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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
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第131話 1日目 あかね様のファン

 Chikiこと清川千歳は正式には2回目のスタッフ参加だが、コスプレ参加としては余裕で二桁を数える。

 今回のコスプレ広場である東7ホールに入って生き生きとした表情を見せるのはある意味で当然だった。

 いつもより少ないコスプレ参加者と撮影の一般参加者だが、それでも笑顔を振りまいて撮影に応じる。

 

 今回のコスプレは刀心都市の女主人公『千歳』である。

 Chikiは自分と同じ名前のキャラがヒロインのこのゲームを気に入っており、細部までこだわった衣装はコアなファンにも納得してもらえる出来だと自信を持っている。

 刀心都市のファンは女性が多いこともあり、カメコも女性だらけだ。

 モデルとしてもキャリアを積んだChikiは知っている。同性の支持を得ることが生き残るために重要なのだと。


「一之進と千歳のカプでお願いできますか?」

「うっ……はーい!」


 一瞬言葉に詰まるが、愛想を振りまいて一之進……雀田の腕を手に取った。


「うわわっ」


 不意を突かれた雀田が驚いた表情を見せる。


「あーっ、良い表情です一之進! それスチル解釈ばっちり一致です!」

「素敵……」


 Chikiがふふんと勝ち誇ったような表情を一瞬見せる。

 しかしそれが雀田を燃え上がらせたのかもしれない。


「きゃっ」

「ふっ」


 力づくでお互いの立ち位置を入れ替えると、輝くような笑顔を浮かべてChikiの腰のあたりを抱いた。

 Chikiは思いもよらない行動と、見たこともない雀田の笑顔を見せられ、目を見開いた。


「……」

 

 周囲の反応が、無い。

 一瞬おかしいと思ったが、すぐに理解した。

 あまりにも素晴らしすぎる雀田の一之進に、言葉を失ってしまったのだ。

 案の定、一瞬遅れて黄色い悲鳴が上がる。

 雀田は満足そうに口元を緩めてChikiのことを見ていた。

 Chikiは表情こそ崩さないものの、雀田に対して対抗心を燃やし始めていた。




「七夜と秋芽もツーショットいいですか」

「もちろん」

「分かりました」


 リョリョと探花も撮影に応じている。

 よくカップルとして認定されるふたり『七秋』だが、ゲームにはっきりした描写はない。ファンが強めの妄想を共有しているにすぎないのだが、ふたりは期待に応えようと至近距離で見つめ合っている。

 また黄色い悲鳴が聞こえ、東7の一角でシャッター音が連続して響いた。


 その様子を微笑ましく見ていたあかねだったが、隣に気配を感じて何気なく目をやった。


「あひっ」


 振り向いたあかねに驚いたのか、女性が声を上げる。

 あまり手入れのされていなさそうな髪を乱暴にまとめ、ベージュのチノパンは裾が濡れたままだ。雨の降る外から入ってきたところなのかもしれない。

 

「あっ、ああの……」

「どうかなさいまして」

「あの……」


 もじもじしながら目を泳がせる。

 はっきり言ってしまうと挙動不審だ。

 妙な雰囲気を察したChikiと雀田があかねの元へと歩み寄る。

 

「あっ、AKANE……さん……」

「ええ。そうですわ」

「ああ……」


 言葉にならず、それから先は口をパクパクさせる。

 会話にならない。

 撮影を止めてしまっているChikiは苛立たしさを抑えるため深呼吸をした。

 努めて落ち着いた声を出す。


「申し訳ないんですけど」


 Chikiがすっとあかねの前に出て、その女性の目を見た。

 よく見たら涙目になっている。

 

「要件があるなら、早くしてもらえませんか」

「Chikiさん」


 責めるような口調になってしまったChikiを、あかねがたしなめる。

 

「少し落ち着いていただいた方が良いですわ」


 あかねに言われてしまっては引き下がるしかない。

 Chikiがうなずくのを確認して改めて女性の方を向くあかね。

 落ち着かせるようにゆっくりと話しかけた。

 

「撮影が終わってからでも良いかしら。お待ちの方がいらっしゃいますの」

「まっ、もっ、もちろんです」


 慌てて端に寄ると、申し訳なさそうに身を小さくする。

 あかねの美しさの前に誰もが自然体でいられるわけではないと分かっていても、Chikiはその卑屈さに眉をひそめる。


「緊張してるんですね」

「気持ちは分かるけどね」

 

 探花とリョリョが戻ってきた。

 後は今いるメンバーでの併せだ。

 

「それでも失礼よ。声をかけておいて」

「まあまあ。笑顔笑顔。見られてるよ」


 まだプリプリしているChikiをリョリョがなだめる。

 趣味とはいえ、場面場面の振る舞いが本業の人気商売に直結する。

 Chikiはしっかりと営業用の笑顔を作る。刀心の千歳は誰からも愛される笑顔の似合う女の子なのだ。


「『千歳』はChikiさんの本名と同じですわね」


 そのあかねの小声に、Chikiの笑顔がぱっと花咲く。

 

