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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
池袋漫画革命編
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第52話 播磨の打診

 閉会まであと三十分を切った頃、江口橋に連れられたあかねは総本部にやってきた。

 小さな商談室が本部として運用されていて、五十代の男性が椅子に腰かけていた。

 外の騒々しさから切り離されたような空間の中、江口橋を含めた三人だけでこの部屋にいる。

 

「さて、初めまして。になるね」

「わたくしは存じ上げておりますわ。いつも拡大の壇上でお話されているんですもの」

「ふふ、そうだね」


 男は楽しそうに笑うと、椅子から立ち上がった。

 

「改めて、播磨です。今日の漫革の代表をしています。コミマでは館内統括です」


 髪に白いものが混じっているが、気力がみなぎっているように力強い目をしている。

 少々ふくよかではあるが、年齢の割には健康そうに見えた。

 

「江口橋とはずいぶん長く一緒にやっていてね。もう20年ぐらいになるか」

「年月の話はやめましょう」

「そうだな」


 くっくと笑う播磨。江口橋は困ったように彼を見て、小さく息を吐いた。

 長い付き合いの先輩というものはやりにくいのかもしれない。

 あかねは江口橋に出会った時のことを思い出し『わたくしが生まれた頃からのお付き合いですのね』という言葉は心の中だけに留めておいた。

 そんな風に黙っているあかねを見て緊張していると思ったのか、播磨は柔和な笑顔を向けた。

 

「今日ここに呼んだのは、あまり深い理由はないから楽にしてくれ」

「と、言うと?」

「江口橋が面白いスタッフがいるっていうから、会ってみたくなってね」

「面白い、ですか」


 心当たりはない。

 江口橋にどういうことかと視線を向けると、困った様子で抗弁した。

 

「俺は興味深い、と言ったと思いますが」

「大体同じだろう」


 ずいぶん仲が良さそうだ。20年の付き合いというものはあかねには想像もできなかったが、二人の間には気を許しあっている空気が感じられた。

 あかねは播磨がコミマで館内統括をしていることは知っていたが、かといって直接会話をしたことなどなかったし、コミマの中でどんな業務をしているのかも知らなかった。

 当然、人となりも知りようがない。

 呼び出された理由もはかりかねている。

 

「興味深いと言われましても、わたくし新人のようなものですが」

「だからこそ、だと思うがね。まあこういうのに『歴』はあまり関係ないものさ」


 播磨の話はあかねにとってどこか抽象的に思えた。

 掴みどころのない人だと思ったが、江口橋が信頼しているのであれば、同じように信頼しても良いのかもしれない。

 

「それに、たまには新人スタッフと話がしたいと思って。なかなかきっかけが無くてね」


 少し声色が違う気がした。

 それが本音なのかもしれない。

 江口橋をちらりと見たが、いつも通り読みにくい表情であかねのことを見ていた。


「率直に今のコミマをどう思う」

「抽象的な質問ですわね」

「そうだね」


 播磨はなぜか満足そうにうんうんとうなずいた。

 自身は改めて椅子に座り直し、あかねと江口橋にも「適当に座りなよ」と席を促した。

 言われた通り端に寄せてあった椅子を出してきて座る。江口橋も椅子に座ったが、それほど長くなるのだろうか。

 

「じゃあ質問を変えようか。コミマは好き?」

「ええ、もちろん」

「理由を聞いてもいいかな」

「わたくしは元々漫画もアニメもゲームも好きでしたの。今はそれに携わる人々のことも好きです。その人々が集い、楽しむ場所を、好きにならない理由がありませんわ」

「なるほどね」


 あかねは中学生のころから即売会に参加していたのだ。

 今更好きか嫌いかなど、問われるとは思わなかった。

 播磨の考えが今ひとつ読めないまま、どことなく居心地の悪さを感じるあかね。

 

「それじゃあ、コミマはこのまま継続できると思うかい?」

「それは……」


 これが本題か、とあかねは思った。

 夢のことを思い出し、内臓を締め上げられるような感覚がある。

 そもそもこの質問自体が、普通ではない。

 スタッフは、コミマを継続するために全力を尽くしている。そういう建前だ。そしてそれは、大多数のスタッフの中で共有されている真実であると感じている。


 それだけに、播磨の質問にどう答えて良いか迷う。

 自らの業務が継続に繋がっていると信じているかのように、「継続できる」と答えるべきだろうか。

 答えを探すあかねを見る播磨の目は、いつしか柔和さが薄くなっていた。

 これが、コミマ館内統括という重責を背負ってきた顔かとあかねは感心する。

 播磨のことはまだよく分からないが、江口橋のことは信頼している。

 だからきっと、大丈夫だろう。

 

「……誤解を恐れずに申せば、無理だと考えます」

「瑞光寺さん」


 何か言おうとした江口橋を手で制すと、播磨はあかねから目を離さす先を促した。


「何か、そう思うことがあった?」

「ほころび、とでも申しましょうか。例えば、決まりを守らない参加者。いくつかの事件があっても、危機感の薄い人たち。どこから瓦解しても不思議ではありませんわね」

「警戒態勢は敷いていると思うけど」

「その日その時間にはそうかもしれませんわ。でも敵……がいるとして、そんなことを気にもかけませんわね。スタッフの……というより、本部の自己満足に終わっているような気がしていますわ」

