第34話 2日目 雲雀さん
ふたりはホールの中に入ると、自分の担当するラリルレロのブロックを回る。
しかし思った通り、冬コミではペットボトルのゴミはそれほど出ないようで、集まりは夏に比べて半分以下でしかない。
「ホール全体回っちゃおうか」
「ええ、目立った混雑もありませんものね」
東4ホールの残り半分、ラブロックからムブロックまで回ってもまだ余裕がありそうだ。
「ペットボトルのゴミがあれば回収いたしますわ」
「あ、大丈夫ですー」
「あと体調悪い方も言ってくださいね」
「はーい」
あかねは倉敷と一緒にサークルの様子を見て回る。支障がないとはいえケガ人にゴミ袋を持たせるわけにもいかず、ペットボトルの袋はあかねが持って歩いている。
館内は少し寒く感じるが、今日は風がほとんどないため比較的過ごしやすい。
それでも、座りっぱなしでじっとしているサークルと、常に歩き回っているスタッフとでは感じ方が違うだろう。魔法瓶で温かいお茶を飲むサークルを見てそう思うのだった。
体調不良者もおらず、落ちてるゴミも見当たらない。
あかねは、せっかくなので東5も回ってゴミを捨てに行こうと提案した。
しかし倉敷の表情は冴えない。
「うーん、どう、かな」
「何か問題がありますの?」
倉敷は少し言いづらそうにしていたが、一瞬東5のホール本部をちらりと見てあかねの方に向きなおした。
「コミマって、ちょっと縦割りなとこがあるというか、見えない国境があるというか……」
「ホールで、でしょうか」
「うん、まあ。ホールだったり地区だったり担当部署だったり……ホールによってはブロックごとにってところもあるらしいし。それに東5って変わった人が多いって聞くし、なんか文句言われてもやだなって思って」
「ゴミの回収が間違ったこととは……」
そこまで言って、東2のことを思い出した。
前回のC96夏で同じことをして、咎められたのだ。同じホールのスタッフに。
「間違ってないといえば、そうなんだけどね……」
倉敷もどう伝えればいいのか迷っているように見える。
東4ホールと東5ホールの間、ミブロックとムブロックの間にそんな目に見えない境目があるなんて思わなかった。
正直なところ、今もあまり腑に落ちていない。
倉敷が言うのならと引き返そうかと思ったとき、声をかけられた。
「お疲れ様。ペットボトル回収してくれてんの」
声のした方を見ると、メイドがいた。正確にはメイド服姿の短髪の男性だが。
スタッフの帽子と腕章があるが、東4のスタッフではない。東5のスタッフだろうか。
「えと……」
「はい。昨日のこともありましたので、ペットボトルだけでも片付けておこうと思いましたの」
言葉を探す倉敷に代わって、あかねが堂々と答えた。
こういう時は堂々とするに限る。
嫌な顔をされるかと思ったが、メイド男はパッと表情を明るくした。
「偉い!」
突然大きな声を出されて、あかねは目を見開いた。
倉敷も固まっている。
「甘く見られがちだけど、ペットボトルってバカにできないんだよね。中身何入ってるか分からないし、転がるし。冬場は余計に飲み残しとかあって嫌だよね」
メイド男は一人で話して一人でうんうんとうなずいている。
あかねは前回の東2ホールで教えられたことを思い出していた。
『巡回するときは不審物に気を付けてください。特に液体の入ったペットボトルは要注意です。速やかに排除する必要があります。たとえ空であっても、誰かが踏む危険があるので……液体が入る円筒上の物ってある意味とんでもない怖さですよね』
ホール長はそう言っていたのに、別の人は集めて回るなと言う。
ペットボトルの危険性から考えるとそれを集めて回るという行動は、悪いことと思えないがそう見えることもあるのだろう。
目の前のメイド男に、どう映ったのだろう。また咎められることをしたのだろうか。
あかねの鋭い目に気づいたのか、メイド男は居住まいを正した。
自分のスタッフ証を見せながら、軽く頭を下げる。
「ああ、ごめんごめん。東5ホールのマミブロックのブロック長で、雲雀といいます。お二人とも4ホールなのにうちのブロックまで回ってもらって、ありがとう」
