第59話 1日目 黒セーラーの人外
東5ホールは、時に『東5動物園』と揶揄される。
変わり者が多いコミマスタッフの中でも、特に変わり者が多いらしい。
そんな中で「馴染んでいる」と江口橋に言われてもあかねは素直に喜んで良いものか分からなかった。
スタッフのコスプレも多い。すぐ隣ではメイド服姿の椎名がハパブロックの朝礼を始めている。
見た目の賑やかさもあって『東5動物園』なのだろう。
それにしても動物園とは。
黒セーラーを身にまとったあかねは、改めてブロック員を確認した。
そしてブロック長の江口橋。いつものように長袖シャツを羽織って額に汗を浮かべている。
「みなさま、おはようございます。今回初めて副ブロック長となりました瑞光寺です。よろしくお願いします」
「「「お願いします」」」
副ブロック長である瑞光寺あかね。今日のコスプレは人外の美女『胡蝶』。黒セーラーを身にまとい、人の精を食らって生きる化け物なのだが、このホールにぴったりですねと雀田に笑顔を向けられた。じっと雀田を見つめていると、いつしか目を合わさなくなった。
衣装としては複雑ではないので、着替えに時間がかからなかったのはありがたい。雀田が腕を振るった少しきつめのメイクで妖艶な雰囲気が出ている。
その雀田は今回も同じブロックだ。隣のホールから児島と倉敷も連れてきてくれた。
初の副ブロック長であるあかねを助けてくれるのだという。心から感謝をしている。
助けてくれると言えば、君堂が前回夏ぶりに館内に帰ってきた。そして、2日目から参加ではあるもののこのネノブロックに登録してくれている。頼れる知り合いが来てくれてあかねは心強く思っている。
あと三人の男性がネノブロックの担当をしている。
一番年上である小竹。江口橋よりもかなり上に見える。とにかく混雑の整理をするのが好きでこの偽壁ブロックにいつも登録しているらしい。若干髪が薄いことを含めて気のいいおじさんである。
「混雑なら任せといて。休憩もいらないし、助けが必要になったらすぐ駆け付けるよ」
「まあ。それは頼もしいですわね」
次に同じく年上であろう矢原。非常にふくよかな体型をしていて、眼鏡をかけている。意識してステロタイプなオタクの格好をしているような気さえする。江口橋と同い年ぐらいだろうか。
2日目に配置された評論ジャンルに命を懸けており、今回も早めの休憩をもらってサークルを見て回ると宣言している。
「そこまでのめり込めるジャンルがあるのは、素晴らしいですわね」
「ああ、どもっす……」
そして最年少……といってもあかねより年上なのだが、朝日。このホールのスタッフにしては珍しく、あまり自分から主張はしない。縁のない眼鏡に少々天然パーマのかかった髪。一般のオタクよりもファッションに気を使っていることが伺える。
とても優しそうな顔をしているが、しかし混雑対応は確からしく、池袋の漫革でもA1ホールで最前線のスタッフとして参加していたらしい。
「基本なんでもやりますんで」
「ええ、頼りにしていますわ」
責任者を含めて9人。これは偽壁にしては非常に少ない人数なのだが、江口橋はこれで試してみたいという。
混雑好きな小竹は満面の笑みを浮かべているが、矢原と朝日は少し困ったような表情を見せていた。
雀田、倉敷、児島の三人は巡回の目端こそ効くが、混雑対応の能力はあかねも知らない。正直なところ手薄もいいところだと思うのだが、隣接するハパブロックの椎名からのサポートを期待しているのかもしれない。
椎名のブロックは14人らしい。偽壁の1.5倍である。外周シブロックにも人員をどんどん出すらしいので、これでも不安だと笑顔の椎名が言っていた。
「瑞光寺さん。サークル受付はどうする? ブロック長と副ブロック長のどちらかは本部に詰めておくのが常だが」
「人数が少ないので、ふたりとも出た方がよろしいかと。本部に詰めておく理由はありますの」
「本部としても、ブロック員としても、責任者がどこにいるか分かっていた方が良いな」
「本部が遠いので悩ましいところですわね」
ブロック員と離れ、ひとりホール本部に詰めておく……
大事な業務だとは思うが、今日はブロック員の近くで彼らのことを見ながらスタッフをしたいと思った。
「わたくし、任されるブロックの方をよく知りたいですわ。ですから江口橋さんに本部をお願いしてもよろしいかしら」
