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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
143/171

第127話 1日目 いない仲間、いる仲間

 まだ深夜から早朝へ移り変わるような時間帯。

 テレビでは通常番組をやっていない時間帯だが、台風の位置とライブカメラの映像が静かに表示されている。

 まもなく千葉に上陸するようだが、電車は動くのだろうか。

 スタッフ証、腕章、帽子。

 最低限これさえあれば何とかなる。

 あかねは手に取ったスタッフ証をしばらく見つめる。

 二年前に撮影された自分の写真。

 本名、そしてネノの副ブロック長であり、ネブロックの火元責任者であることが明記されている。

 改めて自身の役割を認識するために手にしたのだが……


「また、会えるかしら」


 つい口に出てしまう。

 あかねにとってのスタッフ証は、別の意味を持っていたのだった。

 それは、スタッフ初参加の2日目早朝の思い出。

 あかねはその思い出を、心の箱の奥底にしまい込むかどうか迷い続けている。

 


 思ったほどの暴風雨というわけではなかった。

 雨脚はそれなりに強いが、風は少し強い程度だ。

 

「お嬢様、会場までもお車の方がよろしいのでは」


 駅まで車を出してくれた安威が言うが、あかねは小さく首を振る。

 

「いえ。電車で行きますわ」

 

 あかねにとって始発の電車はコミマの始まりのスイッチなのだ。

 特に今回は、そのルーチンを崩したくはなかった。

 安威はこの後雀田を会場まで車で送るらしい。

 二度手間になってしまったかもしれない安威をねぎらうと、あかねは階段を上って始発の改札を通るのだった。


 ホームの屋根を雨が打つ。

 音の大きさに濃淡はあれど、やむ気配は無さそうだ。

 始発を待つホームに人影は少ない。

 いつものコミマの始発であればもう少し人がいるものなのに


「……」

 

 そして、いつも姿を見せていたトシヤもいない。

 一緒に始発に乗ったのは数えるほどだが、それが『いつも』になっていたことに気が付いて胸が痛む。

 その喪失感が何なのか理解できないまま、あかねは始発電車に乗り込んだ。

 


 窓を打つ雨の音が、大きく聞こえる。

 それはきっと、いつもより乗客が少ないことも原因だろう。

 いつもぎゅうぎゅうになる地下鉄ですら、余裕を感じさせる。

 

 いつもなら大混雑となる豊洲駅でさえ多少の人ごみが見られる程度だった。

 終点の新木場まで来ると人影はまばらだ。

 りんかい線のホームに立つと、余計にそう感じる。

 普段は混雑を避けて二本目に乗っているが、それすら必要なさそうだ。

 いつものホームのいつもの場所に立つ。


(ここは……)


 また思い出される、高村トシヤとの出会い。

 スタッフ証を落としたのに気づかずにいたあかねに、そっと拾ってくれた。

 警戒していたこともあってあまり友好的な態度ではなかっただろう。

 あかねは今になって自分の態度を恥じる。


(今、どうなさっているかしら)


 今回トシヤのサークルは参加していない。

 ただ1日目の今日、姉の高村夏見のサークルは参加していることを確認している。

 もしかしたらそこで売り子をしているかもしれない。

 ゴシップの件もあり意図的に連絡をしないようにしているが、ただ元気にしているかは気になる。


 時折強まる雨脚の音が、いやに大きく耳に届いた。




 ホール全体に響き渡るようなよく通る声で、和泉が第一声を上げた。

 

「おはよう! お察しの通り雨シフトだ!」


 ホール朝礼は笑い声から始まった。

 警戒態勢の緊張感は保ったままだが、ホール員に力みはない。

 

「搬入荷物はガレリア側のシャッターにあるし、何より今日は風も強いからサークルシャッターを開けないことになる」


 シブロック員が渋い表情をしている。

 混雑対応しづらくなるのが明らかだからだろう。

 サークルシャッターを開けないということは、列をホールの中に作るということだ。

 いつも外のトラックヤードでのびのび列を作っているのとはまるで勝手が違ってくる。


「まあ、今日は参加者自体が少ない見通しだが……油断せずに頼む」

「「はい」」


 シブロックを中心としたホール員の返事を確認すると、和泉は大きくうなずいた。

 参加者が少ないというのは、始発の様子から見ても間違いないだろう。

 いつもの半分といったところではないだろうか。


「それから、もしかしたら吹き込みでフプヘペブロックのサークルが濡れる可能性もあるので、そうなりそうな場合はフリーシャッター自体半分閉めるような対応をとると思う」


 避難誘導経路である以上、完全には閉められないようだが、半分閉めることは可能らしい。

 現状シャッターが閉じているので状況は分からないが、雨が吹き込む可能性は十分考えられる。


「それと……該当者には周知済みだが、入口担当への貸し出しは今日は中止になった。明日も未定だ」


 あかねはそれを聞いて内心ほっとする。

 貸出業務が減ることは、人員を管理する上で純粋に助かる。

 今日だけで四人貸し出される予定だったが、その分をサークル受付に回すことができる。


「この天候なので遅れるサークルも多いと見ているので、青紙の発行と処理は時間を遅らせて対応する予定だ。これは後でブロック長に共有するので、担当のみんなは青紙が遅くても心配しなくていい」


