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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C97冬編
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第31話 1日目 地元話

 午後の巡回は倉敷たち三人と雀田を加え、女四人で回ることになった。かなり大所帯だ。

 名目上は少し先輩の倉敷と児島が巡回ポイントを、初心者のあかねと雀田に教える……ということになっているが、どうやら先輩二人の興味はあかねと雀田の関係にあるらしい。

 やや年の離れている割に親しそうな二人の関係を、根掘り葉掘り聞いてきた。

 あかねとしては特に隠すことでもないので、気軽に応対していたが、監視役兼護衛までつくほどの規模の家だと分かると、一気にトーンダウンして自重していた。


「でも、どうしてそんな人がコミマのスタッフを?」

「そこは人それぞれだよ倉敷。言いにくい人もいるだろうし」

「そうなんですの?」


 やんわりと制止する児島を見てあかねが首を傾げた。

 考えてみれば、確かにあかねがスタッフになったきっかけは中々人に話しづらいところはある。


「確かに先に自分の方から話した方が良いかもね。ちなみに私は、地元で即売会を開きたいの」


 そう話す倉敷の目は輝いて見えた。

 倉敷の地元は西日本の地方都市だが、間違いなく同人作家はいるのでイベントを開きたいのだという。

 そして、アマチュアの漫画作品が当たり前にある日常を実現するのが夢らしい。


「昔は日本中のあちこちで、小さな公民館とかを借りて、20スペースとか30スペースとか、そういった規模の即売会があったらしいの。でも少子化と、地方の衰退なんかもあって無くなってしまって、三奈と一緒に『そういうのやりたいね』って……あ、三奈は児島のことね」

「ご紹介に預かりました児島三奈です。ふふ、私と千夏……倉敷は高校生の時に鈍行を乗りついで大阪のオールジャンルに参加とかしてたんだけど、その時仲良くなった年上のお姉さんたちが楽しそうに思い出話をしてて」


 そういえば倉敷と児島は高校からの同級生だと言っていた。

 話を聞くと、オタク同士だと分かってとても仲良くなったらしい。

 意気投合した二人は、さらなるオタクライフを満喫すべく二人とも東京の大学を進学先に選んだ。


「調べてみたら、地元でもそういったイベントはあるみたいなんだけど、もう長く休止しているみたいで。自分の街でそういうイベントがあったら、楽しいだろうなって思うの」

「それで、コミマスタッフを」

「そう。ストレートに言っちゃうと、知識とコネのためにね。私はコネ、倉敷は知識。そういう役割分担でやっていこうって決めてるの」

「知識とコネ、ですか」

「結局ね」


 言いたいことを総括するように児島が口を開いた。

 

「知識ってのは最低限の関連する法律と、運営のやり方。例えば著作権、わいせつ図画、各種条例、事前準備とか当日の流れ、必要な施設とか道具とか。コネってのはそのまんま。もちろん首都圏で知り合いを増やしてもみんな地方開催のときスタッフしてくれるわけじゃないんだけど、何人か来てくれるし、やってくれそうな知り合いをあたってもらうこともできるし、アドバイスをもらうこともできる。義理と人情は無視できないのよ」

「なるほど、苦労なさっているのですね」

「苦労するのはきっとこれからだけどね。まだ学生だから時間があるけど、社会人だとどうなるのか」


 ポニーテールを揺らして児島は笑った。

 こういった知識やコネが必要だということは、ここのブロック長である桐宮のアドバイスだという。


「コネは大事だよ。イベントってのは人との繋がりあってのことだから」

「では、わたくしも倉敷さんと児島さんのコネクションに含まれたわけですわね」

「ふふ、そうですね」


 倉敷がお下げをいじりながら嬉しそうに笑った。

 

「しかし、イベントの主催というのは大変なのですね。確かに当日も大変そうでしたわ」

「瑞光寺さんもオンリー行ったことあるんだ」


 児島が意外そうに言った。

 あかねはこの間の『かのきせ』オンリーにスタッフで参加した話をする。

 倉敷はその日蒲田でオンリーのスタッフをしていたらしい。

 

「ただ、主催さんをご紹介できるほど親しくはないのです。当日ほとんどお話しできなくて」


 主催の朝香とは最後の最後で一言挨拶を交わした程度だ。

 コネクションといえば……あかねは君堂のことを思い出した。

 

「ちょうど良い方がいらっしゃいますわ。でも確か更衣室の担当になってしまわれたので、休憩時間が合えばご紹介いたします」

「本当? ありがとう」


 地方の同人イベントについて、あかねが知っていることはあまりなかった。

 だが、大都市だけでしか開かれないよりも、各地で色々なイベントがあった方がいいということは分かる。すそ野は広い方が良い。

 トラックヤードに面した外周にたどり着くと、児島が集団から一歩離れた。

 

「ごめん。ちょっと女子トイレの点検してくるね」

「あの児島さん、私にも見るポイントを教えていただいてもいいですか」

 

 ずいぶん前のめりな雀田だ。

 児島は「もちろん」とうなずくと、雀田を伴って女子トイレの点検に向かう。

 

「トラックヤードまで見に行くからあとで合流してー」

「了解ー」

 

 児島の平和な返事を聞き届けると、倉敷と共にまだ混雑の残る外周を見て歩く。

 まだ『シ』ブロックのスタッフが何人か列を見ているが、パケットが必要なほどの列は数えるほどしかない。まだ1日目ということもあるのか、お昼ご飯を食べたからなのか、列についているスタッフの表情も余裕がある。


「児島さんは細かいところまで気が回りますのね」

「そうそう。大雑把そうに見えて、細かく良く見てるんだよね」

 

