第146話 3日目 運命の日のご縁
君堂莉子は見本誌回収がひと段落し、息をついた。
やはり今日はサークルの出席率が高い。そして回収率の進捗も良い。
後者は隣に立つ瑞光寺あかねのコスプレの存在感がなせる業なのだが、心の底から助かっている。
現時点で来場しているサークルにはすべて声をかけている。
後は準備ができていそうなら個別に声をかけていくだけだが……
「あ、瑞光寺さん、君堂さん、お疲れ様です!」
お隣ハパブロックのメイド服ふたり組が声をかけてきた。
「お疲れー」
「椎名さん、雲雀さん、ごきげんよう」
コスプレをしたスタッフは、当然普段着のスタッフよりも目立つ。
そういった意味では責任者が両方コスプレをしているハパブロックはとても目立っている。
コスプレスタッフが多いネノブロックも隣接していることもあり、このエリアのスタッフコスプレ率がやたら高い。
自分もメイド服を着ればよかっただろうかと思う君堂だった。
「今日もお揃いですのね」
「分かりやすいでしょ」
目を細める雲雀。
分かりやすさ以上の意味が籠っている。微笑ましい。
「ではまた記念写真を」
瑞光寺が椎名と雲雀の携帯を借りて、ふたりの姿を撮影する。
特撮の女幹部に扮した本格的なコスプレイヤーが、メイド服のふたりを撮影する。
違和感がなくはないが、これもまたコミマの風景だ。
「スタッフがさぼってるって言われるかもしれませんねえ!」
「あら。余裕を見せておりますのよ」
確かに余裕は必要だ。
スタッフが不要にピリピリしても、参加者が不安になるだけだ。
だが椎名が言うように妙なクレームをつける輩もいる。直接準備会に寄せられた意見なら和泉は一蹴するだろうが、今はネットで晒されたりもする。そうならないための自衛は必要だがバランスが難しい。
スッと表情を引き締め、椎名が声のトーンを落とした。
「今日もネノに人を出したいところなんですが、外周シブロックがどうなるか分からないんですよねえ」
「今回は読めないからなあ……」
隣の雲雀がうなずく。
人員の管理に頭を悩ませているのはどこのブロックも同じのようだ。
「人員の提供は鈍いかもしれないですが、列はこっちに伸ばしてもらっても大丈夫なので」
「承知いたしましたわ。それだけでも助かります」
椎名と瑞光寺が列が伸びたときの対応を確認する横で、ベテランふたりが並んでホールを眺める。
「ハパに頼りたいところだけど、今日はヒピにもちょっと重いサークル置かれてるから厳しいね」
「そっちはフプヘペが助けることになってるけど、フプヘペもがっつり外に人員取られるみたいで」
節目のC100夏、混雑が予想されるからとスタッフはいきなり増やせるものでは無い。
ましてや経験のあるスタッフの育成は時間がかかる。
毎回コンスタントに新人スタッフの登録はあるが、全員が継続してスタッフをするわけではない。
想像と違ったとすっぱり辞めてしまうのもまた自由だ。
「君堂さん、準スタッフって、使えると思う?」
「混雑対応は想定してないでしょ。あくまで不審物チェック」
「だよなあ」
混雑対応は参加者への対応そのものだ。
乱暴な言葉遣いや不要な接触があったときにトラブルが起こる可能性が高い。
スタッフが責任をもって準スタッフの面倒を見るなら可能だろうが、ずっとついているわけにもいかない。
一方の不審物チェックは、スタッフの目の届かない部分を人海戦術で補うもので、ハードルが低いといえば低い。
それに、どちらかというと実務より雰囲気づくりに寄与してもらう期待の方があるように見える。
「あ、でもサークルの人で赤い紐付けてるところは、積極的に列整理を手伝ってもらうよう交渉しろって和泉さんが」
「あー、なるほどね」
雲雀が納得した表情を見せる。
元々列整理はそのサークルの責任の下で行われるべきなのだ。
それは壁配置でも偽壁配置でも関係はない。
人数の多そうなサークルには赤い紐すら関係なく積極的にお願いしをしてみよう。
「ところで、今日は警察官の方の数が多く感じますねえ!」
「最終日だからかな」
瑞光寺との確認を終えた椎名がくりくりした目を雲雀に向ける。