 これは江口橋に任せて良いだろう。

 この天候の中で頒布物を運ぶサークルのことを思うとこの程度の処置は当然とも思えた。


「それから、今回地区本部の一角に情報処理室を設置している。精密機械の塊だからあまり近づかないようにしてくれ。今日は交通機関も支障が出る可能性がある。心配な人は早めに帰っても構わないのでブロック内で調整してほしい」


 それはこの後のブロック別での調整事項になる。

 あかねは忘れないよう心に刻み込んだ。


 その後本部スタッフから挨拶と申し送りがあり、ホール朝礼が終了する。

 ともかく悪天候の中の初日、無理をしないように繰り返し強調された。


「ではブロックごとに移って朝飯食ってくれ。じゃあ……本日、よろしくお願いします!」

「「よろしくお願いします!」」




 それぞれのブロックで朝のミーティングが始まる。

 全員が一堂に会するのはこれが初めてのことだ。

 ひと通りの自己紹介をすることになる。


「ブロック長の江口橋です。ホール長からもあった通り、今回はイレギュラーな対応が多いので無理を聞いてもらうことも多いと思いますがよろしくお願いします」


 江口橋はちらりと隣に立つ君堂を見る。

 どうやら時計回りに自己紹介を進めていく形らしい。


「君堂です。えーっと……私はそんなに高尚なものはないんですけど、頑張ります」


 やはり結婚したことには触れないらしい。

 君堂はあかねに目で念を押していた。

 

 続いてコスプレの三人組だ。

 

「Chikiです。副ブロック長のために頑張ります! あとコスプレしてるのでちょっと初動が遅れるかもしれません、よろしくお願いします」

「リョリョです。明日はサークルで抜けますが、今日と最終日はスタッフですのでよろしくお願いします。私もコスプレをするので少し遅れます」

「探花です。同じく明日サークルです。コスプレもします」


 後ろにキャリーケースを持ち、このミーティングが終わったらすぐさま着替えに移る態勢だ。

 サークルの出足がどうか分からないが、急ごうとしてくれることは伝わった。

 目で合図を送られた児島がはっと気づいて居住まいを正す。

 

「児島です。ちょっと地方でイベントすることになったので、手伝ってもいいよって方は後で声かけてください」

「倉敷です。一緒にイベントすることになってます。色々勉強中なのでよろしくお願いします」


 この若いイベント主催に、温かい声援が送られる。

 新しいイベントを立ち上げる苦労を知るスタッフは多い。挑戦し、形にすることの偉大さを知っている。

 

「保谷です。前回までフプヘペにいました! 力仕事はお任せください」

「三島です。力仕事ということであれば私もお役に立てるかと。けど、スタッフに力仕事はありましたっけ……」

「そこはですね……」


 いきなり話に乗ってきた三島を見て、心底嬉しそうな保谷。

 語りモードに入りそうな保谷をさらっと止める優男。

 

「はいはい、保谷さんまた後でね……朝日です。ネノブロックにずっといますけど、今回が一番面白そうだと思ってます。一緒に頑張りましょう」


 一見して普通の挨拶なのだが、どこか圧力のような強さを感じさせる声。

 その見た目に似合わない何かしらの凄みのような気配が場の空気を締める。


「風間です。この四人の共通の友人が瑞光寺さんにお世話になったので、恩返しのために登録しました。よろしくお願いします」

「春日野です。えー、何か言うことあるかな……あ、比較的小柄なんで、混雑の中を移動するのが得意です。頑張ります!」


 ふたりの男性は崇拝に似た視線であかねのことを見る。

 目ざとくそれに気づいたChikiが威嚇の視線を叩きつけるが、気づいているのかいないのか全く意に介される様子はなかった。


「神月です。私もこう見えて力仕事は得意なので、女性だからと遠慮せずにどんどん仕事くださいね」

 

 そして次はあかねの番になる。

 

「後は女性がひとり、雀田さんがあと五分ぐらいで遅れて到着とのことですわ。改めて、副ブロック長の瑞光寺と申します」


 ブロック員の顔を順に見る。

 慕ってくれるような目、面白そうに見る目、対等な友人として見る目、敬愛の目、そして、見守ってくれるような目。

 ひとりで絶望していたC96夏から、ここまで来た。

 これ以上望むべくもない、C100夏。

 

「わたくしは、今回コミマを守るためにここに来ました。今回のブロック員の皆様は頼りがいがありそうで心強く思っています。皆様の力があれば、コミマが無事に終わると信じておりますわ」


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