第150話 3日目 対峙する
あかねと江口橋は、東5ホールの中央縦通路をトラックヤード側へ向かってゆっくり歩く。
花火師から目を離さんと半ば睨みつけるような表情になるふたりは、異様な雰囲気だ。
それを察してか、参加者も自然に道を譲る。
江口橋はそっと無線を手に取る。
「江口橋から各所へ。花火師と思しき人物を発見した。場所は……東5ヘブロックの25近辺。瑞光寺さんと確認中。以上」
今は456地区で全員がチャンネルを合わせているはずだ。
矢原の発信は数分前の足取りしか分からなかったが、これでようやくリアルタイムに状況を把握できるようになった。
『こちら和泉。江口橋、人手は必要か。どうぞ』
和泉から無線が入る。
「こちら江口橋。現時点では何とも。必要になったら要請しますが、今はそれより各所……特に東4と東5で不審物のチェックをするべきかと思います。以上」
あかねもうなずく。
不審者は不審者だが、いきなり大勢のスタッフで取り囲むような状況ではない。
それよりも彼が『置き土産』をしている可能性を疑うべきだろう。
『東5和泉了解。聞いたか冷泉。念のため東6も頼む。以上』
『東6冷泉、言われなくても分かってます。東6各所聞こえたわね。最大限の警戒を。以降無線は極力なしにしてグループチャット中心に情報のやりとりを継続すること。ああ、了解の返事もグループチャットにね。以上』
『東5和泉より東5各所、こちらも同じ方針で行く。江口橋は何かあったら遠慮なくこっちで発信しろ。以上』
東4からも同様の発信があった。
地区全体が、背中を守ってくれている気がする。
「頼もしいですわね」
あかねがぽつりとつぶやいた。
知り合いのスタッフも、そうでないスタッフも、協力体制にある。
もっと言えば赤い紐の準スタッフも、そんな縁も何もない一般参加者ですら協力してくれるだろう。
ここは、そういう場だ。
オタクとは、そういう人たちだ。
「ふたり……いる?」
花火師を凝視しながら、江口橋が言った。
確かに、花火師の隣にもうひとり男がいる。
硬い表情を見せながら、時折言葉を交わしている。
その男の手に、古いリュックが見えた。
背負っておらず手に持っている。違和感がある。
「ふたりですと、応援がいた方が良いですわね」
「そうだな……」
江口橋が無線を手にしようとしたところで、動きがあった。
男がリュックをサークルの机の上に置いたのだ。
欠席したのか早々に完売して撤収したのか、ともかく無人のサークル机。
「江口橋さん」
「ああ」
ふたりは走らないよう気を付けながら、急いでリュックの置かれた机へと距離を詰める。
江口橋は無線を手に取り小さな声で発信する。
「東5江口橋より各所、花火師はふたりいる可能性あり。シャッターに……」
そこまで言ったところで『花火師』が動いた。
机の上にリュックを置いたまま、小走りで外のシャッターへと向かう。
「シャッターから外へ出る模様、外周は警戒してくれ。以上」
無線を発信し終えたと同時に、机に置かれたリュックへとたどり着く。
本来なら触らない方が良いが、彼らも手で持って運んでいた。持ち運ぶリスクは低いと判断する。
ここに置きっぱなしにするよりは持って出た方が良いだろう。
「わたくしが」
「いや、こういうのはこっちの役目だ」
何を指して「こっち」と言ったのかは分からないが、江口橋はひったくるようにしてリュックを手に取り、すぐさま外へと向かう。
遅れまいと隣を歩くあかねを横目で見る。
(大したものだ……)
その視線は、花火師から片時も目を離すまいと外へのシャッターを睨みつけている。
コスプレの悪役そのままの表情だ。
だがその行動は、このコミマを守らんとする強い意志が見える。
「江口橋さん、応援はよろしいの」
「外周シブロックがどれだけ散らばっているか分からないからな。下手に集めて列が崩壊しても問題だ」
「そうですわね……」
別の要因でパニックを起こされてもどうしようもない。