「えっ、はい、そうなんです。だから思い入れがあって……」


 最近はコスプレネームの方でばかり呼ばれていたので、自分の名前を覚えていてくれたことに感激している。

 

「では、より笑顔でいなければなりませんわね」


 キャラを作るために厳しい表情をしているあかねだが、自分に向けられたその声はどこまでも優しい。

 

「Chikiさんの笑顔は素敵だわ」


 その瞬間、営業用の笑顔がはがれ落ち、心からの喜びに笑顔が咲く。

 その日の写真はコスプレイヤーChikiの名をさらに上げる一枚となった。




 

「お待たせいたしました」

「いっ、いえ……」


 撮影が少し落ち着いたところで、改めて女性の方を見る。

 相変わらずあかねに視線が釘付けだが、それなりに有名なつもりのChikiにとっては微妙に面白くない。

 しかし、あかねに必死な視線を送っているところを見ると、あかねのファンなのだろう。

 あかねの魅力に気付く人間が増えることは喜ばしいことではあるので、ひとり葛藤を覚えている。


「あの……」


 場の空気に少し慣れたのか、女性が口を開いた。

 

「ありがとう、ございます……とお礼を伝えたくて」

「何か、お礼を言われるようなことがありましたかしら」


 首をかしげるあかね。

 初対面であろう相手からお礼を言われる心当たりは無いようだ。

 リョリョと探花と雀田は、女性を気遣ってか距離を取ってこちらを見ている。

 ちらりとそちらを見るChikiだが、三人は目で「頑張って」と応援している。

 

「あの、その……」


 まずは気長に話を待つしかない。

 相手があかねのファンだと思えば、自分が短気を起こすのは良くない。

 静かに息を吸って、気持ちを落ち着かせる。


「……私はずっと、家から出られなくって……怖くて」


 しどろもどろながら、話し始めた。

 

「前の狐娘のコスがとても素敵で、SNSで画像だけ見たんですが」

 

 推測が確信に変わり、Chikiのイライラが消えていく。


「今回、午前中にネットで見たAKANEさんの無間コスを、どうしても直接見たくなって」

「あかね様に会いに来たってこと?」


 Chikiの言葉に、うなずいて返した。

 初めて存在に気づかれたような目で見られたが、そんな些細なことを気にするChikiではなかった。

 やはりあかねのファンだったのだ。

 ということは自分の後輩のようなものだ。丁重に扱わなければならない。

 もしかしたら自分のファンが増えるよりも嬉しいかもしれない。

 

「それは光栄ですわ。こちらこそ、お礼を言わなければなりませんわね」

「いえ、そんな……」


 察するに、あかねのファンであり、刀心のファンでもあるのだろう。

 せっかく来てくれたのだから、もてなしてあげた方が良いだろう。

 

「あかね様……」


 Chikiはあかねにそっと耳打ちする。

 

「そうね……」


 あかねの目に優し気な光を感じ、Chikiが息を呑む。

 再会した頃に比べると表情に深みが出て、さらに魅力が増した。


 見とれている場合ではない。


「……カメラの準備した方が良いわよ」

「へっ」


 返事を待たずに、あかねを見る。

 美しい立ち姿。この人の隣に立てるというだけで幸せを感じる。

 お互いの距離を確認し合う。

 そしてあかね扮する無間は、そっとChikiの千夏の腰に手を回す。

 強気な視線。口元に張り付いた笑み。強者の風格。

 それらをもって、上から覗き込むようにしてささやいた。

 

『お前を俺のものにしてやろう』

『あっ……』


 刀心の序盤の一幕。

 無間というライバルキャラを位置付ける印象的な場面。

 千歳に初めて訪れるピンチ。ここで一之進が割って入り……という展開になるのだが、そこに挿入される一枚絵のクオリティの高さは、ファンの間で語り草になっている。

 

 

「ひっ」

「うわあ……」

 

 誰かの悲鳴と、探花の感嘆する声が聞こえた。

 Chikiには大体のことが分かる。

 その角度や目線の再現度がとても高いのだ。

 ヒロイン千夏は怯えた目で無間を見るのだが、今のChikiは演技半分本気半分だった。

 あかねの演技力に恐ろしさを感じている。


「ポ、ポーズそのままで!」


 誰かの声を合図に、撮影大会が始まった。

 少しのけぞるような体勢のChikiは少々辛かったが、プロ根性でなんとか姿勢を保つ。

 シャッター音に囲まれる。

 相変わらずこの瞬間は気持ちが良い。


 声をかけた女性はといえば、その場にへなへなと座り込んでしまっていた。

 

「だ、大丈夫ですか」

 

 探花がしゃがみこんで。様子を窺うが……


「あわ……秋ちゃんが私の前に……」

「うわあ!」

 

 ふらりと後ろに倒れ込んでしまった。

 秋芽に扮する探花が急に現れたことで気を失ってしまったようだ。

 

「車いすを呼ぶべきでしょうか」

「うーん、これは救護室の仕事の範囲外な気がしますけど……」


 シャッター音が止まない横で、雀田とリョリョが呆れたように言葉を交わしていた。


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