第33話 2日目 意外な再会
C97冬の2日目の東456地区は、配置ジャンルとしてはあまり混雑しない日となる。
しかし、ホール内には緊張感が漂っていた。
まずホール朝礼で伝えられた1日目の話。
一番大きな事件は、西1ホールと東1ホールで爆竹が鳴らされる事件があったこと。
手口は、欠席サークルの机の上や机の下に荷物を置く。その中に時限で仕掛けた爆竹が炸裂するというものだ。
ここ東4も狙われていた可能性が高いが、未遂に終わっている。それは倉敷の不審物対応が功を奏したものだったが、代わりに倉敷は手首を痛めることになってしまった。
褒められた倉敷の左手には痛々しい包帯が巻かれている。
全スタッフに向け、不審物への注意喚起がなされ、特に持ち主不明の荷物は速やかに共有し隔離する方針となった。
今日は朝から館内全域で警戒レベル3が発令され、各責任者は神経を尖らせている。
さらに、1日目体調不良になったサークルが多かった。
どうやら食中毒らしいのだが、東4ホールでは特にラブロックに集中していた。
参加者に黄色ブドウ球菌か何かの感染者がいて、ばらまいた可能性も考えられるという。
また、東京ではノロウイスルの流行も報道されている。
ノロウイルスの場合、汚物に付着したりそこから飛散したりといった可能性が考えられるため、トイレが汚れていたり、床に吐しゃ物があった場合は速やかに現場の確保と報告を行うことも指示されていた。
「今日はロブロック撤収ぐらいで、一日のんびりできると思ったんだけどなあ」
ルレロブロック長の桐宮がぼやく。
ホール内の警戒態勢により、ブロック長レベルの行動が大幅に制限されるらしい。
ちなみに桐宮の言う「ロブロック」は3日目の配置はないため、2日目の終了時に机椅子を片付ける必要がある。その作業のことを指している。
最終日を待たずして撤収作業をしなければならないのだが、その役目がルレロブロックを中心に行われるというわけだ。
「昨日、江口橋さんが犯人らしき人を追っていましたが」
「取り逃がした。そのまま地区本部に行って報告をしていたんだが、その間に東1と西1で爆竹が鳴ったようでな。追ってた犯人との関連があるかどうか、さらに詳しく聞き取り調査に付き合うことになった」
「そのまま帰って来れなかったんだよね、江口橋さん」
「そうだったんですの……」
途中まで同行していた安威と雀田だったが、人混みに慣れていないこともあってあまり役には立てなかったらしい。
消沈していた雀田を、桐宮が励ましていた。
「というわけで、今回は不審物と汚物という視点でしっかり巡回する必要があるわけです。まあこれに混雑も加わる東123に比べればマシなんだろうけど、ちょっとシャレになってないのでしっかり見るようにお願いします。サークルや一般から聞かれたときの対応ですけど……」
桐宮がブロック員に向かって説明を続ける。
あかねは隣に立つ江口橋に目をやるが、相変わらず厳しい表情をしていた。
取り逃がしたのが悔しかったのだろうか。
捕まえていれば何か分かったかもしれないと思うと、無理もないことだった。例えばただの愉快犯なのか、もっと大きな騒動を起こそうとしていたのか。単独犯なのか、複数犯なのか。食中毒らしき症状が集中したこととの関係。
本気で狙われているとすれば、今日もまた同じことが起きてもおかしくない。
今日はスタッフ全体が神経を尖らせることになりそうだった。
「特にウイルスはシャレになってないから……」
「流行ってるノロウイルスは感染力が強いから、本当に気を付けてください!」
桐宮にかぶせて、児島が元気よく声を上げた。
聞くところによると実家が製菓業で、児島自身も食品衛生関係の資格持ちらしい。
「もしそういう現場を見かけたら、自分が近づきすぎないことが第一、次に人を近づけさせないことが大事なので覚えておいてくださいね」
見かけないことが一番だが、万一見かけてしまった場合、知識無くに近づいて感染しやすい環境に立ってしまうのは危険だ。
参加者を守るためにまず自分を守る。
色んなスタッフが異口同音に言っていることだ。
あかねは改めて心に心に刻み込むのだった。
「お嬢様」
「安威、神崎。今日も来ましたのね」
後ろからの声に、振り向きもせずにあかねが答える。
「事件が多いようですので」
「まあ、否定はできませんわね」
何かが起こっている。
嫌な予感がまとわりついて離れない。それはきっと、夢のことと無関係ではないだろう。
「昨日と同じように手出しは無用です。ただし、窃盗やトラブル、不審者がいたら連絡をちょうだい。目は多い方が良いわ」
