第51話 イベントの熱に浮かれて
『SA大明神』のシバイヌは、知り合いへのあいさつ回りを一通り終えてA23ホールへ向かっていた。
今回は離れたDホールに配置された知り合いが多く、A23に配置された自分のサークルから往復するとひと苦労だ。
知り合いの本と気になる本をトートバッグに担ぎ、その重さを感じながらA23ホールの出入り口から中に入る。
「なんか絡まれている人がいるみたいなんです」
一般参加者がスタッフにそう言っているのが聞こえた。
大変だな。
即売会には色んな人が出入りする。人がいればトラブルも発生する。
幸いこれまで大きなトラブルに見舞われたことは無かったが……強いて言うなら今回の自分のサークルのトラブルが一番か。
思い出してため息が出た。
運が良かった。
商業で活動し始めたきっかけは、運だ。
たまたま出たオリジナル系の即売会で、たまたま少年向け小説の挿絵を探す編集者の目に留まった。
そして、その後の流れも良かった。
その編集の知り合いらしい有名な音楽サークルに目をかけられて、ジャケット制作の依頼も受けている。
実力以上の評価をされているような気がしている。
このまま続くか一時で終わるのか。自分にとって大事な時期ではあるが、それでも今の二人サークル『SA大明神』が一番楽しいと思える。
字書きである七太が書く作品が、好きなのだ。
自分がきっかけで七太の作品を読んでもらえるなら、喜んで表紙と挿絵を描きたいと思っている。
だが、うまく伝わらない。
「あそこの柱のあたりです」
「承知いたしました。ありがとうございます」
先ほどトラブルの通報を受けた女性スタッフが、すぐ横を歩いていた。
あ、椅子の対応をしてくれたスタッフさんか。
歩く姿が絵になっている。
手先足先まで意識しているような隙のなさ。
ある意味、戦場のような即売会には不似合いな人だと思った。
見とれるような速足で、自分と同じ方に進んでいく。
いや、あまりにも同じすぎないか。
そう思ったところで、目的地が見えた。
「いや、その、困ります……」
「お願いします! マジで」
頭を下げている金髪の男と、困惑している相方の七太が見えた。
シバイヌは薄々思っていたが、案の定自身のサークルがトラブルの発生場所だった。
「淡野さんではないですか」
「瑞光寺さん!」
二人ともが「助かった」という表情になる。
七太は隣にいるシバイヌのことを見つけ、さらに安心したような表情になった。
「どなたからお話を伺うべきでしょう。何か騒ぎになっていると報告がありましたのよ」
「う、それはすみません……」
淡野がはっとしたように、一歩下がった。
とりあえず、話は通じそうだ。
瑞光寺の事情聴取が始まろうとしたとき、また別の声が割り込んできた。
「お兄ちゃん、何してるの!」
「紗子……」
「本名で呼ばないで!」
淡野の妹、ということなのだろう。シバイヌは二人の関係はすぐ理解したが、なぜ妹までここに来たのかまでは分からなかった。
七太はより戸惑い、淡野は少し慌てている。
「Reika……」
「うん」
兄妹であっても会場内ではペンネーム呼び。セキュリティ上も確かにその方がいいだろう。
奇しくもふたつのサークルの関係者が集まったのを確認して、瑞光寺が口を開いた。
「まずは、七太さんからお話を伺った方が良いかしら」
「えっ、俺ですか」
少し息の上がっているReika、詰め寄っていた張本人の淡野、駆け付けたばかりのシバイヌ、被害者の七太。この中で考えれば七太から話を聞くのが当然だろう。
七太が瑞光寺に話したところによると『小説を教えてくれと突然詰め寄られた』らしい。
聞いただけでは誰も全容がつかめなかったので、続いての当事者である淡野に話を聞くと、突然早口になった。
「いや、マジで感動したっていうか、ひとつひとつの文章も、こう、なんつーかすげー分かりやすくて今まで小説とかほとんど読んだことがなかったんすけど、でもスッと頭の中に入ってきて、それだけじゃなくてストーリーもこんなに熱い話を作れるってマジで凄いと思って。あとがき読んだらなんか妹と同い年みたいだから、そんな若いのにこんな話を書けるって思ったら、こう」
さらに続けそうな淡野をなだめ、瑞光寺が大きくうなずいた。
「淡野さんは素晴らしいですわね。自分で書こうと思うだなんて。それに、そんなに自分の言葉で感想を述べることができるんですもの。きっと感受性と表現力に長けていらっしゃるのね」
「あざっす!」
「でも、当の七太さんを困らせてはいけませんわ」
「うっ、それは……申し訳ないっす」
勢いよく頭を下げる淡野を、七太は相変わらず戸惑いの目で見ている。
とにかく装いが派手だ。今まで交流したことのない人種だ。教室の中でも集まる場所が対角線上であるような男だ。
だから、どう話をしていいのか全く分からない。
