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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
池袋漫画革命編
52/171

第45話 おはよう池袋

 池袋漫画革命。通称、漫革。

 それは池袋のサンシャインシティで行われる大規模なオールジャンル即売会である。

 奥の展示場のA1、A23、C、Dのホールを使いながら、それぞれのホールが満員になるほど盛況である。

 オールジャンルとはいえその参加者の大半が男性であり、位置づけとしては男性向けのイベントとみなされている。

 例年コミマのない春と秋に開催され、今回の5月で21回目を迎える。

 最近のコミマで頻発している事件もあって、前回からスタッフを増員して開催に臨んでいた。

 

 そして今回、あかねは江口橋から呼ばれてこのイベントにスタッフとして参加することになった。もちろん、過去に参加した経験はない。

 それにしても、季節が同人イベントと共に進んでいるような感覚がある。

 この調子ではあっという間にC100夏を迎えてしまうだろう。


 あかねはこのところ常に、心の隅で焦りを抱えていた。

 大学も問題なく単位を取っているあかねは、両親からも特に趣味……この休日の早朝から電車に乗って出かけることについての口出しはされていない。心置きなくイベントには参加できるのだが、次に自分の取るべき行動、その選択肢が見えにくくなっていた。

 ちなみに妹のすみれはこの4月に高校に進学している。今日のイベントにも参加したいと言っていたが、少々刺激が強いと思われるため遠慮してもらった。不満そうではあったが、コミマで女性参加者の比率が高いジャンルを選んで参加する方が良いだろう。


 今日のサンシャインは、男子の遊び場になるのだから。



 ここはサンシャインの裏にあたるのだろうか。サンシャインには何度か来たことはあったが、あかねはこの場所に来たことがなかった。早朝の薄暗さに加えて、見上げれば首都高速の高架が重そうな音を響かせる。

 今集まっているのは20人程度。

 その中に雀田と児島の姿もあった。どうやら前回の冬コミで意気投合したらしく、雀田は今回あかねが漫革に参加すると言ったらすぐに手を挙げた。児島が混雑対応系の知識を得るためにスタッフ参加することを知っていたらしい。

 いつの間にか、あかねがスタッフ参加する日には誰かがついてくる決まりになっているようだ。

 今回倉敷は勉強のため、浅草で開かれるオンリーにスタッフ参加している。

 今集まっている20数名のうち、女性はあかね達4人だけだ。

 それでも他のホールに比べて最も女性比率が高いらしい。

 

「今回うちのホールは女性サークルが多いから助かる」


 と江口橋が言っていた。

 一般参加は男性が大半だが、サークルは女性が3割ぐらいいるらしい。そこで女性スタッフのいた方がいい場面が時々あるのだそうだ。

 

「A23ホールの皆さん、おはようございます。」

「「「「おはようございます」」」」

 

 声の方に目をやると、江口橋がいた。

 そう、今回江口橋はA23ホールのホール長らしいのだ。

 本人は「責任者は面倒だからやりたくない」とブツブツ言っていたが。

 

「鍵が開いたので、これからホールで設営です。図面持ちが何人がいるので指示に従ってください。よろしくお願いします!」

「「「「よろしくお願いしまーす」」」」

 

 声を張る江口橋は、責任者をやりたくないと愚痴をこぼしていたのと同一人物だとは思えないくらい、頼りになりそうな雰囲気だった。

 江口橋の言っていた『図面持ち』に、あかねも含まれている。

 図面右上にあたるエリアを中心に机の本数や位置の指示をするらしい。

 気を引き締める。

 去年秋の浜松町でのオンリーイベントと同じように、サークルの入場開始時間というリミットが決まっている。

 遅れるわけには、いかない。




 何度見ても、設営前の会場というのは不思議な光景だ。

 がらんとした広いフロアが、まるでこれからのイベントを楽しみにしているかのように見える。

 楽しみにしているのは自分だからそう見えているだけだろうが。


「壁のブロックは……ここから机四本、間を空けてまた四本ですわ」

「四の四ね、了解」

「そちらの島はそれぞれ……」

 

 まだ名前も知らない男性スタッフが周囲に伝言し、言われた通りにどんどん机を置いていく。

 彼らは的確に自身の役割を理解し、そして実行していく。

 社会人だとは思うが、きっと優秀な人材なのだろう。

 

「基準は壁から1200、島中と通路はそれぞれ2400ですわ」

「ちょっと狭いな……」

「今回サークル多いんだっけ」

「まあとりあえず置いてみようぜ」


 次々に運ばれ立てられる机。

 手慣れた彼らはストッパーの確認までを流れるように完了させていく。

 机の位置を微調整して、まっすぐ机が並ぶ。

 あとは椅子を乗せるだけ……と思っていると、椅子の台車が運ばれてくる。このタイミングを見越して取りに行っていたのだろう。やはり優秀だ。

 

「机は一本二脚だよな」

「ええ。余りは追加椅子として本部集約となっていますわね」

「了解!」


 浜松町の時よりも設営の展開がとても速い。

 人数が多いせいもあるし、その中でも男性ばかりだ。さらに浜松町よりも机が小さいこともあるだろう。

 あっという間に机が並んでいく様はなかなか壮観だった。

 

 