その雲雀は上手く隠しているつもりだろうが、嬉しさが透けて見える。
心の中で『幸あれ』と思う君堂。
その君堂は、今日警察官の姿が多い理由を知っていた。
「あー、隣の県警から応援が増やされたみたい」
「あら。そうなんですの」
ほぼ当事者の瑞光寺には、教えてもいいだろう。
大嵐の1日目の対応があって、今日があるということを。
「……県警本部長の名前、相川っていうんだけど」
「相川……」
1日目、AKANEのコスプレを見るためだけにビッグサイトへと姿を現した旧友。
相川愛奈もまた、スタッフ登録をしていたがやめてしまったひとりだ。
あの日からまた連絡を取り合い、今のコミマの現状も伝えた。
そして、自分のできることを、できる範囲でしてくれたのだろう。
『何年ぶりかに父親と話すきっかけになった』と教えてくれたが、まさかこう動くとは思わなかった。
「どうかされましたかあ?」
「いえ。ちょっとしたご縁があったものですから」
「そうですかあ」
間接的に県警トップを動かしたのだが、分かっているのだろうか。
間違いなく瑞光寺あかねの功績なのだが、誇りもしない。
君堂は旧友を部屋から引っ張り出してくれたこの副ブロック長に心から感謝をしているのだが、今言葉にすると死亡フラグ感があるので言えないでいる。
「それにしても、ハパブロックは貸し出しの規模が大きいですわね」
「あー、人数が多いもんだからそれはもう遠慮なく。仕方ないけど」
ハパブロックの人員の吸い取られ方を聞いて、外とサークル入口にそれぞれふたり取られたネノブロックは可愛いもんだと思う君堂。
元々ネノブロックが偽壁にしては人数が少なめなのもあるが。
「今日は一時、俺と椎名だけで回す時間帯ができそうで」
「そ、そんなに……」
「代わりに事務処理を本部に押し付けたけどな。ハパから本部は遠いから無理」
そのあたりの交渉は雲雀の手腕だろう。
というよりそれほど手薄であれば、先に無理だと言っておいた方が良い。
ブロックの責任者が本部に詰められない以上、アルバム確認や青紙を本部でやれるのは本部員だけだ。
当然本部員は渋ったが、和泉が『それなら俺がやる』と言い出し結局本部で受けた。
非常態勢。
改めて実感する。
「あ、瑞光寺さん!」
瑞光寺の知り合いと思しきサークル参加の女性が、小さく手を振っている。
「べりまるさん、ごきげんよう。申し訳ありません、知り合いですので失礼いたします」
「うん。また後で」
彼女は二年前のC96夏に初めてスタッフ参加だったはずだが、ずいぶん知り合いが増えたようだ。
「瑞光寺さん、サークルの知り合いが多いな」
「あれだけ美人で人当たりがいいからね。かなりの人たらしだよ」
見た目だけではない。何より献身的な精神と行動がある。
一生懸命に参加者のことを考え、コミマのことを考え、そして実行に移す。
初めこそ気後れしたが、今はもうそんなことはない。
頼れる仲間だ。
「魔性の女だね」
コスプレの後ろ姿を眺めながら、つい口に出てしまった。
「君堂さん、何てこと言うんですかあ!」
椎名も冗談と分かっているのだろう。
くりくりの目を輝かせながら君堂に笑いかけた。
※
Chikiこと清川千歳は、だんだんと気温と湿度が上がってくるホール内を大きく見まわした。
通路を行き交う人が前回より少ない気がする。
サークルの配置数は変わっていない。
外への誘導が始まっているので、かなりの人数が外へ出たということなのだろう。
視界の端に、敬愛する副ブロック長の姿を捉えた。
ふたりの女性参加者と何やら言葉を交わしている。参加者の対応かと思ったがどうやら違うらしい。
「あかね様?」
「Chikiさん、どうかなさいまして」
「ああ、いえ。江口橋さんから、そろそろ見本誌回収が終わりそうなのでアルバムの確認をと」
「あっ、ごめんなさい! つい話し込んじゃって」
そう言って恐縮する片方の女性。ちらりと見えた手首には、赤い紐が巻かれている。
なるほど、あかねが誘った準スタッフなのかもしれない。
じっと見るChikiの視線を察したのか、あかねがふたりを紹介する。
