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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C98夏編
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第62話 1日目 傷病者

 瑞光寺あかねは、ブロックが順調であることを感じていた。

 混雑はしているが、大きな混乱は起きていない。

 小竹、矢原、朝日の個人の力量と、倉敷、児島、雀田の飲み込みの良さ、そして何より全体をフォローして回る江口橋の献身。うまくかみ合ったネノブロックは、信じられないほどの少人数で回っていた。

 もちろんいくつかの小さい混乱は見られるが、破綻するほどではない。ギリギリのところで江口橋が上手く立ち回っている。凄い。

 

「あっ、お疲れ様です! 瑞光寺さん無線ありますか!」


 児島の声が聞こえたかと思うと、転がり込むようにしてあかねの前に飛び出してきた。

 額には大汗を浮かべている。

 

「児島さん、どうかなさいまして」

「多分熱中症です。怪しい人がいます。ネの08なんですけど」


 すぐ近くだ。

 無線を発信しかけて、あかねははっと気が付いた。

 

「それなら東6に応援を求めましょう。本部はすぐそこですわ」

「そ、そうですね」


 無線で東5本部から応援を呼ぶよりも、早く対応できるだろう。


「江口橋さん江口橋さん。瑞光寺です。定点を離れますのでお聞きでしたら代わりにお願いします。以上」

 

 一言発信して、すぐに問題の場所へと向かう。その途中、江口橋から短い了解の応答が入る。

 児島に案内されたネブロックのサークル、比較的人混みが少ない先に、スペース内で力なく座っている人が見えた。

 

「ああ、あの方ですね」


 スペース番号確認。ネの08b。

 あかねは児島に対応してもらい、自分で東6の本部へ申し入れた方がいいかと考えた。

 近くに東6のスタッフがいれば話は早いのだが……と見回してすぐそこに、見覚えのある姿が見えた。

 前回の冬コミで顔を合わせた……東6の一条だ。

 

「ああ、一条さん。よろしいかしら」

「!」


 ミニ雀田こと一条は急に名前を呼ばれたせいか、驚いた表情であかねを見ている。前回の冬コミで冷泉と共に途中で帰ったサークルの対応をしていた。

 ちらりと見たスタッフ証には東6ニヌブロックの副ブロック長とある。責任者なら話は早い。

 

「緊急事態です。ネの08に熱中症疑いの方がいらっしゃいます。東6の本部に車いすがあるか、確認していただけませんこと」

「……持ってくる」

 

 一条は表情を引き締めると、うなずいて本部へと足早に向かう。

 その背中を一瞥すると、あかねと児島はサークルスペースへと近づいた。


「お疲れ様です。お辛そうですが、大丈夫ですか」


 声をかけられた若い男性は、児島の声にわずかに反応を見せる。

 女性の体調不良者は多いが、目の前のがっしりした体系の若い男性でも油断していると体調を崩す。

 

「だい、じょうぶ……」

「いや、ダメだろ!」


 同じスペースにいる眼鏡の男性が声をあげる。

 確かに、誰から見ても大丈夫そうではない。

 どうも「大丈夫ですか」には反射的に「大丈夫」と答えてしまうパターンが多いようだ。特に意識が怪しいところにこの質問は適切ではないのだろう。

 それに気づいたあかねは、わざと強めの言葉を選ぶ。

 

「涼しい部屋でお休みになられた方が良いようにお見受けします。よろしいですね」

「う……」

「すみません、お願いしていいですか」

「もちろんです」


 同じサークルの男性から了解を得た。

 ホールの間のこの極端に湿度の高い空間より、救護室にいる方がよっぽど良いだろう。

 

「瑞光寺さん、お待たせしました」


 いいタイミングで車いすが到着した。しかし、押しているのは……


「冷泉さん、ごきげんよう」


 ふわふわ糸目の冷泉美弥子だ。

 今回も東6のニヌブロック長のようだ。

 

