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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C98夏編
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第58話 設営日 夜のおしゃべり

 ちきちゃん『あかね様からメッセージが来たわ!!!』

 探花『良かったね』

 リョッ!『良かったね』


 雀田しのぶは小さく笑うと、チャットの欄に打ち込んだ。


 スズメ『良かったですね』

 

 コミマの前夜にするチャットほど楽しいものはない。

 そうChikiが言っていたのもうなずける。

 高揚感を誰かと共有することがこれほど楽しいとは意外だった。

 お嬢様はあまり積極的にネットでの発信をしていないが、雀田は人並みにSNSも触っていたし、以前は個人サイトのチャットにも参加していた。

 今は専用のアプリケーションがあり、雀田もアカウントを持っている。

 その関係でリョリョから誘われたグループに参加することになった。

 参加者はChiki、探花、リョリョ、そして雀田の四人である。


 流れからとはいえコスプレイヤー三人の中に呼ばれ、アウェイを覚悟していた雀田だったが、お嬢様の話題を中心に盛り上がっている。

 もちろん三人は三人でコスプレの打ち合わせをしていたりするのだが、時に雀田の意見を求めることもあった。

 いろんな意味で「安心」なのだそうだ。


 スズメ『お嬢様の胡蝶の衣装は中々の出来ですよ。セーラー服姿を見てみたかったのでありがたいです』

 ちきちゃん『楽しみすぎる!』

 リョッ!『映えそうだよね』

 ちきちゃん『私が推薦したので間違いない』

 スズメ『その……いわゆるエロゲーなので意外でしたが。Chikiさんの評価に関わったりしないのですか』

 ちきちゃん『アトラナートをただのエロゲーとしか見れない人はその程度ってこと』

 ちきちゃん『私は私のやりたいことをするだけです』

 リョッ!『アカネ様との併せ?』

 ちきちゃん『そう!それ!私はオマケ』

 探花『Chikiがこんなに丸くなるなんて』

 ちきちゃん『どういう意味よ』

 リョッ!『確かに以前は「アタシが一番!」って感じだったよね』

 探花『そうそう。おまけなんて言語道断だったのに』

 ちきちゃん『あかね様なので』

 リョッ!『出た』


 Chikiのお嬢様への心酔ぶりは凄まじい。

 先々月はついに休日のデート(本人談)を取り付けたのだが、あまりに緊張して三日前から眠れず結局体調を崩して流れてしまった。

 それを契機に「まずはイベントで交流して慣らしていく」という方針にしたらしい。

 その最初の機会がこのC98夏なのだ。

 お嬢様は自身がコスプレをすることにどう思っているかは分からない。だがお祭りの一環として楽しんでいるようにも見える。

 雀田としては、キャラクターの力を借りてお嬢様の魅力を引き出すことに、これまで味わったことのない達成感を覚えていた。なので拒絶されない限りやめるつもりはない。

 Chikiの長文語りはまだ続いていた。


 ちきちゃん『でも冷静に考えてあかね様の隣に立つに足るレイヤーになるには自己研鑽が必要でしょ。つまり自分を引き上げるってことなのよ。それだけ十分なのに、あかね様を出し抜いて自分が出るなんて考えられない』

 リョッ!『三単語で』

 ちきちゃん『あかね様、素晴らしい。二単語で済んだわ』

 ちきちゃん『スズメさんが羨ましい』


 突然話を振られ、雀田は吹き出しそうになった。

 会話に入っていなかったから気を使ってくれたのかもしれない。

 雀田から見れば少し年下だが、そういった心配りができる子たちなので感心している。


 スズメ『仕事ですよ?』

 ちきちゃん『いつもあかね様の隣にいられるなんて』

 スズメ『いつもではないですよ』

 ちきちゃん『お化粧の手伝いもしてるし』

 スズメ『それはコスプレの時だけですね』

 リョッ!『あーでも、美人だからお化粧しがいがありそう』

 スズメ『それはあります』

 ちきちゃん『いいなあ』


 普段のお嬢様は基本的に自分の支度は自分でする。

 そのあたりはしっかりしつけられてきたらしい。

 だからこそ雀田は、このコミマでは化粧をさせてもらえることが嬉しかった。

 

 ちきちゃん『そういえばスズメさんはスタッフやってるんですよね』

 スズメ『やってますよ』

 スズメ『どうかされましたか?』

 リョッ!『そろそろ寝ないと』

 スズメ『それはそうなんですけどね』


 雀田は人より睡眠時間が短く済む方だが、それでもコミマの前日は長く休むに越したことは無い。

 コンディションを崩すことが自分以外にも波及する。

 それは普段もだが、コミマ……特に夏コミという過酷な環境では特に顕著になる。


 探花『スタッフ大変そう』

 スズメ『大変ですが、楽しいですね』

 

