第40話 3日目 変身(ただし悪役)
お嬢様の疑問に答えるように、正山が笑った。
「お着替えの手伝いでございます」
「誰の」
「お嬢様の」
そこまで聞いて、お嬢様はすべて謎が解けたらしい。
猛獣のように鋭い瞳を雀田に向け、言葉を探している。
じわり、と雀田の背中を冷や汗が流れる。今日何度目だろうか。
「お……瑞光寺さん、早くしないと。サークル受付が始まっていますので」
「あとで、ゆっくり話を聞くわね」
さすがはお嬢様。言葉上は平静を保っている。言葉だけは。
とうとう耐え切れず目をそらした雀田だったが、キャリーバッグから取り出した布の感触によってあっという間に喜びに塗り替えられた。
光沢のある暗い紺と紫のドレス。濃い緑のウイッグと頭に付ける装飾。
雀田から依頼したこととはいえ、本当にこれらを二十時間でそろえてしまうとは。正山の執念のようなものを感じる。
「これは……」
衣装を前に言葉を失くすお嬢様。
これから自分が何に扮するか、理解したのだろう。
日曜朝の人気子供番組の、敵の女王。
「キュアプリの、ダークネース様」
誰もが思わず「様」づけで呼んでしまう。
強大で、高貴で、神秘で、冷酷、そして気まぐれな慈悲を見せる邪悪なる敵。
これまた魅力ある敵幹部たちが膝をつき首を垂れる。
ついこの間、とうとうそのビジュアルが解禁され、今でもその熱狂は冷めやらずSNSではファンアートが飛び交っている。
シリーズでも屈指の強敵であることは確実で、先週は一瞬登場した後、主人公たちをあっという間に蹂躙していた。かと思えばその帰路、泣いていた女の子に飴を食べさせるなど意外な一面を見せた。
今、この強敵を一体どうすれば倒せるのかと全国のちびっこ達が絶望し、時折見せる優しさのギャップに大きなお友達が強烈に惹かれている。
「強すぎて、美しすぎる」そんな敵幹部のセリフも、この時期でなければ今年のネット流行語に選ばれただろうと話題になっている。
そんなダークネース様の衣装が、目の前にあった。
「この正山、全身全霊を賭けてお作りいたしました」
「まさか、一日で?」
息を飲むお嬢様に向けて、正山はにっこり笑う。
お嬢様も思い出したのだろう。1日目に倉敷嬢がつぶやいた言葉。きっと似合うと推してくれたキャラクター。
今月ようやく謎に包まれていたその姿を見せたところだ。
雀田はぱっと閃くと、正山に電話で衣装の作成をお願いしたのだ。
「まるでソーイング・ミーではないの。雀田、何を考えて正山にこんな無理を」
お嬢様の声をさえぎるようにして、正山が間に立った。
身長差があるためお嬢様を見上げるような正山は、ゆっくり首を振る。
「お嬢様。この正山の使命は、お嬢様たちを着飾ることでございます」
「違いますわよね」
確かに簡単な繕いは何度もしていた。
正山が作った服を普段着としても着ていた。
まさか、あれは正山の趣味だったということなのだろうか。
「そのお嬢様の晴れ舞台、一日や二日の徹夜など物の数ではございません。久しぶりに血の騒ぐ二十云時間でございました」
暗に寝ていないことをほのめかす正山。
その眼は今朝の雀田によく似ていた。疲れがあるはずなのに妙に輝いている、何かに突き動かされている者の目だ。
「早く着ましょう、瑞光寺さん。とにかく時間がありません」
お嬢様が怯んでいる隙に雀田は手早く荷物を広げる。ここまで来ればもう勢いに任せる。
正山が着付けを、雀田がメイクを担当する。
幾人かの女性スタッフが着替えのためにこの更衣室を訪れたが、鬼気迫る雰囲気の一角にはあえて背を向け、見ないようにしていた。
されるがままのお嬢様はともかく、着付けとメイクに忙しい二人の恐ろしい表情は何事をも言わせぬ空気を醸し出していた。
見た目だけではなく着易さも念頭に置いた正山の衣装……その『作品』とも呼べる衣装は、もちろん動きやすさと防寒も考慮されていた。
手足を動かし、違和感がないことを確認する。
メイクの方も、もともとそこまで手を加える必要はない。お嬢様は元々美人で、そして悪役の顔だ。
ウイッグと装飾品を身に付けると、もはや言葉はいらなかった。
「これが、わたくしですの」
そのお嬢様は心中で(月並みなセリフだ)と思っていたが、付き添ったふたりは息をすることに精一杯だった。
お綺麗だ。
ダークネース様そのものだ。
去年までモデルの仕事もしていたお嬢様は、もうこの衣装の着方を飲み込み始めている。
静かに立ち上がり、少し歩く。その所作に、違和感がない。
「動きやすさはいかがでしょう」
「まったく問題ありませんわ」
「それは良うございました」
正山の仕事は完璧だった。
とても突貫で作ったとは思えないが、何十年も積み重ねてきた経験がなせる業なのだろう。
お嬢様の言葉に安心した正山は、深々と頭を下げた。
「それでは、正山は下がらせていただきます。夕刻のお着替えは雀田に任せておりますので」
「任されております」
衝撃の去った雀田に、抑えきれない興奮の波が押し寄せてきた。
やはりあの時、正山に頼んで正解だった。
この衣装、この表情。お嬢様の魅力が引き上げられている。
そうだ。スタッフたるものまずは注目してもらわなければならないはず。注意の呼びかけも困っている人がいるときも、まずは自分に気づいてもらうことが大事だ。
その点この衣装はどうだ。
この部屋を包み込む雰囲気はどうだ。
誰もがお嬢様から目が離せない。とても目立つ。それも、とても良い方に目立つ。
これが、私のお嬢様。誠心誠意お仕えする、敬愛の人。
本当にお美しい。
そんな雀田に、お嬢様が何か言いたそうにしていたが、
「お嬢様」
正山が先に口を開いた。
「雀田をお責めになりませんよう。正山は久しぶりに張り合いのある仕事ができて満足しております」
晴れやかな笑顔でそう言われた手前、雀田に対して責めるわけにいかなくなった。
正山にはとんでもない作業を、しかも急に押し付けたのにも関わらず、本人がこれ以上ないほど満足しているのだ。強いて言うならお嬢様本人の意思を確認せずに計画を実行したことは責められようが、雀田は自慢のお嬢様のことをたくさんの人に見てもらいたかったのだ。
「はあ、分かりましたわ」
「さすがはお嬢様……いえ、ダークネース様。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ええ、ありがとう。きちんとお休みなさい」
頭を下げる正山を背に、悠然と更衣室を去るお嬢様だった。
そして世界が、お嬢様を知る。




