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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
池袋漫画革命編
57/171

第50話 SNSデビュー(会場で)

 箱辺からここに至るまでの話を聞き、少しずつ落ち着いてくる。

 同じように『この姿で見破られたのは初めて』と深い息を吐いていた。


「この格好の箱辺でバレたってことは……うん、それなら私もバレるわね」

「リョリョさんも、別のお名前をお持ちなんですの?」

「えっとまあ……鈴名セリっていう名前で……」


 先ほど箱辺が差した文庫本の表紙。そこに『挿絵・鈴名セリ』と名前があった。

 つまり、箱辺が小説を書いて、鈴名はイラストを描くというサークルなのだろう。

 

「多才でいらっしゃるのね。ご本、頂けますかしら」

「えっ」

「おふたりの書かれた本、ぜひ読んでみたいですわ」

「あ、はい……」


 ふたりの作品は、少し前に出たゲーム『eight』の二次小説だ。

 いわゆる美少女ゲームだが、物語性が強く、インターネットでは物語の掘り下げや解釈を披露するようなサイトがいくつも見られた。単純にキャラクターの魅力にも惹かれて二次創作するサークルも多かったが、どうやら箱辺は後者のようだ。

 メインのキャラクターのシナリオで描かれなかった部分を補完するような内容らしい。

 あかねはその『eight』自体はプレイしていなかったが、ファンアートや同人誌でよく見かけるため、キャラクターには一通り見覚えがった。

 

「二足わらじであることは、公表されていませんの?」

「一部の知り合いは知ってます。大々的には言ってないですね……面倒なだけですし。私たちは『それはそれ、これはこれ』でやってますけど、みんながそれを理解してくれるとも限らないんで。たまにこうやって偶然会うことはあるんですけど、ほとんどの人は私たちを見ても『探花』と『リョリョ』だと気付かないですね」

 

 ふたりの表情を見ていると、これ以上は聞かない方が良さそうに思えた。ふたりが分けて欲しいというのであれば、コスプレの時はコスプレのふたりを、サークルの時はサークルのふたりと交流すればいいだけのこと。

 それ以上何も言わないあかねを見て、ふたりもどこか安心しているようだった。

 

「アカネサマは今日はコスプレしないんですね……っていうかこのイベントがコスプレ禁止だから当たり前か」

「この間のあれはたまたまでしたので」

「たまたま? あのクオリティでたまたま? あれはどこからどう見ても本業ですって。というか、あれからアカネサマのこと、私たちに何件も問い合わせが来てるんですよ。アカネサマも観念してSNSのアカウントを作ってくださいよ。冗談抜きで」


 それは申し訳ないことをした。まさかそちらに問い合わせが行くとは。

 あかねは申し訳なく思う一方で、何とも言えない表情で鈴名ことリョリョのことを見ていた。

 初対面の時と違って、とにかくよくしゃべる。


「どうかしましたか」

「いえ、コスプレイヤーのリョリョさんはあまりお話にならなかったので、その、こちらの鈴名さんと少しギャップがあるというか」

「あー、あっちはキャラクターになりきっているというか、自分でキャラクター像を壊すわけにはいかないので。口開くとどうしても残念な感じになっちゃうみたいだから、あえて口数を抑えるように心がけてるんですよ」

「なるほど、素晴らしいお考えです」

「反動でコスイベントの後はうるさいんですよね……」


 苦笑いする箱辺が鈴名に小突かれる。


「箱辺ぇ」

「なんだよ」


 コスプレをしているときのふたりとはまた違った空気だ。

 きっとこっちがふたりの素の表情に近いのだろう。

 

「仲がよろしいんですのね」

「ええ、まあ……」

 

 目を伏せる箱辺の顔が少し赤い。


 もしかしたら彼はそういう感情を抱いているのかもしれないが、ここで触れる必要もないだろう。

 鈴名は構わず箱辺を小突いている。


「そういえばChikiさんはいらっしゃらないのね」

「あー、あの子、本にはあんまり興味がないみたいで」

「そうなんですの」


 少し残念だ。

 聞けばコスプレの時は良く三人で合わせているらしい。三人という数がちょうどいいのだそうだ。

 しかし、こういったコスプレ禁止のイベントには、このふたりだけでサークル参加をしている。

 コスプレも好きだが、箱辺は小説を書くことが、鈴名はイラストを描くことが好きなんだそうだ。

 

