男は一歩後ろに下がる。

 

「な、何だよ」

「どのような感想を持つのも自由ですが、作者の方を傷つけるような感想は胸にしまっておくべきですわね」

「は? 感想? 中身なんて読んでねえよ。なあ」

「そうそう。小説書いてるってだけでウケるんだけど」

「な。オタクじゃん」


 完全に馬鹿にした態度に、淡野が右手を強く握りしめる。

 

「お前ら……」


 淡野が何か言おうとする直前、あかねは大きく一歩踏み出し、淡野と男の間に立った。

 男ふたりのうち片方の目をじっと見据える。


「ここをどこだと思っておいでですの?」


 切れ長の大きな目。ストレートの黒髪に黒セーラー服が、何か怪談めいた迫力を感じさせる。

 ふたりは背中に冷たいものを感じたが、自分からケンカを売っている自覚があるので虚勢を張る。

 

「オ、オタク祭りだろ? こんなところに来てるってだけでも面白いのに小説って」


 精一杯笑おうとするのだが、目の前の黒い女の圧に口元が少し引きつっている。

 

「何がおかしいのか分かりませんわね」

「な、何なんだよあんた」

「ここを担当するスタッフでございます」

「あんたコスプレ? へえ、美人じゃん。こんなとこにいるなんて勿体ない」

「おっしゃっている意味がよく分かりませんわ。あなた方は一体何をなさりたいのかしら」


 半分は自分に矛先を向けるために言ったが、半分は本当に理解できていない。

 この暑さで理解力が鈍ったというわけでもなさそうだ。

 あかねには、ちゃんとした会話になっている気がしない。

 

「こいつら、俺を笑いに来たんですよ」


 少し落ち着いただろうか。淡野は少し落ち着いた様子であかねに言った。


「笑いに?」

「ちげーよ応援だよ、応援。せっかく遊びに誘っても大事な用があるっつって。だから来たんじゃんわざわざこんなオタクの巣にさあ」

「お兄ちゃん……」


 不安そうなReikaの声。

 それは兄が逆上しないか心配しているのと、自身や周囲にも危害が加わるのを恐れているように聞こえた。


「それで、作品も見ずに笑いに来た、ということですの」

「いやいや、作品見る必要ある? こいつが小説なんて書いてるってだけで十分笑えるんだけど、マジギャグ漫画」


 あかねは男ふたりから一瞬たりとも目を離していないが、後ろの淡野が怒りのためか息が荒くなっているのが分かる。

 スタッフは公平であるべきだろうが、今は誰の味方をすべきか明らかだった。

 射殺しそうな目でふたりを見た後、あかねは優雅に振り返って淡野に笑みを見せる。

 それは、淡野が一瞬で冷静さを取り戻すほどの、真っ黒い笑みだった。周囲が息を飲む。

 あかねは机の上の本を手に取る。

 

「小説、ですのね。この間おっしゃってた通り。有言実行、素晴らしいではありませんか」

「あ、ありがとうございます……」

 

 たった8ページの、100円で頒布されているコピー本。

 それが淡野の初めての本だった。

 

「ここは作品を発表する場ですの。作品を発表したい人が来て、読みたい人が来る場所……お分かりかしら」

「な、なんだよ」

「作品も読まずに笑うなど、無粋ですわね。失礼……」


 あかねは男ふたりの前で、堂々とコピー本を読む。

 呆気にとられる周囲のことなど全く気にする様子もなく、ぺらりとページをめくる。

 

『いかなる時も優雅たれ』


 叩き込まれた仕草は、コピー本をめくる姿にさえ品を感じさせる。

 

「まあ」


 2分もしないうちに、読み終えた。

 最後のあとがきに目をやりながら、あかねが感想を口にする。

 

「淡野さん。短いですが、面白いですわね」

「えっ、あ、ありがとうございます」

「……あとがきに書かれていましたが、これから長い作品にも挑戦されるおつもりなのですね。向上心があってすばらしいですわ。よろしければ1冊取り置いていただけますかしら。今購入するわけにはいきませんが、後で参ります」

「え、ええ。もちろん」

「ありがとうございます。さて……」


 あかねは再度振り返り、立ち尽くしている男ふたりに相対する。

 

「お読みになっていませんでしたわね」

「は、は? なんでそんな」

「例えば」


 言葉を遮って、あかねがにやりと笑う。

 怪談に出てくる怪異そのものの空気を纏って。

 

