エピローグ
あかねもトシヤも、同じように緊張した表情で並んでいる。
「本日はこのおめでたいパーティーにご出席くださり、ありがとうございます。お陰様で普段は低い一拡の出席率が、目に見えて向上しました。申し遅れました、本日司会を務めさせていただきます東5ホール長の和泉です」
司会の和泉が冗談交じりに挨拶をしている。
「二次会をこの日に合わせたのは決して偶然ではなく、遠方の参加者への配慮の賜物。ありがとう、新郎新婦」
あかねはその冗談に笑って良いものかとトシヤを見る。
トシヤはそんなあかねの視線に気づかず、とても緊張した表情を見せている。
「皆様、お待たせいたしました。準備が整いましたので、いよいよ新郎新婦の入場となります! ご自分のスペースにお戻りください!」
開場前の呼びかけのように言う和泉に「スペースじゃねーよ!」とツッコミが入る。
どうやらお約束のようだ。
そして和泉は笑顔を浮かべながら、高らかに宣言する。
「それでは新郎新婦、どうぞ!」
開場の扉が、勢いよく開かれた。
そこに、スーツに身を包んだ緊張した江口橋と、ウエディングドレスに身を包んだ満面の笑の君堂の姿があった。
挨拶もそこそこに、乾杯となる。
江口橋を君堂の結婚式の二次会。この場所にはスタッフばかりを集めた。
拡大集会があった日の夕方、お腹を空かしているスタッフも多いという配慮からだ。
「乾杯!」
和泉の音頭を合図に、パーティーが始まった。
今日の席はホールやブロックで分かれているが、100人ぐらいはいる。
新郎新婦が真っ先に挨拶に向かう先は、ネノブロック員が固まるテーブル……つまりあかね達のところだった。
「来てくれてありがとう、瑞光寺さん」
「……いえ、お世話になりましたもの」
君堂のウエディングドレスはシンプルなデザインだったが、いつも動き回る君堂をよく表しているようだった。
反面、いつもと違って髪を結いあげているので印象が違う。なんとも不思議な感覚だった。
知り合いの結婚式に初めて呼ばれたあかね。
君堂のその姿は目をくぎ付けにするのに十分だ。
「お綺麗ですわ」
「えへへ、ありがとう」
照れている。
その姿も絵になる。衣装の力はすごい。
「お世話になったのは俺たちの方だ」
いつもイベントでのくたびれた姿しか見ない江口橋も、スーツに身を包んで清涼感がある。
もっとも、この前の時間帯に親類向けの披露宴をやっていたとのことで少し疲れは見えるが。
「江口橋さん。初めのコミマで江口橋さんとご一緒でなかったら、どうなっていたか分かりませんわ」
江口橋は少し意外そうな顔を見せると、小さく笑った。
やはり江口橋には疲れが見える。あの夏コミからしばらくは本職の仕事が立て込んだようだ。
コミマを狙った最悪のテロ。
結果的に事前に防がれたが、その全貌はまだ明らかになっていない。
それでも、コミマは開催され継続してゆく。
「高村さんも、ありがとね」
君堂は隣に座るトシヤにも笑いかける。
「いや……呼んでもらって恐縮です」
「いやいや、こっちこそ有名俳優に来てもらっちゃって。ねえ?」
「ああ。ありがとう」
「ゆ、有名じゃないですよ」
恐縮するトシヤを、温かい目で見るネノブロック一同。
倉敷も児島も、雀田やChikiと顔を見合わせて笑い合う。
カジュアルなドレスに身を包んだ女性陣は、コミマの戦場とはまた違った表情を見せている。
コミマで知り合った仲間とこんな風に顔を合わせるとは、分からないものだ。
「現在新郎新婦は東5ホールネノブロックの仲間たちとご歓談中です。そういえば一時期『縁結びのネノ』なんて言われていましたが、とうとう江口橋氏にまで春が来たわけです」
「和泉さん『縁結びのネノ』ってなんですか?」
「お、良い質問だ椎名!」
ずいぶん自由な司会者だが、参加者はあまり気にしていないようだ。
よく見れば和泉の手のワイングラスは空になっている。
「いつから言われているか知らないが、ネノブロックの責任者になった奴はもれなく結婚したり恋人ができるって話だ」
