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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
165/171

第149話 3日目 夏の思い出

『これより、一斉点検放送を行います』

 

 場内におなじみの放送が流れ始めたと同時に、会場内の参加者の携帯が一斉にけたたましく鳴り響いた。


「うわっ」

「何!?」


 神経がけば立つような警告音を発し、速報メールを受信したことを知らせる。

 参加者が一斉に自分の携帯を取り出し画面を確認する。

 

「地震とかかと思った……」

「心臓に悪い」

「準備会からの重要なお知らせ……?」

 

 それは、次のような内容だった。

 

『コミマ限定速報メール:本日は参加者の皆様に不審物を捜索していただきます。報告された方には豪華景品を進呈!』


 持ち主の分からない荷物を見つけてスタッフに通報……それを二回達成したら次回の通行証をプレゼントというものだ。

 内容に目を通した人々から、ざわりと声が漏れる。

 準備会が大っぴらに通行証を景品にするのは、あまり聞いたことが無い。

 実際は設営日に設営参加者への景品としてこっそり渡していたりするのだが、コミマ当日の参加者全員に、等しくチャンスを与えるようなことは今までなかった。


『身の回りの点検を実施してください。不審な荷物を見かけた場合は、お近くのスタッフまでお知らせください』


 通知が行き渡ると同時に、館内の放送が終わる。

 そう、このタイミングは一斉点検だ。

 

「……すごいな」

 

 場内の参加者が、一斉に不審物の点検をし始めたのが分かった。


「荷物を見つけた場合は、まず周囲に持ち主がいないか確認してください!」


 江口橋が声を上げる。

 点検に見せかけた置き引きが発生するリスクに思い当たったのだろう。


「持ち主のいない荷物を見つけたら、お知らせください!」

 

 周囲に持ち主がいないかを確かめる。

 こういった注意書きは速報メールの最後の方に書かれているが、そのあたりの注意書きにまで目を通す人ばかりとも限らない。

 あちこちのスタッフからアナウンスの声が上がっているのが分かった。

 心強い。


「スタッフさんこれなんですけど……」


 参加者のひとりが、ペンケースを手にあかねへ話しかける。

 

「ふむ、これは不審物ではなく落とし物ですわね……あちらのインフォメーションにお持ちいただけますかしら」

「は、はい!」

 

 顔を赤らめた参加者はあかねの指すホール本部へ向かっていった。

 明らかに危険のないものは不審物とは言えない。だが、持ち主の分からないものを探すという雰囲気作りは重要だ。拾得物が不審物ではないからといって無駄ではない。

 

『456地区山城より各位。各ホールトラックヤードに集積場あり、警察の管轄なので荷物同伴で詰所までご案内を。手が離せない場合はシャッターから外へ誘導すれば分かるのでよろしくお願いします』

 

 速報メールはもちろんあかねの携帯にも届いている。

 その通知は音だけでなく振動もあるし、何より文字で情報が得られる。

 参加者のデバイス依存とはいえ、館内のアナウンスだけでは届かなかったところに届いているという実感はある。


「なるほど、これなら耳の聞こえない方にも届きやすいですわね」

 

 昨日の今日でこれが実装されたとは思えない。以前から誰かが声を上げ、そして技術的な実現を探っていたのだろう。

 この準備会は誰かの意見をきちんと聴き入れ、そして可能であれば対応する。

 それができる組織だ。

 ここは自由な創作が花咲く場。硬直化した考えでは、とても守れない。


 だからこそ、あかねの声も届いた。

 不確定な弱い根拠だったのにもかかわらずだ。


「……総力戦、ですわね」


『地区本部矢原より各所、花火師は東4から456に入った模様。各員警戒を』


 会場の時計を見る。運命の時間まで、あと十五分。

 


 ※


 

 江口橋誠司は暑さと湿度と緊張で、大汗をかいていた。

 じっとりとまとわりつく肌着が重い。

 

 中央縦通路と中央横通路が交わる場所に、瑞光寺と立つ。

 通称『グランドクロス』と呼ばれるそこは、各ホールにある大きな交差点。

 そしてこの東5ホールのグランドクロスは、東456地区の中心でもあった。

 

「やはり人が多いですわ」

「一方通行が機能しているおかげで流れは悪くないな」


 この中央縦通路もかなりの人混みだが、出口であるガレリア側へと向かう流れがほとんどのため通行に支障は出ていない。

 さらに言えば、最も存在感のあるスタッフが四方ににらみを利かせている。

 誰もが周囲に気を配り、トラブルを起こさないように配慮しながら通行していた。


「……」


 少し顔が赤いだろうか。息も上がっている。

 