 倉敷が面白そうに笑う。

 行動に移すのも早いので、先輩スタッフに割と気に入られているようだ。

 あまり気が強そうにも見えないし、業務も卒なくこなすと重宝されていることから、児島は色々な仕事を任され目論見通りどんどんとコネを作っているらしい。



 トラックヤードに出た二人は、弱くも温かい冬の日差しに目を細めた。

 今日はずいぶんと風も穏やかで、冬コミとしては過ごしやすい気候だった。

 すると、一人の男性参加者が手を上げて近づいてきた。

 

「想問一下」

「はい?」


 容姿はアジア人だが、発音から推測すると中国か台湾人のようだ。

 残念ながら、あかねも倉敷も中国語の知識はない。

 何か質問をしたいようだが、英語もあまりよく分からないようだ。


「困りましたわね」

「中国語ですよね。チャイニーズ?」


 倉敷の問いに、その男性はウンウンとうなずいた。

 彼は自分のスマホを掲げてカラカラ振ると、渋い顔で肩をすくめた。バッテリー切れか何かだろうか。

 何か調べたいがその手段を失くしてしまったということだろうか。

 少し考えた倉敷は、スタッフのボードに白紙をセットした。

 

「じゃあ、これはどうでしょう」


『筆談可?』


 倉敷がその文字を見せると、男性は「オゥ」と小さく漏らして繰り返しうなずいた。

 そのままペンを受け取り、文字を四つ並べて見せる。


『我想回去』


 これはあかねにも何となく理解できた。

 倉敷も同様のようで、息を漏らす。

 

「あー」

「帰りたい、ということですわね」


 倉敷は少し考えた後、筆談を続ける。


『脱出会場?』

『是』

 

 一文字で心が通じた気がした。

 中国語としては間違っていたとしても、共通の表意文字で何とかなるとは。

 

「通じていますわね」

「うん。意思疎通ができてる……ような気がする」


 倉敷は地図を見せながら、出口への経路を説明していく。

 筆談とボディーランゲージでなんとか理解してもらえたようだ。

 

「謝謝」


 初めて、耳から理解できる言葉があった。それが答えだった。

 日本語も英語も分からない参加者の質問に、倉敷は答えきった。

 

「倉敷さん、凄いですわ」

「漢字のお陰ね」

「漢字も凄いけど、それを使うことを思いつく知恵が素晴らしいですわ」


 あかねに褒められ、嬉しそうな倉敷。照れ隠しなのかお下げをいじっている。

 知識担当の倉敷は、知識だけでなくそれを使いこなす力もあるようだ。


 

 トラックヤードを行き交う人はもちろんアジア人が多いが、明らかに人種の違う人も混じっている。人種が分からない人もいる。ただ、みんな楽しそうに笑い、あるいは疲れを見せながらも満たされた表情をしている。

 ホールの壁沿いに設置されたベンチで共同購入の戦利品を広げたり、ゆっくりと食事を取ったり。

 

「平和だね……」


 倉敷が伸びをしながら空を仰いだ。

 雲ひとつない空が参加者を見守っている。

 

「平和が一番ですわね」

「そういう時間帯もないとね」

 

 朝、会場直後の失敗を思い出しながらあかねは息をついた。

 忘れずに切り替えることが大事だ。まだ今日の後半と、丸二日間残っている。

 大きく深呼吸をしたところで、ふわふわ栗毛の美女に声をかけられた。

 

「瑞光寺さん。ごきげんよう」


 十月のオンリーで一緒になった冷泉美弥子だった。

 防止に腕章、スタッフ証の三点セットは決まりの通り身に付けているが、ベージュ一色に身を包んだ装いは、黒が多いコミマ会場の中では目立って見えた。

 

「冷泉さん、ごきげんよう。そういえば東6のご担当でしたわね」

「そうなの。瑞光寺さんは今回……東4なのね。同じエリアだと顔を合わせることもあるのね」


 ここはちょうど東5のシャッター前、東4と東6のほぼ中間地点になる。

 冷泉がここまで来ているということは、東6も概ね平和なのだろう。

 

「そうだ。あなたどこかで見かけたと思っていたけれど、MMCに出ていたわよね」

「ええ、二度ほど」


 冷泉の言う『MMC』は『みなとみらいコレクション』の略称で、若者向けのファッションショーのことだ。

 あかねはモデルとしてランウェイを歩いたのだが、知られているとは思わなかった。最後に出たのは2年前になる。他にも高校時代は母親の知り合いからの依頼でモデルの仕事をいくつかしたことがあったが、大学進学を機会にすっぱりやめてしまっている。

 

「ふうん、やっぱりモデルだったのね。どうしてやめちゃったの」

「特に理由はないのですが、学業に専念いたしますので」


 そもそも本業ではない。

 付け焼刃のモデルをやめることにあかねは何とも思っていなかった。

 

「学業ね……結構似合ってたのに辞めちゃうのね。やっぱり練馬のお嬢様はよく分からないわ。不思議」


 あかねに言わせてみれば、冷泉が何を言いたいのかがよく分からない。

 倉敷も訳が分からず戸惑っているようだ。

 

「コミマでお話しするようなことではないのでは」

「まあ、そうかもしれないわね。いずれゆっくりお話ししてみたいわ」


 そう言い残して去って行く冷泉に、どうしてか違和感があった。

 混雑対応のレクチャーをしてくれていたときには感じなかった『硬さ』のようなものが見え隠れしている。

 

(冷泉さんは何か緊張している……?)


 思い当たることが何もないあかねにとっては、ただ疲れるだけだった。

 できることなら楽しい会場ではあまり会いたくはない。

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