「へえー」
隣のテーブルで感心する椎名。
同席している雲雀がそわそわしているが、次はネノブロックのブロック長をやるのだろうか。
「和泉さん、まさかわざと江口橋さんを」
「さあ、どうだったかな」
誰かの声に、とぼける和泉。
浮かべている笑みはどちらとも取れる。
「それは知らなかった」
神妙な顔をする君堂。
「それにしても、責任者ってブロック長と副ブロック長だよね?」
「ああ、そうだ」
和泉がうなずくと、近くのテーブルから声が漏れた。
このあたりは東5ホールで固まっていたはずだが……
「あー……」
「なるほどね」
「縁結び……」
その視線が、新郎新婦ではなく自分たちに集まっていることに気が付いた。
「……」
「……」
あかねはトシヤ目を合わせるが、言葉が続かない。
同じことを考えているのだろうか。
微妙な沈黙を破ったのは、隣に立ったままの君堂だった。
「あーあー、皆さん、とりあえず今日の主役はあたしたちなんで!」
その言葉に、どっと笑いが起こる。
大げさに手を振りながら、ぴょこぴょこと跳ねる。必死のアピール。
隣に立つ江口橋は穏やかな表情でそれを見ている。
これが本来の彼の顔なのかもしれない。
「まあ、またじっくりと話を聞かせてもらうね」
君堂は振り返って笑う。
これまでに見た表情の中で一番の輝きだった。
ハパブロックのテーブルへと向かう江口橋と君堂を見送ると、あかねは小さく息をついた。
きらびやかに着飾っているが、いつもと変わらない頼れる君堂だ。
「またおふたりに助けられてしまいましたわね」
誰に向けるともなく口にする。
初めて登録したブロックのブロック長と副ブロック長。
何も分からないあかねを助けてくれ、肯定してくれた。
そして、必要な時に力になってくれた。
そんな恩ある彼らが結婚する。これほど嬉しいことは無い。
「えっと、瑞光寺さんはスタッフを続けるんだよね」
隣に座るトシヤが控え目に問う。
彼は今日の一拡には参加していなかったが、あかねは参加した。
「まだはっきり決めてはおりませんが」
今日は前回の記録ビデオを見ただけで、まだスタッフ登録はしていない。
だが今日のふたりを見て、改めてまたスタッフで参加したいと思った。
「やりたいと思っていますわ」
それが彼らへの恩返しになるような気がして。
だがそれを聞いたトシヤはどこか残念そうに笑みを浮かべる。
「そっか……じゃあまた責任者かな。2日目だけ抜けるって難しいよね」
あかねは首を横に振る。
さっきここにいた人が、責任者ながら全日参加というわけではなかったのだから。
当人はハパブロックのテーブルを離れ、東5の外周シブロックが集まるテーブルへと歩いている。
「君堂さんはいつも初日をご欠席でしたわ」
「……じゃあ可能ってことか」
そして、言葉を待つ。
何となく答えを分かってはいたのだが、トシヤの口から聞きたかった。
どこか迷い、口ごもり、やがて意を決したトシヤ。
「まずは売り子からお願いしたいんだけど……」
表情と裏腹に歯切れが悪い。
あかねはくすりと笑う。
「変わった口説き文句ですわね」
「ダメかな」
売り子。もちろんトシヤのサークルの売り子だろう。
スタッフをするにしても、やはりサークル側からの視点も知っておいた方が良いだろうか。
対面で何かを売るような経験をしておいても良いだろうか。
そうだ。トシヤにもたくさんの恩がある。
スタッフ証を拾ってくれた。
彼のお陰で笑顔を作れるようになった。
スタッフとして加わってくれた。
そして、ヒーローのように助けてくれた。
売り子することで、少しでも恩返しになるだろうか。
「いえ」
違う。
そんな理由ではない。
紛れもなく、あかね自身がサークルの売り子をしたいのだ。
トシヤの隣で。
その小さな気持ちを自覚したあかねは、穏やかな笑みを湛えて答えた。
「承知いたしましたわ」
同人誌即売会と悪役顔令嬢 完
本作はこれにて完結です。
活動報告にてあとがきを載せております。
お読みいただきありがとうございました。




