第21話 冷泉美弥子
宅配搬入の荷物を配り終えたとほぼ同時に、サークル入場が開始されていた。
時間が経つのがとても早く感じる。
「瑞光寺さんは冷泉さんとサークルの受付をお願い。あと神崎さんは出入口の見張りをお願いします。サークル通行証の受け取りは根岸さんがやるので、そのやりとりをせずに入って来ようとする人を止めてください」
「承知いたしました」
「分かりました」
神崎が良いように使われているが、本人も楽しそうなので問題はなさそうだ。
問題があるとすると、これを神崎の労働時間に含めるかどうか、だろう。
とりあえずそれは置いておくとして、まずは指示された業務に当たらなければならない。
サークル受付。
オンリーイベントでの受付形態は様々だと聞くが、この『春日文化祭』ではサークルが本部まで訪れ、出席を取ることが義務付けられている。同時に、今日発行の新刊がある場合は中身をチェックする。後半はコミマと同じだ。
本部に来てもらうことで、スタッフの負担を軽減しているのだろうか。
あかねが出入り口近くの本部に戻ると、いよいよ朝に見かけたふわふわ栗毛の女性、冷泉との対面となった。
あかねを見る糸目からは値踏みするような視線を感じる。
雰囲気からすると、少し年上だろうか。さり気ない化粧の技術が高い。恐らく使っているものも高価だろう。
しかし、朝に見たピーコートを着たままだが暑くないのだろうか。
館内は弱い暖房がかかっているし、何より体を動かしっぱなしなのであかねの体感はかなり暑いのだが。
「改めて宜しくお願いします、瑞光寺さん。冷泉美弥子です」
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ、冷泉さん。瑞光寺あかねです」
「瑞光寺さんは君堂さんのお知り合いなのね」
「ええ、前回の夏コミでご一緒いたしましたの」
「ふふっ、面白い子」
口元を隠して上品に笑う冷泉。
特に面白いことを言ったつもりがないあかねは首をかしげる。
「そのお話の仕方、おばあさまを思い出すわ、懐かしい」
「そうなのですか。若輩者で恐縮ですわ」
言って自分でこの答えで合っていたのか、あかねには自信がなかったが、相変わらず声を立てずに笑っている冷泉を見ると、それほど気にすることでもないようだと判断した。
あかねは自分の手元にあるサークルの五十音リストと足元のダンボールを見つける。
冷泉の手元にもサークルリストがある。分割されているのではなく、単純に窓口をふたつ作るためのコピーのようだ。最後に合体して集計するということだろう。
「わたくし初めてですので、一度冷泉さんが受付なさるところを見させていただこうと思うのです」
「もちろん。コミマとそれほど変わらないから難しくはないわ。ちょうどサークルさんが来られたわね」
「おはようございます。サークル名をどうぞ」
冷泉は告げられたサークル名を手元にあるリストと照合し、出席のチェックを入れる。
なるほど。名乗ってもらって確認するのなら、配置順より五十音順の方が名前を探しやすい。
「本日発行の新刊はこちらですね、では確認いたします……内容に問題ありませんので、こちらで今日の出席は完了です。よろしくお願いいたします」
冷泉は受け取った同人誌を足元の段ボールに入れると、ちらりとあかねの方を向いてうなずいた。
コミマとそれほど変わらないと言われた理由が分かった気がした。
こちらが座ったままでサークルさんがやって来るということ以外は同じと言ってもいい。
「ね、一連の流れ。コミマとほとんど一緒でしょう?」
「確かに。よく分かりましたわ」
「瑞光寺さんは成年向けのチェックも平気?」
「ええ、特に気になりません」
「当然よね。あの君堂さんが連れてきたのだし。でも今日はそれほど成年向けの新刊はなさそうだけど」
あかねはまだ自信がないので余裕がある時に経験を積んでおきたかったが、ざっと館内を見ても肌色のポスターは少ない。
今回の対象作品である『かのきせ』自体は美少女ゲームなので、そういった本も多くなりそうなものだが、主人公の周りの男キャラの人気が高く、どういうわけか彼らの日常や友情をテーマにした本が多いようだ。
「受付大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。おはようございます。サークルのお名前をお教えください」
