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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
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第128話 1日目 勝負服へ

 あかねは携帯の画面をブロック員に見せながら説明を続ける。

 

「共有済みですが、これが今回のシフトですわ」


 貸し出しと仮の担当ブロック、そして仮の休憩時間を記載した表。

 それが今日のネノブロックの業務の軸になる。

 

「今回格闘ゲームの配置は西でしたわね。三島さんたち四人は午後長めに休憩を予定しています」

「ご配慮ありがとうございます!」


 三島たちが大げさに頭を下げる。

 

「ただ、天気が悪そうですわね。東西おすすめルートは屋外だからやめた方が良いかもしれませんわね」

「そこはその時の天気と混雑具合で判断します」

「遅れる場合はご一報入れてくだされば良いですわ。この時間ならそこまで忙しくはないと見ておりますので」

「「「はい!」」」 

 

 体育会系な返事にうなずくと、もうひと組の長時間休憩グループに目を向けた。

 

「コスプレ組も長めの休憩を予定していますが……防災公園や庭園は今回難しそうですわね」


 開催できるかギリギリともいえる悪天候の中だ。

 屋外での写真撮影は当然想定できない。

 

「東7がコスプレ広場なので、そこに行こうと思っています」


 Chikiの言葉に、リョリョと探花もうなずいた。

 

「近いとはいえ、きちんと時間は取りますわ。コスプレが本業ですものね」

「ありがとうございます! あかね様も、ぜひご一緒に」

「わたくしは……」


 副ブロック長は責任者だ。あまり長い時間担当ブロックを離れるのはどうかと思うのだが……

 江口橋が一歩前に出ると、あかねの方を見て口を開いた。

 

「それはこちらかお願いしたい。広域巡回ということで、東7もちゃんと見て回ってくれ」

「……承知いたしましたわ」


 気を遣ってくれているのだろうか。相変わらず表情が少ないので本心がよく分からない。

 だが江口橋が言うのであれば大丈夫なのだろうと思える。積み重ねた信頼があった。


 改めてブロック員を見る。

 どうも今回のネノブロックはパワー系が揃っているように見える。

 格闘ゲーム勢の四人はいずれも良い体をしているし、筋トレが趣味の保谷もそうだ。

 鍛えている彼らには劣るが江口橋も体格がいい。これに見本誌運びの神崎まで加わるのだから暑苦しい。

 反面、小柄な君堂をはじめ女性スタッフの比率も高い。

 極端なブロックのように見えたが、それを聞いた君堂と朝日は『東5ホールらしい』と笑っていた。



 あかねの携帯が鳴り、雀田到着の知らせる。

 直接更衣室へ行くとのことだったため、朝のミーティングは散会となった。


「おはようございます、お嬢様」


 責任者の特権で、ビッグサイトの地下駐車場を確保することができたため、雨風は全く影響を受けなかったようだ。

 雀田は四人分の着替えを更衣室へと運び、ひと仕事終えた気分になっている。

 

「雀田、道路は大丈夫でしたの」

「念のため下道で。思ったよりは遅れませんでしたね」

「それはご苦労だったわね」


 首都高は通行止めになる可能性があると報じられていた。

 雀田を乗せた安威は安全策を取ったようだが、そのせいで遅れてしまった。

 ちなみに安威は有明まで車を運転して雀田と交代したようだ。

 さすがにスタッフではない安威がビッグサイトの地下駐車場へは入れない。今頃サークル入場の列に並んでいる頃だろうか。


「お嬢様こそ、始発でお疲れではないですか」

「問題ありませんわ」


 口ではそう言うものの、本調子ではないことを見抜かれたような気がした。

 これまでにない悪天候。因縁のC100夏、そしてトシヤの不在。

 不安や心配、苦悩は尽きない。

 純粋に同人誌を買うためだけに参加していた頃はどうだっただろうか。

 もう、思い出せもしない。


「……あの、おふたりとも呼び方が」

「「あら」」


 リョリョに指摘をされて、はっと顔を見合わせた。

 

「失礼いたしました、雀田さん」

「いえ。こちらこそ、瑞光寺さん」


 まだ1日目だ。お互いに上手く切り替えられていないようだ。

 ただ、前回の冬コミから8か月も経っているのでそういうスタッフは珍しくないらしいが。



 改めて雀田の持って来たふたつの大型のキャリーバッグに目をやる。

 ひとつはあかねと雀田の衣装、そしてもう片方は冷泉と一条の衣装だ。

 すべて正山の作品である。


「正山も張り切りましたわね」

「今日のも和装ですので、すごい気合で……ですので後で写真を撮らせていただきますね」

「さすがに今日は来られませんわね」

「さすがに」


 四人が勢ぞろいするところをとても見たがっていたらしい。

 さすがに台風の中お台場まで来るのは諦めたようだ。

 


 キャリーバッグを開いて衣装を手に取っていると、更衣室の入り口から入って来る気配がした。

 聞き慣れた声が受付のスタッフと話しているのが聞こえる。

 

「お疲れ様」

「……」

「冷泉さん、一条さん、ごきげんよう」

 

