第148話 3日目 花火師
『ホール本部より各所、気温が上がって傷病者が多くなってるみたいなので、体調に気を配ってください』
『ホール本部より各所、混雑が激しくなってますが一般入場まだまだ終わりません。ですが急ぎ東西おすすめルート開放したので西に行くルートの案内はそちらでお願いします』
『ホール本部より各所、東4と東1のトラックヤード相互通行開始してますが、流量が厳しいのであまり案内しないでほしいとのこと』
『ホール本部より各所、東地区への入場はすべてリンクスペースからの入りに切り替えました。6ホールのトラックヤード側シャッターは出専になってます。なのでホール内へは東5からどんどん入ります』
『ホール本部より各所、ガレリア側は東5と東6が出専、東4は入専で運用中、とにかく東456の人数が多いので頑張って』
目まぐるしく変わる導線。
担当するネブロックや外周シブロックの列の移動も頻繁に行われ、スタッフの『列通ります』の声があちこちから聞こえてくる。
混雑対応が主のネノブロック員は構っている暇はないが、ホール限定SNSでもどんどん情報が更新されていく。
トラックヤード側を担当するChikiは明らかに消耗している表情を見せている。
「立ち止まらずお進みください! なるべく左側通行でお願いします!」
あかねが隣に立ったことにも気づかず、極端に流れの悪い外周通路を何とか制御しようと声を上げる。
同時にネブロックにできている列の様子も確認する。
圧縮はまだ必要なさそうだ……と同時に隣に立つ副ブロック長に気が付いた。
「あっ、あかね様!」
「Chikiさん、どなたかと交代したほうが良いかしら」
「いえ、まだやれます!」
あかねの顔を見ると、みるみる精気を取り戻した。
しっかり顔を上げ、床を踏みしめる。
すると存在感あるふたりのコスプレが、相互作用によってさらなる秩序をもたらす。
「うおっ……」
「ひっ……」
今がクライマックスの朝の特撮。
その敵幹部がふたり。
東條アストリッドとサウザンド。一部ファンの間では『東南』と呼ばれるカップリングでファンアートも多い。
そのふたりが揃って人の流れをじっと見ている。
作品を知らない人でも『悪役がこちらを見ている』ということだけは理解できた。
必然的にアナウンスにより耳を傾ける。
「左側通行で前の方に続いてください!」
声を上げるChiki。
その言葉に押されるように、ほんの少し流れが変わったように見えた。
「ここは大丈夫です、あかね様」
「……いえ、Chikiさんは一旦定点に戻って水分補給をしてくださいまし」
「えっ、私まだ……」
「案外、客観的には分かりませんのよ」
「でも、ここは……」
「大丈夫、わたくしが見ます。安威」
「はっ」
どこで待っていたのか、安威が三秒で現れた。
目を丸くするChikiを置いて指示を出す。
「安威は定点までChikiさんをお連れして。五分休憩していただくように」
「承知いたしました、では、こちらへ」
Chikiは戸惑いながらも従ってくれた。
まだ序盤。ここで大きく消耗すると後半に響いて来る。
今日は最後まで気が抜けない。しっかり休んでもらわなくてはならない。
戻って来たChikiと再び交代したあかねは、トラックヤード側の状況を定点にいる江口橋へと伝えに来た。
「ネノブロックは順調に推移しておりますが、東5、東6共にシブロックが苦しそうですわね。そのせいで外周通路の流れが悪いですわ」
「思った以上だな、これは……」
現状東6ホールは、東5からしか入って来れない。
だからこれでも東6ホールからの人の流れは少ないはずだ。
それでも外周通路は非常に流れが悪い。
「これほど混むとは」
「ええ。まさに『面白くなってきた』かしら」
「その通り。分かってるじゃないか」
口ではそう言っているが、ふたりの間に軽い空気は一切ない。
予告されていた時間まで、あと二時間もない。
参加者は増える一方で、スタッフの移動すらままならない。
万が一が起きた時どうなるのか想像もつかない。
重苦しい沈黙を破ったのは、もうひとりの頼れるスタッフ仲間だった。
ポニーテールを揺らしながら、足取り軽く定点へと姿を見せる。
「お疲れ、東5と6のガレリア側で出専になったからか、ガレリア側外周の流量はかなり減ったよ。しばらく人ついてなくても大丈夫そう」
「承知いたしましたわ、君堂さん。引き続き混雑対応の援護に回ってくださいませ」
「了解!」
必要最低限の報告だけ済ませ、再び混雑に身を躍らせる。
君堂の明るい声に少し空気が和らいだ。