無線は広く情報を拡散できる一方、状況が分からない相手にも無理やり聞かせてしまうデメリットがある。
「『花火師』はシャッターを右に出ましたわ」
「ああ、見ていた」
さすがに小走りになるふたりに、さっと道が開かれる。
有無を言わさぬ存在感。鬼気迫る表情。
通行中の一般参加者は静かに進路を開けるが、道を譲るというよりは、関わりたくないのが本音だろう。
だがふたりにとってそんなことはどうでも良かった。
前に道が開ける。
それだけが重要なのだから。
シャッターからトラックヤードに出たが、その暑さに一瞬怯む。
この環境であれば『花火師』たちも外に出たくはないだろうが……出たということは、危険から遠ざかりたいのではないだろうか。
「おりますわね」
外周のシャッターサークルの列が何本も作られる中、彼らが自由に動けるスペースは案外少ない。
シャッターを出てすぐ右、ゴミ箱が展開されているエリアで、彼らは立ち尽くしていた。
ほんの数メートル。またふたりで何やら話しているが、その声は聞こえない。
「江口橋さん、そのリュックを集積場に持って行かれますか」
「そうだな……中身の確認はここでしたくはないな」
「ではどなたかに応援を」
あかねが無線を手にした瞬間、江口橋から小さな声が漏れた。
同じくあかねも声を出しそうになる。
ふたりが、こちらを見ていた。
「気付かれたな」
「そうですわね」
しかし彼らの後ろに立ちはだかる大手サークルの列は密度が高い。
まさに壁のような役割を果たしていた。
一瞬そちらを振り返るが、彼らも通り抜けることが困難であることを察したのだろう。
「あっ」
江口橋が声を上げる。
片方がトラックヤードの外周側に向けて走り出した。東6ホール方面に逃げるつもりだろう。
もうひとりはじっとこちらを見たままだ。
「くそっ! 瑞光寺さんは無線で応援を頼む!」
「承知いたしましたわ」
ホールの中であれば人混みに紛れるだろうが、そうしなかった。
あくまで外を逃げるのは、ホールの中が危険だからだろう。いよいよもって危険が迫っているとみていい。
「東5瑞光寺より各所、ただいまトラックヤードで花火師確認。ふたり組のうち、片方が逃走し江口橋さんが追っています。東6ホール外の方はご協力ください。以上」
そこで無線の発信をやめる。
花火師本人が、あかねのことを睨みつけているのが分かった。
そして何か、光る物を取り出した。
(これは、困りましたわね)
夏の強い日差しに輝くそれは、近くに寄らずとも刃物だと分かった。
どうやって手荷物確認を通り抜けたのか分からないが、今はそんなことはどうでもいい。
花火師は顔を真っ赤にし、大汗をかいている。
熱さのせいなのか興奮しているのかは分からない。だが、非常に危険だ。
あることに気づき、あかねは背筋が凍るような気がした。
(一般参加者の列が、すぐそこに)
花火師の後ろで何も気づかずに列に並んでいる大勢の参加者。
彼らに危害を加えないとも限らない。
そして、彼らが刃物に気づいてパニックを起こさないとも限らない。
幸い、花火師の目はあかねにくぎ付けになっている。
自身の計画を邪魔した挙句、犯人が自分だと知っている女スタッフ。
(あとひと押し……)
とにかく、自分だけに意識を向けさせなければならない。
たとえ、あの刃が自分に向こうとも。
こういう時はどうすればいいだろう。
にらみ合いの硬直状態。
格闘ゲームであれば『挑発』コマンドでも使うところだろうか。
(挑発……)
実際にやるとなると、どうすればいいのか分からない。
あかね自身は誰かを煽るようなことをしたことが無かった。
そういった世界とは無縁だったのだ。
暑さのせいか、頭がぼんやりする。
あまりしっかりと考えられない。
(そういえば昨日、ここで……)
ふと、頭をよぎった光景。
昨日の不審物対応で投げつけられた言葉が思い浮かぶ。
非常に滑稽で陳腐だったが、言わないよりはマシだろう。
あかねは自然に少し胸をそらし、あざ笑うかのように口元を上げた。
「この、負け犬が」




