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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C97冬編
42/171

第37話 2日目 撤収と問題

 閉会数分前。

 二十人近くのスタッフが、サイドヤード側の外周通路であるシ79とシ80の間の壁に集まっていた。

 スタッフの顔ぶれを見ると、全員東4ホールのスタッフではあるが、担当ブロックはバラバラだ。

 そんな混成部隊を前に、ルレロブロックのブロック長である桐宮が声を上げる。

 

「撤去作業は素早く行うことが大事だけど、サークルを追い立てるようなことは絶対にしないように。これだけは心に留めといてください。人が多いので運搬時にも最大限気を付けて。スピードよりも安全だから」

「「「はい」」」


 このC97冬では3日目ロブロックの配置はない。

 外周に面しているロブロックがないことによって、最終日となる3日目の外周通路が広くなり、混雑密度が下げられるというわけだ。

 あかねは雀田と共に、この撤去作業に参加する。

 本来であればラリブロックとルレロブロックで対応する予定だったが、ルレロブロックの児島が体調不良で早退し、ラリブロックでも同様に体調不良者が、それも複数人いるとのこと。

 良くない弁当が混じっていたらしいと、昼食の食べ分けの調査結果から推測されている。


「まずは椅子の回収から着手して、次に机の順で片付けていくので。繰り返すけど撤収が終わっていないところはそっとしておくこと、周りに気を付けることを心がけてください」


 机の数は五十程度、机一本に椅子が四脚なので、椅子の数は二百。二十人で取り掛かればそれほど無理な数でもない。

 

「雀田さんは体力に自信がおありでしたよね」

「神崎ほどじゃないですけど」


 趣味で筋肉を作っている神崎と同等だとはあかねも思っていない。

 浜松町のオンリーで嬉々として机を運んでいたその姿を思い出し、少し笑ってしまう。


「コミマは最終日が勝負です。ここで体力を使い果たさないようになさいませ」

「はい」


『これにて、コミックマート97冬、2日目を終了いたします。お疲れ様でした!』

 

 話しているうちに、閉会のアナウンスが流れた。

 集まっていたスタッフは、拍手をしながらロブロックの各所へと散ってゆく。

 このジャンルは比較的撤収が早かったせいか、閉会まで残っているサークルがかなり少ない。それぞれの島に三サークル程度。ブロックは四つの島からできているので、約十サークル程度が今から帰り支度を始めている。

 あかねと雀田は、桐宮の指示通りに椅子を回収する。

 無理をせず両手に一脚ずつ。指示された集積場所まで運んでいく。

 そんな作業の繰り返しの中でも問い合わせは受ける。


「あの、荷物の発送はどちらに……」

「東6を出たところで受け付けておりますので、少し遠いのですがあちらへ」

「ありがとうございます!」


「ゴミ箱は近くにありますか」

「そこのシャッターを出てすぐ右に曲がったところにございますわ」

「そこですか。助かります」


 かなり減っているとはいえ、閉会後もサークルの数が多い。スタッフとしてもまだまだ気が抜けないと実感する。

 閉会で人が少なくなったホールは冬の風が吹き抜け、体感温度が一気に下がる。しかしこの撤去の一団は体を動かし続けているために比較的薄着のままだった。


 何往復かするうちにやがて運ぶ椅子が減っていき、何人かが机に取り掛かる。

 机はたたむ役の人と運ぶ役の人に分かれているようだ。

 まだブロックには数サークル残っているが「急がなくていいですよ」と桐宮が声をかけていた。

 実際、数本机が残っても閉会後作業にはほとんど影響しない。強いて言うなら机が無い方が明日の荷物の搬入トラックを入れやすいがその程度だ。


 あかねは雀田と協力して机を数本運んだところでお役御免となった。

 今日あまり混雑しなかったのもあり、体力を余らせた男性スタッフが楽しそうに机をどんどん運んでしまったからだ。

 最後の机一本を片付けて、すっかり何もなくなったブロック。それを見た桐宮が終了を告げる。

 

「ブロック撤収終わりです。ありがとうございました! 引き続き前日作業に入ってください!」

「いいダイエットになりますね、これは」

 

 そう笑う雀田の顔にはうっすら汗が見えた。ちゃんと拭かないと風邪を引きそうだ。

 

 前日作業はそれほど複雑ではないが、とにかく数が多い。

 サークルスペースには「おはよう紙」と呼ばれるA4の紙をテープで貼り付ける作業がある。

 サークルが朝来場した後にしなければならない受付について説明する紙で、貼り付け作業自体も、紙を用意し、テープをちぎり、セットし、テープを貼り付ける、という一連の作業で十数秒かかる。それが、ひとブロックにつき百二十スペース、それが二ブロック分あって合計二百四十スペース。すべてに貼り付けなければならないとなるとかなり時間を取られてしまう。

 児島が帰ってしまったので、倉敷だけが先行して作業をしてくれていたが、ひとりではあまり効率は良くないようだ。

 

「お嬢様、私がひたすらテープをちぎりますので、倉敷さんと貼り付け作業をお願いします」

「分業ですわね、雀田さん。あとわたくしのことは瑞光寺とお呼びなさいませ」

「失礼しました」


 閉会で気が抜けたのだろうか。

 だがまだスタッフ業務は終わっていない。

 倉敷と合流し、ルレブロックの作業の方針を確認する。

 あとは黙々と貼り付けるだけだ。

 

