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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
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第125話 0日目 貼り紙作業

 ノブロックの机シールを貼り終わり、大きく伸びをした。

 高さの都合上、しゃがむか中腰になるしかない。

 いくつものシールを貼るために、何度も何度もその中途半端な体勢になるのは少し疲れる。

 達成感と共にブロックを振り返ると、猛烈な速さでおはよう紙を貼りまわっているふたりがいた。

 がっしりした体格の三島と背の高い眼鏡の風間だ。

 三島がひたすらテープをちぎり、そのテープを使って風間が紙を貼り付ける。

 息が合っているどころではない。目にもとまらぬ速さだ。


「なんだかすごいね、あのふたり」


 ネブロックのシールを貼り終わった倉敷が、同じ光景を見て半ば呆然としている。

 

「心強い味方ですわね」


 見ているうちに、ひとつの島を貼り終えている。

 あかねは倉敷と共にひとまず本部に戻り、次の仕事を探すことにする。

 とはいえ、今日のスタッフの集まりがいつもより良いこともあり、手つかずのところはないようだ。

 少し休憩しようかと話していると、三島と風間が戻ってきた。


「ネノハパブロックのおはよう紙を貼り終わりました」

「了解! 早いな!」

 

 本部のスタッフが驚くほどの速さだったようだ。

 

「三島さん、風間さん、ごきげんよう」

「瑞光寺さん、お疲れ様です」

「先ほど見ておりましたが、作業が早くて素晴らしいですわ」

「ふふ。自らの体にリズムで覚え込ませる『パターン化』ですね。我々格ゲー勢が得意とするところです」


 三島が得意げに胸を張る。

 しかし本部の机の向こうから和泉が声を上げる。

 

「パターン化ならシューティング勢も負けてねーぞ!」

「ははっ、これは失礼しました! それでは和泉さんが残りのおはよう紙を貼っていただけるのですね」

「カウンターがいちいち手厳しいんだよ。格ゲー勢は」

 

 和泉は肩をすくめていそいそと元の作業に戻る。

 その様子を見て周囲のスタッフが笑い声を上げた。

 

「フレーム単位で見切りますので」

「こっちもドット単位で避けるぜ!」

「被弾してるじゃねーか。避けれてねーよ」


 本部スタッフのツッコミに和泉が降参とばかりに手を上げた。

 

「やれやれ。俺には味方が少ねえぜ」

 

 和やかな雰囲気に、倉敷の頬が緩む。


「和泉さん、新人にも親しみやすいよう気を使っているのかな」

「そうかもしれませんが、意図してではないような気がしますわ」

 

 和泉との会話がきっかけで、三島が本部のスタッフとも言葉を交わしている。

 知り合いのいない初めてのホールでは少し疎外感があるものだが、このホールではそれがあまりない。

 和泉の雰囲気づくりのなせる業というものだろう。


 

 

 今日のところは早めに帰るという倉敷を見送り、改めて作業を探す。

 本部の机に大きな紙が何枚か置かれている。

 どうやら地図らしい。次はあれを貼る作業のようだ。

 率先して手に取ったのは、見覚えのある短いポニーテール。

 ハパブロックの椎名だ。


「あっ、瑞光寺さん、地図と注意喚起の紙を貼る作業、ご一緒しませんか!」


 相変わらずくりくりした目を見開きながら笑う。

 この夏も変わりないようで安心したあかねだった。

 

「ええ。もちろん良いですわ」

「ありがとうございます! でももう少し人数が欲しいなあ……あっ、雲雀さん! ちょっと!」


 椎名は雲雀に声をかけている。

 これはもうひとりぐらいいた方が良いだろう。

 誰かいないかと見回すと、同じブロックの朝日が目に留まった。


「朝日さん。貼り作業をお手伝いいただけませんこと」

「ん? ああ、いいよ」

 

 物腰柔らかな優男である朝日は、頼みごとを断るところを見たことがない。

 それでいて経験豊富であることから非常に頼りになるブロック員だ。

 

「偶然にもネノハパの四人ですねえ!」

 

 自分から声をかけて偶然といえるのかは分からないが、満足そうな椎名を温かく見守ることにした。

 椎名と雲雀は地図を貼るチームとなり、あかねと朝日は座り込み禁止や盗難注意の紙を貼るチームとなった。


「5ホールは壁が少ないから楽ですねえ!」

「偽壁の大きな柱はあるけどな」


 仲良く先を歩く椎名と雲雀についていく。

 まずはマミブロックの柱に向かっているようだ。

 

