第28話 1日目 同僚たち
外に面したトラックヤード側シャッターが開いているため、早朝の冷たい空気が館内を流れる。
ガレリア側の入口シャッター周辺に立っていたあかねと江口橋は、顔を見合わせて寒さで通じ合う。
トラックヤードからガレリアへの、冷たい空気の流れができてしまっている。
その寒さから逃れるためシャッターから遠いホールの境目辺りまで歩いてきていた。
正規の入場時間の七時半を過ぎたあたりで、本格的にサークル参加者の入場が増えてくる。
そんな中、見知った声が聞こえてきた。
「お嬢様、おはようございます」
「神崎、安威……おはようございます」
今回こそはとお付きの仕事をしに来た神崎と安威だった。スタッフに配布されるサークル通行証で入って来たようだ。
相変わらずのスーツ姿で、この会場の中では少し浮いている。
というより寒そうだった。
二人はあかねの隣に立つ江口橋を見ると、深く頭を下げた。
「江口橋様ですね。前回はご迷惑をおかけしました」
「いえ。結果的にはセキュリティの欠陥が発見できましたので」
悪意のある人間に知られる前で良かったと江口橋はフォローした。
それを聞いた二人は、少し安心した様子に見えた。
改めてあかねの方へ向くと、質問を浴びせかける。
「ところでお嬢様、お寒くはありませんか」
「大丈夫です」
「朝食は食べられましたか」
「大丈夫です」
「のど飴が必要なのでは」
「大丈夫です」
質問が途切れたところで、あかねがじっとふたりを見た。
まったくの無表情だが、言いたいことは明らかだ。
「神崎、安威」
「はい」
呼ばれた二人は背筋を伸ばした。
このお嬢様に睨まれると、旦那様より恐ろしいと感じることがある。
今がその時だ。
「帰れ、と言われたいのかしら」
「いえ……」
ただならぬ気配を察した江口橋が、空気を変えようと大柄な安威に向かって尋ねた。
「お二人は瑞光寺さんのお目付け役ということなんですか」
「ええ、その通りです。前回、お嬢様がお怪我をする可能性があったと聞いています」
前回の『てんぺすとガーデン』のことだろう。あかねは黙っていたが、どこからか漏れたらしい。
江口橋は安威をじっと見ながら「その通りです」と短く肯定した。
「それほど危ないイベントではないのですが、前回のことについては事実です。起きてしまったことについて嘘はつけません」
あかねが小さく「江口橋さん」と呼ぶが、江口橋はそのまま安威と神崎に続けた。
「ですので、皆さんの懸念はごもっともだと思います。つかず離れずで瑞光寺さんのことを守りつつ、そして会場の中のことも見てください」
不安そうなあかねを見て、江口橋がうなずいた。
江口橋の言葉から、自信と誇りが感じられた。
自分たちの守るこの場所。決してスタッフだけではなく、サークルや一般、また企業参加者や業者、職員までもが一体になってこの場所を作っている。
会場の中で感じる緩やかな連帯を、江口橋は心から信じていた。
「ご自身の目で、ここが本当に危険な場所かを見ていただきたい」
「分かりました」
真剣な江口橋の言葉に、安威は神妙な顔をし、神崎は居住まいを正した。
その姿を見て、あかねは苦笑する。
「神崎はオンリーでスタッフを経験したでしょう」
「オールジャンルは初めてですから」
「お詳しいですね、神崎さん」
「大人に求められるのは、知識のアップデートです」
「確かに」
心なしか胸を張る神崎に、江口橋はうなずいて同意した。
世間から見れば特異にみられるこの場所のことを、知ろうとしてくれている。江口橋はそう思えて神崎に好感を持ったのだった。
少し雰囲気が和らいだところで、江口橋の後ろから声がかかった。
「あっ、神崎と安威!」
「雀田。腕章似合ってるな」
「うるさいな神崎」
この三人はそれぞれに前職があり年齢もバラバラなのだが、一応同期という扱いになっている。
お互いを名字で呼び捨てにする仲だ。
「あまり騒がないでくださいませ。雀田さんも」
「はい……」
あかねに注意された雀田が目を伏せた。
そんな二人を見て、神崎が目を丸くしていた。
「雀田に『さん』付け……」
神崎が驚いた顔をして、ぽつりと漏らした。
その時、後ろから声をかけられた。
「あの、すみません。荷物の受け取り場所は……」
スタッフが三人集まっていて目立ったのだろう。
誰に質問したとも取れるが、江口橋はあかねに「お前が対応しろ」と目で伝えた。
あかねは小さくうなずくと、サークルに向かって口を開く。
「荷物の受け取りは、外になりますの。あちらのシャッターから外にお出になられると、ブロックごとに分かれて荷物が集積されておりますわ」
「あー……あっちですね。ありがとうございます」
サークルの言葉に少し間があったような気がするが、伝わったらしい。
あかねの指さす方向へ足早に向かっていった。
「完璧じゃないか」
「ありがとうございます」
江口橋が短く褒めると、あかねは優雅に首を傾げた。今日の最初の質問に対して、卒なく答えられた。
あかねにとって少し自信が出てくる出来事だ。
その様子を見た雀田が、小さく気合を入れる。
「私も負けていられませんね……」
特に勝ち負けは関係ないのだが、頼れる大人であるところを見せたいらしい。
そんな雀田に、サークルの男性から声がかかった。
「あの、ゴミ箱ってどこにありますか」
頼られたことに嬉しさを感じながら、雀田は営業スマイルでトラックヤードに面したシャッターを指さした。
「えっと、ゴミ箱は、あそこから外に出て……」
「雀田さん」
「えっ」
説明途中の雀田に、あかねが割って入った。
戸惑う雀田だったが、大人しくあかねに出番を譲った。
「すみません。外のゴミ箱はまだ展開されておりませんの。恐らく八時ぐらいからだと思います。そちらのガレリアのゴミ箱でしたら、ゴミを捨てられますわ。でも、ダンボールが捨てられるのは外のゴミ箱だけなんですのよ」
「そうなんですね、分かりました。もう少し後に捨てに行きます」
サークルの男性は頭を下げると、ごみを持ったまま自分のスペースに戻って行った。
無駄足が防げたことになり、また少し人の役に立てたことを実感するあかね。
「完璧だ」
「ありがとうございます」
江口橋にも認められたような気がして、あかねは表情に出さないまま嬉しく思った。
対する雀田は、自分が失敗するところだったのだと思い至って表情を曇らせていた。
「雀田さん」
あかねは雀田の肩に手を置く。
「覚えまして? これからまた聞かれますわよ」
「……はい。もちろん覚えました!」
その声に、悔しさも混じっている。
自分の力不足と、あかねに助けてもらえた嬉しさ。そして、他人に迷惑をかけるところだったこと。
雀田の中で、何かが燃え始めた。
「江口橋さん、実際に見た上で案内したいので、あちこち見てきてもよろしいですか」
「もちろん。あと三十分ぐらいしたらサークルさんの入場が多くなると思うので、それまでに戻ってきてください」
「ありがとうございます!」
大きく頭を下げた雀田は「まずは喫煙スペースの確認」と言ってガレリアの方へと消えていった。
神崎と安威は半分呆れながらその姿を見送っていた。
「あいつ仕事のこと忘れてるな」
そうつぶやく神崎に、あかねは眉をひそめた。
「神崎、雀田さんはスタッフ業務中で、今は仕事ではありませんの」
開場まで、あと二時間半。
C97冬はもう始まっている。