サークルの名前を確認し、新刊が無いとのことでチェックを入れる。
「承知いたしましたわ……はい、確かに。出席確認いたしました。今日一日よろしくお願いいたします」
リストにチェックを入れる。
これで初のサークル受付を無事に終えることができた。
あっけないので逆に不安になってくる。
続けて三サークル分の受付を済ませたところで、場内が少し賑やかになっていることに気が付いた。
ふと顔を上げると、あちこちでサークルスペースが出来上がっている。
ついさっきまではただ机が並んでいるだけの空間だったのに、いつの間にかフロア中に活気と熱気が渦巻いている。
ひとつのジャンルということもあり、サークル同士も見知った顔のようで、あちこちで「久しぶり」や「コミマ以来」といった会話の断片が聞こえてくる。
一様に表情が明るく、開場前だというのに楽しそうな雰囲気が満ち満ちていた。
一度だけ十数人が一気に受付に並び、少し待たせてしまったが、受付作業自体が簡単なのでそれもすぐに解消される。
「行列ができてしまうと、プレッシャーですわね」
「気にしないでいいのよ。並ぶ方も分かって並んでいるのだし」
冷泉はそう言うが、やはり待たせるのは悪い気がしてくる。
あかねはなるべく早く受付できるように集中するようにした。
……かと思えば、誰も来ずに手持無沙汰な時間が生まれる。
なかなか読めない。
歩き回らずに済むのは楽だが、自分のペースで受付できないもどかしさもあった。
「冷泉さんもコミマでスタッフをなさっていますの?」
「ええ、館内東6で。瑞光寺さんは君堂さんと同じということは、東2だったかしら」
「その通りですわ。前回が初スタッフでしたの」
「へえ、それはそれは。楽しかったかしら?」
「どちらかというと、大変でしたわね」
「初めてならそうかもしれないわね。ん、東2ってことは、もしかして2日目にサークルが……」
冷泉が思い当たった2日目の件は、サークル『てんぺすとガーデン』の事件のことだろう。
あかねは今思い出しても胸がズキリと痛む。
自分の力不足と油断が招いた結果なのだから。
「冷泉さんもご存知でしたか」
「大変だったみたいね。瑞光寺さんも見たの?」
「というより、当事者でしたわ」
「ということは、あれって君堂さんのブロックだったの? 君堂さんたら何も言わないんだから……」
冷泉は気まずそうにあかねを見るが、また受付のためにサークルがやって来た。
しばらく受付は途切れなかったが、気を紛らわせるのにちょうど良かった。
サークル受付のピークらしい。
数冊の成年向けの本もあったが、間違いなく処理がされていてあかねの判断でも十分に問題ないものだった。
どのくらい時間が経っただろうか。
気付けばあかねのリストの半分ほどにチェックが入っている。
体感では冷泉の方が受付した数は多そうだったので、終わりは近いと思ってよさそうだ。
「そろそろリストを一緒にしてしまうわ。窓口は私だけで十分だから」
「はい、よろしくお願いいたします」
あかねがリストを冷泉に渡すそのタイミングを見計らったように、君堂が割り込んできた。
「ごめん瑞光寺さん、カタログの減りが思ったより早いらしいから、二束ほど下に持ってってもらえるかな」
「ええ、構いませんわ」
「下に溝沼さん……メガネの女性スタッフがいるから、合流して、忙しそうだったら販売も手伝ってきて」
「溝沼さんに指示を仰げばよろしいのかしら」
「よろしいです!」
君堂はそれだけ言うと、忙しそうに場内へと消えていった。
本部には冷泉と北原が残っているので、あかねが離れても問題はなさそうだ。
あかねが探ボール箱からカタログを二束出す。
『50』と書かれた細い紙が巻かれている。それが二束で百冊。ずっしりとした重さを感じる。
コミマカタログ六冊か七冊分ぐらいだろうか。
「そこのエレベーターを使えばいいよ」
「ありがとございます」
北原が言うように、このフロアは展示ホールを出てすぐ、エレベーターホールがある。
左右に階段があるが、重いカタログを抱えながら四階から一階へと階段を使わなくて済むのはありがたい。
小気味の良い音を立ててエレベーターの扉が開く。
バックヤードにあった荷物用エレベーターと違って、ちゃんと来場者用だ。
両手がふさがっているのでボタンを押すのに少々手間取ったが、あかねを乗せたエレベーターは軽快に下へと向かっていった。




