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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C97冬編
32/171

第27話 1日目 巻き込まれた雀田

 東京ビッグサイトに到着してもなお、夜は明けていない。

 C97冬。


「おはようございます」

「おはようございます」


 夜間通用口の警備員とあいさつを交わし、会場に入る。

 がらんとしたガレリアには数人のスタッフが歩いているのみで、開場中の大混雑からは想像できない。

 あかねはスタッフになって、この時間が好きになった。

 ほとんど誰もいないはずなのに、どこからか浮かれたお祭りの空気が流れてくる。

 前回の夏は湿った風と共に。

 今回の冬はほこりっぽい空気の中で。

 年に何日かの、全力で楽しむ一日の始まりを肌で感じることができる場所。

 スタッフの特権ともいえる。


「お嬢様、お寒いのではないですか」

「雀田。冬は寒いに決まっているでしょう」

「それはそうなのですが」


 雀田と呼ばれた女性は実用性重視のトレンチコートで温かそうだが、髪を肩の少し上あたりで切りそろえていて、薄いマフラーだけで守っている首元は少し寒そうだ。

 対するあかねは防寒性に優れたファーコートを身にまとっている。それなりに高級品だ。


『いかなる時も優雅たれ』


 あかね自身は体現するよう心掛けているが、監視役にまでそれを押し付けるつもりはない。

 今回からスタッフ参加するあかねに監視役兼護衛がついた。前回の事件を受けてのことだ。

 あれは特にイレギュラーな出来事で、そんな危険はまずないということを説明してもダメだった。

 今回は合法的に護衛するために、唯一の女性である雀田がなんとスタッフ参加することになった。

 話を聞くとはるか昔にサークル参加した先輩の手伝いで売り子をしたことが二度ほどあったらしい。雀田は三十に届こうかという年齢だが、彼女の言う「はるか昔」がいつぐらいのことなのかは聞かなかった。


「そういえば朝駅で、オタクっぽい方が沢山いましたね……もしかしてコミマの参加者かもしれませんね」

「雀田。始発に乗る方がみんなコミマ参加者とは限りませんわよ」


 そう言うあかねもいつも同じようなことは考えていたのだが。

 やがて地区本部のある東5ホールの主催者事務室に入る。ここを経由して東4の本部へと向かうのだ。


 やがてみえてきた本部は、十数人のスタッフが思い思いに過ごしている。

 今はまだ朝礼までの待ち時間のため基本自由だ。

 

「おはようございます」

「おはようございます。こっちで出欠確認してるのでブロックとお名前を」

「はい。ルレロブロックの瑞光寺です」

「同じくルレロブロックの雀田です」

「はい、オッケー。朝礼まではあと十五分あるから、荷物あるなら上の小部屋にどうぞ」


 東4ホールの出欠管理スタッフのフレンドリーな対応に、雀田は少し驚いているようだった。

 運営している組織と聞くと、もっと事務的で無機質な対応を想像していた。

 雀田は自分が売り子で参加した時に、スタッフがどうだったかはあまり覚えていない。

 

「おはようございます、江口橋さん」

「おはよう瑞光寺さん、と、そちらは確かうちのブロックの……」

「雀田です。お嬢様と同じブロックになっています」

「よろしくお願いします」

 

 久しぶりに見た江口橋は、やはり長袖シャツを羽織っていた。

 夏に着ていたものと違って生地は厚そうだったが、どう見ても寒そうだ。

 暑い中でも長袖シャツを羽織っていたことから考えると、寒い中でもそのままなのだろう。

 

「江口橋さんはコートは着ないのですか?」

「さすがに着てきたが、動くと暑くなるからな」

「そういうものですか」


 本人が平気なら良いが、それでも見ているだけでも寒くなりそうだった。

 江口橋は雀田をじっと見ると、あかねに尋ねた。

 

「雀田さんは前のスーツの人と同じ……?」

「よく分かりましたわね」


 そりゃ分かるだろ、と江口橋の顔に出ていた。

 そんな江口橋を見て、雀田が頭を下げた。

 

