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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
浜松町オンリーイベント編
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第20話 準備は助け合い

 何もないデパートの催事場……あかねが抱いた第一印象はそれだった。

 木目柄の床は細かい傷やへこみは多いものの、つるつるで綺麗に光っている。

 壁や天井も年期は感じさせるが、手入れが行き届いているように見えた。

 今入ってきたところの逆サイドにエレベーターが二基見える。あそこがエレベーターホールらしい。


「じゃあ北原君と内間君、あと……神崎さん、机の設営よろしく。瑞光寺さんは図面を渡すから、指示していって。先に本部の机からお願いね。根岸さんと冷泉さんは椅子の台車を引っ張り出して来たら本部設営を手伝ってください」


 君堂の指示に、軽快な返事が重なる。

 今日は人数が少ない。急ぐ必要があった。


「朝香さんは……いないねえ。同日開催のイベントに挨拶でも行ったかな」

「あの、君堂さん」

「なに?」


 渡された図面を見て、あかねはうめいた。


「机100本を男三人で設営するんですの?」

「うーん、まあ、そう……今日池袋と蒲田とお茶の水でイベントがあって、スタッフ取り合いだったんだよね」

「……ちょっと時間が厳しいかもしれませんわね」


 予定ではサークルの入場十時半、今は八時過ぎ。

 机だけではなく椅子も置く必要があるし、宅配便の搬入は九時からになっているから一時間もない。

 

「あ、大丈夫そう」

「え?」


 君堂が見ている方向に目をやると、エレベーターホールから十人ほどの男性が入ってきていた。

 その先頭に、あかねも見たことのある顔がいた。

 

「あっ、菊田! ありがとう!」

「おう君堂! 朝香嬢から頼まれて来たぞ。お、瑞光寺さんもお久しぶりです!」

「ごきげんよう、菊田さん」

「今日の設営隊長は瑞光寺さんなんで、あとはよろしく。そろそろ荷物来るから荷受けしないと」

「それなら朝香嬢が下で他のイベント連中と始めてたぞ。上げるのは最後になるかもって言ってたからまだ少し余裕があると思うが」

「そっか、助かる。じゃあ本部設営できそう。冷泉さーん、その箱片っ端から開けて、ブロックポップから準備よろしく!」


 君堂は指示を出しながら本部に向かっていった。

 あかねは菊田と共にその姿を見送った。


「お忙しいのですね」

「こっちはこっちで設営の手伝いするから、指示出しよろしく、瑞光寺さん」

「承知いたしました」


 フロアの端では神崎、北原、内間が机の台車を一生懸命引っ張り出してきている。

 なるほど、コミマに比べると机のサイズが大きい。奥行きが倍ぐらいはありそうだ。

 コミマの机ならあかねにも運べるが、ここの机を一人で運ぶのは無理そうだ。

 

「壁際に机4本、壁から80センチ開けてくださいませ。次は60センチ開けてまた机4本」

「了解!」


 北原と内間は力仕事がそこまで得意ではないのか、二人で一緒に机を下ろして立てている。

 神崎は一人で無難にこなしているところを見ると、やはり腕力が違うのだろう。

 他のフロアからの応援スタッフは、さすがに応援とあって手際がいい。

 基本的には安全を重視して二人一組で机に取り掛かっているようだが、早さが違う。


「こっち6本で合ってますか?」

「その通りですわ。あとは隣に合わせて、通路幅は180とあります」

「了解ー」


 あかねの持つ図面をちらっと見ると、応援部隊は凄い早さで机を立てていく。

 神崎も負けじと設営の手を早める。

 

「お嬢様、次の塊も4本でしょうか」

「ええ、その通り。そこは少し間を空けて……そう、多分非常用の通路だと思うのだけれど」

「承知いたしました。少し大雑把に置いて、後で調節したほうが早いかと思います」

「ふむ。その通りですわね。しかし神崎、急ぐ必要はありませんわよ。安全第一で」

 

 見たところ机を台車から下ろすことが一番労力が必要で、次に机を運んで立てるのに苦労する。立ててしまえば位置の調整は女性陣でもできそうだった。


「瑞光寺さん、椅子も展開しちゃう?」

 

 北原が確認してくる。

 机の設営は残り20本もない、応援部隊がかなり頑張ってくれている。

 数十分前までは何もなくガランとしたフロアだったのに、今は整然と机が並んでいてイベント会場としての体裁がほとんど整っている。


「椅子は、机の位置調整が終わってからの方がいいと思います。まずは壁沿いの机の数が揃ったので、そちらの位置チェックをお願いしますわ」

「壁際ね。OK」

「内間さんは逆側から位置の確認をしていただいて、完了したら椅子の展開をお願いできますかしら」

「分かった」


 二人は机の連なりの両端に分かれ、斜めになっていないかを目視確認し始めた。

 あとは壁際の机を基準にして、隣の島の机がずれていないか確認すればいいだろう。


「菊田さん、申し訳ないのですが位置のチェックも一通りお願いしたいのですが、よろしいですか」

「もちろんです」


 菊田はまだ敬語だった。

 明らかに年上の菊田に敬語を使われると落ち着かないが、今はそれを言う時間が惜しかった。


 机の設営を終えた応援部隊は、位置チェックと同時に椅子の展開まで始めている。

 思ったより余裕を持って設営を完了できそうだった。

 

「年季が違いますから」


 菊田は爽やかに笑って見せたが、あかねとしては敬語をやめて欲しかった。

 応援部隊は終わりと同時に速やかに自分のフロアへと帰って行った。

 あちらはあちらでやらなければいけないことが多いらしい。

 

「机椅子は間に合って良かった。菊田に感謝しないとね。瑞光寺さんもナイス指示。じゃあ今度は荷物エレベーターのところに荷物が山積みになってるから、それを配る作業をお願い。設営図面に一部サークルスペースの番号が書いてあるからそれを参照しながらよろしく。また男衆を使って」


 君堂は本部備品を展開しながらあかねに指示を出した。

 あかねにしてもかなり忙しい状態だったが、不思議と楽しい気持ちに満ちていた。

 高校の文化祭の準備に似ているような気がする。

 

「荷物配るのに、本部の台車使ってくれていいから!」

「承知いたしましたわ!」

 

 君堂の威勢のいい声が、フロアに響き渡った。

 つられるように、あかねも大きな声で答える。

 朝からどんどん体力を使っている実感はあるが、むしろそれが心地いい。

 ゼロからイベントを作っている感覚が不思議な高揚感を生み出していた。


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