「料理を見て食べもせず、ただ作った人を笑うような人間がいたとしたら、どう思われます」

「う……」

「まずければそう言えばいい、そう思いませんこと?」

「……チッ」


 気圧されたふたりは、悪あがきのように舌打ちをして、薄い本を手に取る。


「そう、立ち読みは自由ですわ」

 

 案外大人しく、コピー本を手に取るふたり。

 一帯を支配していた緊張が、ようやく緩んだ。集まっていた野次馬も、あかねが一瞥すると次々に立ち去ってゆく。

 

「あ、ありがとう瑞光寺さん……助かりました」


 申し訳なさそうな淡野に、優雅に礼を返す。


「いえ、ノブロックはわたくしの担当ですのに。むしろ気づくのが遅れてしまって申し訳ありません」

「そちらのメイド服のスタッフさんも、ありがとうございます」

「いえ、私は……」


 椎名はあかねの方にすがるような目を向ける。自分は役に立てていないと言いたいようだったが、


「椎名さんの仲裁が無ければ、危なかったですわね。夏は、熱くなりやすいですし」


 それを聞いた椎名は黙って頭を下げた。

 建前と理解していても、役に立てたと言われると救われる気分だった。

 

 

 小説を読み慣れていないであろうふたりでも、少ないページを読み終えるのにそれほど時間はかからなかった。

 だが本を閉じたふたりの表情は晴れやかではない。

 

「いかがでしたかしら」

「なんか……よく分かんねえよ」

「そうですわね」

「えっ」


 率直な感想を肯定したあかねを、淡野が目を見開いて見る。

 Reikaと椎名も同じようにあかねのことを見た。

 

「こちらの作品は二次創作です。元になる作品があって、その世界観やキャラクターを描いたもの。前提知識がないとちゃんと楽しめませんわね。それに、小説としてはとても読みづらいですわ。自分の頭の中のイメージが先行していて、文章に反映できておりませんもの。読み手のことが考えられていませんわね。地の文が足りず、誰が話しているのかも分からないですわ」

「うっ」


 あかねの容赦ない感想に、淡野が胸を押さえる。

 敵なのか味方なのか分からない。そうReikaが思っていると、ふっと雰囲気が変わった気がした。

 

「ですが、初めての小説ならこんなものではないかしら。それに」


 見とれるような仕草でページをめくり、最後のシーンを示す。

 

「最後の握手の場面……『書きたい場面はここだ』と、伝わってきましたわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 淡野は、読み取ってもらえたことが嬉しかった。

 突き刺さるような痛烈な感想の後だけに余計にそう思う。


「お、俺もそんな感じ……誰が誰だか全然わかんねーし」

「ラスト前なんか誰がしゃべってんのか」

「あら。きちんと読まれましたのね」

「あんたが読めって言ったんだろ」

「そうでしたかしら。わたくし、食べずに料理の評価ができるのかとはお尋ねしましたけど」

「チッ……」


 彼らは感想を口にした。ちゃんと読まなくてはできない。

 言われて本を手に取ったことからも、思ったより素直なのかもしれない。


「あなたがたが思っていたような『オタク』でしたかしら?」


 ふたりは答えない。

 あかねから発せられる突き刺さるような雰囲気はいつの間にか消えていたが、気づいてはいないようだ。


「作品として未熟なのは間違いありませんわね。ですが、これを本にして頒布までたどり着いた淡野さんは、大作を書くと口ばかり達者で完結させないような何万人よりも前にいますわ。自分の頭の中にあるものを形にして世の中に送り出す苦労と、それを成し遂げた偉大さ。お分かりかしら」

「瑞光寺さん、もういいっす……」


 他意のない率直な感想だとは分かっているが、慣れていない淡野はなぜかいたたまれない気分になる。前半はともかく後半は持ち上げられすぎだ。これまで感じたことがないくらい、胸が熱くなる。

 淡野はじっとふたりを見て、自分でも驚くほど落ち着いて言った。

 

「悪い。もう来ないでもらえるか。茶化されたくない世界なんだ」

「ああ……」


 落ち着いてきた今、ふたりはちらちら冷たい視線が刺さるのを感じている。

 それはそうだ。今さっきまでふたりが笑っていた対象は、ここにいる大多数もまた同じなのだから。

 無言の圧。肩身が狭い。

 そんなふたりを、あかねはじっと見ていた。最後にやるべきことがあるのでは、と言外に伝える。

 

「……その、悪かったな」

「俺も……」


 ふたりは目こそ合わせなかったものの、淡野に謝罪した。

 淡野は短く「いいから、行ってくれ」と答え、それを聞いたふたりはそそくさと出口に向かって去っていった。


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