全身に疲れが溜まっているのを感じるが、まだまだ戦えそうだ。
「これは無線で流してないんだが」
江口橋はあかねに一歩近づくと、声を潜めた。
混雑のざわめきの中、ギリギリ聞こえる程度だ。
「手荷物確認で40人程度が隔離されたらしい」
「そんなに……」
「『敵』に当たったかどうかは分からないが、可燃性の液体を持ち込もうとした人間も数人いたようだ」
「……」
絶句する。
可能性としてはもちろん考えていたが、『敵』はひとりではなかった。
大きな危機は回避できたのかもしれないが、だがもし自分が『敵』の立場だったらどうするだろうか。
このまま引き下がるとは到底思えない。
「まだ、終わってはいませんわね」
「ああ、その通り。奴らが本気だと判明しただけだ」
本気であれば、ここからどうにかできる方法を全力で考えるだろう。
手荷物確認は終日実施される中、何とかして中に入った人間に必要な荷物を渡す。
二年前に安威が忍び込めたように、穴はある。
絶対不可能ということは、ない。
「これからが大変だぞ」
「ええ……その通りですわ」
そして、十二時ちょうど。
ふたりの耳に同時に無線が届く。
『ホール本部より各所、警戒態勢レベル4です。できる範囲で巡回強化をお願いします。また準スタッフの方にも協力をお願いしてください』
江口橋が何か口を開こうとする。
しかし、それで終わりではなかった。
『重要な連絡です。現時点をもって無線チャンネルを456地区共通に変更して運用します。各所はチャンネルを……』
「定点にはあたしが立つ。いい?」
江口橋とあかねを見上げて、君堂がそう言い放つ。
「ここに江口橋さんを貼り付けるのはもったいないからね。巡回に行って欲しい」
「君堂さん……」
「あたしなりに考えた適材適所。ガレリア側は雀田さんと風間さんがいるからとりあえず大丈夫。お願い」
ポニーテールを揺らしながら、ホールの境目にある大きな柱に身を寄せた。
君堂の言うことにも一理ある。
小柄な君堂よりも、大柄な江口橋や長身のあかねの方が視界が広い。
もちろん小柄なほうが足元の不審物は見つけやすいかもしれない。
しかしそれを周囲に知らせるのもまた、人混みに埋もれる小柄な体には不利なのである。
「分かった。ここを頼む」
「へへ。任されたよ。瑞光寺さん、この人をよろしくね」
残り一時間が正念場だ。
この場で定点管理という地味な役割を率先して背負ってくれる君堂に、心から感謝した。
「君堂さん、よろしくお願いしますわ。君堂さんなら安心してお任せできますもの」
「ああ、そうだな。君堂も無線を持っているしな」
「自前だよー」
雰囲気が重くなったのを感じてか、あえて軽く言う君堂。
456地区で合わせた無線は、一度テスト発信があっただけでその後は沈黙を保っている。
どこのブロックからも、誰からも発信されていない。
便りが無いのは……平和な証拠と信じるしかない。
『456各所、こちら456地区本の矢原。重要連絡重要連絡』
三人は顔を見合わせた。
間違いなく、前回までネノブロックで共にスタッフとして参加していた矢原だ。
『遺憾ながら「花火師」の入場を確認。手荷物確認は受けているが各自最大限注意のこと。なお、数分遅れながら足取りは掴めるので、こちらから定期発信する予定。確認できている足取りは西を経由して東1。追って報告待たれたし。以上』
『続いて456地区の山城より各位。まもなく一斉点検、全力をもって当たること。またその際準備会より「速報メール」発信予定、慌てず騒がず対応のこと。以上』
「……本気だねえ」
「ああ」
矢原の連絡にあった『花火師』これが敵を指す仮の名前だろう。
そして、山城の『速報メール』にも心当たりがある。
朝、Chikiがそんな話をしていた。
場内の参加者ほぼ全員に、一気に連絡をする手段となる。
できうる限りの手段を用いて、今日を乗り越える気迫を感じる。
『地区本部矢原より各所、花火師は2分前に東1を出た。456に入る可能性が高い』
矢原の声に顔を見合わせる。
もう東4からこの地区に来ている可能性が高い。
思わず東4の方を見るが、当然のことながら人混みしか見えない。
「江口橋さん」
「どうした」
「中央縦通路に、向かいましょう」
「……分かった」
理由も聞かずにうなずく江口橋。
問答の時間すらもったいないと思ったのかもしれないが、これまで築いてきた信頼関係が言葉を省かせる。
「ここは任せといて!」
背中を押す君堂の言葉を背に力をもらう。
あかねは振り向きもせず東5ホールの中央縦通路へと歩き出した。




