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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C96夏編
18/171

第17話 3日目 閉会

「江口橋ぃ……ちょっと話あるんだけどよぉ」


 ホール本部に戻った江口橋を出迎えたのは、決して好意的ではない声色だった。

 ホール長補佐の前原が怒りの表情を隠すことなく仁王立ちしている。


「うっさいよ前原。通路でやることか考えな」

「……チッ。君堂も同罪だからな。ちょっと地区本部に来い」

「へーへー」


 前原を逆なでするようなメイド服の君堂に、前原の目元がヒクつく。

 あかねはどうしたものかと隣の江口橋を見上げた。

 特にいつもと変わることもなく、冷静に前原の方を見ている。


「ブロック長と副ブロックがいなくなるが」

「そんなもん三山にでも任せとけよ」


 吐き捨てるようにホール本部を出る前原に、君堂は肩をすくめた。江口橋を見やって『仕方ない』と口だけ動かして苦笑する。


「瑞光寺は基本巡回に徹してくれ。混雑で人手の足りなさそうなところがあったら三山に報告して判断を仰ぐこと」

「承知いたしました」

 

 


 あかねは三山の指示の下、島で突発の混雑が発生していないかの巡回を行うことになった。

 あまり自覚していなかったが、気が付けばもう11時を超えて朝一の混雑はひとまず落ち着いている。

 いくつか列はあるので、混雑対応としての出番は列整理要員の交代ぐらいだろう。それは恐らくまだ先の時間帯になる。

 つまり、喫緊の業務はないということだった。


「なんかうちのブロック、本部から目の敵にされてるなあ」

「そうなんですの?」


 三山の呟きに、あかねが首をかしげた。

 そんなあかねを三山は『いちからせつめいしないとだめか?』とでも言いたげに見る。


「良くも悪くも目立った行動を取るとそんなもんなんでしょ」

「目立つ……わたくしたちがですか?」

「昨日も事件があったし。今日も勝手な行動したし」

「あの入場列を止めるなと、菊田さんからの指示だったではありませんか」

「そりゃそうだけど」


 入場の列を急に曲げて、隣のホールに放り込む。

 どう考えても三山には出てこない発想だった。

 ホール本部にどう受け止められたかは、当事者の江口橋だけでなくブロック長の君堂まで呼び出されていることからも明らかだろう。

 三山は一人でふらふらしていた藤崎を捕まえると、瑞光寺とペアを組ませた。

 

「ああ、藤崎。瑞光寺さんと巡回頼む」

「……」

 

 スタッフの巡回は二人一組が基本だ。

 ペアを解消した三山は、外周の混雑の様子を見るためにトラックヤード側で定点立ちをするつもりだという。

 あかねとしても、暫定的にブロックの責任者になっている三山がどこにいるかはっきりしているのは助かる。

 寡黙な藤崎は、長い前髪で目元を隠していて表情が読み取りづらい、そんな藤崎と中央通路を中心に巡回を進める。


「藤崎さん、朝の入場は大変でしたわね」

「……」


 藤崎はあかねの言葉にうなずいてみせた。


「すごく大変だったと思いますが、助かりましたわ。ありがとうございます」

「いや……」


 あかねは久しぶりに藤崎の声を聞いた気がした。

 朝の入場誘導では、あれほど堂々と声を出していたのに。

 藤崎は緊張しているのか、立ち止まり絞り出すようにして口を開く。

 

「瑞光寺さんがいてくれたから……です」

「わたくしの?」

「あの、俺、自分で……何か考えて言ったり、動いたりするの苦手で……あの時も何をしていいか分からなくて。でも瑞光寺さんが先に動いてくれたから……」

「そうだったんですの」

「お礼は……だから……」

 

 どうやら藤崎は感謝を伝えたかったらしい。

 そう解釈したあかねは、大きくうなずいた。


「良いチームだった、というわけですわね」


 藤崎は驚いたように前髪で半分隠れた目を丸くしていたが、恥ずかしそうに笑うと控え目にうなずいた。

 『自分で何か考えて言うのが苦手』という藤崎の言葉はその通りだが、裏を返せば『定型文は問題なく話せる』ということらしい。だから朝のサークル受付に支障はないし、定型の質問には答えられる。

 極端にアドリブが苦手で、応用を利かせられないが、実直に業務を遂行する良いブロック員であると言えた。


「ああ、そうだ。藤崎さん……ちょっと失礼いたします」


 あかねはヘアピンを取り出すと、藤崎の前髪をそっと留めた。

 藤崎が困惑の表情を浮かべる。隠れていた目が露になったせいもあって、とても分かりやすい。


「これで、よく見えますわ」

 

 あかねはそんな藤崎を見てくすりと笑った。藤崎は自分の言葉にしなくても、表情がとても雄弁であることに気が付いたからだ。

 今日一番の発見かもしれなかった。


「藤崎さんの実直な業務遂行能力に、敬意を表しますわ」

「……あ」


 口をぱくぱくさせていた藤崎は、やがて小さく「ありがとう」とつぶやいた。

 そのまましばらく藤崎と二人で参加者対応をしながらUVブロックを巡回し続け、そして三山から昼食の知らせを受けた。

 君堂と江口橋は、まだ戻ってこないようだった。

 


 三山が言うには、午後は置き引きやスリといった犯罪が増える傾向があるらしい。そのため基本の二人一組を解き、各自がバラバラに巡回することでスタッフの密度を上げる方針にしたようだ。

 Vブロックは、一日を通じてほどほどの混雑が続いている。午後2時を少し過ぎてもその状態だった。

 人が多いながらも、歩きづらさがあるわけでもない。島中のサークルにとってありがたい人の密度。

 あかねがそんなブロックを巡回していると、後ろから声をかけられた。

 