「前回は安威がご迷惑をおかけしました」

「いえ。今回から堂々とお付きになる、ということですね」

「その通りです。ですので、スタッフ業務もお嬢様となるべく組ませていただければ」

「その必要はありません。わたくしは雀田以外と組みます」


 食い気味にあかねが言い切った。


「お嬢様」


 抗議しようとする雀田だったが、意外なことに江口橋がそれを制した。

 落ち着いた声で雀田を諭す。

 

「雀田さん。ここは瑞光寺さんの言う通り、他の人間と組ませたほうがいいと思います。まだ二回目の新人を初めてのスタッフと組ませるわけにはいきません。それと、お嬢様呼びされてしまうと、少々やりづらいのですが」

「雀田、この場では『瑞光寺』とお呼びなさい」

「ええっ、そんな……」

「雀田」

「はい」

「このスタッフ業務は、仕事ではありません。ですのでわたくしもこれから『雀田さん』と呼びます。年上ですもの」

「……つらい仕事になってしまった」


 天を仰ぐ雀田の白い息が、東4ホールの天井に溶ける。

 

「真面目にやりなさい。これは仕事ではありませんのよ」

 

 あかねの真剣な表情を見て、雀田はまた白い息を吐いた。

 

 

 

 東4ホールのホール朝礼が終わり、ブロック別のミーティングが始まった。

 朝食はもう届いているので早めに切り上げるように、との指示もあった。

 

「今回ルレロのブロック長になった桐宮です。よろしくお願いします。こっちは副ブロック長の江口橋さんです。前に東4にもいたので知ってる人がいるかもしれないですが」


 ルレロブロック長の桐宮和希は少し軽そうな茶髪の男だった。

 ひょろっとした体系に長方形の縁の太い眼鏡。ビッグサイトではなく下北沢をウロウロしていそうな雰囲気だ。もっとも、コミマ準備会の事務所も下北沢にあるのだが。


「そんじゃあ続いてブロック員で自己紹介をー」

 

 副ブロック長の江口橋の紹介の後、同じブロックを担当するスタッフが自己紹介していく。

 

「倉敷です。スタッフはまだ三回目なのでよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる女性は、あかねの同年代に見える。

 少し幼さの残る顔にはどこか自信のなさそうな雰囲気があるが、声はよく通っている。

 おさげにした髪はよく手入れがされていて、ホールの照明に照らされて輝いていた。

 

「児島です。1日目好きなゲームのジャンルなので張り切ってます」


 小動物を思わせる児島は、おでこを丸出しにしたオールバックのポニーテールだ。ぱっと見た感じは同じく身長の小さい君堂と同じ髪型だが、雰囲気はもう少し幼い感じがする。

 ちなみに倉敷と児島は同じ大学の二年らしい。あかねよりひとつ年上のようだ。

 

「瑞光寺です。前回は東2でした。今回が二回目ですのでよろしくお願いします」

「雀田です。今回が初めてのスタッフです。よろしくお願いします」

「今回ルレロブロックで新人は雀田さんだけなので、みなさんサポートをよろしくお願いします。『若葉』や若葉卒業したての人も多いですけど、分からないことははっきり『分かりません』と言うようにしてください。問い合わせなんかに、勘で答えたり、うろ覚えのことを教えたり、うそを教えたりしないように」


 桐宮の言葉に、ブロック員の「はい」という歯切れの良い返事があった。

 新人と呼ばれることに嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情の雀田。

 社会人になってから「新人」になる機会は少ないらしい。

 一応まだ『若葉』であるあかねだが、大人の雀田が新しい場所で緊張している様子を見て新鮮さを感じるのだった。


 



「さあ、もうサークルさんが入って来るぞ」

「もう始まりましたわね」


 朝食を手早く食べて、ガレリアを見ると、すでにカートを引いたサークル参加者の姿があった。

 早朝から自分の街を出たり、滞在しているホテルを出たりして、この朝七時という時間にビッグサイトにいる。コミマ以外ではなかなかない行動時間だ。


「サークル入場は七時半からだったのではないのですか」

「ああ、だから早すぎた参加者は遅刻と同じような扱いになる」

「それは……厳しいですわね」

「券面の記載内容、つまりこっちの提示しているルールを守っていないということになるからな」


 遅刻だけでなく早出もペナルティになるとは知らなかった。

 このイベントではお知らせの類は隅から隅まで読まないと、どこで不利益を被るか分からないのだと改めて認識した。

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