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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
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第145話 3日目 東6ホールへの挨拶

 江口橋がネノブロック員を見回す。


「ネノブロック、おはよう。あー、春日野さんと神月さんが『仮貸し出しA』でサークル入口に行っている。あと、雀田さんが着替え中。今日も見本誌回収が終わったらシブロックの手伝いで保谷と三島さんが外に出る。それと、朝日はトラックヤード側の非常口運用を任されている関係上、シブロック内壁とも兼務のような状態になる。それを踏まえて今日の体制は……」


 昨日のうちに各人に送られてはいたが、改めて体制表を確認する。


 トラックヤード…倉敷(統)、児島、Chiki、朝日(兼)、三島(兼)、保谷(兼)

 ガレリア…君堂(統)、雀田、リョリョ、探花、風間

 定点…江口橋

 遊撃…瑞光寺、春日野(貸)、神月(貸)


 あかねは割り振られた「遊撃」の文字をじっと見る。

 固定の担当を持たず、裁量で動く。つまり、思うままに動いていいという江口橋の配慮だ。

 春日野と神月も同じだが、彼らはいつ帰って来られるか分からない。

 

「よし、それじゃあ各自は朝ご飯をしっかり食べて見本誌回収を開始してくれ。今日はサークルさんの入場も早そうだしな」

 

 必要な連絡事項を共有し、ブロック別のミーティングは解散となる。

 しっかりと朝ご飯を食べ、今日のスタッフ業務に備える。誰も言葉にはしなかったが、昼ご飯がまともな時間に食べられない可能性が高い。夏コミのお昼のお弁当は14時に廃棄されるが、今日の人出を見ていると14時までに休憩が取れるかどうか怪しい。

 そして、一部の人間はそれより前の『13時』を乗り越えられるかどうか……そのことを考えていた。

 いずれにせよ、今日はいつもりよりしっかり朝ご飯を食べなければならなかった。


 

「やっぱりガレリア側の統括かあ」


 君堂が笑う。

 そこに気負いはなく、いつも通りにも見える。


「頼りにしておりますわ」

「うん、まあ危なくなったら6ホールに助けを求めるよ」


 ちらりと東6ホールの本部を見る。

 まだホール朝礼が続いているようだ。

 今日の東6ホールの担当エリアは広い。東5ホールよりも多い人数が登録しているという話だが、それでも大変だろう。

 それを統括するホール長の冷泉の苦労は計り知れない。

 

「でも今日は6ホールもきついかな……」

「そうですわね。挨拶はしておきますわ」

「うん。そうだね」


 ちょうど朝礼がひと段落ついた東6ホール本部。

 そこの主はあかねと君堂を見つけると、椅子から立ってふたりを迎えた。


「おはよう、君堂さん、瑞光寺さん」

「おはよう。今日はコスしないんだね」

「冷泉さん、ごきげんよう」


 冷泉はあかねに柔和な笑顔を向け、君堂には苦笑交じりに答える。

 

「今日は準備の時間が惜しいのよ。瑞光寺さんは今日も気合が入ってるのね……それは特撮の女幹部だったわね」

「さすが、良くご存じですわ」

「あー、それは……」

 

 冷泉は言葉を濁す。

 ネノブロックでスタッフをしていた高村トシヤが出ているという理由で何となく見ていた。

 色々あったあかねの前で、しかも今回高村トシヤが登録していないことを考えると、正直に言うことは憚られる。

 

「そろそろ終わるのよね。タイミングのいいコスプレだわ。その和装アレンジは、この間の方の作品ね」


 力づくで話題の方向を修正し、あかねのコスプレを褒める。

 

「ふふ。正山の渾身の作品ですわ。こちらのアストリッドは先週に倒されてしまいましたけれど」

「いいじゃない。復活したってことで」

 

 特撮の女幹部、東條アストリッド。

 敵は四天王のように四人いたが、このアストリッドが実質的なラスボスに近い。

 まだ最後のボスが残っているが、残りの放送回数を考えると比較的あっさり決着がつくのではないかという見方が強い。


「それで、君堂さんが来たということは、また君堂さんがガレリア担当なのかしら」

「正解! さすが冷泉さん。今日はあたしがガレリア側の統括だから挨拶しておこうと思ってね」

「そう。でもあまり人は出せないわよ」


 冷泉が目で指す通り、ホール本部には最低限の人数しかいない。

 本部員もあちこちに出張して調整役をするとのこと。

 

「知ってるよ。だけど賢い冷泉ちゃんは、左側通行アナウンス要員をちゃんと計画に入れてるでしょ」

「くっ……何かバカにされているような気がするけど、確保しているわ。でも今日も雀田さんが来てくれるのでしょう?」


 昨日のこのガレリア側外周通路の混雑は、聞いていた以上だったようだ。雀田が手際よく捌いて流れを整えなかったら危なかったかもしれない。雀田はそういう報告をしなかったが、彼女は自分の成果を過小に評価する傾向がある。

 

