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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C100夏編
140/171

第124話 0日目 総力戦に向けて

「配置につきましたかー? 皆さん、スタッフになったつもりで一斉点検の参加をお願いしまーす!」


 整然と並んだ机椅子を前に、設営の参加者たちがガレリア側の外周通路に散らばる。

 おそらく設営部であろうスタッフが音頭を取り、一斉点検の合図を待っている。

 少しの沈黙の後、場内放送のチャイムが鳴った。


『これより、一斉点検放送を行います……』


 放送が終わるのを確認すると、ガレリア側にいた参加者たちが一斉にトラックヤード側に向けて歩きだす。

 机の下をのぞき込んだり、通路に物が落ちていないか確認している。

 普段の一斉点検とはもちろん勝手が違うが『何かおかしいものが落ちていないか探す』という動きは、慣れである部分が大きい。

 これは訓練だ。会期中に不審物を探すための訓練。

 そう思いながら、あかねは左右に視線を送りながら不審物チェックを行う。



 やがてほぼ全員がトラックヤード側にたどり着いた。

 異常なし、ということらしい。

 

「ご協力、ありがとうございましたーっ!」


 スタッフの挨拶に、なぜか起こる拍手。

 よく分からないがあかねもつられて手を叩く。

 

「会期中も同じく一斉点検放送があると思いますが、この設営に参加した皆さんは今のことを思い出して、会場内を見てみてください! よろしくお願いします!」


 その締めくくりの言葉に、あちこちから元気の良い返事が聞こえてくる。

 彼らはきっと会期中、力になってくれることだろう。

 大事なのは、その協力にちゃんと向き合うことだ。

 一般参加だからと侮らない。スタッフだからと驕らない。

 彼らもこの場所が大切で、一緒に守る仲間なのだから。



 

 地区本部で見つかったという壊れ机。

 代わりの机を持っていくように言われたあかねは安威と共に地区本部へと顔を出した。


「ごきげんよう、机をお持ちいたしましたわ」


 知った顔は……いた。矢原だ。

 忙しそうにパソコンやモニターを設置している。

 播磨と江口橋もいるが同じく忙しそうだ。

 なぜ江口橋はホールでなく地区本部にいるのかは分からない。


「あれ、瑞光寺さん」

「桐宮さん、ごきげんよう」


 どうしたものかと考えていると、C97冬で東4で同じブロックだった桐宮が声をかけてきた。

 川崎のオンリーでも顔を合わせていたため、それほど久しぶりという感じではない。


「桐宮さんは東4だったのでは」

「ああ、今回から地区本になってね」

「現場がお好きだと思っていましたわ」

「それはそうなんだけど、誘われたら断れなくてね」


 軽薄そうに見えるが、頼られているということなのだろう。

 元々ルレロブロックのブロック長を任されていたのだ。間違いなく能力はある。

 

「あ、それ壊れ机の代わりかな」


 桐宮は後ろで机を持ったままの安威に目が留まったようだ。

 

「ええ。お持ちいたしました」


 ようやく本題に入れてほっとする。

 

「助かるー。というか、ごめんね。地区本が頼んでおいてほったらかしになって」

「いえ。皆さんお忙しそうですもの」

「今回は特にね」


 部屋の端に巨大なコンピュータが置かれている。夏の田舎を舞台にした映画で見たことがあるようなフォルムだ。

 机の上にいくつものモニターが設置され、ケーブルが繋がれてゆく。

 まだ電源も入ってない状態だが、今の時点ですら壮観であった。

 

「あの、あれは」

「ああ、集中監視システムらしいよ。ここに情報処理室を設置するんだって。中二心がくすぐられるよね」


 そう言って笑う桐宮。

 このようなシステムが入ることは聞いていなかったが、456地区内だけの試験運用なのだろうか。

 

「集中監視システム……」

「俺も詳しくは聞いてないんだけど、どっかの大学との共同研究らしい。ピンポイントで不審な動きをする参加者を見つけて……」


 桐宮が楽しそうに説明してくれている。

 しかしあかねはあまり聞いていなかった。


(本腰を入れて取り組んでくださっているのですわ)


 これまでコミマで見つけた不審者……いや、犯罪者。

 あの発見はほぼ偶然だったが、これからはある程度目星を付けられるということだろうか。

 

「不審者が、いる想定ですのね」

「何万人も来たらちょっとは混じるね。良くも悪くも有名になっちゃったし、余計に」


 いつもとは違う神妙な顔を見せる。

 桐宮もスタッフ歴が長い。何かしら思い当たることがあるのだろう。

 

「なんかこういうのが実証されて、宣伝できたら抑止力になりそうだけど」


 言う通りかもしれない。

 モニターがいくつも並ぶ様子は、どこかの秘密基地の監視のシーンを連想させる。

 

「それにしてもモニターが多いですわね」

「雰囲気らしいよ」

「雰囲気……」

「あとは部屋を暗くして、会場で稼働するのがロボットだったら完璧なんだけどな」


 ドローンの監視は難しいだろうが、桐宮が言うのはそういった話ではなさそうだ。

 人型ロボットが巡回しているような未来を思い描いているのかもしれない。

 冷静に考えれば人間が巡回する方が合理的なのだが、そういうものではない。

 一見無駄に見えるが、理想として追い求めてしまうもの……あの『月華美神』が発見した実用性はないが新しく見つけたコンボに通じるものがある。

 彼はあれを何と言ったか。

 

「……ロマン、ですわね」

「おっ、瑞光寺さん。分かってるねえ」

 

 どうやら正解だったようだ。

 桐宮は満足げにうなずき、モニターが設営される様子を眺めていた。

 



