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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C96夏編
19/171

第18話 3日目 終わり。そして次へ

「そうでしたわ。おふたりにお伝えしなければならないことがありますの」

 

 あかねはべりまるが言っていた「妨害」のことを話す。

 江口橋と君堂のふたりは手を止め、顔を見合わせた。


「そっか……ありがとうね、瑞光寺さん。これはAブロックにも言っといた方がいいねえ」

「菊田にもな」

「それも私から言っとく。次は館内じゃないとこに行くつもりだし」

「そういう意味では俺も次を東2にするつもりはないが」

「え、そうなの。まあそうだよねえ……じゃあ私は外務とAブロックに言っておくから、江口橋さんは菊田に話してやってよ」

「ああ」

 

 あかねにはよく分からなかったが、話はまとまったらしい。

 近くにあった机を、一般参加者が持って行く。撤収はずいぶん早いペースで進んでいた。

 

「あの、君堂さんは館内をおやめになるのですか」

「やめるっていうか、部署選択の自由はあるからね。あんまりないけど」

 

 君堂の話す言葉はやや難解に感じて、あかねはどう答えたものか分からなかった。だが、そんなあかねに君堂は笑って見せた。


「あ、瑞光寺さんのせいとかじゃないから。元々更衣室に誘われてたし、興味もあったからちょうどいいかなって」

「君堂さんでしたら、どちらの部署に行かれてもご活躍なさるでしょうね」

「おっ、これだよ江口橋さん。人を褒める時は大きな声で!」

「……」


 答えない江口橋の顔を下からニヤニヤとのぞき込む。

 

「ねーねー、ほらどうしたのさー……うわあ!」

 

 江口橋は突然君堂の腰あたりに手を回すと、何も言わずにそのまま脇に抱えた。


「うわぁ!」

「撤収作業だ」

「はなせー! 私を撤収するなー!」


 足をばたばたする君堂を無視して抱えたまま、江口橋はそのまま去っていった。


「おふたりは仲がよろしいのね」

 

 ふたりの後ろ姿を見送っているうちに、シャッターからトラックが入り始めサークル参加者の姿も一気に減る。

 ホールの眺めが良くなってようやく、あかねはコミマが終わったのだと実感し始めた。

 

「瑞光寺さん」

「三山さん」


 三山は何か言いにくそうにしていたが、深呼吸をして帽子を脱いだ。


「昨日の件、俺のせいで瑞光寺さんを危険にさらすことになって申し訳なかった」

「三山さんのせいではありませんでしょう」

「いや、俺が……」

「あの時はわたくしが対処し、三山さんは応援を呼びに行かれた。チームプレイとして当然ですわ。その結果、机を倒されはしましたが、それはわたくしの油断からなのです」


 床に散らばった同人誌を思い出すと、今でも胸を締め付けられる。

 でもあの光景は、決して忘れてはならないと思っている。

 

「だからわたくしから三山さんに言いますわ。あの時、応援を連れてきてくださって助かりました。ありがとうございました」


 三山は目を見開いて、息を呑んだ。

 そして、あかねに向かって深く頭を下げた。

 

「俺の代わりにサークルさんを守ってくれて、本当にありがとう」


 肩の荷が下りたような三山は、ポケットから取り出したハンカチで顔の汗をぬぐった。

 「健康第一」と書かれたシャツも汗に濡れているのが分かる。


「ごめんて何度も言われるより、ありがとう……だな」

「ふふっ、そうですわね」

「このホールにも居づらくなりそうだし、他のホールで頑張ることにするよ」

「まあ、皆さん同じことをおっしゃいますのね」


 あかねはそう言ったものの、前原のことを思い出すと確かにその方がいいように思える。

 あかねも次は別のホールにした方がいいと思い始めていた。


「また縁があったらよろしく」

「こちらこそ」


 あかねは優雅に足を引き、膝を少し曲げて三山に答えた。

 後ろで机の積み込みをやっていなければ、映画のワンシーンのようだった。


 

 早めの新幹線で長野の実家に帰るという三山を見送っていると、今度は菊田がやって来た。

 あかねのことを真剣な目で見ると、勢いよく頭を下げた。


「瑞光寺さん、今朝は助かりました! ありがとうございました!」


 相変わらず声が大きい。

 『今朝』に思い当たらず、あかねは返答に迷う。

 菊田はそんなあかねに構わず、大きな声で続けた。

 

「江口橋さんから、朝の入場で何があったのか聞きました! 瑞光寺さんは俺の言葉を愚直に守って、入場列を止めないよう死力を尽くしてくれたと!」

「それは誇張されていますわよ」

「いえ、藤崎からも同じように聞いています。瑞光寺さんはコミマを救ったと言っても過言ではない!」

「明らかに過言ですわ……」


 さすがのあかねも困り始めていた。

 そもそもどうして菊田が敬語になっているのか。

 助けてくれそうな知った顔は無いかと周囲を見回すが、こういう時には見つからない。


「藤崎は自分にできることを探したい、と次回俺の補佐につくことになりました。あの藤崎がです。今でも信じられないのですが、これも瑞光寺さんのおかげだと言っていました」