 お嬢様についていくために流されるように参加したコミマだったが、参加者がみな楽しそうにしている空間に身を置くことは楽しかった。

 それに、スタッフの作業も案外面白い。

 思った以上に組織として活動していて、仕組みやするべきことが社会の縮図のようにも感じられる。そしてその中で、自分があの場を守るために協力できていることが実感できる。

 ボランティアスタッフの集まりで、あの組織や手順が確立されていったのだと思うとなかなかに興味深かった。

 そんなとりとめのないことを探花と話していたが、しばらくChikiの発言がない。

 雀田がスタッフ参加していることを気にしていたが、何か聞きたいことでもあるのだろうか。

 

 スズメ『Chikiさん?』

 ちきちゃん『あー、すみません』

 ちきちゃん『言っていいのか分からなくて』

 スズメ『なんでもどうぞ』


 文を考えているのか、少し間が空いた。

 

 ちきちゃん『最近のコミマ、治安は悪くなってますか』


 思ったよりストレートな表現になった。

 雀田は『最近』しか知らないが、それでもお嬢様の様子や周囲のスタッフを見ていれば嫌でも理解する。

 

 スズメ『そんなことないですよ』

 スズメ『とは言いにくいですね』

 探花『あー、色々騒いでるね』

 探花『落ち着くまでコミマに出ないって人もいるし』


 そこまでとは思っていなかったので雀田は驚いていた。

 しかし、一部でピリピリした空気になっていることも事実だ。

 それこそ、お嬢様も。

 

 リョッ!『実際どうなんですか』

 スズメ『過敏になってる人と楽観的な人がいる印象です』

 ちきちゃん『あかね様は?』

 スズメ『過敏になっている方だと思います』

 ちきちゃん『それでかな』

 スズメ『何がですか』

 ちきちゃん『冬コミのあかね様、表情が硬かったというか張りつめているというか』


 雀田は驚いていた。

 普段の姿を知らないはずのChikiがお嬢様の緊張を読み取っていたとは。

 あの時近くにいたはずの神崎も気づいていなかった。

 

 リョッ!『ダークネース様のコスのせいじゃなくて?』

 ちきちゃん『うーん、多分違う』

 リョッ!『違うか』

 探花『あの完成度凄かったよね』

 リョッ!『ね』

 スズメ『混雑対応やってるときは、雰囲気までダークネース様でしたよ』

 スズメ『防災公園では戻ってましたが』

 リョッ!『それは見たかったなあ』


 ネットでも一部で話題になっていたと児島が教えてくれた。

 そこで初めて、自分の関わった『表現』に反応があることの嬉しさを思い知った。

 これはコミマに参加する人がたくさんいるわけだと腑に落ちたのだった。


 ちきちゃん『あかね様が抱えこんでなければいいけど』

 スズメ『最近人に頼る場面が増えてきた気がします』

 ちきちゃん『だといいですけど』

 

 コミマのスタッフを経験してからだろうか。

 お嬢様は自分以外の人に任せるという判断をするようになった。

 それは決して上から人を使うということではない。

 信じて用いる、信用ということの大切さを知ったのだと思う。

 

 探花『あかね様が何を気にしているのか、スズメさんは何か聞いています?』

 スズメ『いえ、特には』


 お嬢様が突然コミマのスタッフに登録をする少し前、お嬢様は熱を出していた。

 安威も神崎もお嬢様の予知の話を少しだけ知っていたので、何かを夢で見たのだろうと雀田に話してくれた。

 何を予知したのかは、雀田の知る限り誰にも話していない。

 

 ちきちゃん『いつか、話してもらえるかな。あかね様に』

 リョッ!『何を?』

 ちきちゃん『うーん、あかね様の心配事』

 リョッ!『じゃあもっと仲良くならないと』

 ちきちゃん『それだけじゃだめ』

 ちきちゃん『あかね様が私のことを頼りにしてくれるぐらいに成長しないと』


 Chikiの向上心が、雀田にはまぶしかった。

 お嬢様が誰にも話すときではないと考えているなら、それを尊重するのが当然だと思っていた。

 話してもいい、と思ってもらえるように自身を引き上げるなんて、思いもよらなかった。

 そして雀田は、それが自分にできないことだとは思わない。


 ちきちゃん『あかね様はもう寝たかな?』

 スズメ『たぶん。明日も始発で行くとおっしゃってましたから』

 探花『そろそろスズメさんも寝ないと』

 スズメ『私は始発ではないですが、そうですね』


 自分のできることを尽くす。そして、お嬢様を支える。

 もう今日から始まっているコミマで、考えながら動かなければ。

 

 スズメ『それではお先に、おやすみなさい』

 ちきちゃん『おやすみなさい』


 そっとパソコンを閉じる。

 いつもより早い時間にセットした目覚まし時計を、もう一度確認する。

 楽しさ、不安、使命感。

 色々なものを抱えながら、雀田は床についた。

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