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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C97冬編
49/171

第44話 3日目 閉会、そして気づき

「こんなChikiさん初めて見た」

「ねえ」


 その空気を打破するように、明るいふたりの声がした。

 思考を中断したあかねは、改めてそちらを見て小さく頭を下げた。

 

「こんにちは、ダークネース様。リョリョです」

「探花です」


 ハスキーボイスの紫髪がリョリョ、オレンジ髪の方は探花と名乗った。

 倉敷が小さく「ああ」と声を上げたので、こちらのふたりも有名なコスプレイヤーなのかもしれない。

 事実、何度か雑誌にも載ったことがあるし、前回のコミマでも話題になっていたそうだ。

 

「初めまして。瑞光寺あかねです」

「え、本名」


 リョリョが驚いたようだが、あかねは時に気にしていない。

 とはいえ、前回からもどんどん同人関係の知り合いが増えていることもあり、そろそろハンドルネームを名乗っても良いような気がしていた。

 

「今のところ、ハンドルネームのようなものは持っておりませんの」

「へえー、このご時世で」

「あかね様はそういう俗っぽいものとは無縁なのよ。ねっ、あかね様!」


 そういうとChikiは勢いよくあかねの腕を組んでくる。

 違うアニメのキャラ同士だが、かたや味方陣営、かたや最終ボス。まずあり得ないような組み合わせだ。

 

「あの、あかね様……良かったらその、ご一緒に写真を……」

「ええ、いいですわよ」

「ほんとですか!? あ……でも作品が」


 くるくると表情が変わるChikiの前髪を、またそっと上げるあかね。

 まっすぐChikiの目を見つめる。

 

「C97冬だからこその写真になると思いませんこと?」

「あっ……はい……」

 

 まるで悪に魅了されるような構図だが、Chikiはもう陥落していた。

 なにやらいけないものを見ているような気がする倉敷だった。

 

「じゃあ、対決しているようなのでどうでしょう」

「あ、いいね」

 

 探花の提案に、リョリョが手を上げて賛成する。

 自然と倉敷がカメラ撮影役になった。

 とりあえず三人の陣営に対して、正面に立ちはだかるダークネース様。

 構えをとる三人に、あかねは無意識にスイッチが入っていた。

 

「……!」

「瑞光寺さん、殺気はいらないです」

「ああ、失礼」


 目を見開いたままの三人に軽く頭を下げると、その後は倉敷が構図を調整しながら撮影をしていく。

 そしていつの間にか、四人を囲むカメコの輪が出来上がっていた。


(ああ、この懐かしい感じ。撮影されるのも悪くないですわね)


 有名コスプレイヤーの三人に物怖じせず、堂々と振る舞うダークネース様。

 この写真がアップされ始めると、一部界隈で『アカネサマ』の名が知られるようになる。

 もちろん、今朝のシブロックでの雄姿もあっという間に結び付けられていた。

 ビジュアルが出たばかりのダークネース様。今日のコミマではあかねだけが扮していたのだ。



 不思議な時間は、唐突に終わりを告げた。

 あかねと倉敷の携帯が同時に鳴ったのだ。

 

「瑞光寺さん、警戒レベル4が発令されたみたいです」

「戻らなければならないわね」


 警戒レベルの引き上げ。

 それがふたりに知らされた情報だった。

 館内は直ちに巡回を強化し、休憩していたスタッフも戻らねばならない。

 

「清……いえ、Chikiさん、わたくしたちは行かねばならなくなりましたので。これで失礼いたしますわ。またお会いしましょう」

「あ、あかね様! 待ってください! これ!」


 そう言って差し出されたのは名刺だった。

 ChikiのSNSアカウントが記されている。同じように、リョリョと探花も名刺を差し出した。


「アカネサマ、楽しかったです。また、どこかでご一緒しましょう」

「ネットでも気軽に声をかけてくださいね」


 三人に見送られ、倉敷とあかねは足早に防災公園を後にした。

 またいつか、彼女らの待つこの場所に来られますように。

 

 


 警戒レベルが引き上げられ、すれ違うスタッフの顔にも緊張が見て取れた。

 あかねと倉敷は足早に東地区、自分たちの東4ホールへと戻る。

 ガレリアで休んでいる人たちにも、滞在する用事が無かったら早めに帰るよう促している。

 不穏な雰囲気を感じ取ったのか、腰を上げる参加者も多くいるようだった。


「何かあったのかしら……」

「また爆竹か何かがあったのかもしれないですね」

「そうですわね」

 

 倉敷はけがをした左手をかばうような仕草をする。

 同じ日に複数の場所で事件があった。

 愉快犯とは違う、何らかの意図が見え隠れしているような気がする。

 あかねにはそれが、夢で見た大事件と関係があるように思えてならないのだ。



 

「ああ、二人とも休憩中だったのにすまないな」


 東4に戻ってきた二人が本部に戻ると、江口橋が渋い顔をしていた。

 自分から休憩を指示した手前、ばつが悪いようだ。


「いえ、警戒レベルが上げられたら休憩もしていられませんから」

「ですわね」

「助かる。早速巡回を、と思ってたんだが、頼みたいことができてしまってな」

「頼みたいことですか」

「ああ。傷病者で……もう帰るサークルの方がいるんだが、東5までその荷物を取ってきてもらいたいんだ。ダンボールがひとつとカバンだと聞いているんだが」

「ご自分のスペースに戻るのも難しい、ということですのね」


 あかねの言葉に江口橋がうなずいて見せた。

 

「そういうことだ。もうしばらく東4の救護室で休んでもらうにしても、荷物が心配らしいんでな」

「承知いたしましたわ」


 江口橋はふたりにスペース番号の書かれたメモを渡す。ヘブロックということは、東5ホールの真ん中あたりのようだ。

 どういういきさつかは分からないが、荷物を置いたまま救護室に連れていかれたのでは不安だろう。ふたりは自然と急ぎ足で目的のサークルスペースに向かった。


 