「でもマジでいい話だと思ったっす」
「あ、いや、そんなに気に入ってもらえるとは嬉しいです……」
七太のたどたどしい返事に、それでも淡野の表情は明るくなった。
どんな形でも、本の感想や反応は俺たちの栄養素だとシバイヌは思う。
「では淡野さんは、まずReikaさんとのお二人で本を出されてはいかがかしら。わたくし以前にご兄妹で本を出されているサークルさんの担当をしましたの。淡野さんたちと同じく仲が良さそうでしたわ」
「え、でもこの……Reikaの上手い絵に、俺の初めての下手な小説を書いても合わないっつーか……」
ちらりと七太がシバイヌを見た。
自分の出番だろうか、とシバイヌが口を開く。
「上手いから本を出すわけじゃないですよ。創作したら本にしたくなるんですよ」
「本に……」
「それに、書く前から上手いも下手も分からないじゃないですか。誰かに刺さるのって、意外と上手い下手は関係ないですよ」
半分は自分に言い聞かせるように、もう半分は七太に届けるようにシバイヌが言った。
「でもReikaはマジバトあんま見てないし、絵を頼むのも……」
まだ迷いを見せる淡野に、瑞光寺が鋭い目を向けた。
怒っているのだろうか。
「淡野さんは、できない理由をお探しですの?」
心底不思議そうに、瑞光寺が首を傾げた。
どんな仕草も様になる。
「やる理由が欲しいのでしたら、自分がやりたいで十分。さらに必要でしたら、わたくしが読んでみたい、と申し上げますわ」
「う……」
うそを言っているようには聞こえない。
瑞光寺はさらに力を込めて続ける。
「繰り返しになるかもしれませんが、わたくし、淡野さんはご自身の気持ちを表現する能力はお持ちだと思いますの。あとは小説を書く際のルールや作法、そういったものを後から学び取れば、小説を書けない道理はございません」
断言される淡野は、自分のことを言われていると理解するのにワンテンポ遅れているのか、数秒置いてから目が泳ぎ始めた。そんな兄のことをReikaは意外そうに見ている。
「まず書いて、自分で見返してみて、違和感があったら調べられるだけ調べてみて、それでも分からなかったら七太さんに見ていただく。これでしたら七太さんのご負担も少なくてよろしいのでは」
「えっと、はい……まあ」
「ほんとっすか!」
ほとんど流されるようにして、七太がうなずき、淡野の表情が輝く。
なんとなく妥協点に着地したのだろうか。
「すみません、兄が無理を言って……あ、これうちの本なのでよかったらどうぞ」
本当に申し訳なさそうに、Reikaが自分の本を取り出した。
見覚えのある本だと思ったシバイヌだったが、もしやと思ってトートバッグの中を見ると、Reikaの持つ本の表紙と全く同じイラストが見えた。
これは……
「ありがとうございます……あれっ『ブライトンの砂』さん?」
「? はい」
七太の驚いた声にシバイヌの思考が中断される。
サークル名を呼ばれたReikaは、なぜ分かったのかと首をかしげる。
「実はもう買っていて……」
七太が机の下から、全く同じ本を取り出した。
まぎれもない『ブライトンの砂』の今日の新刊である。
「ええっ! あっ、す、すみません。買いに来てくださっていたと気づかずに」
「いえ、こちらも全然気づかず……顔を合わせていたはずなのに」
気まずそうな二人に、シバイヌがおずおずと買った本をトートバッグから取り出して見せる。
「あの、実は俺も……」
「ええっ」
「マジかよ……ははっ」
Reikaはさらに目を丸くし、七太は思わず吹き出した。
行き場のなくなった自分の本を見て、Reikaは呆然としている。
「お兄ちゃん、今日何冊ぐらい出たっけ……」
「30ちょっとだったと思うけど」
「だよね……」
そのうちの2冊が目の前の二人に購入されて、目の前にある。
今日の参加者数は分からないが、こんな偶然があるのだろうか。
シバイヌは、七太の好みが似ていて同じ漫画を読んで同じアニメを気に入って、そこから仲良くなったことを思い出していた。
同じ畑で育ったようなものだから、七太の小説が好きになったのかもしれない。
「いつか、四人で本を出されてはいかがかしら」
「へっ」
Reikaの気の抜けた声だけが聞こえた。
男三人は完全に言葉をなくしている。
確かに、Reikaはどうか知らないが『SA大明神』の二人は『ブライトンの砂』の本を気に入っているし、淡野は七太の小説に惚れ込んでいる。
シバイヌには、それほどおかしな話ではないような気がした。
ただ……
ふと七太と目が合う。微妙に気まずそうではあったが、きっとシバイヌ自身も同じような顔をしているだろう。
数秒見つめあったあと、ほぼ同時に力の抜けた笑顔になった。
「やってみるかあ」
「……そうだな」
サークル『SA大明神』解散の危機は、ひとまず回避されたようだった。