「承知いたしました」
ふたりは恭しく頭を下げると、会場内へと散っていった。
開場後も東4はずいぶん静かだ。
「昨日とは全然違いますわね」
「そうだね。開場してまだ一時間ぐらいなのにのんびりしているというか、空気が緩いというか。一部の人には物足りないかもしれないけど、私はこういう雰囲気でいいかなあ」
「いますものね、混雑がお好きな方」
「ね。まあサークルさんにとっては参加者が多い方がいいから、少ないとそれはそれで困るかもしれないね」
あかねは今日も倉敷と組んで巡回することになった。左手の包帯が痛々しいが、本人は特に不便していなさそうだった。軽症のようで、あかねは胸をなでおろす。
雀田は児島に気に入られたようで引っ張られて行ってしまった。
桐宮は本部に張り付きで、江口橋は定点立ちとなる。
倉敷の言う「のんびり」はもちろんサークル参加者と一般参加者のことであって、予想される参加人数の割にスタッフは緊張感をもって巡回をしている。
混雑としては東6ホールの外周で多少列ができているようだが、東4ホールだけで見ると普段の午後2時前のような人口密度だった。
トラックヤードにまで出てきても、あまり様子は変わらなかった。シャッター脇のサークルから多少列が外まで伸びてきているが、スタッフが何人も付いて整理するような状態ではなかった。
はるか遠くの東6ホールあたりには人混みが見える。
「これは、緊張感を保つのが難しいかもしれませんわね」
「確かに……気を抜いちゃうね」
シャッターサークルにも三十人並んでいるかどうか。
外向きに頒布せず、シャッターを閉めて内側で頒布する方が温かくて良いかもしれない。
しかしそれはあかねにも倉敷にも決められることではない。
シャッター脇にあるゴミ捨て場を通りかかったところで、意外な人物を見かけた。
あかねは丁寧にひざを折って挨拶をする。
「ごきげんよう、お久しぶりです」
「アラ、コノ間ノ」
前回のコミマでペットボトルを回収するためのゴミ袋をくれた、腕のたくましいおばさんだった。
親しそうに話すあかねのことを、倉敷は半分口を開けて見ている。
「前は東2でしたけど、今回は東4ですのね」
「毎回で違うカラネー」
そう言っている間にも、ゴミを持ってきた参加者からさっとゴミを受け取って、紙ゴミと燃えるゴミに瞬時に分別する。
視線は一瞬で、どうやら触感で分別しているらしい。プロフェッショナルの空気がある。
「素晴らしい手さばきですわ」
「いつもの仕事ダカラ」
おばさんは「このイベントは特に紙が多い」と笑う。
その間にももう一人からペットボトルを受け取ってゴミ袋に放り投げる。
「外国の方なのですか」
「ソダヨ。出稼ぎ多い。半分ヨリ多い」
「そうなんですの。参加者も外国人の方が多いようですし、語学を勉強した方がいいですわね」
「ここ連れて来タラ通訳スルヨ」
「まあ、頼もしい」
二人してカラカラと笑っていると、倉敷があかねの袖を引いた。
「知り合い?」
「ええ。前回ゴミ集めのためのゴミ袋をくださいましたの」
「えっ、それだけで? 瑞光寺さん、人と仲良くなる才能があるんじゃない」
才能、というほどのものはない。
人と話をして、ぼんやりと顔を覚えているだけだ。
とはいえ倉敷はその顔を覚えるのが苦手なのだが。
記憶力の良さはあかねの長所であると言えた。
「いつもコミマのゴミ箱を担当されているのですか」
「仕事コノイベントに限らないケド、私コノイベントでやりたい言テル」
参加者から受け取ったビニール袋を手早く開け、ペットボトルだけを取り出して他を捨てる。
ペットボトルはペットボトルのゴミ箱へ。
あかねと話をしていながらも、自分のやるべき仕事を第一にこなしているその姿に、あかねは好感を持っていた。
「私コノイベント好きよ。ミンナ礼儀アル。それと楽しソウな顔」
「楽しいのは間違いないですわね」
「給料も良イカラ好き。アト自由がアッテ良い」
「確かに。お給料は時期的に良さそうですわ」
お盆と年末……それも通常なら仕事納めが済んだ頃。
日本人なら帰省しているかもしれないし、人手を確保するための臨時出勤手当のようなものがもらえてもおかしくない。
自由があるの意味は分からなかったが、それを聞く前にゴミ袋を手渡された。
「またゴミ集めテネ」
冬の太陽よりも明るくにっこりと笑うおばさんに、あかねは優雅に礼をして返した。
とはいえさすがに冬。ペットボトルのゴミもそれほど出ないので、倉敷とふたりで一袋ということにした。
昨日のこともある。ゴミを回収することは不審物を見つけやすくすることに繋がると思えば無駄にならないはずだ。