 東6のホール長とその補佐が現れた。

 ふたりとも表情は硬いが、特に一条の眉間にはずっと皺が寄っている。

 

「本当に着るの……」

「一条さん、覚悟を決めましょう」


 雀田の励ましに、心底嫌そうな顔をする。元はと言えば誰のせいなのかとでも言いたげだ。

 対照的に冷泉は落ち着いて見える。コスプレは初めてとのことだったので、単純に緊張しているようだ。


「まあ、興味が無かったわけではないけどね……」


 冷泉は自分の衣装を手に取るとしげしげと眺めている。

 

「ふーん、衣装合わせの時も思ったけど、普通な感じよね」

「普通とは?」

「もっと『コスプレ!』って感じかと思ったんだけど」

「そこはうちの正山のこだわりですね。普段着として外に出ても目立たないよう工夫しているそうです」

「なるほど……」

 

 瑞光寺の家に訪問したふたりは、正山のただならぬ熱量を思い出し、それだけ言うと着替えを開始した。


 今回コスプレする作品は『刀心都市』通称『刀心』。やや女性向けのコンシューマの戦略シミュレーションゲーム。

 女主人公の『千歳』と男主人公『一之進』が、不思議な力を持つ少年少女に指示を出し自分の街を守るという戦略パートと、キャラクターとの交流を深め、時に恋愛関係に発展するようなアドベンチャーパートが交互にある。

 今回あかねは敵である『無間』のコスプレであり、雀田は主人公千歳の幼馴染であるもうひとりの主人公『一之進』のコスプレになる。

 

 キャラクターデザインに忠実に、かつ動きやすさと着替えやすさを考慮したプロの作品は、コスプレ初心者の四人でもすんなりと着替えることができた。

 今回は男装ということもあり、あかねと雀田は『胸つぶし』を装着する。

 女性としての体つきでいえば、雀田は標準的、あかねは標準以上だが、ふたりとも十分男性の体型に見えるようになった。


「すごい技術ですね……」

「もう少し早く知りたかったですわ」


 改めてお互いにコスプレ姿をチェックする。問題はなさそうだ。

 それにしても丁寧な仕事だ。今日しか着ないのが勿体なく思える。

 男装したあかねの直垂に似た衣装の暗い色と、雀田の眩しい空色を基調にした袴姿はとても対照的だ。

 ライバルキャラであることが如実に伝わって来る。


 一方どこか動作が硬い冷泉と一条だが、衣装ではなく心理的なものだろう。

 冷泉は一之進たちの育ての親である『春乃』のコスプレだが、和装の小袖が良く似合っている。

 一条は雀田のキャラクター『一之進』の幼少期のコスプレなのだが、ふたりが並ぶととても映えた。


「それにしても……」


 冷泉がつぶやく。

 つり気味の目、鼻筋、眉の形、口元。

 一条と雀田のふたりは、顔のどの部分を取っても似ている。

 身長と体型に残酷なほどの差があるが。


「……何」


 何かを察した一条が冷泉を睨む。

 不自然に目を逸らした冷泉の髪がさらりと揺れた。

 そんな四人の衣装を見て、Chikiが感嘆の息を吐く。

 

「あの、どれだけ時間をかければそのクオリティに仕上がるんでしょう」

「正山の余暇をつぎ込んでいますからね……」

「そうね……」


 その『スイッチ』が入った正山は、仕事の日はきっかり定時に上がり、それどころか時短すら申し出て衣装の作成に励む。

 何かを作る者特有のギラギラした目を輝かせ、毎日楽しそうだ。

 後ろに髪をまとめながら、あかねがChikiの方を向く。

 

「ところで、今日はChikiさんのお知り合いは参加されるのかしら」

「いえ。やっぱり天気が悪いので見合わせるみたいです」

「仕方ありませんわね……」


 大きなキャリーバッグを持ちながら会場まで来るのは大変だ。

 撮影は屋内でもできるとはいえ、やはり太陽の下で撮影する方が見栄えは良い。

 今日の参加を見送る人が多いのもうなずける話だ。

 

「雨……いえ、台風ですからね」

「中止になるかと思いました」

「電車が動いていますもの。地下鉄は強いですわね」

「でもあの、明日と明後日はみんな来られるみたいですから。赤い紐を付けて」

「そう。それは頼もしいわ」


 昨日の印刷所の搬入作業員のことを思い出す。

 名前も知らない男性だったが、間違いなく仲間だ。

 明日になれば、またその仲間が増えるということになる。

 Chikiは腰に帯を巻くと、ウイッグをセットしてあかねに向き合った。

 その瞳には、小さな炎が燃えている。

 

「私、頑張ります。コスプレは私の勝負服ですから」

「ええ、そうね」


 自分にとっても、そうかもしれない。

 正山が支えてくれている気がする。

 そして、仲間と繋がっていられる気がする。

 たくさんの人たちが自分のことを見て、その声に耳を傾けてくれる。

 この衣装が、自分を助ける。

 

「わたくしも、ですわ」


 その声は静かに、しかし力強く全員の耳に届いた。

 揺るがぬ決意と共に。

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