「菊田さん、落ち着いてくださいませ……」

「いえ、私が言うのも問題ですが、恐らく瑞光寺さんの偉業をホール本部で正しく評価できる人間は少ない。今回初めてのスタッフである瑞光寺さんの働きに、正しく報えるとは思えないのです。ですので、こうして個人的にお礼を申し上げる次第です」

「……このホールは、それほど問題なのですか」

「まったくお恥ずかしい。しかし、有志のスタッフが改革に向けて動き始めています。次回とその次ぐらいはまだ難しいかもしれませんが、体制が整ったら、また瑞光寺さんとスタッフ業務ができればと思っています。瑞光寺さんはいかがでしょうか!」

「ええ、その……」


 どう答えたものかと考えていると、ようやくあかねに救援が現れた。

 小さい体に明るい声、揺れるポニーテールが目印のUVブロック長のお出ましだった。

 先ほど運搬されていた情けない姿と違って、今は多少威厳を感じる。

 

「ちょっと菊田、うちの新人に強要しないでくれる? あと声が大きい」

「君堂さん」


 あかねは今日一番ほっとしたように思えた。

 さすがに標準よりも大きい成人男性と一対一で凄まれると身の危険を感じざるを得ない。

 

「そ、そんなつもりはないぞ君堂」

「お礼を言ったんなら帰った帰った。備品の返却これからでしょ」

「それはそうなんだが……」


 腰に手を当てて威嚇する君堂に、苦い顔をする菊田。

 多少自覚はあったのか、一度背筋を伸ばしてもう一度あかねに頭を下げると、また撤収作業に戻って行った。

 菊田の背中に向かってなお威嚇する君堂だったが、安全を確認したのかゆっくりため息をついた。


「うるさかったね。お疲れ様」

「いえ」

「あー、菊田も言ってたと思うけど、私も瑞光寺さんのことは高く買ってるんだ」

「まあ、ありがとうございます」

「それで瑞光寺さん、オンリーイベントとか興味ないかな」


 胸の前で両手を合わせ、君堂は可愛らしく首をかしげて見せた。

 先程までの威嚇している姿とは別人のような仕草だ。

 

「オンリーイベント、ですか」

「そう。十月に浜松町でやるんだけど、ちょっとスタッフが足りなくて。瑞光寺さんに来てもらえると心強いんだけどなあ」


 自分が役に立てるかどうかは分からなかったが、君堂に頼られているということは素直に嬉しかった。

 よく分かっていないが、君堂からの誘いであればそれほど酷いことにはならないだろう。

 きちんと守ってくれるということは、今回のコミマで十分示してくれている。


「予定が空いていれば、構いません」

「やった! ありがとう!」


 君堂はあかねと連絡先を交換すると、最後の車両誘導があるからとトラックヤードへ消えていった。

 嵐が過ぎ去った後のように、あかねの周りに静けさが戻った。

 いつの間にかトラックへの積み込みもひと段落しており、スタッフもぽつりぽつりと帰宅し始めている。

 

 とにかく終わってしまったC96夏を思い、あかねは胸を抑えた。

 一日目に会った高村のこと、二日目に会ったチリアのこと、三日目に会ったべりまるのこと。

 彼女らはまたコミマに来てくれるだろうか。

 できる限りのことをやったはずなのに、合格点に届かなかった。そんな風に思ってしまう。


「力不足、ですわね」

「初参加がそんな達観をするな」

「江口橋さん」

「初参加で今回の瑞光寺さん以上に動けた奴なんていない」


 江口橋が差し出した麦茶を受け取ると、あかねはキャップを開けて少し口に含んだ。

 同時に汗がしみ出てくる。自覚していなかったが、水分が足りていなかったようだ。

 

「君堂が褒めていた。瑞光寺さんはいいスタッフだと。俺もそう思う」

「ありがとう、ございます……」


 江口橋の言葉に、胸が熱くなった。

 あかねにとって、これまで体験したことのない充実感があった。

 

「今回は瑞光寺さんがいてくれて良かった」

「わたくしも、江口橋さんとご一緒できて良かったですわ」


 あかねはそろそろ帰る時間だと江口橋に告げ、今回面倒を見てくれたお礼を改めて伝えた。

 江口橋は黙ってうなずくと。

 

「江口橋さん、最後にひとつだけお聞きしたかったのですが」

「なんだ」

「その格好、暑くありませんの」


 結局江口橋は、最初から最後まで長袖シャツを羽織っていた。

 思っていたような質問と違っていたのか、江口橋は眉間にしわを寄せながら答えた。

 

「暑い」

「やはり」


 あかねは満足げにうなずく。

 江口橋は眉間にしわを寄せたまま、首をかしげた。


「どんな格好でも暑いだろう」

「それもそうですわね」

「……質問は、それだけか?」

「ええ、それだけです」


 本当にそれだけらしい。

 最初から最後までよく分からないお嬢様だと江口橋は口元を緩めた。

 

(またいつか、このお嬢様とスタッフをすることがあるだろうか)

 

 良くも悪くも目が離せないが、楽しいことになるだろうと江口橋は思った。


「それではごきげんよう。また、冬に」

「ああ、また」


 あかねは黙って手のひらを向ける。

 東2ホールの中心で、ハイタッチの音が響いた。



 C96夏 入場者数


 1日目 17万人


 2日目 16万人


 3日目 19万人


 合計 52万人

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