 トラックのエンジン音が館内のあちこちから聞こえる。

 印刷会社の搬入が始まったらしい。

 ふと見まわすとほとんどのサークルは撤収しており、首から搬入員証を下げた業者が、本の詰まったいくつものダンボールを台車で運んでいる。

 昼間とは少し違う熱気が、ホールの中に満ち始めていた。

 


 おはよう紙の貼り付け作業が最後のひと島に差し掛かったところで、あかねは声をかけられた。

 

「あの、すみません」

「はい」


 目の前にいる大人しそうな女性。年はあかねよりは上だろう。

 搬入員証をつけていない。ということは今日の参加サークルだろうか。


「ダンボールを捨てたいんですが……」


 その女性の後ろに、巨大なダンボールが置かれている。

 縦一メートル横五十センチの大きな箱に、畳んだダンボールをこれでもかと縦に突き刺している。その高さ約一メートル。

 とても重そうだがどうやら引きずって運んでいるらしい。

 何か大きめのグッズが入っていたのかもしれない。


「ダンボールでしたら、そちらのシャッターを出て右のところにあるゴミ箱に捨てられますわ」

「それが、そのゴミ箱、もう閉まっちゃってて」

「えっ、そうなんですか」


 雀田が声を上げる。確かに今までゴミ箱が撤収する時間を気にしたことがなかった。

 あかねは、ほかにダンボールを捨てられる場所を知らない。

 正直に伝えるべきだろうが、こういう時に頼りにするインフォメーションブースはもう撤収していた。

 倉敷は同じ島で、紙の貼り付け作業を終えようとしていた。

 

「どうしましょう……」

「どうかしましたか」


 あと数枚だけ貼り残している倉敷が戻ってきたら相談しようと思っていたら、江口橋の声がした。

 あかねはほっと胸をなでおろす。

 

「江口橋さん」

「おはよう紙を貼り終わった報告が、瑞光寺雀田組だけ済んでなかったんでな」

「それはあと少しです。実は……」


 目の前のサークルの事情を簡単に説明する。

 事情を把握した江口橋はサークルの女性に向き合うと、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「事情は分かりましたが、実はあのゴミ箱はビッグサイトの管轄で準備会ではないんです」

「捨てられない、ということでしょうか」

「残念ながら……」


 しかし、女性の後ろにある巨大なダンボールの塊をここで処分できないとなると、かなり困難なことになる。

 おはよう紙を貼り終えた倉敷が合流したが、大体の事態を一瞬で察したようだ。


「これは、持って帰れませんね……」

「江口橋さん、サークルさんがお困りなのです。わたくしたちで引き取りましょう」


 あかねは言い切ると、サークルに向かって胸を張った。

 

「こちら、わたくしたちでお引き受けいたしますわ」

「えっ、いいんですか」

 

 どうすればいいのか、後で考えればいい。

 まずサークルのことを考えたとき、このまま持ち帰るということはできない。

 この広いビッグサイトの中で、この程度のごみを留め置けないわけもないだろう。

 

「お任せください。サークルさんを助けるのがスタッフの役目ですから」

「しかし瑞光寺さん」

「江口橋さん、この量のダンボールをサークルさんで持ち帰れるとお思いですか」

「それは難しいだろうが……」

「本部で預かるとか、何か方法があるでしょう」

「わ、私も知り合いに当たってみます」

「ありがとうございます、倉敷さん」

 

 その女性サークルさんは、恐縮して何度も何度も頭を下げていた。

 四人の前に残された、巨大なダンボールの塊。

 明日からはゴミ箱の撤収タイミングについてのアナウンスをした方がいいかもしれない、とあかねは考えていた。

 おそらく今までも、こういう事態はあったのだろう。その度に自力で持って帰ったり、あるいは適当に放置されてきたかもしれない。

 今のコミマの状況を考えると、持ち主の分からないような箱が適当に放置されている状態は避けなければならないはずだ。

 

 

 

「え、何それ。そんなの置けないよ。困る」

「ダンボールのゴミを捨て損ねたサークルさんがいらっしゃったのです。そういうことを想定もしていないのですか」


 しかし、持ち帰った本部の対応は冷ややかだった。

 露骨に顔をしかめ、善後策を話し合うような雰囲気でもない。


「そんなの自己責任じゃん……江口橋さんルレロで何とかしてよ」

「ルレのサークルスペースに勝手に置くことはできないな」

「当たり前でしょ。全員で手分けして持って帰ったりしてよ。とにかく本部では受け取らないから」

 

 手分けと言っても、今は桐宮、江口橋、倉敷、雀田とあかねしかいない。

 本部から拒絶されたルレロブロックは、ダンボールを引きずりながら、トラックヤード側外周通路の東5との境目あたりまでやってきた。

 

「外のテントも断られてしまった。もともと広くもないし風が強いと飛ばされることも考えられるから無理だと」

「上の控室、というのも難しいですわね」


 スタッフ控室は施錠されるが、荷物が置きっぱなしだと結局外に出されてしまうはずだ。

 それでは不法に投棄されるのとそれほど変わらない。


「一体、どうすれば……」


 閉会後に、思わぬ苦境に立たされてしまった。

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