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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
浜松町オンリーイベント編
28/171

第25話 夕方の撤収と打ち上げ

 午後になって混雑は減っているが、ガラガラというわけでもない。

 コミマだと閉会時間に向かってどんどん人が減っていくが、同じというわけではないらしい。

 アフターイベントがあるかららしい。

 予選のペーパーテストを上位で勝ち抜いた者だけのクイズ大会。このイベントでクイズ王になると栄誉が与えられるとともに、参加者から善意で提供された景品の中から好きなものを持って帰れるらしい。

 そして残った景品を奪い合うじゃんけん大会、大多数の参加者はこのために最後まで残っているらしい。

 それらを盛り上げる朝香と君堂、アシスタントをしている根岸以外は撤収作業を並行していた。

 

「じゃあ二人で注意して台車に乗せてね」

「なんでここの机はこんなに巨大なんだ」

「さあね」


 設営の時と同じように、内間と北原が仲良く作業をしている。

 神崎はまたひとりで積むかと思っていたが、撤収は参加者の有志も手伝ってくれていて、二人一組で朝より安全に作業をしていた。

 あかねは溝沼と椅子を台車に乗せていき、冷泉と浜崎はほこりだらけになっていた床をほうきで掃いていた。

 

「設営は大変だったのに、撤収はあっという間ですわね」

「参加者さんも手伝ってくれるからね」

 



 白熱のじゃんけん大会が続いている。

 机椅子もおおむね片付いてきた。

 

「打ち上げの出席だけど、瑞光寺さんと神崎さんはどうする?」


 撤収作業の中、北原が確認してきた。

 どうしたものかと思案し、あかねは神崎を見る。

 去年まではあかねにも門限があったが、大学生となった今では特に決められていなかったし、遅くなりそうならその旨を知らせれば良いだけだ。

 あとは神崎さえよければ問題ない。

 

「良いのではないでしょうか。時間になれば私がお知らせします」

「そう。では出席させていただきます」

「了解!」


 もしかしたら神崎自身が参加したかったのかもしれない。

 それから床掃除の手伝いに回った神崎の表情は、心なしか嬉しそうに見えた。

 

 イベントはすべて終了し、次々に退出していく参加者を見送る。


「お疲れ様でした」

「お気をつけてお帰りください」

「ありがとうございました」

 

 並行していた撤収と清掃も問題なく済んでおり、あとはアフターイベントに使った机椅子を少し片づけるだけ。

 ガランとした会場は朝に見た光景のはずだったが、どこか寂しそうに見える。


「あっという間でしたわね」


 今日は特に忙しかったと君堂が言っていた。

 スタッフの少なさが一因だと思うが、それでも少ない人数で大きな問題もなく終わりまでたどり着けた。


「じゃあ終礼します!」


 代表の朝香がフロアの返却で会場側と歩き回っているが、構わず君堂が集合をかけた。

 

「えっと、まずお疲れ様でした。今日の『春日文化祭』は、けが人とかクレームとかなく、無事終了することができました。今朝香さんが手続きしてるけど、会場も返却できそうなので完璧です。ありがとうございました!」


 誰からともなく拍手をして、和やかな雰囲気になる。

 大体の入場者数と概況が伝えられて、あっという間に終礼は終わる。

 

「打ち上げ欠席は内間さんと浜崎さんね。内間さんはちょっと家が遠いのと明日朝早くから用があるそうなのでもう帰っちゃってます。浜崎さんはゆっくり寝てください」

「はあーい……」


 眠そうな声で元気に手を挙げる浜崎に、笑い声が上がった。

 ということは、朝香を入れて八人での打ち上げになる。

 かと思っていたのに。


 

 銀座と新橋の間にあるそのお店に一行が着いたとき、すでに三十人ぐらいの大人でごった返していた。

 飲食はまだ始まっていないらしく、最後となった『春日文化祭』のスタッフが到着すると待ってましたと言わんばかりに拍手が起こった。

 

「人数が多すぎませんこと?」

「あ、言ってなかったっけ。今日は三イベント合同で貸し切りだよ」

「まあオタクは騒ぎすぎるきらいがあるからね……心置きなく騒げるってわけ」

「なるほど……他のお客さんに迷惑がかからないのは良いですね」


 北原の説明に、神崎は納得している。

 空いていたテーブルに『春日文化祭』の面々が着席し、一通り飲み物が行きわたると、大きな声がフロアに響いた。

 

「はーい、皆さんお疲れ様でーす!」

「「「おー!」」」


 ノリの良い声がお店に響き渡る。

 確かにこれでは貸し切りにするしかない。

 