「おはよー! 手伝いに来たよ!」


 開けっ放しの正面入り口から、元気な声が聞こえてきた。

 ぱたぱたとポニーテールを揺らしながら、人懐っこい笑顔を振りまいている。

 C96夏や浜松町のオンリーで一緒にスタッフをした君堂莉子だ。


「サークルさんはまだ入って来ないでくださーい」

「今だけスタッフ! 設営と受付手伝うから! 江口橋さんにも言ってる!」


 顔見知りスタッフが多いのだろう。冗談を交わしながら挨拶に回っている。

 男性スタッフの言う通り今日はスタッフのリストにはなかったはずだが、今だけの手伝いなのだろうか。

 あかねに気づいた君堂が、早足で近づいて来る。

 

「おっ、瑞光寺さんお疲れ!」

「ごきげんよう、君堂さん」

「相変わらず美人だねえ。C97冬の活躍は聞いてるよ」

「恐縮ですわ」


 答えてから、活躍と言えるようなことをしたかと考える。

 あまり心当たりはないが、君堂が褒めている雰囲気は分かるのであえて深くは聞かないことにした。

 

「今日はスタッフではないのですか」

「知り合いの売り子。でも早く着いて暇だから設営手伝おうと思って。ここの備品管理は雑だから」


 ちょいちょいと指さすのは、雀田と児島が忙しそうにしているホール本部。

 君堂の言葉通り、いくつか備品の箱が開かれた前で児島が半分呆然としている。そんな彼女を雀田が励ましながらさらに箱を開けている。

 すっかりスタッフ業務になじんでいる雀田に目を細めると、あかねは君堂の方を向いた。

 

「それは助かりますわ。ちなみに売り子はどのあたりのサークルでしょう」

「あっちの階段横の『神谷晩天堂』ってとこ」

「浜松町の打ち上げの時にお話しされていた、人気のサークルさんですわね」

「よく覚えてるね……っと、椅子台車気を付けて! 柱にぶつかるよ!」


 君堂の注意が飛ぶ。

 すでにスタッフとしてのスイッチが入っているようだ。


「もう……ここぶつけたらうるさいんだから、気を付けないと。あ、今回も落書きホワイトボード置くよね。設置しちゃうよ」

「ホワイトボード……ですわね。ではよろしくお願いします」

 

 この会場は浜松町に比べると柱が多く、机の配置も柱を考慮しながらなので少し難しい。

 だからこそ図面持ちが4人も用意されたのだろう。

 会場によって色々と違うことが多いのだと改めて実感する。


「ああ、C97冬ではありがとうございました」

「え? 何かあったっけ」

「根岸さんに取り次いでいただいた……」

「あー、そんなこともあったね。全然全然。そもそも、あたし何もやってないし」


 笑いながらぱたぱたと手を振る君堂。

 本当に今思い出したようだ。

 

「それに、根岸ちゃんも喜んでたよ。オールの時に家に寄っていいって言われたって。こないだ行ったんでしょ? あと何か、そっちの……神崎さんだっけ。またお会いできたからどうこうって言ってたけど、何か聞いてる?」

「神崎、ですか」


 意外な名前が出てきた。

 確かに浜松町では一緒にスタッフ業務をしていたが、根岸と神崎の接点はそれほどなかったはず。

 この春に確かに根岸は映画の最速上映のために大泉に遊びに来て、深夜だったので迎えに……ああ、迎えに行ったのはお互いに顔を知っている神崎だ。

 あかねは深く考え込みそうだったが、君堂に「聞いておきますわ」と短く答えると、本部へと向かう君堂の姿を見送った。


 椅子の設営も順調に終わり、机にサークルカットを貼り付けていく。

 これも人海戦術であっという間に終わり、スタッフとしては一息つける場面だ。


「そんじゃあ、あたしはサークルの準備するね」

「ありがとうございましたあ、君堂さん!」

 

 児島が君堂を拝んでいる。こういうところで無自覚に恩を売り、君堂に力を貸す人が増えるのだろう。あかねもそうありたいと思う。

 予定の時間よりも早くホールの出入口が解放され、カートを引いたサークル参加者がどんどんホールに入って来る。

 サークル参加者は入場証方式ではなく、シールを服に付けている。

 一応ホールごとに色で区別されていてこのA23ホールのシール入場証は青色だが、今の時間帯は違うホールの人が入ってきても良い。ただし開場直前の時間になると自分のホールへと戻るルールになっている。

 

「おはようございます」

「おはようございまーす」

 

 シール入場証のチェックを兼ねた挨拶スタッフが、出入口で元気に声を上げる。

 あかねは自分たちの設営が無事に間に合った安心感と、綺麗に並べられた誇らしさに満たされていた。

 もっとも、サークルから見ればそれは「当たり前」の光景に過ぎないのだが。

 今日の本の頒布と交流を楽しみにしてきたサークルは、ほとんどが期待に満ちた表情を見せている。一部疲れが見えるのはギリギリまでコピー本でも作っていたのかもしれない。

 いずれにしても等しく日常生活から捻出された時間を今日の準備に使い、そして無事に今日を迎えたのだ。

 同じ会場で同じ時間を過ごす、仲間。そう思いながら、あかねは丁寧にあいさつをしていた。

 その時、珍しく知った顔を見かけた。


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