「瑞光寺さん」

「どうかなさいまして」


 じっとあかねを見る朝日だが、感情が読み取りづらい。

 一見温和な笑みをたたえているのだが、何かそれだけではないものを感じる。

 

「いや……最近世間が色々うるさかったんじゃないかって」

「あら。やはりご存じでしたのね」


 違和感は気遣いだったのだろう。

 ゴシップ記事に巻き込まれたことを指しているようだった。

 

「大丈夫だった? 何かされたりしてない?」

「ええ。問題ありませんわ」

「それは良かった。心配してたんだ」

「心配、ですか」

 

 立ち止まり、朝日の言葉を繰り返す。

 心配させてしまったというだけでも、申し訳ないような気になってしまう。

 

「意外? こう見えて瑞光寺さんのことを気に入ってるんだよ」

「それは光栄ですわ。でも気に入られるようなことがございましたかしら」

「瑞光寺さんは一生懸命だからね」


 立ち止まるあかねに、先へ行こうと目で合図を送る。

 あかねは首を傾げ、足を踏み出した。


「そういう人を見ると、自分も頑張らないとなって思うんだよ」

「一生懸命、ですか」


 確かに毎回一生懸命取り組んでいるつもりだが、朝日に見られているとは思っていなかった。

 頼めば引き受けてくれるし、自分の領分を完ぺきにこなす朝日。

 同じブロックでも評価されるほど見られているとは意外だった。

 

「まあ、自分では分からないかもしれないけど、それもまた魅力なんだよ」

「ありがとうございます」


 褒められたので、膝を折って小さく会釈をする。

 信頼している仲間に、口に出して評価されるのは存外に嬉しいことだ。

 

「ところで高村さんは」


 もうひとりの当事者である高村トシヤ。彼も前回同じブロックだったが……

 

「お忙しいようで、今回は……」

「そう。それは残念。前回の初スタッフで見どころあるなって思ったんだけどね」

「そう、ですわね。わたくしもとても残念です」


 やや歯切れの悪い返事になってしまったが、朝日は気にせず座り込み禁止の貼り紙の位置を取る。

 椎名と雲雀が良い位置に地図を貼ってしまったので、どうしても目立たない位置になってしまう。

 

「あのふたり、わたくしたちのことを忘れておりますわね」

「はは……」

 

 地図の他にも、すでに貼られているポスターがある。

 いつの間に貼られたのかは分からないが、ホールのスタッフが貼ったものではないのは確かだ。

 

「森林保護募金のポスターは別の部署がお貼りですのね」

「そうだね。別で管理してるみたい。これも良い位置取られたなあ」


 注意喚起の貼り紙の優先順位は低くはないが、やはり一般参加者は地図を見たいだろうし、目の保養になる森林保護募金のポスターも目立たせたい。悩ましいところだ。

 

「コミマで森林保護の募金が集まるのは不思議な感じですわね」

「みんな心のどこかで善行を積みたいと思っているのかもね」


 コミマで集まった募金は植樹に使われ、今では立派な森ができているという。

 そして、その活動は続いている。


「でもまあ、コミマの参加者が増えると森が救えるって思うと素敵だよね」

「確かにそうですわね」

「今、ゲームのタイムアタックのイベントやってるよね。あれも国境なき医師団への募金をやってて、スローガンが『キャラが早くゴールすれば救える命が増える』なんだって」

「それは……責任重大ですわね」

「プレイしてる本人はそこまで気負わないだろうけどね。結果的に人助けに繋がるのは面白いね」

 

 人助けにも、いろんな形がある。

 ゲームや漫画の娯楽は、それだけで人の心を救っているかもしれない。昔のあかねのように。

 だが、もっと直接的に……このイベントだからこそ、救われた心もあると思っている。

 

「コミマも、誰かを救っているかもしれませんわ」

「確かにね」

 

 だから、守らなければならない。

 きっとコミマを救うことは、無限の未来を救うことだ。

 今回のコミマは、分岐点そのものだ。

 絶対に……


「瑞光寺さん」

「どうかなさいまして」

「あー、ちょっと気負っているように見えたから」


 優男は涼し気な笑みを浮かべてあかねにゆっくりと話しかけた。

 

「頼りないと思うかもしれないけど、頼ってくれていいよ」

 

 見透かされたような気がした。

 無意識に握っていた手から、ふっと力が抜ける。

 

「はい。頼りにしておりますわ」


 あかねは心強さを感じながら、朝日にうなずいてみせた。

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