「ああ、分かった。あと、人員の配置も任せて良いか」
「承知いたしましたわ」
ふたりはブロック員に聞こえるように言葉を交わした。
責任者がいる場所を共有する目的を察したのか、何人かは静かにうなずいた。
「ネノブロックは東5の本部から最も遠いブロックですわ。見本誌を回収したバッグを毎回本部に持って行っては非効率ですので、運搬役を決めて本部との往復をしてもらいますわね」
「雀田さん」
「はい」
「神崎が来るまでは運搬役をお願いできるかしら」
「承知いたしました」
雀田は恭しく頭を下げる。
まだ2回目の参加のはずだが、察しが良い。
「小竹さんは混雑対応の面通しも兼ねて、ネブロックを全部お任せしてもよろしいかしら。ペアは矢原さんとで。浮いた人員はなるべく回しますので適宜分担してくださいませ」
「「了解」」
ネブロック全体をふたりだけに任せるのは厳しそうに見えたが、ベテランの小竹と矢原にならしばらく任せておけると判断した。何よりふたりとも涼しい顔で二つ返事だった。できる自信が見え隠れしている。
「朝日さんは倉敷さんとノブロックのトラックヤード側をお願いしますわ」
呼ばれたふたりはお互いに顔を見合わせてうなずいた。
朝日の実力はまだ分からないが、倉敷ならどんな相手とも上手くやってくれそうだ。
「あの、私は」
「児島さんはわたくしとノブロックのガレリア側を回りましょう。状況次第ではネブロックの応援に」
「分かりました」
かなりギリギリの人員であるように思えたが、サークルの出席率次第なところもある。
成年向けのサークルが少なそうな所だけが救いだろうか。
「江口橋さんも差し支えない範囲で運搬役をお願いできますかしら」
「ああ、本部が立て込んでいなければ運搬に回る」
「本部が忙しくなる頃には神崎が参りますわ。開場直後の配置は、基本的に見本誌回収の担当エリアを奥と手前で分けるものと思ってくださいませ。つまりトラックヤード側は小竹さんを中心に、朝日さんと倉敷さん。ガレリア側は矢原さんを中心に、雀田さんと児島さん。中央の大きな柱を定点として、わたくしか江口橋さんのどちらかは常にいるようにいたします」
サークル受付のピーク前にはやってくることになっている運搬役神崎のことを簡単にブロック員に説明し、ブロック別のミーティングは解散となった。
手早く朝ご飯を食べていると、早くもサークル参加者の姿が見え始める。
夏コミの1日目が始まる。
※
児島三奈は、隣を歩く副ブロック長を遠慮なく見つめていた。
相変わらず綺麗な人。この世のものと思えない。
この世のものではないもののコスプレが似合うのも納得できる。
すれ違った人が何人も振り返っている。
瑞光寺はその視線気にづいているのか気づいていないのか、特に反応を示すことは無かった。
違う世界からやって来たかのような、黒いセーラー服。漆黒の黒髪は夏の湿気と相まって怪談の再現のようにすら見えた。
恐ろしくも美しい。
どこか浮いたコミマスタッフの腕章と帽子のお陰で、ここがコミマ会場であることを思い出させた。
前回倉敷が「隣を歩くだけでも面白い」と言っていたのが少しわかった気がした。
遠目に小走りに走ってくるサークル参加者を見つけ、児島が声を上げる。
「開場前ですが走らな……」
言い終る前に、走るのをやめた。
隣の瑞光寺を見てゆっくり歩くようになったように見える。
(……ん?)
受付するサークルの準備も早い。
すでに机の上に見本誌と参加登録カードが置かれている。
「受付完了です! 今日はよろしくお願いします」
これほどスムーズに受付が進んだことは無かったように思う。
夏コミの1日目といえば、スタッフもまだ色々と思い出しながら進めていくため、少し時間がかかるのが普通だ。なのに、もう来ているサークルのほとんどが完了している。
次のサークルは新刊が12冊もあった。奥付を確認すると、どうやら前回の冬コミは不参加だったようだ。
月に1冊本を出す……それがどれだけ大変か、児島には想像もできなかった。
「こちらは数が多いですわね。わたくしも確認しますわ」
「お願いします」
すらりとした指先が、準備された同人誌を捉える。
仕草のひとつひとつに目が奪われてしまう。
見とれている場合ではない。
児島は気を取り直して自分の分を確認し始めた。