「でもChikiはアカネサマのこと大好きだから、今日のこと話したら絶対悔しがるな」

「せっかく名刺を渡したのに連絡がないってションボリしてたので、アカウント作って連絡してあげてください」

「あら……いつも見てはいたのですが」


 Chikiはコスプレ写真だけでなく、日常のことやゲームのことをよく発信している。

 彼女が元気そうに暮らしていることだけは、見ているだけで伝わっていた。まさか連絡を待たれていたとは。


「ROMかあ。でもアカネサマ、SNSのアカウント無くて良くやっていけますね。必須なのでは」

「そうですわね……」


 今までアカウントを作らなかったのは、見ているだけで十分だったからだ。

 あかねのオタクライフはどこまでも孤独で、画面越しに見続けることが当たり前だった。

 ネットにまつわるトラブルも、見ているだけならば害が及ばない。

 でもスタッフになってから、机越しに『自分』を発信する人たちを何人も見てきた。そして、その表情がみんな明るいことにも気が付いていた。


「イベントでの繋がりって、どうしても一期一会になっちゃいがちですし、ネットでも繋がれるのは良いですよ」


 自分もどこかできっかけを探していたような気がする。

 そして、目の前のふたりが背中を押してくれている。

 

「わたくし、何も発信できませんわ」

「そんな気負わなくていいんですよ。何かのメモでも一行日記でも。余裕があれば交流すればいいですし。あ、今携帯持っているならアカウント作っちゃいましょうよ。今なら何でも教えてあげられるし」


 いい考えだとにっこり笑う鈴名ことリョリョ。箱辺こと探花は困った顔で見ているが、止める気はないようだ。

 何事にも契機というものがある。今日のこれがアカウントを作る契機なのだろう。

 あかねはふたりに見守られながら、アカウントを作成した。

 ほんの数分で設定は終わり、真新しい画面が表示される。

 ちなみにアカウントの名前は無難に「AKANE」にしておいた。アイコンは自分の後姿を撮影してもらった。分かる人には分かるだろう。

 

「最初にChikiちゃんフォローしておきましょっか。先に私たちだと拗ねるし」


 心の片隅で、やはり面倒そうだと思うあかねだったが、楽しそうな鈴名の前では何も言わなかった。


「じゃあChikiちゃんを検索して……はい、フォローできましたっと。リプライ……えっと、話しかけられてもお返事は必須じゃないし、ちょっとでも合わないと思ったらミュートしていいし、他は……まあ、ちょっと迷ったり困ったことがあったら気軽に相談してくださいね」

「ありがとうございます。ご迷惑はおかけしないよう気を付けますわ」

「そんな大層なもんじゃないから……」


 あかねは、ネットでのマナーもある程度は心得ているつもりだ。長らくROMだった間にも、失言から炎上したり、不用意な写真から特定されたり、トラブルの事例は何度か目撃してきた。

 どうしても慎重にはなるが、しかし親しくなった人たちとイベント以外でも繋がることができるのは単純に嬉しかった。

 

「あ、Chikiちゃんからメッセ来た。えーと『あかね様っぽい人にフォローされた!』って早っ……こわ……」

「鈴名、ここでのことは黙っておこう」

「そうね……」


 あかねが目の前にいると知ると、すぐにでも飛んでくるだろうとの鈴名の見解に、目を見合わせてうなずきあった。

 心が通じたようでどこか楽しくなる。

 

「あら、早速何か話かけられましたわね。ご挨拶していただきましたわ」

「もうリプライ投げてる……三分も経ってないのに、暇か! あの子は!」

「相手をするのも、ほどほどで良いですから」

「ふふっ、分かりましたわ」


 手に持った携帯から、Chikiに繋がった実感がある。

 短い挨拶を返信すると、あかねは携帯をそっと胸に抱いた。

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