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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
152/171

第136話 2日目 開場とクソデカみなし館内

『ただいまより、コミックマート100夏、2日目を開催いたします!』


 いつもより大きな拍手が響き渡り、一気に会場の熱量が増した。

 柱の定点でネノブロックを見守るあかねは、中央縦通路を突っ切る一般入場を遠目に見ていた。

 今日もまた、東456地区が最も混雑する予想だ。

 そのために開放された道路を大きく使って、入場者を外へ外へと誘導していく。

 東6ホールは東7ホールにまで一部のサークルを臨時で配置し、混雑対応に当たっているらしい。

 ちらりと見た東6の本部はいつもより人が少なく、対応に追われているであろうことはすぐに理解できた。


 今日のネノブロックは、歴史・創作ジャンルと少年漫画系のジャンルの境目になる。

 とりわけ少年漫画系のサークルは人気のあるサークルが配置されており、すなわち混雑が予想されている。

 初動こそとても広いトラックヤードに人が流れたが、十五分もすれば無視できない列があちこちにでき始めていた。


 今日のブロック員の人数は少なめだが、対処できないほどではない。

 むしろ外周通路の混雑の方が危ないかもしれない。

 倉敷が担当しているガレリア側は東6の本部が近いが、今回助力を期待しない方が良いだろう。東6の業務が多すぎる。

 三島の担当するトラックヤード側はさらに心配だ。外周の交通整理と列整理ではまるで業務が違う。

 状況を遠目に確認したあかねは、すぐに手が足りないと判断し無線を発信した。

 

「瑞光寺より江口橋さん。取れますかしら」

『こちら江口橋。どうぞ』

「外周通路の整理のための人手が必要ですの。トラックヤード側を江口橋さんにお任せしたいと思っておりますが、よろしいかしら」

『江口橋、了解。今から向かう。以上』


 江口橋からの即答を聞いて、胸をなでおろす。

 あとはガレリア側だが……


「神崎」

「はっ」


 少し大きめの声で神崎を呼ぶと、定点の柱の後ろから神崎が現れた。

 その右手首には、当たり前のように赤い紐が見える。


「ガレリア側の外周通路の整理を。雀田と一緒に当たってもらえるかしら」

「承知いたしました」


 初めこそ戸惑っていた倉敷だったが、落ち着いて混雑対応の指示を出せている。

 雀田が半分外周の整理に回っても、崩壊はしないだろう。

 スタッフでもない神崎を使うのは少し迷ったが、その右手に巻かれた赤い紐が後押しをした。



 

「さて……」


 ひとつ息をして、周囲を確認する。

 入場してきた人は多いが、大多数はトラックヤードに吸収されているのだろう。

 ホールの中の混雑は想定の範囲内に収まっているように見える。

 だがトラックヤード側の外周通路の流れが明らかに重くなっている。

 赤い紐をつけた参加者は、数十人にひとり程度いる。

 俯瞰すれば視界に何人も仲間がいる。それはとても心強い光景だった。


 ふと目を留める。

 定点となる大きな柱の6ホール側に、男が座り込んでいるのが見えた。

 どうやら荷物整理のついでに次に行くサークルを確認しているらしい。

 あかねは静かに近寄ると、目線の高さを合わせて声をかけた。

 

「座り込みはおやめくださいませ」

「……」


 黙ったままの男。

 イヤホンをしている様子もなければ、周囲がうるさいわけでもない。

 聴こえてはいるはずだ。


「もし」

「……」

 

 さらに無視を続ける。

 

「聞こえませんの? 日本語が通じない方かしら」

 

 そこまで言ったあかねをちらりと見る。

 

「うっせ……」


 それだけ吐き捨てると、一瞥もすることなく立ち去った。

 

「……」

 

 心がざわざわする。

 表情を能面のように引き締め、長く息を吸い、そして吐く。

 

『いかなる時も優雅たれ』


 色んな参加者がいることは理解している。だが、今の危機的な状況において自分勝手な振る舞いをする一般参加者に相対すると、頭が熱くなっているのを感じた。

 もう一度、長く息を吸う。

 夏コミの暑さのせいもあるのだろう。

 上手く落ち着けないでいたところに、横に立つ気配がした。

 

「お疲れ、瑞光寺さん……いるよね、ああいうの」

「君堂さん」

「ごめんね。もうちょっと早く来れたら良かったね」

 

 どうやら助けようとしてくれたらしい。

 あかねはその声を聴いて、心が落ち着きを取り戻していくのを感じた。

 そう。ここにいるは自分だけではない。

 支えてくれる仲間もいるのだと再認識する。


「あー、まあ……今日20万人ぐらい参加してると思うんだけどさ」


 言葉を探しながら、君堂が話しかけてくる。

 

「言うこと聞かない人がいるとしても2000人ぐらいなんだよね。比率で言えばほんの1%だし、鉄アレイで殴ると死ぬし、気にしないほうが良いよ」

「鉄アレイ……?」


 途中までは励ましだったような気がするが、後半部分はあかねには良く理解できなかった。

 鉄アレイで、殴る?


