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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
154/171

第138話 2日目 色々サークル参加

 不審物チェックに重点を置いて巡回する。

 副ブロック長のあかねは無線持ちのため、単独での巡回でも問題ない。

 二人一組で巡回するのは、現場の確保と連絡要員がそれぞれ必要になるからだ。

 無線持ちならば、現場の確保をしながら連絡することができる。


 2日目の活気と湿気を感じながら、足を進める。

 不審物が置かれるのはサークルの足元である可能性が高いだろうが、かといって下ばかり見ていてもいけない。

 この蒸し暑さの中、サークル参加者の顔色も確認しながら歩かねばならない。

 サークルとも不思議と目が合う。

 小さく会釈するサークルもいれば、驚いたようにじっとあかねを見るサークルもいる。

 そんな中、にこっと笑うサークルがいた。朝に受付をした記憶も新しい、ノ-16a『静海の宴』である。

 

「あ、スタッフさん。おっ……れ様です」

「ごきげんよう」


 耳がほとんど聞こえない女性は、つたない発音ながらもあかねをねぎらい、会釈をする。

 セミロングの髪からちらりと補聴器が覗いた。

 あかねは改めて机の上に置かれている本を確認する。

 

「こちら一部ずついただきますわ」

 

 驚いた顔を見せ、少し遅れて指差しシートでお礼を伝えた。

 今回は防犯のため、腕章をつけたままでの買い物が積極的に推奨されている。

 それは逆に『まともな休憩時間』が無いことを意味していた。


『ありがとうございます』


 一冊ずつ手に取り、電卓を叩く。

 頒布作業としては少し遅いようにも見えるが、混雑することもなくゆっくり対応できるのだろう。

 隣のネブロックの忙しなさを思えば、通路ひとつでこれほど違うとは不思議な気分だ。

 電卓に表示された金額ちょうどを支払うと、あかねは満足そうに同人誌を受け取った。

 見本誌でも読んだが、このサークルの本は面白い。

 きっとこの平安時代の女流作家が好きで、勉強を積み重ねたのだろう。

 そして、漫画も好きで練習したのだろう。

 どちらも生半可な努力ではないはずだ。だが作品の端々から感じる愛が、努力を努力と思わせないまま知識と技術を高めたに違いない。

 そういうことが伝わって来る。

 

「あ……差し入れ、です」


 感慨深く表紙に目をやっていると、遠慮がちに飴玉が差し出された。

 

「あら。ありがとうございます」

 

 思わず受け取ってしまったが、本を買わせてもらった上にお菓子までもらってしまうとは。

 通常ならサークルに差し入れをするべきかと思うが……

 

「よろしいのですか、いただいてしまって」

「あ……」

 

『なんども見て回ってくれていたので』

 

 さらさらと手元のメモに書いて見せてくれる。

 改めて顔を見ると、やはりにっこりと笑って見せた。

 

「……それでは、ありがたく頂戴いたしますわ」


 実際はその風貌からあかねのことを見ているサークルは多いのだが、本人は気付いていない。

 だがあかねにとって、孤独だった巡回作業すらも見てくれている人がいるのだと思うと張り合いが出る。

 飴玉ひとつの応援が、背中を押し、足を動かす力になるのを感じる。

 

(何かお返しを……)


 実直なスタッフ業務はもちろんだが、サークルにとって嬉しい何か……

 考え込まなくても、単純なことだった。


「わたくし、この本がとても面白いと思いましたわ。他の本も読むのが楽しみですのよ」


 サークルの女性は驚いた表情を見せる。


「言葉で感想を言うより……ああ、こちらのメールアドレスにお送りした方がよろしいかしら」


 あかねは奥付を確認し、SNSのIDとメールアドレスが書かれているページを見せた。

 それなりの長文になることが予想される。SNSよりはメールの方が確実だろう。

 著者にある『鶴猫』が彼女のペンネームだろうか。

 

「うえしいです」


 そう言うと鶴猫はにっこり笑う。

 好感の持てる素直な暖かい笑顔だ。

 彼女は急いでメモにペンを走らせる。


『この場所を守ってくれて、ありがとうございます』


 あかねの時間を気遣ってくれているのだろうか、ペンが早い。

 急がなくてもいいと伝えたいが、メモに目をやっている彼女には声が届きそうにない。

 

『ここは私でも対等でいられるところなんです』

 

 続けてメモを見せる。

 

『耳が聴こえなくても、新刊さえあれば私は胸を張ってここに立てるから』


 そこまで見せると、彼女はふたつ前のメモを再び手に取って見せた。

 

『この場所を守ってくれて、ありがとうございます』

 

 サークル『静海の宴』の鶴猫は、またにっこり笑った。

 純粋な感謝。

 この場所に危機が迫っていることなど知る由もなく。

 次回開催を疑うようなこともなく。

 この『当たり前』は、絶対に守らなければならない。

 そう決意を新たにするあかねだった。

 

 


 

 あかねは少し緊張しながら、東2ホールへと足を踏み入れた。

 C96夏に初めて登録したホール。UVブロックのブロック員は二年前からすっかり入れ替わっているようで、中央縦通路を歩いていても顔を見知ったスタッフはひとりもいなかった。

 ホール本部へと目をやると、藤崎がばたばたと作業をしているのが見えた。

 ホール長は声の大きい菊田だったはずだ。彼も忙しくしているに違いない。

 今回は456地区に混雑サークルを重点的に配置しているとはいえ、他の地区が混まないわけではない。

 むしろ目的を達成した参加者が時間差で流れ込んでくる分、対策がしづらかったかもしれない。

 ぱっと見る限り、東123地区は東456と大差ない混み具合に見えた。

 

 今は昼休憩で確保した短い時間。

 あかねは東5ホールの向かいにある東2ホールに、大切な仲間の顔を見に来た。

 

