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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C98夏編
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第56話 設営日 お祭りですもの

 あかねは遅れてきた雀田と合流し、作業を開始する。

 配置図を確かめながら、机の通路側の面にシールを貼っていく地味な作業。

 これはどのサークルが配置されているかを示すもので、当日の参加者への案内であるだけでなく、前日搬入のための案内でもある。

 これをすべての机に貼らなければならない。

 ネノブロックは偽壁であるために他のブロックより机が少ないが、それでも1ブロック48本の机、合計96枚シールを貼っていく作業は大変だった。

 あかねは額に汗を浮かべながらノブロックのシールを貼り付けていく。

 

「よし……」

 

 雑に貼ってはいけない。

 朝スペースに来たサークルが、斜めに貼られたシールを見てどう思うかを考えると、そこは妥協してはいけないような気がした。意外に集中力が必要な作業だった。

 この次には「おはよう紙」と呼ばれるサークルへの案内を机の内側に貼っていく作業が待っている。

 これはサークルごとなので、机1本に2枚、96本×2枚で192枚。とにかく数が多い。

 ブロックの島の端までシールを貼り終え、あかねは少し息をついた。

 見渡してみると隣で江口橋がネブロックのシールを貼っているし、雀田はネブロックのおはよう紙に取り掛かっている。ホールの中で同じような作業をしているスタッフが何人もいる。


「あら」


 ふと自分が貼り終わった島を振り返ると、何人が作業していた。

 内側にいるということは、おはよう紙を貼ってくれているのかもしれない。

 手早く作業を進めている増援に心で感謝しながら、あかねは再びシールの束を手に取った。

 


 あかねがブロックの最後のシールを貼り終えた時、おはよう紙の増援も追いついた。

 ネブロックの作業も、雀田に応援が入ってすぐに終わったようだ。

 

「雲雀さん、椎名さん。おはよう紙を貼ってくださったのですね。違うブロックなのに手伝っていただいて助かりましたわ」

「本当に。ふたりで役割分担すると早いんですね」


 おはよう紙を貼っていた雀田が感心したように言う。

 つまり、ひとりでテープを切って、紙を貼る……としていくよりも、テープを切る役と紙を貼る役に分けた方が効率が良かったということらしい。

 

「まあほら、前日設営は担当なんてあってないようなもんだから」


 あかねと雀田にお礼を言われ、雲雀は少し照れているようだ。

 椎名は相変わらず大きな目を輝かせ、ニコニコしている。こんな作業でもとにかく楽しそうだ。

 

「瑞光寺さんは綺麗に貼りますね! 雀田さんも! 雑な男子ばっかりだから、女子が増えて嬉しい!」

「女子……」


 雀田が椎名の言葉をかみしめるように繰り返した。

 遠く東4ホールの方を見て大きく深呼吸をすると、慈愛に満ちた目で椎名のことを見た。

 

「椎名さん、なんでも言ってください。私にできる範囲でお助けします」

「はい! 女子同士頑張りましょう!」

 

 雀田と椎名はどちらからともなく手を取り合うを、お互いの目を見ながらきゅっとうなずき合った。

 まるでガールズラブ雑誌の表紙のようだ。

 当人たちは全くその気はないのだが、残された組は同じ感想を抱いていた。



 

「車両入りまーす!」


 搬入部の声がホール内に響く。

 開場時間には絶対に入って来ないようなトラックが、机の間をすり抜けるようにして動いている。

 あの中に同人誌が満載されているのだろう。


「通路、車両通ってます! 気を付けてー!」

「トラックの方、動くときはハザードかライトをお願いします!」


 ホール内に人影が増え始め、それぞれの作業が始まっている。


「搬入の方、荷物は放置せず、荷物番を付けるか車の中に置いておくかでお願いします!」


 館内担当も声を上げる。8か月ぶりのコミマだからだろうか。心なしか張り切って聞こえる。


 あかねは隣の椎名と共に、宅配便の搬入とチラシ撒きの人たちを横目にホールを巡回する。

 今頃は神崎も根岸と一緒に印刷所の搬入作業をしている頃だろうか。

 少し暑さは和らいでいるが、それでも夏の蒸し暑さはまだ色濃い。作業している人たちも手に飲み物を持ち、随時水分補給をしている様子が見られる。首にかけられたタオルは必需品だろう。

 あかねと椎名はほぼほぼ業務は完了しているが、念のため不審物のチェックやシールの剥がれがないかを見て回っている。


「お疲れ様でーす」

「あ、お疲れ様です」


 椎名はチラシを撒きの印刷会社の人に声をかけている。

 声をかけられた方は少し笑って返事をした。

 

「お知合いですの」

「全然! でもここで作業する人たちは仲間ですから!」


 確かにそうだ。

 仲間とすれ違うのに、無言より一言挨拶があった方が良いに決まっている。


「コミマに来ると、何と言うか、他人との心のハードルが低くなってるのを感じますよね!」


 それで気軽に声をかけられているということらしい。

 それは常々あかねも感じていることだった。


「雀田さんともすぐに仲良くなれましたわね」

「聞いたら同い年ってびっくりしました! 落ち着きがあって素敵な方ですね!」

「落ち着き……」


 最近コミマの雀田はよくはしゃいでいて、あまり落ち着いているようには見えない。

 普段の雀田を見ているからそう思うのだろうか。

 

「いやー、知り合いも増えて今回も楽しくなりそうですねえ!」

「椎名さんは本当に楽しそうですわね」

「ワクワクしない?」

「しますわね」

「でっすよねー! 色んな場所から色んな人が参加してて、ワクワクしますよねえ!」

 

 1日目……ではない、0日目とも言うべき設営日からこれほど張り切っていて、最後まで持つのだろうか。

 

「うちのブロック、何か今回は有名な俳優ご本人が来るって話ですし、変なトラブルが無ければいいんですけどね!」


 椎名はブロック長ということで経験が長いのだと思うが、一体何回目のスタッフ参加なのだろうか。その割に新人のあかねにも丁寧に話す椎名。笑っても目を細めないことといい、不思議な人だ。

 

「サイン会があるか握手会があるか……自粛は呼び掛けてますけど、実行されちゃったら手も足も出ないですからね! でも平和なうちのブロックも、たまに刺激があっていいですよ!」

 

 もっと怒ったり困ったりしても良さそうだが、心の底から楽しんでいるように見える。


「お祭りですものね」

「そう! お祭り!」

 

 お祭りには笑顔だけで良い、とでも言いたげな椎名。

 そしてあかねもそれに賛成だった。

 涙も、怒声も、ここには必要ない。

 

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