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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
145/171

第129話 1日目 2.5次元の力

 雀田しのぶは、もはや恒例となったお嬢様へのメイクを手早く仕上げている。

 

 一方で、ただならぬ緊張感を漂わせた一角があった。

 冷泉と一条である。

 ブラシを持つ冷泉は緊張で呼吸を忘れ、小さく手が震えている。


「う、動かないで一条」

「……もう自分でやるからいい」

 

 待ち受ける一条は目を閉じているが、はっきりといら立っているのが分かる。

 

「任せなさい」

「聞いて」

 

 発端はあかねのメイクを雀田が施しているところを目撃したところからだ。

 それをじっと見た冷泉が一条を捕まえ、お互いに同じことをしようと強くもちかけた。

 一条は乗り気ではなかったが、今回限りのコスプレに普段とは違うことに挑戦してみても良いだろうという説得に折れた形となった。

 そして先ほどの有様である。


「大丈夫なのかな……」

「大丈夫ですよ」


 隣のリョリョから心配の声が上がるが、雀田は手を動かしながら軽く答える。

 目の前にはお嬢様の美しい顔。もう仕上げ段階だ。

 

「普段人にメイクする機会なんて無いですから」

 

 我ながら上出来だ。

 会場の注目を集めること間違いなし。

 今日のお嬢様は男装だが、暗い衣装も相まってミステリアスなライバルキャラの雰囲気がしっかり出ている。

 

「ふああ……あかね様、素敵……」

「これは、息を呑む美しさだわ……」


 Chikiとリョリョが口々に褒めそやす。

 元の顔が美しいからに他ならないが、手伝えただけでも雀田は鼻が高い。

 

「ゲームのキャラより本物……」

「そんなことを言っては怒られますわよ」

「あっ、はい……」


 お嬢様にたしなめられ、しゅんとなるChiki。

 どうやらお嬢様には原作至上主義なところがある。

 コスプレや二次創作はあくまでも追従するものであって超えるものではないという意識があるようだ。


 さてリョリョの方も準備が完了ている。

 慣れた男装は違和感がなく、すっかりキャラの雰囲気を纏っている。

 しかしどこか不安そうな表情を見せている。

 

「うーん、なんか恥ずかしくなってきた」


 お嬢様と比べてと言いたいのだろう。

 雀田には非の打ち所がないように見えるのだが。

 

「リョリョさんも凛々しくて素敵ですよ」

「ありがとうございます、スズメさん」


 不意にチャットネームで呼ばれ、目を丸くする雀田。

 

「結局私は『スズメ』になりましたね」

「あっ、すみません」

 

 恐縮するリョリョ。もしかしたら本名を忘れられているかもしれない。

 だが、この場所においては本名よりも通りやすい名前がある。


「いえ。何というか……ふたつ目の名前があるのも悪くないですね。いっそ正式に『スズメ』を名乗っても良いかもしれません」


 

 すっかり準備を終えたお嬢様は、館内の様子が気になっているようだ。

 そろそろサークルも到着していることだろう。

 

「あの、あかね様、わたしもスズメさんにメイクしてもらうので、その……」

「ええ。聞いていますわ。あとで合流してくださいまし」


 なんと雀田ご指名である。

 何度も自分で良いのかと確認したが、間違いないのだという。

 モデルもやっているChikiからの指名は、光栄よりも不安の方が勝る。

 勝手知ったるお嬢様の肌ではない。

 Chikiのコスプレは沢山の写真を撮られより多くの人に見られる。


(あ……)


 緊張している。

 まるで先ほどの冷泉のようだ。

 これでは何か失敗をしてしまうのでは。


 悪い考えが頭をよぎりそうになった時、冷たくなった手にそっと添えられる手があった。

 

「雀田さん」

「はい」


 はっと見上げると、先ほどまで自分が化粧を施したお嬢様の顔があった。

 クール系のキャラクターの造形を突き抜けて、自分を気遣う優しさを感じる。

 

「ありがとう」

「……いえ」


 ふっと心がほぐれる感覚があった。

 自信をくれたのだと理解する。

 

「今日はサークルさんも遅そうですわ。少しくらい遅れても構いませんよ」

「分かりました」


 時間をかけても良い、と暗に言っている。


(いえ、速さも妥協しません)


 雀田の心に灯がともる。

 それが伝わったのか、お嬢様は満足げにうなずいてホールへと戻って行った。


「じゃあ、お願いします」


 そう言うChikiの方が緊張しているように見えて、雀田は小さく笑う。

 心配せずとも主人公に相応しい顔に仕上げます。

 雀田は道具を手に取ると、いつものように手を動かし始めた。



 一方の冷泉一条組。

 頬を紅潮させた一条が、冷泉の肌を凝視している。

 

「一条、なんだか目が怖いのだけど」

「気のせい……大人しくして」


 声のトーンもいつもと違う。

 別の意味で心配ではあるが、ひとまずは放っておいても大丈夫だろう。


 

 ※

 

 ホールへと降り立ったあかねは、目の前の光景に寂しさを覚えた。

 

「少ないですわね」


 とはいえ、今日は台風が最接近する暴風雨。

 開催できているだけでも不思議なぐらいだ。


「お疲れ、瑞光寺さん」

「江口橋さん」

「あたしもいるよ。おー、いつもながら気合入ってるね」


 まだ定点運用は開始する必要がないのだろう。

 ノブロックの端で江口橋と君堂が見本誌回収に回っていた。

 