「ごきげんよう。鈴名さん、箱辺さん」


 あえて、そちらの名で呼ぶ。

 不意に名前を呼ばれたふたりは、共に驚いた表情であかねのことを見た。

 

「おうっふ……AKANEさん、お疲れ様です」


 お菓子を食べていた鈴名ことリョリョが慌てて立ち上がって頭を下げる。


「お疲れ様です。すみません、今日見本誌しか手伝えなくて」

「いえ。助かりましたわ」


 その様子をどこか優しい目で見て、箱辺こと探花があかねに会釈した。

 当たり前だがふたりともコスプレはしていない。

 しかし夏コミらしい軽装に『らしい』着こなしが見え隠れしている。

 ちらちらと視線を感じているようだが、ふたりは特に気にした様子はなかった。


「それにしても、こっちの名前覚えてくださってたんですね」

「もちろんですわ。多才でいらっしゃるので尊敬しておりますもの」

「恐縮です……」


 リョリョが恥ずかしそうに目を泳がせて頭をかいた。

 あかねは鈴名と箱辺の名義の本も持っている。覚えていて当然だ。

 サークルもコスプレも、事前準備にかなり時間がかかると聞く。

 そんな中スタッフまでやるリョリョと探花のことは、言葉の通り尊敬していた。


「私はイラスト描いてる方が長いんですけどね」

「そうなんですのね」


 今日の新刊と書かれた本を手に取る。イラストは鈴名セリ、本文は箱辺スズシロ。小説のようだ。

 細い線で描かれた表紙はどこか少女漫画っぽさを感じさせる。


「イラストは、まじまじ見られると恥ずかしいな……」

「コスプレの方が生身ですのに」


 ぱらぱらとページをめくっていく。

 あかねの知る小説よりも、イラストの枚数が多い。

 多いからと手を抜いている様子はない。一枚一枚からリョリョ……鈴名の気合が伝わって来る。

 ふとあかねの目が止まった。


「あら、誤字ですわ」

「えっ!? どこですか……ほんとだ……うわ、死ぬ」

「こういうの、本になってから見つかるよね。箱辺、前も誤字ってたね」

「鈴名、下読みしてくれたんじゃなかったの」

「えー、私だって完璧じゃないし箱辺もチェックが漏れてたんでしょ?」


 サークル参加の時はこちらの名前で呼び合っている。

 どこか新鮮で、そして微笑ましかった。

 

「今度AKANEさんに下読みしてもらったら」

「えっ」

「まあ。光栄ですわ」


 下読み。

 人によって使い方は違うようだが、書きあがった作品に客観的に目を通す作業を指す。

 第三者の方が、誤字脱字を発見しやすいし、意味の分かりにくい部分も指摘してもらえる。

 ただそれなりに時間を取ってしまうし、何より未完成の原稿。信頼している相手にしかお願いしない人も多い。

 

「いやいや。そんな悪いですよ。そ、それに何か恥ずかしい……」

「コスプレの方が生身ですのに」

 

 あかねは先程鈴名に向けた言葉を繰り返した。

 それに気づいた三人は顔を見合わせて小さく笑った。

 

 


 

 笑い合った後、改めて新刊を購入する。

 鈴名たちは無料で手渡そうとしたが、対価を払うのは義務だと主張してお金を机に置いた。

 印刷費は決して安くない。そして、サークル参加費を払ってここにいる。

 気持ちはありがたいが、お金は何かの活動をする以上ついて回る。だから、対価を払わなければならない。

 

「あ、そうそう。さっき外で赤い紐の人がスタッフと警察と協力して不審物を回収したみたい」

「まあ」


 赤い紐の参加者については、当然スタッフは認知している。

 しかし警察と協力して何かできたというのは大きい。警察側にも強く認知してもらえたのではないだろうか。

 

「あー、トラックヤードの騒ぎはそれだったのか」

「そうそう。不審物が何かは分からないけど、機能してるんだね」

「準スタッフも、東2ホールのスタッフも頑張っていらっしゃるのね」

「ですね」

 

 当たり前だが、前の東2ホールとは違うのだろう。

 あかねは今も自分の場所で頑張っているであろう藤崎や菊田を思う。

 彼らを直接手伝えないのは申し訳ないが、今回は東5ホールがあかねの場所だ。

 自身の使命を改めて胸に刻む。となると、東5ホールのことが気になり始めた。

 

「あの、AKANEさん」

 

 遠慮がちに声をかけたのは探花だ。

 女装をすることが多いが、改めて見ると線の細い男性だ。


「どうかなさいまして」

「……あー、いや」


 言葉を探す。

 リョリョはそんな探花を不思議そうに見ている。

 

「今日も良いコスプレがチラホラいたんですけど、AKANEさんは見ましたか?」

「ああ、いえ。あまり周囲を見る余裕がありませんでしたわね」

「そ、そうですか」


 どこか探花の様子が引っかかるが、それ以上何か話してくれる様子はなさそうだ。

 リョリョは『コスプレ』のところで何か思い当たったようだが、曖昧な笑みを浮かべたままあかねを見ている。

 

「それでは東5ホールに戻りますわね」

「あっ、はい。わざわざすみませんでした」

「いえ。この本が欲しいんですもの。当然ですわ」

 

 欲しい本を自分の足で手に入れる。

 コミマの醍醐味は、スタッフになっても味わうことができる。

 そして、この楽しさをこれからも続けられるよう、スタッフは全力を尽くさなければならない。

 

「あの、明日頑張りましょうね」


 気負いそうになるあかねは、その探花の声でふっと力を抜いた。

 

「ええ。頼りにしておりますわ」


 そう。ひとりではない。

 頼れる仲間と共に、このコミマを作り上げる。

 

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