「それが、混雑対応が手薄ですの。雀田さんが外周対応できるかどうかわかりませんわ」

「ああー、入口への貸し出し……頭痛いわよね、あれ」

「仕方ないね」


 館内だけの問題ではない。

 コミマ全体の問題だ。そこに人を出し渋るわけにはいかない。

 混雑が比較的マシだと見られている東123からは、もっと多くの人を出しているという。

 向こうは一体どういう状況なのか、考えるだけでも恐ろしい。

 

「でも、ひとり出してくれるだけでもすごく助かるよ。この借りは和泉さんにツケといて」

「返って来たことがないのだけど」

「それは知らない」


 君堂が笑って切り捨てる。

 自分で取り立ててもらわないとどうしようもない。

 

「冷泉。朝礼で午後にドリンクの箱勝手に開けないでって言うの忘れ……あ」


 あかねと君堂に気が付いていなかったのか、現れた一条の動きがぴたりと止まる。

 警戒の色を見せ、眉を顰める。

 

「一条さん、ごきげんよう」

「……おはよう」


 そういえば会場で一条に話しかけた時は、いつも緊急事態だったと思い出す。

 一条も条件反射で警戒してしまったのかもしれない。

 しかし、いつもより元気が無いように見える。

 

「一条さん、少しお疲れですわね」

「……7ホール側の調整が大変」

「まあ。そうでしたの」


 今日は一般入場の導線となる時間帯もある。

 東6と東7の橋渡しは456地区でもかなり大役だ。

 

「巨大みなし館内は東6が一番大変……なのに」


 一条はそのジト目を冷泉へ向ける。

 

「い、一条も賛成したでしょ!?」

「……そうね」


 ここにいる君堂、一条、冷泉にはあかねの秘密を打ち明けた。

 あれからもう一年も前になる。

 一条もまた、冷泉と同じようにあかねを信じて協力してくれているということなのだろう。


「……」

 

 じっとあかねを見る一条。

 一条の言葉は多くない。だがその目は雄弁だとあかねは思っている。

 雀田と顔立ちは似ているが、そのあたりは大きく違う。

 今の一条は、背中を押してくれているような気がする。

 

「瑞光寺さん」

「はい」

「いくらでも頼って。冷泉を」

「私!?」

「ええ。もちろん」

「もちろん!?」


 隣の冷泉があわあわと何か言いたそうにしているが、気にするそぶりも見せない。

 君堂はふるふると震えながら笑いをこらえている。

 あかねはいつも通りの一条を見ると、ふと思い出したことを口にした。


「うちの雀田も、君堂さんとガレリア側を担当しますの。ご一緒する機会があるかもしれませんわね」

「……別にそれはいい」

 

 ふいと目を逸らした一条だったが、その先に立つ人物がふっと笑った。

 

「つれないですね」

「えっ」

 

 劇中、東條アストリッド直属の配下として主人公たちと幾度も戦った主要な敵『るい』だ。

 もちろんコスプレをした雀田である。

 

「おはようございます、一条さん、冷泉さんも。今日はよろしくお願いします」

「ええ、よろしく」

 

 冷泉はさらりと返事をしたが、一条の様子がどうもおかしい。

 雀田は若干避けられていることは知っていたが、挨拶に返さないような不義理な人間ではなかったはずだと一条をのぞき込む。

 

「一条さん?」

「ひっ」

 

 一条は小さく悲鳴を上げると、目を見開いて一歩退いた。

 

「る……い……?」

「あ、はい」

 

 一条がかあっと赤面し、目を逸らす。


「え?」


 その反応に、雀田が困惑の表情を見せる。

 

「今期の一条の推しなのよ」

「へえー!」

「まあ。一条さんもご覧になっていたのですね」

「ええ、そうね」

 

 冷泉は知っていた。

 一条もまた、高村トシヤが出ているのがきっかけで見始めたことを。

 そして途中から『るい』の虜になったことも。


「……」


 至近距離で『るい』を目をした一条はまだ再起動が済んでいないようだ。

 それだけ推せるものができたことは微笑ましく思えるが、反面少し寂しくもある冷泉だった。



 一連のやりとりを見ていた君堂だが、はっと周囲を見回す。

 

「瑞光寺さん、今日はサークルの入りが早いからもう見本誌回収に回った方が良いね」

 

 今日は明らかにサークル入場が早い。

 最終日、男性サークルが多いジャンルということもあるが、何より100回目の節目となる記念のコミマに、少しでも早く参加したいという意思の表れだろう。


「ええ。そうですわね」


 あかねは君堂にうなずくと、東6ホールの本部に向かって優雅に膝を折った。


「では冷泉さん、一条さん。ごきげんよう。東6ホールをお守りくださいませ」


 冷泉は応えるように不敵な笑みを浮かべ、一条はハッとしたようにあかねを見る。

 

「ええ。そっちはよろしくね」

「……また後で」

 

 お互いの背中を任せる安心感。

 くすぐったいような、燃え上がるような心地。

 特撮の女幹部は、こらえきれない笑みを口元に浮かべ、自らの担当ブロックへと踵を返した。

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