「一条から聞いています。救護室でよろしいのね?」

「ええ、ご了承いただきましたわ」

「でもどうしましょう。08だから島の真ん中です」


 児島の言う通り、この島はお誕生日席が06と12。また運の悪いことに07に搬入量が多めのサークルが配置されていて、島の端から車いすで迎えに行けそうにはない。

 しかし、手が止まった一瞬に、隣から助け船が出た。

 

「机動かしましょう」


 同じ机のネ08aのサークルだった。緊急事態を察してくれたらしい。

 サークル側から申し出があると、スタッフとしても大変ありがたい。


「ではこちらもいったん頒布止めますね……すみませーん、ちょっと頒布止めるんで、この場所開けてください!」


 ネ09abのサークルも、こちらの様子を気にしてくれていたらしい。

 

「すみません、ありがとうございます」


 ネ08の机が斜めにずらされ、人が通れる隙間が空いた。

 さて、ここまで来てだが……ここにいるのはあかね、児島、冷泉、一条。見事に女性ばかり。

 ここはあかねが男性を支えるべきだろう。冷泉は車いすを押してくれているし、小柄な児島と一条には不安がある。

 意を決して一歩踏み出したところで、横から声がかかった。


「手伝います」

「矢原さん、助かりますわ」


 あかねは心底ほっとしてた。

 サークルの眼鏡の男性と矢原で左右からぐったりしている男性を支え、車いすに乗ってもらう。座ってもらった状態を確かめていると、東6の本部から2人ほどやって来た。それぞれよく冷えた飲み物を持っている。

 ひとつを脇の下に挟んでもらい、もうひとつのキャップを開けて少し口に含んでもらう。経口補水液のようだ。幸い液体を飲み込む程度の力は残っているようだ。

 あとは涼しい東4の救護室へと運んでもらうだけだ。


「では東6の本部スタッフで引き受けるわね、瑞光寺さん」

「よろしいのですか」

「偽壁から人を出させるような無粋はしないわよ、ふふ」


 ネ08の机を戻す児島と矢原を指して、冷泉が言う。

 周囲にはまだ人が多い。確かにこの対応でブロックからひとりでも取られると苦しくなる。


「助かりましたわ」

「ふふ。ではまた……一条、露払いを。私はブロックにいるから戻ったら報告すること。瑞光寺さんにもね」

「はいっ」


 東6のスタッフは一条を先頭に颯爽と去っていった。

 児島と矢原もいつの間にか混雑対応に戻っている。

 協力してくれたサークルに礼を言うと、あかねはひとまず定点へと戻った。

 


 

「お疲れ様、瑞光寺さん。よくやったな。柱の周の座り込みもしっかりクリアしてくれたんだな」


 定点となっている柱の下で、江口橋が待っていた。

 しかし、後半についてはあかねに覚えがない。この辺りは立ち止まり座り込みが常らしいが、今日のところは今までそんな人は見かけない。

 あかねの『圧』によるものなのだが、本人にはその自覚は無かった。

 

「順調だが交代要員がいない。ハパの椎名にふたりぐらい出せないか聞いてみてくれ。無線も出ないんだ」

「そうですの。あちらでも何かあったのかもしれませんわね。では、江口橋さん定点をお願いします」

「分かった」

 

 午前のコミマはとにかく活気にあふれている。

 去年12月の冬コミ以来8ヶ月ぶりの夏コミは、参加者の「待ちに待った」であふれている。

 体がフル稼働して汗をかくこの感覚は1年ぶりだ。

 ただし、その分冷静さを欠きやすくもなり、冬コミに比べてトラブルも多いという。

 相変わらず江口橋の無線での呼びかけに、椎名が答える様子がない。何事もなければ良いのだが。

 

 ハパブロックまで向かおうかと思っていたが、ノブロックのトラックヤード側の島で何か声が上がるのが聞こえた。

 混雑するようなサークルは無かったはずと首をかしげるあかねは、足早に現場へと向かう。

 その中心地に、見覚えのあるメイド服が見えた。椎名だ。

 ノブロックのサークルと、何か話している様子が見えた。

 無線に応答できないほど対応が長引いているのかと声をかけようとすると、

 

「落ち着いてください。やめてください!」


 切羽詰まった椎名の声が聞こえた。

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