「瑞光寺さん」

「言うね」

 

 少し焦る江口橋と対照的に、播磨は面白そうに笑っている。

 あかねが感じたことを正直に伝えただけとはいえほとんど本部の批判なのだが、播磨には冷静に受け止める度量はあるようだった。

 

「……敵かあ」


 敵。

 人の命を奪い、文化を焼こうとする敵。

 こちらの意思をくじけさせ、二度と立ち上がれないように。

 それはもう戦争だ。

 

「瑞光寺さん、少し力を抜いて」

「えっ」


 江口橋に言われて初めて、自分が無意識に手を握りしめていたことに気が付いた。


「あら……」


 手のひらに食い込んだ爪の跡が、くっきりと残っていた。

 あの光景を思い出すと……正確にはあの光景を見た時の気持ちを思い出すと、息が詰まって体が強張る。

 

「瑞光寺さんは、何か『敵』によって人為的に妨害されて継続しなくなる、と考えているわけだ」

「可能性としては、そうですわね」


 播磨は「ふむ」とうなずくと、何か思案する顔になった。

 あかねは江口橋の方に目をやったが、江口橋も小さく首をかしげて答えるだけだった。

 そんな二人の様子を見て、播磨は小さく笑った。あかねには笑う要素がひとつも思い当たらない。


「江口橋、瑞光寺さんとそういう話はしてなかったの?」

「するわけないでしょう……どういう流れでそんな会話になるんです」

「瑞光寺さんはもう『お客さん』ではないと思うんだよね。江口橋もそう思ったから、連れてきてくれたんだろ」

「それは、そうです」


 播磨はあかねの方に向き直すと、居住まいを正した。

 これまでになく、真剣な表情であかねのことを見ている。

 

「瑞光寺さんと同じように、俺たちもコミマが好きでね。どうにか継続したいと思っている。そして、継続できない可能性が高くなってきているのも事実だ。正直、瑞光寺さんがその可能性を指摘したのには驚いてる。全スタッフに聞いても、そんな答えを言えるのは数人じゃないかと思うね」

「……」


 あかねは何と答えていいか分からず、黙って言葉の続きを待った。

 

「まあ数人は言い過ぎだけど、危機感を持っているスタッフは本当に少ない。だからね、瑞光寺さん。力を貸してほしいと思っている」

「言われずとも、そのつもりですわ」

「ありがとう。ふっ」


 播磨の小さな息が聞こえ、緊張が和らいだ。

 

「差し当たって、江口橋からお誘いがあるんだけど」

「お誘い?」

「ああ、次は東5で副ブロック長をやってほしい」

「副ブロック長……では、ブロック長は」

「もちろん江口橋だよ」


 江口橋の方を見ると、緊張した顔でこちらを見ていた。

 コミマの開場前でもそんな表情はしないのに。

 珍しいものを見せてもらったような気がした。


「謹んで、お受けいたしますわ」


 この人なら信頼できるし、力になってくれると信じられる。

 ブロックの責任者というものがどういうものか、はっきり分かっているわけではなかったが、それでも江口橋と同じであるなら、心配するようなことは無いと思っている。


「あ、そうそう。慎吾……藤崎慎吾から話を聞いてね」

「藤崎さん? 東2の?」


 あかねは初めて参加したC96夏で同じUVブロックだった藤崎のことを思い出した。

『C96夏の変態入場』というひどい名前を付けられた事件の共犯者だ。

 まだ一年も経っていないはずだが、ずいぶん前のように思える。

 

「そう。その藤崎。実は俺の甥なんだけどね」

「甥……」

「その藤崎慎吾がもう去年の夏から『瑞光寺さん、瑞光寺さん』と、まあうるさくてね」

「藤崎さんが……?」

「髪留めをくれたでしょ」

「髪留め……ああ、ヘアピンのこと」

「あれをもう大事に大事に。イベントの度にお守りのように……」


 播磨がそこまで言ったところで、商談室の扉が勢いよく開かれた。

 藤崎慎吾その人が、小走りで駆け寄ってくる。

 

「叔父さん!」

「うおっ」


 思っていた以上に大きな声を聞き、播磨でさえものけぞった。

 そのまま播磨の腕を掴み、真っ赤な顔で藤崎が何かを伝えようとする。

 

「……! ……!!」


 言葉にならない抗議だ。それだけはこの部屋にいる全員が理解できた。

 ほとんど涙目で播磨に訴えかける様子を見て、江口橋が口を開いた。

 

「行こうか、瑞光寺さん」

「よろしいんですの?」

「いいだろう。十分付き合った」


 苦笑いを隠さないまま、江口橋が退室する。

 あかねはドアの前に立つと、じゃれあう二人に振り返った。

 

「それでは失礼いたしますわ。藤崎さん、ほどほどになさいませ」


 目を見開いてあかねを見る藤崎。

 その髪は、いつか贈ったヘアピンでまとめられていた。

 やはり、そうした方が表情が良く見える。

 満足したあかねが優雅にひざを折ると、藤崎は慌てて頭を下げた。

 

 夏前の大きなイベントが、無事に終わる。

 そして、コミマの拡大集会がもう目前に迫っている。

 容赦ない季節の移り変わりとともに、夏コミの幕が開く。


 ※


 池袋漫画革命21 入場者数

 約14000人

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