雲雀の言葉からは、嫌味や皮肉といったものは感じられなかった。
ヒバリという可愛らしい苗字に相応しく、穏やかそうな顔に薄っすら化粧もしているようだ。
そこまでするならウィッグぐらい用意すればいいのに……とあかねは別のことを考えていた。
「しかしでっかい袋だね。結構分厚いし、備品にあったっけ」
「ゴミ箱の方にいただきましたの」
「へえ、もらえるんだ。知らなかった」
雲雀は素直に感心していた。
そういった発想はなかったらしい。
「それにしても度胸あるね。ゴミ箱の係の人にもらうなんて」
「あの方たちも、参加者みたいなものですわ。つまり仲間です」
「あっちは仕事だろうから厳密には違うだろうけど、まあその意識は大事だね」
「警備員さんや食べ物のお店の方も同じだと思っておりますわ」
「そうだね。良いこと言うなあ。実際掃除の人とかいないと大変なことになるだろうしね」
ずいぶん話し上手な人だとあかねは思った。
倉敷も同じように思ったらしい。すっかり緊張が解けているようだった。
「あの、雲雀さんはゴミを集めて回るのことに何も言わないんですか」
「え、なんで? 昼過ぎたらゴミ拾いぐらいするでしょ」
軽く言われてあかねは倉敷と顔を見合わせた。
あかねは東2とずいぶん違うと思い、倉敷は東5は聞いていた通り変わった人が多いのだと思った。
「確かにまだ十二時前だけど、そっちもあんまり忙しくないみたいだしね」
「そうですね。そっち『も』ということは5ホールもですか」
「まあご覧の通り」
こちらをご覧くださいとばかりに手を掲げた先の東5ホールは、東4と同じぐらいの混み具合だった。つまり、平和。
いくつか列はできているようだが、スタッフが常に常駐して整理しなければならない状態でもない。
「その分、例の件で巡回を厚めにして警戒はしているけど……どうも緊張感が保てなくていけないね」
「こちらも同じですわ」
ベテランのスタッフは目を光らせながら巡回を続けられるが、若手は見るべき箇所が掴みづらいのかすぐに飽きるようで……と雲雀はぼやいた。
「サークルさんの顔色とか、トラブルがないかとか、窃盗されやすい状態じゃないかとか、色々見るべきところはありますけどね」
「おお、凄いね……えっと、倉敷さん。うちのホールの若いのに言ってやってほしいよ」
倉敷のスタッフ証を見ながら雲雀が褒めると、倉敷は「まだ三回目ですが」と謙遜する。
雲雀はまだ経験が浅いことを驚きながら、その注意深さは誇れる長所だと倉敷を褒めていた。
「平和はいいけど、お互い油断はしないようにね。ピリピリしたコミマなんて嫌だけど、事件や事故が起こるなんてもっと嫌だからね」
三人がうなずくと、見計らったように声がかかった。
「雲雀さん」
「おう、どうした」
東5ホールのスタッフらしい。
普通の格好をした普通の男性だ。
あかねは、雲雀のメイド服が東5ホールのスタンダードだと思い込み始めていたことに気づき、そんなわけないと頭を振る。
「トラックヤード側の男子トイレ、吐しゃ物で一時封鎖です」
「封鎖って……どういう状況」
「どうも床に」
「間に合わなかったってことか……患者は?」
「行方不明ですね」
「うわ、最悪……」
話を聞いているだけでも大変な事態だと分かる。
東4でもトイレの状態をチェックする必要があるかもしれない。
犯人(と呼ぶのが適切かどうかはともかくとして)は、まだこの地区をウロウロしている可能性がある。
例えば、靴の裏にウイルスを付けたまま、ばらまきながら。
「4ホールも、衛生面で気を付けた方がいいよ」
「そのようですわね」
あかねは手に持ったゴミ袋に目をやった。大体半分ぐらいのペットボトルが集まっている。
ここらで切り上げるのがいいだろう。
「このゴミ袋を捨てて、桐宮さんと江口橋さんに報告しましょう」
「そうだね」
倉敷はあかねの言葉に力強くうなずいた。
「ああ、雲雀さん」
「うん?」
「ウイッグをかぶられてはいかがかしら。とても魅力的なのに画竜点睛を欠きますわ」
雲雀は一瞬目を丸くすると、すぐに口元を緩め「次は必ず」と笑ったのだった。
今日はリアルではC102ですね。