「こちら『苺亭』のべりまるさん、こちら『ブライトンの砂』のReikaさん」
「初めまして」
「凄いコスプレ……あっ、Chikiさん!?」
「えっ、ええ、そうです」
スタッフ証が見えたのだろう。
Reikaと紹介された女性は、どうやら自分のことを知っているようだ。
「うわあ、凄い。間近で見るとすごい迫力!」
「ありがとうございます」
今日のChikiのコスプレは、あかねと同じ作品でやはり敵幹部の男。
男装しての参加だ。
「ふたり並ぶとすごい……」
「ですね……」
べりまるとReikaが息をつく。
Chikiはあかねと並んで評価され、こみ上げる嬉しさを必死に抑えていた。
素晴らしいあかねのコスプレと並んでも見劣りするのではない、と客観的な評価がもらえたのだ。
「この間の瑞光寺さんの狐娘も良かったけど、今日のも迫力がありますね」
「光栄ですわ」
Chikiはべりまるの声色に、同類の気配を感じ取った。
すなわち、あかねに対する敬愛。
Reikaの目にも近い光を感じる。
じっとふたりを見るChikiに、あかねが言葉をかける。
「わたくしの初スタッフの時に担当したサークルの方と、池袋漫画革命のときに対応したサークルさんですのよ」
「そうなんですね」
自分の方が知り合って長いという言葉を飲み込んで、Chikiは笑顔を向けた。
ただ対応するだけで、こうも顔見知りになるものだろうか。さすがはあかね様だと感心する。
「それからも、何かご縁がありますよね」
「私も……助けてもらって」
「いえ。当然のことをしたまでですわ」
「瑞光寺さんにとっては『当然』でも、私にとっては救われたんですよ」
「わ、私もそうです! 瑞光寺さんにとって何でもないことでも、案外人を救ったりするんですよ」
べりまるとReikaが、過小評価だと言わんばかりに慌てて声を上げる。
そしてべりまるは「これは日ごろの恩返しです」と、赤い紐を見せた。
「私も救ってもらいましたよ」
Chiki濃いカモミールティーを思い出してあかねに笑いかける。
きっかけはそれぞれでも、同じ思いを抱くふたりに親近感を覚える。
「あ……すみません。赤い紐、せっかく誘ってもらったのに」
「いえ。ご無理されることはありませんわ。気持ちだけでも十分ですもの」
申し訳なさそうに言うReikaは準スタッフを辞退したようだ。
確かに少し線の細いReikaには重荷かもしれない。ただでさえ体力の消耗が激しい夏コミだということも一因かもしれない。
「あ、じゃあ私もう行きますね! 今日もよろしくお願いします」
「私も準備しないと……では、失礼します」
べりまるとReikaの姿を見送りながら、あかねは小さく息を吐いた。
ほっとひと息という雰囲気ではない。
むしろ気合を入れなおしたように感じる。
「アルバムでしたわね」
「あ、はいそうです。それと、和泉さんから聞いたんですけど……」
昨日の東123の搬入で、速報メール試験と称する避難誘導訓練があったらしい。
避難訓練があること自体は聞いていたが、あかねは速報メールについては初耳のようだった。
そして、東456でも同じような試験を抜き打ちでやる可能性があるのだという。
昨日和泉に言った「耳の聞こえない人の避難誘導」の対応策かもれないとChikiは考えている。
「元々そういう準備をしていたそうですけど」
「やはりわたくしごときが考えることは、すでにどなたかがお気付きですわね」
また過小評価をする。
Chikiにとっては歯がゆい。
謙虚は美徳かもしれないが、もっと胸を張ってほしい。
「どうかなさいまして」
「あ、いえ」
そして同じように考える人は他にもいる。
「和泉さんが、あかね様がそう言うかもしれないと言ってたので。でも『コミマが50年で気付いたことにたった2年で気付けたことを誇ってくれ』とも言ってました」
「まあ」
あかねは目を丸くする。
「それすらお見通しでしたのね」
笑顔こそ浮かべていないが、その表情はどこか楽しそうだった。
そしてそんなあかねを見るChikiもまた、楽しい気持ちになるのだった。