「あのっ、朝のスタッフさん、ですよね」

「苺亭さん」


 声の主は、サークル『苺亭』のべりまるだった。

 あかねの言葉に驚いた表情を見せる。

 

「お、覚えてるんですか」

「ええ。どうかなさいまして?」


 事も無げに言うあかねをまじまじと見ると、べりまるは意を決したようにこぶしを握った。


「あの、お伝えしたいことがあって」

「それは一体なんでしょう」

「……朝の、シャッター横の列のことです」

 

 あかねは返事をすぐに出せず、べりまるのことを見ていた。

 どこか緊張した表情は、それが良くない情報であることを想像させる。君堂か江口橋を交えるべきかと考えたが『では後で』と言い出せる雰囲気ではなかった。

 ひとまずべりまるのサークル『苺亭』へ移動する。幸いお誕生日席であるため、スタッフが立ち話をしてもそれほど邪魔にはならない。


「今日の朝、私はA47の『ライトニング三番街』に並んでいました。開場のアナウンスが聞こえたとき私はギリギリ外にいて、シャッターに向かって右に折れる手前にいました」

「このあたりですわね」


 あかねは地図上でべりまるの情報を確認する。

 シャッター脇に配置されているA47のサークルは、シャッターをくぐって外に列を伸ばしていたらしい。

 その列はホールの外壁沿いに東3ホール方面へ一段目の列を形成。ホールの境目あたりで折り返して、東2出口シャッターへと二段目の列を伸ばし、東2の出口シャッター手前でまた折り返して三段目の列を形成していたという。なかなかの混雑だ。

 そういえば今日東123に混雑するサークルが集中していると君堂も言っていた。


「会場直後でした。私がいた列のもう一つ外側にいた列が、折り返しのところで急にまっすぐになって、シャッターをふさいだんです」

「誰がそんなことを……」

「誰かが声を上げていました『列をまっすぐにしてください!』って……それがスタッフさんだったかどうかは分かりません。折り返しのところにいた三段目の先頭の何人かが、その……二段目の列にまっすぐ並んで、あとはもう三段目の人たちが後ろに続いて」


 その後べりまるが見たのは、突然妨害をされて殺気立つ一般入場列と、異変に気付いて声を上げるスタッフの怒声、何より全員の戸惑いだった。


「私は列が動いたのでその後のことは分かりません。でもあれは、誰かの妨害だったんじゃないかって思います」

 

 べりまるからもたらされた情報を、あかねはどう解釈するべきか分からなかった。今回がスタッフ初参加であるあかねが背負うには、とても重い。

 あかねと話しているうち、べりまるは落ち着いてきたようだ。

 また何か思い出したことがあれば、とべりまると連絡先を交換する。

 あかねは不安を表情に出すことなく、淡々と業務に戻った。

 

 トイレの場所を聞かれては案内し、ゴミ箱の場所を聞かれては案内し、宅配便の搬入についての質問に対して丁寧に応対した。

 初めは確かめながらの案内だったが、三回ほど繰り返すうちにすっかり覚えてしまった。

 帰るルートのことを聞かれて、閉会時間が近いことに気づく。時計を見ると、閉会まで残り一時間を切っていた。

 結局最後まで君堂と江口橋は戻ってこなさそうだ。

 人通りが少なくなってきた外周通路に、疲れている三山の姿が見えた。足取りに覇気はないが、地道にゴミ拾いをしている。

 

「わたくしに今できることを、やりますわ」


 誰に向けるともなくつぶやいたあかねは、三山に倣ってゴミ拾いを始めた。

 汗で肌に張り付くシャツが、今日はいやに気になった。


 

 閉会のアナウンスとともに、拍手が起こる。

 最終日の閉会まで残っている人は、それまでに比べて多いようだった。

 もう少し達成感があるかと思ったが、とにかく疲労感が勝っていた。

 アナウンスが終わったと同時に、机をたたむ音が聞こえてくる。早いところはもう撤収作業が始まっているらしい。

 あかねは事前のホールの打ち合わせにあった通り、もう帰ってしまっているサークルの椅子を集積場所へと運ぶ。

 ホールに四か所ほど設定された集積場所では、すでにいくつかの椅子が積み重ねられていた。


「瑞光寺さん」

「おっ疲れー」


 何往復目かの椅子運びをしたところで、あかねの聞きたかった声が聞こえてきた。

 

「君堂さん、江口橋さん」

「悪かったね。ずっと留守にしちゃって。三山とはうまくやれた?」

「ええ、それは問題ありません」

「そりゃ良かった」

 

 黙々と撤収作業を始める江口橋の顔に、明らかな疲れがあった。

 よくよく見れば君堂も明るく笑っているが、疲労の色が見える。いつの間にかメイド服から普通の服に着替えてしまっていた。

 椅子を運びながら話を聞くと、地区本部の事情聴取……とまでもいかない情報の確認はすぐ終わった。だが、ホール本部の……というよりも前原の説教らしきものを延々と聞かされていたらしい。

 そのまま見本誌の箱詰めと運搬をさせられ、どういうわけか東3の分も二人で運んだそうだ。


「前原そのうち暗殺してやるんだ」


 黒い笑顔を見せる君堂は、楽しそうにそう言った。

 奇妙な表情で固まるあかねに気づくと「どんな妄想でも憲法で許されてるんだよ」と君堂が笑った。

 口に出して良いとまでは書かれていなかったと思うが、あかねは口に出さずにいた。

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