「三階のイベントの主催やってた市澤さんだよ」


 と君堂が教えてくれた。

 見た目はどこにでもいそうな小太りのおじさんではあるが、コミマでは公共地区担当のそこそこ偉い人らしい。

 黒縁眼鏡とあまり手入れのされていない髪が、体系と相まって典型的なオタクに見えた。

 

「とりあえずみんな腹減ってるだろうし、飲み物まだの人ー……いない? よし、じゃあ乾杯してしまおう! かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」

 

 掛け声を合図に、あかねはウーロン茶を口にした。

 体に染み渡る感覚がある。そういえば今日はあまり水分を補給していなかったかもしれない。

 このお店では、飲み物はカウンターで注文して受け取り、食べ物はトレイに並べられた肉や野菜を自分で取ってきて席の焼き肉グリルで調理する方式となっている。寿司やデザートもあるようだ。

 各テーブルの席に火が入れられ、恐ろしい勢いで肉に群がる男たちを見ている。

 北原と神崎、それに君堂も混じっているが、とにかくみんな楽しそうだ。

 冷泉は他のイベントのスタッフと談笑しているし、根岸と溝沼はいきなりデザートに手を出している。飲み物はワイン。自由だ。

 

「やー、お疲れ様、瑞光寺さん! 一緒に食べる分持ってきたよ!」

「お疲れ様です。君堂さん、ありがとうございます。出遅れてしまっていたのでどうしようかと思っていました」

「いいよいいよ! 疲れたでしょ」

 

 笑いながら早速肉を焼き始める君堂。

 肉の焼けるいい音が食欲を刺激する。

 自分の空腹具合から見て、お昼のから揚げ弁当だけでは到底足りなかったようだ。

 体が大きく、力仕事もしていた神崎などはもっとだろう。

 

「初めてなのに頑張ってたねー、楽しかった?」

「そうですわね。もう少し本を買いたかったですが」

「そこなんだよね」


 私も全然買えてないと君堂は笑った。

 そこにワインを片手に溝沼が割り込んできた。すでに頬には赤みが差している。

 

「ちなみに外のスタッフは早めに休憩が来るから、本が欲しいなら館外がオススメよ」

「勧誘やめてよ、溝沼ちゃん」

「だってえ、瑞光寺さん使えるんだもん」

「もう酔ってんの?」


 どうやら溝沼はお酒に弱い体質らしい。

 朝の頼れる委員長然とした雰囲気は消え去り、ふにゃふにゃになっている。

 それよりもあかねは、自分が「使える」と評されたことが嬉しかった。

 

「瑞光寺さん、東6に来れば私が歓迎するわよ」

「うわ、どっから入ってくんの冷泉さん。さっき菊田のとこで飲んでたじゃん」

「瑞光寺さん争奪戦と聞いたら座ってられないでしょう」

「してないよ! あっち行ってな!」

 

 肉を焼くトングでシッシと追い払う仕草を見せる君堂。まるで保護者だ。

 いつの間にか皿に肉が盛られている。

 

「あたしはコミマの話じゃなくて、浜松町の館外で仲良くしたいんですう」

「溝沼ちゃんはもうお酒やめときな」

「いや、実際瑞光寺さんは見どころあると思うな。成年向け見ても平気だし、肝が据わってるというか。次のコミマ、東1ホールどう?」

「どっから出てくんのよ北原は。瑞光寺さん人気すぎでしょ」

「君堂さんべったりだな。期待の新人にはいつもこうだ」

「恐縮ですわ」


 あかねは座ったまま優雅に首を傾げた。

 それを見た北原がほおっとため息をつく。

 

「それ。そのお嬢様仕草がまたいいよね……うちの女性スタッフは粗雑なのが多いから」

「何だと北原。あのね、瑞光寺さんは江口橋さんが予約済みなのよ」

「江口橋さんかあ。なら仕方ないか」


 突然出た江口橋の名に、瑞光寺は少し驚いた。予約済みとはどういうことだろうか。

 ちらりと君堂を見るが、特に気にした風もなく話を続けている。

 

「今日は池袋でしたっけ」

「多分そう。安岡さんに引っ張って行かれた。争奪戦に負けた」

「しっかりしてよお、君堂さんん……」

「溝沼ちゃんこそしっかりしな。ほら、みんな肉焼けたんだから冷めないうちに食べてよね」


 溝沼は君堂に言われるまま、焼けた肉をもそもそと食べ始めた。

 あかねも倣って肉を食べる。安い肉だし焼き加減も適当だが、思ったより悪くない。労働の後の空腹や場の雰囲気のお陰もあるだろう。むしろいつも食べる肉より硬くて食べ応えがあるようにも感じた。

 みんな肉を食べる間『春日文化祭』のテーブルに少しの静寂が訪れた。

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