 設営の一般参加者がいなくなったホールは、スタッフだけが残っておりがらんとしている。

 だがのんびりはしていられない。これから印刷所の搬入を迎え入れるための準備をしなければならない。

 

「はーい、じゃあ東5のスタッフー! ブロックポップからお願いしたいので一旦本部へ集まってくださーい!」


 本部のスタッフの呼びかけに、ぞろぞろとスタッフが集まって来る。

 東5ホールはもう3回目。見知った顔も増えてきた。

 

「出席まだの人はあっちで出席確認受けてください。ブロックポップ置いてあるので、持って行って貼ってください。終わったら報告してね」


 一番上に置かれていたネブロックに手を出すと、同じく横から手が伸びてきた。

 触れそうになりながらそちらを向くと、驚いた顔の倉敷がいた。

 

「あら倉敷さん、ごきげんよう」

「瑞光寺さん、お疲れ様です」


 今回も同じブロックを担当することになった倉敷だ。

 あかねのひとつ上……ということは大学の卒業年次だったはずだが、設営日からコミマに参加していて大丈夫なのだろうか。

 

「お忙しいのではなくて?」

「今回は来ないといけないって気がして」


 拡大集会や直前集会でのただならぬ雰囲気を察したのかもしれない。

 不審物に警戒、会場に受け入れる警察官を倍増、警察の詰め所も作り、初日には外周のスタッフと顔合わせまでするという。

 そして、その情報はスタッフ外に……さらに館内担当の外にすら漏らさないよう極秘扱い。

 何かがあると思わせるのに十分だった。

 

「そうなんですの。改めて、またネノブロックに来てくださってありがとうございます。大変でしょう」

「大変だけど、学ぶことも多いから」


 前回の川崎ではしっかり主催をしていたように見えたが、まだまだ向上心があるらしい。素晴らしいことだとあかねは思う。

 黄色い紙に大きく「ネブロック」と書かれたブロックポップを貼りながら倉敷が笑いかけてくる。

 少し恥ずかしそうな、何か言いづらそうな、そんな雰囲気がある。

 あかねには、なんとなく想像がついた。

 少し手を止めて言葉を待つと、倉敷は小さく息を吸ってあかねに言った。

 

「あー、えっと、来年に念願の地元イベントをやることになったんだ」

「それは、おめでとうございます」

「まだ会場押さえただけだから、これからだけどね」


 会場を押さえる。

 その一歩がどれだけ大きいものか、あかねには想像するしかできない。

 だが、頭の中だけにしか存在しなかったイベントが、一気に実体を持った瞬間だ。

 首都圏とは全く違う地方でのイベント。それを開催する決意。

 その決断には尊敬の念を抱く。

 

「できることがありましたら、お手伝いいたしますわ。当日でも」

「ありがとう。でも遠いよ」

「旅行気分で行けますわね」

「あはは。じゃあ、ぜひ」


 思わず口に出した「遠い」というネガティブな言葉を、さらりと裏返してみせた。

 倉敷は背中を支えられているような、温かい気持ちになる。心強い仲間に、また心の中で感謝をしたのだった。


 

 ネブロックを貼り終わり本部に戻ると、他のブロックも順調に進んでいるようだった。

 残りは『机シール』と『おはよう紙』を貼らなければならないが、今日は比較的人数も多いのでこの分だと早めに終わりそうだ。


「じゃあ机シールねー。一応地図とか見ながら確認して貼ってください!」


 本部の机に展開されるシール。

 特に決まりはないが、何となく自分のブロックを貼りたい。

 ネブロックのシールは倉敷が持ったようだが、ノブロックの分は体格のいい男性が手に取った。


「あら保谷さん、ごきげんよう」

「瑞光寺さん、お疲れ様です」


 さわやか眼鏡の保谷だ。

 筋トレが趣味な者特有の温度を振りまきながら、今日も薄めの半袖で自らの筋肉を見せびらかしている。

 

「どうぞよろしくお願いいたしますわ」

「力仕事ならお任せください。腕が鳴ります」

「力仕事はそんなにないかもしれませんわね」


 やむを得ない場面はあるのかもしれないが、混雑対応を腕力でやってしまったら問題だ。

 傷病者を搬送する時は力仕事だろうか。

 

「いえ。力仕事は自分で探すのです。無いと思えばない。あると思えば見つかるものです」


 あまりにも自信に満ちた言葉に、うなずくしかない。

 隣の倉敷が分かったような分からないような、気の抜けた表情をしているが。

 

「なるほど。その場面が来ましたら、遠慮なく頼らせていただきますわ」

「ふふ。いくらでも! ところで前回見本誌を運んでいらした方は……」

「ああ、神崎。1日目から手伝っていただきますわ。今日は印刷所搬入ですのでこのホールにはおりません」

「そうでしたか。明日が楽しみです」


 今回は総力戦だ。当然、神崎にも協力してもらう。

 その神崎を陽気にしたような保谷だが、前回まで中央のフプヘペブロックのブロック長だった。

 四つのブロックを一手に管理していたのだ。能力があるには違いない。

 

「保谷ー! 力仕事ー! 備品取りに行ってー!」

「了解しました!!」


 本部から保谷を呼ぶ声が聞こえ、顔を見合わせる。

 

「ご指名ですわね」

「申し訳ありません」


 言いながら嬉しそうだ。

 やはり力仕事の出番が欲しかったのだろう。

 

「いいえ。構いませんわ」

 

 適材適所。

 そんな言葉を思い浮かべながら、あかねは手に持ったノブロックのシールの重みを感じていた。

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