「瑞光寺さん、水分は取ったか」

「ええ……いえ。十分ではなかったかもしれませんわ」


 江口橋は無言で水のペットボトルを差し出す。

 常温だが取らないよりは良いだろう。ちゃんと新品だ。

 

「よろしいのですか」

「またもらえばいい」

 

 瑞光寺はしばらくペットボトルを見つめ、そっと受け取った。

 険しい顔の女幹部のまま、ぐっと力を入れてふたを開けそのまま口をつける。

 

 当たり前だが瑞光寺も人間だ。無理をすれば疲れるし、水分が不足すれば倒れる。

 どうも今回は自制が効いていないように見える。

 休んでもらいたかったが、少なくともこれまでは休ませられなかったし、本人も拒否しただろう。

 会場の時計を見ようとしたところで、無線が入った。

 ペットボトルの水を飲みながら、瑞光寺が目だけをこちらに向ける。


『地区本部矢原より各所、花火師は先程東5ミブロック通過の形跡あり。中央横通路ではなく一本トラックヤード側の可能性が高い、以上』


「……」


 トラックヤード側に体を向け、行き交う人を注意深く見守る。


 ふと、前にも同じような光景を見たことを思い出す。

 もう二十年経って、コミマスタッフも四十回していることになるが、まだ忘れることができない。

 多くの人々がトラックヤードのシャッターに向けて殺到し、事故が起きた。

 幸い大けがをした人はいなかったが、あの時の衝撃的な光景は忘れることができない。

 倒れる人、倒れる人を助けようとする人、そしてそれでも構わず外へ出ていこうとする人。

 良心に従うオタクと醜悪なオタク。強烈な二面性を同時に見せつけられ、当時新人だった自分は何をすればいいのか分からなかった。


「あら。不審物かしら」


 見覚えのあるヒピブロックのスタッフが、荷物を持って一般参加と思しき男性と外へと向かっている。

 賞品をちらつかせて不審物チェックに協力してもらう苦肉の策。

 善悪の二面性を上手く利用した策のように思える。


「どうかなさいまして?」

「いや」


 二十年前の事故の前、妙な兆候はあった。

 いつもより少し参加者が多く、いつもより少し落ち着きがなく、いつもより少し気温が高く、部数の少なさを煽るサークルが少しだけいた。

 周囲のスタッフも様子がおかしいことは薄々感じていたと思う。

 だが結果的に何もできず事故を起こしてしまった。

 

「もし、今回のように全員で当たっていたら……」


 思わず口をついて出る。

 瑞光寺は何のことか分からず江口橋を不思議そうに見る。


「何でもない」


 言っても仕方のないことだ。

 あの時の自分が適切に相談する相手を見つけられず、相談するにも上手く伝えられず、そして起こした事故だ。

 だが今回は違う。

 スタッフの作り出す雰囲気と準備会の施策で、コミマ全体が不審物に当たろうと同じ方向を向いている。

 そしてそうなるように仕向けたのは、隣に立つ瑞光寺が発端ではあるが、江口橋自身の判断と行動の結果だ。

 もし、今回を無事に乗り切れたなら……

 

(多少胸を張ってもいいだろうか)

 

 でなければ、この重い後悔を瑞光寺も引きずることになる。

 そんなことは、絶対にさせない。

 

「ふう」

 

 その瑞光寺は半分ほどに減ったペットボトルの水を確認し、一気に飲み干していた。

 仕方ないが、今日は弁当も遅い。

 おそらくどこのホールでも同じような状況だろう。

 せめて水分だけでもしっかり取らなければ。


 改めてトラックヤード側へと目を向ける。

 すべての参加者の顔を確認するのは不可能に近いが、それでも違う雰囲気をまとう人間は何となく目に留まる。

 江口橋は意識していないが、二十年間のスタッフ参加の賜物といえた。

 

「……あれは」


 ぽつりとつぶやいた江口橋を見て、その目線の方向を追う。


「……素晴らしいですわ、江口橋さん」


 示し合わせたかのように、ふたりして一歩踏み出す。

 表情の少ないふたりだったが、その漏れ出す雰囲気に道行く参加者が場所を開ける。

 自然に作られた道。

 その先に『花火師』がいた。

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