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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C96夏編
20/171

幕間 日常

 あかねにとってのC96はすべてうまくいったと言えるようなものではなかった。

 これから一体どうすればいいのか、悩んでいるうちに日々が過ぎてゆく。

 ここ最近は日課の早朝ランニング中に考えることが多かった。

 

「お嬢様、今日はどうなさいますか」

「そうですわね……北に向かった後川沿いに行きましょう」

「承知いたしました」


 お目付け役と自身のトレーニングを兼ねる安威を伴い、あかねは地元の街を走る。


 まずは、コミマという組織だ。

 当たり前だがコミマ全体の代表がいて、館内担当の代表である館内統括、三人いる地区長、各ホールにいるホール長、ブロック長がいる。

 夢で見たような大火災を防ぐには、少なくとも館内全体の協力が必要になるだろう。

 となれば……

 考えの途中で、声をかけられる。


「あら、あかねちゃんおはよう」

「おはようございます」


 顔見知りのおばさんだ。あかねは足を止めて会釈をする。

 少し後ろに付く安威もそれに倣う。

 

「少し涼しくなってきたわね」

「そうですわね。次の土曜日も涼しいみたいですし、地域清掃もやりやすいと思いますわ」


 あかねは幼少のころから、地主の家系である祖母に厳しく躾けられた。

 その教えの中に『地域に尽くす』ということも含まれていた。

 彼女にとって、ふた月に一度の地域清掃は参加して当たり前の行事なのだった。

 

「涼しいと助かるわね。まあ、あかねちゃんが来るなら男連中が勝手に張り切るから暑くてもいいんだけど。その方がビールが旨いとか言っちゃうしね」

「熱中症になっては困りますし、涼しい方が良いですわ」

「うふふ、そうよね」


 これまであまり気にしたことは無かったが、地域の行事で熱中症は困る。

 そういえば熱中症が出た時にどうするか、決まっていなかった気がする。

 コミマに倣って手順化しておく方が良いように思えた。

 あかねはおばさんに頭を下げると、また街を走り始めた。

 その背中を見送りながら、おばさんが息をつく。

 

「ほんと、大地主の娘さんなのに気さくないい子ねえ……」

 


 

 走り始めたあかねは、またコミマのことを考え始める。

 順当に考えれば、地区長までしっかり危機を伝えることができれば、その上の館内統括に話を持って行ってくれるように思える。

 スタッフの会議である拡大集会では、ホール長も館内統括と仲良くしていた。もしかしたらホール長からでもいいかもしれない。

 ただ、東2のホール長はあまり頼りになりそうにない。

 ホール長補佐の前原があの調子なのだ。別のホールからアプローチする方が良いだろう。

 そうなると、どこのホールに登録するかだが……

 そこでまた、声をかけられた。

 遠い親戚関係にある中年の夫婦だ。

 

「あ、あかねちゃんおはよう。この間の夏祭りはありがとうね」

「あかねちゃんも忙しいだろうに」

「いいえ。地域の皆様の役に立つのは嬉しいですわ」

 

 相変わらず表情をほとんど変えないあかねだが、中年夫婦は気にした様子もなく笑う。

 

「安威さんも。力仕事助かったよ」

「恐縮です」


 安威もそれほど表情豊かではない。

 そんな不愛想なふたりだが、夫婦は慣れっこだ。

 

「高校一年から手伝ってくれるし、もう四年目だもんな。すっかり慣れてきたでしょ」

「とんでもございませんわ。まだまだ皆様から学ぶことが多いと思っております」

「いやいや。あかねちゃんに釣られて若い人も参加するようになったし、ここ最近は活気が違うよ」

「あかねちゃん、お嫁に行っても帰ってきて手伝ってね」

「まあ。なんて気が早いのでしょう」


 まだ大学入学して半年だというのに。

 そんな相手は候補すらいない。


「気が早い、ねえ……いや、あっという間だよ」


 夫の方がしみじみつぶやいていると、また横から声がかかる。

 

「ああ、あかねちゃんおはよう。ちょうど良かった。ナス持って行って」


 少し広めの家庭菜園を持っているおばさんだ。

 

「そんな立派なナスを、よろしいのですか」

「よろしいも何も、この間うちの子供の野球チームの試合で差し入れ持ってきてくれたじゃないの。『勝ったのはあかねちゃんの差し入れのお陰』ってみんな言ってるんだから」

「あの時もお野菜をいただきましたわ」

「あらやだ。いくらでも持ってってくれていいのよ」

「では……ご厚意に甘えさせていただきますわ」

 

 代わりに安威が受け取る。

 袋の口から見えるナスのその艶やかで濃い色は、厳しい夏にのびのびと育った栄養が詰まっているように見えた。

 あかねはこの土地で取れる野菜が大好きだ。

 

「そろそろ涼しくなってきたかね」

「となると、秋バラが楽しみですわね」


 おばさんはバラの栽培にも熱中している。

 彼女の影響もあってか、町内のあちこちでバラが育てられている。

 

「また見に来てね」

「ええ。必ず」

 



 

 あかねと安威はまた走り出す。

 ホール長に危機を知ってもらわないといけないとして、どうやって自分の話を聞いてもらえるだろう。

 自分がブロック長や副ブロック長になると良いのだろうか。

 ……どうやって? 今度誰かに聞いてみるべきだろうか。

 そういえば君堂から来月のイベントに誘われているのだった。

 

「あかねちゃん。おはよう」

「おはようございます」


 また、声をかけられる。

 壮年の男性はこの近くの老人ホームの責任者だ。

 親戚が経営しているということもあるが、中学生の頃に偶然職場体験で行って以来縁が続いている。

 

「この間のホームでの演奏会、とても評判が良かったよ。また来てもらえると嬉しいのだけど」

「嬉しいですわ。ぜひお伺いしたいです」

「ピアノだけじゃなくって、他の楽器もできると聞いたけど……」

「ええ、でもひとりだとピアノが宜しいのではないかと思いますわ」


 あかねは施設に備え付けのアップライトピアノで演奏を頼まれることがある。

 有名なクラシックやテレビのテーマ曲を演奏して喜ばれているが、いずれもピアノである。

 ほかに楽器ができないこともないが、ソロの演奏というものは案外間が持たないものだ。

 万人受けするのはやはりピアノだろう。

 

「うーん、そうだねえ。ピアノの方が曲の選びしろもあるだろうか」

「そうですわね」


 同じ曲でも良いとは言われてはいるが、あかねとしては毎回何か新しい曲を入れるようにしている。

 そうすることで連取するモチベーションになっているところもある。


「皆様をがっかりさせないように、また練習いたしますわ」

 

 力強い言葉に、満足そうにうなずく男性。

 また走り出すあかねと安威の後姿を見送りながら笑いかける。

 

「でも結局、みんなあかねちゃんの姿を見られれば何でもいいんだよね」


 

 あかねは早朝の街を走りながら考え事をしようとするが、あまりまとまることはない。

 ただ、この街で「できていること」があると実感する。

 だから、コミマでも何かできることがあるはずだと確信している。

 一歩一歩、進めていく決意を胸に。

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