「いつもの半分ぐらいだねえ」

「欠席は三割ぐらいになりそうだって話だ」

「それは、寂しいですわね」


 その多くはないサークルから、チラチラと視線を感じる。

 今日もコスプレで注意を引くことはできそうだ。


「それにしても、いつもながら目立ってるね」


 まじまじとあかねを見上げて君堂が感心している。

 正山渾身の衣装のお陰だと思っているが、雀田の化粧も大きい。

 男装のあかねはミステリアスな雰囲気のライバルキャラ『無間』とよく合っている。

 黒髪の長髪は地毛なのでウィッグで蒸れる心配もない。夏コミにおいては大きなアドバンテージだ。

 

「それは刀心のライバルキャラだよね」


 君堂はあまり詳しくないようだが、どの作品のキャラかは分かるようだ。

 

「ええ『無間』といいますの」

「相変わらず顔が良すぎる……」


 ひとり唸る君堂を、江口橋が温かく見守っている。


「またサークル受付がしやすくなると思いますわ」

「ああ、そうだな」


 言葉少ない江口橋だが、着替えでの遅れを許してくれるぐらい度量が大きい。

 基本的に好きなようにやらせてくれる江口橋に心の中で感謝した。

 

 


 今受付が済んでいるサークルの数を確認していると、女性サークルから声をかけられた。

 

「あの、無間様に見本誌を見ていただきたいのですが」

「はい。大丈夫ですよ」


 そう答えてサークルについて歩いているが、思っていたのとは違う方向だ。

 あかねは君堂に小声で確認する。

 念のため江口橋はノブロックに戻ったが、正解だったかもしれない。


(ここは……ネノブロックどころか東5ですらありませんわね)

(サークルにとっては関係ないからね。受付しよう)

(承知いたしましたわ)


 東6ホールのナブロック。

 ここで冷たく『担当が違う』と放り出すのは簡単だが、サークルに取ってスタッフの所属というものは関係ない。スタッフはスタッフなのだ。黙って受付をした方が良いだろう。

 そもそもネノブロックのサークルもまだ少ない。

 そしてあかねはサークルの場所に到着し、なぜ自分に声がかかったのかを理解した。

 

「まあ。刀心の本ですのね」


 しかも表紙はあかねのキャラである『無間』だ。

 

『自分のキャラに見本誌をチェックしてもらうとはなあ』


 前回の『月華美神』を思い出す。

 この見本誌チェックで、今回のコミマの満足度が大きく変わるかもしれない。


「では、失礼いたします」

 

 あかねはそっと、準備された本を手に取った。




 君堂は預かった登録カードをどうしたものかと考えながらふと目を上げる。

 

「うわあ」


 君堂が間抜けな声を上げた。

 いつの間にか、サークルが列をなして並んでいる。

 それぞれの手に本を持ち、ここで受付をしてもらうつもりのようだ。


「スタッフが回りますので、ご自分のサークルスペースでお待ちくださーい!」


 と声をかけてもサークルの反応は鈍い。

 このまま勝手に受付を進めても、トナブロックに迷惑をかけてしまう。

 

「しまった。東6は女性向けゲームジャンルの配置だったか……」


 あかねは君堂と顔を見合わせ、どうすればいいか迷っていた。

 仕方なく一番前のサークルの本だけでも確認しようかと手を伸ばしたところで声がかかった。

 

「ちょっと、何の騒ぎ……って、何だ。瑞光寺さんか」

「冷泉さん」

 

 なんとホールの責任者自らのお出ましだ。

 恐らく化粧を終えてようやく降りてきたというタイミング。

 あかねと君堂はほっと胸をなでおろした。

 しかし、駆け付けた冷泉にまで黄色い声が飛ぶ。

 

「ああっ、春乃さんだ!」

「えっ?」


 冷泉は一瞬遅れて自分のことを言われているのだと気が付いた。

 冷泉のコスプレは刀心のサブキャラ『春乃』だ。主人公たち育ての親であり、序盤の重要キャラ。

 特徴的な糸目とふわふわ栗毛は冷泉そのものであり、衣装さえ合わせれば何ら違和感のないキャラ顕現となった。

 

「後ろにいるの、幼少期の一之進!?」

「!?」


 冷泉の後ろに控える一条にも注目が集まった。

 普段慣れない一条は、怯えた顔で一歩後ずさる。

 

「嵐の中で来たかいがあった……」

「春一、ありがとうございます……」


 カップリング名をつぶやきながら、サークルが祈りをささげた。

 ちなみに春乃と一之進は育ての親と子供という関係なので、当然恋愛感情はない。

 だが刀心の序盤に見せられる血の繋がらない親子の愛情に涙するファンも多く『春一』は刀心ジャンル内で存在感のある一角となっている。


「えっ、何? 何なの……」

「怖い……」


 怯えた表情を見せるふたりだが、ゲーム内で『敵から襲われるふたり』のスチルに合致している。

 その完成度がさらにサークルの心を煮えたぎらせる。


「サービス良すぎる……」

「手を合わせるしかない」

 

 不慣れな視線に怯えるふたり。

 その隙を見逃す君堂ではなかった。

 

「今のうちに逃げよう。はいこれ、ナブロックの参加登録カード」

 

 君堂は一条に参加登録カードを押し付けると、囲みができそうなふたりを置いて東5へと脱出した。

 手を引かれたあかねも、ナブロックから脱出する。

 やはりひとりのコスプレよりも、良い組み合わせのふたりの方が注目されるようだ。


「いやー……凄かったね。2.5次元は恐ろしい」

「ええ、そうですわね……」

 

 冷泉と一条には申し訳ないが、あかねと君堂はほっと胸をなでおろすのだった。


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