「ヘの30b……ここね。確かにカバンとダンボールがある」

「では早く回収しましょう」

「そうだね」


 サークルスペースで体調を崩したのだろう。まだ残っている両隣のサークルが心配していたが、自力で帰れるようになるまで救護室で休んでもらうことを伝えると、幾分安心してもらえたようだ。

 スペース自体はすっかり片付けられていて、江口橋から聞いた通りの荷物しか残っていない。

 ふたりが最終確認をしていると、後ろから厳しい声をかけられた。

 

「ちょっと、何をしているんですか」

「えっ」


 振り返ると、見覚えのある顔があった。ふわふわ栗毛に糸目の美女。浜松町で一緒にスタッフをした冷泉美弥子だった。

 それと後ろにもうひとり、大人しそうな女性が不安そうにこちらをうかがっている。

 雀田と同じように首元で切り揃えた髪が揺れていて寒そうだ。顔つきもなんとなく似ていて、少し小さい雀田に見える。

 

「冷泉さん、お疲れ様です」

「あら、誰かと思えば瑞光寺さんじゃないの。驚いた」


 荷物を盗む不審者とでも思われたのだろうか。

 聞けばこのサークルを救護室まで連れて行ったのは冷泉らしい。


「すごいわね……キュアプリのダークネース様よね」

「ええ、初めてのコスプレなのですが、皆さん褒めてくださって」

 

 あかねを値踏みするように見てくる冷泉の視線には相変わらず慣れなかったが、素直に褒めてくれるところは嬉しかった。

 あかねは自分と行動を共にしている倉敷千夏のことを紹介し、冷泉は後ろにいた一条佐奈枝を紹介した。冷泉がブロック長をしているニヌブロックの副ブロック長らしい。

 倉敷はにこやかに挨拶をしたが、一条は相変わらずこちらを警戒しているのか、ぎこちなく頭を下げた。

 あかねは、初めて雀田が挨拶に来たときと雰囲気も似ていると思った。なぜだか、ここに雀田がいないのが惜しい。

 1日目のあかねと冷泉の雰囲気を思い出したのか、倉敷が一歩前に出る。

 

「冷泉さんは東6なのに、この東5のサークルさんを救護室に連れて行ったんですか」

「体調を崩されたのは、東6の宅配搬出のところだったから」

「あ、そうなんですね。寒いですしね」

「ちょっと風も出てきたから余計に……サークルさんの体調は大丈夫なの」

「そこまで悪いようではないみたいです。救護室で回復されたらお帰りになるみたいで」

「そう。救護室ならまあ……」


 冷泉は倉敷と和やかに話をしている。

 あかねと話すときの緊張感のようなものは全くなかった。

 もしかして嫌われているのだろうかとあかねは内心不安になる。

 一条はこちらをじっと見ながら押し黙っている。微妙な気まずさがあったが、今は自分の業務を優先するべきだろう。


「じゃあ中央縦通路から横通路を通って荷物を持っていきましょうか」

「そうですわね」


 宅配便を出し終わったのもあるだろう。残ったダンボール箱は軽く、カバンも空のペットボトルと数冊の同人誌が入っているだけで貴重品などは見当たらなかった。

 東5のトラックヤード側シャッターから吹き込む風はやや強く、周囲のサークルも寒そうに身を縮ませている。

 

 そこに立った時、強烈な既視感があかねを襲った。

 一直線にガレリアに向かって伸びる通路。

 両側に配置されたサークルスペース。

 吹き込む風。

 まるで頭を押さえつけられるような頭痛と耳に響く鼓動。


「瑞光寺さん?」


 遠くで倉敷の声が聞こえる。

 あかねは、手に持った荷物だけは取り落とすまいと踏ん張ろうとした。

 息が荒くなる。

 手の先が冷える。

 

「ここが……そうなのですわね」


 誰に向けるともないつぶやきは、倉敷と冷泉にだけ聞こえた。

 ふたりは同時に顔を見合わせて、恐る恐るあかねの肩に触れる。

 その時、遠くの方で破裂音が聞こえた。

 それがきっかけになったかのように、あかねの目に色が戻った。

 身体が急に現実を感じ始める。

 

「何? 6ホール……?」

「何か、ありましたね」

「申し訳ないのだけど倉敷さん、連絡先を教えておくから後で瑞光寺さんのことを教えてくださる」

「もちろんです、お気をつけて」


 冷泉と一条の気配が遠ざかる。


「倉敷さん、ご心配をおかけして……」

「すごく顔色が悪かったけど、大丈夫?」

「ええ、何とか」

「6ホールで何かあったみたいだけど、荷物だけ持っていったら、休ませてもらいましょ。今日は盛りだくさんだったし」

「そう、ですわね」

 

 あかねと倉敷の携帯に、何かのメッセージが着信する気配があった。

 おそらく今の件に関連した情報共有だろう。

 あかねには、それが何者からかの宣戦布告のように思えてならなかった。

 今回のC97冬。

 次回C98夏。

 次々回のC99冬。

 そして、運命のC100夏。


『それまでにやってみせろ』


 とでも言いたいのだろう。

 望むところだ。

 自分の全身の感覚が『ここだ』と知らせる。

 

「倉敷さん、わたくし次は、ここにいると思いますわ」

「瑞光寺さん?」

 

 大晦日の東京ビッグサイト、あかねは自分が新たなスタート地点に立ったことを実感していた。


 ※


 C97冬 入場者数


 1日目 17万人


 2日目 18万人


 3日目 20万人


 合計 55万人

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