「うん。死ぬでしょ?」

「それは、そうですけど……」


 珍しくあかねが戸惑っている表情を見せる。

 君堂はそれが面白いのか、楽しそうに続けた。

 

「心の中で『お前が生きてられるのは、あたしが鉄アレイで殴らないからだぞ』って思いながらさー」


 調子づく君堂だったが、その頭を鷲づかみにされた。


「何を言ってるんだお前は」

「うわっ」


 江口橋だ。

 トラックヤード側の外周通路に向かっていたはずだが、定点の様子を見に来たのだろう。

 

「瑞光寺さんに変なことを吹き込むな」

「失礼だなあ。あたしは先輩スタッフとしての心得を……うっ」


 江口橋が指先に力を込める。

 途端に君堂の表情がゆがみ、うめき声に近い謝罪を口にした。

 

「す、すみませんでした……」


 前よりも増してふたりの距離が近く思えるのは、結婚したことを知っているからだろうか。

 微笑ましいと思うと同時に、それほどまで心を許し合えるような誰かがいるということに、どこか羨ましさを覚える。


「仲睦まじいですわね」

「ふふっ、照れるね江口ばあいだだだだだだ」


 容赦なく力を込める江口橋。

 照れ隠しなかもしれないが、君堂は本格的に涙をため始めていた。



 ようやく落ち着いた頃、江口橋が君堂に尋ねた。

 

「君堂は外の貸し出しだろう。どうしてここに」

「いやー、正直やることなくなっちゃってさ」

「そうなのか?」

「うん。もう列作っちゃったから、あとは新人に列管理の練習させるんだって」


 なるほど。

 スペースに余裕があるということは、ある程度失敗が許容されるということだ。

 人を動かすのに不慣れなスタッフが練習するのにちょうど良い。

 

「……初動は死ぬほど大変だったけどね」


 君堂の表情に一瞬影が差す。

 ベテラン勢が多くいたはずだが、それでも苦労したということだろう。

 外の道路の解放に、一般参加者が不慣れだったということもあるかもしれない。

 

「お疲れ様です」

「いえいえ。瑞光寺さんも余裕があったら外を見て来るといいよ。面白いよ」

「ああ、それは良いかもしれないな。朝日と保谷も戻ってきそうだし、ネノは任せておけ」


 江口橋にも背中を押され、あかねは外周の様子を見に行くことにした。



 

 非常口から外に出ると、右前にある門……東5番ゲートが全開放されていた。

 何人もの人が外の道路へと出ていき、外からは何本か列が誘導されて入ってきている。

 ゲートの外の道路は中央分離帯があり、こちら側の車線しか使えないが、それでもトラックヤードが倍の広さになった恩恵は十分にあった。

 いくつかの外周サークルは、何と路上に机を立ててそこで頒布しているらしい。


「これは……」

 

 ゲートから外を見ると、確かに路上で頒布をしている。ただしテントが立てられており、その下での頒布だ。

 直射日光はないが、夏の日差しは照り返しも強い。

 風がある分ましかもしれないが、これは傷病者にも警戒が必要だろう。


「見たことのない光景ですわね」


 ゲートの近くに立ったままつぶやくと、後ろから声をかけられた。

 

「お、瑞光寺さん。お疲れ様」

「桐宮さん、お疲れ様です」


 川崎のオンリーでもスタッフをした桐宮だ。

 その前はC97冬、あかねの担当した東4ホールのルレロブロックのブロック長だったが、今回は東4ホールではなく東456地区本部に所属している。


「こちらのご担当なんですの?」

「んー、厳密には違うけど、まあそんな感じ。初めての試みだからね」


 地区本からも人を出して慎重に回してるんだよ、と桐宮は笑う。


「すごい規模ですわね」

「ね。良く警察も許可したねえ」


 路上で頒布するサークルの手首に、ちらり赤い紐が見えた。


「サークルの方も、仲間ですのね」

「ああ、そうだね」

 

 もしかしたら、交渉しやすかったかもしれない。

 列には数百人と並んでいるように見えるが、それほど人気のサークルもまた、準スタッフとして協力してくれている。

 頼もしくあるが、一体どれほどの人たちが協力してくれているのだろうかと考え込みそうになる。


 そこへ、少し困ったような男の声がした。

 

「あの、スタッフさん、ベンチに持ち主の分からない荷物が……」

 

 ふと見ると、その手首には赤い紐が巻かれている。

 不審物を見つけ出し、勇気をもって報告してくれたのだろう。


「ご連絡ありがとうございます。ああ、あちらのベンチですわね」

 

 男の指すベンチに、確かに古びたカバンが置きっぱなしになっている。

 あかねは桐宮と顔を見合わせ、うなずき合った。

 

「分かりました。瑞光寺さん、行こうか」

「承知いたしましたわ。ご協力、感謝いたします」

「は、はい!」


 桐宮が歩きながら無線で応援を要請する。

 隣に並ぶあかねは赤い紐が機能していることを実感し、豊かな胸に手を当てていた。


(大丈夫。きっと、今日も明日も……守り抜きますわ)

 

 この男性に報いるためにも、速やかに対処しなければ。

 ふたりは決して走らずに、問題のベンチへと急いだ。

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