第13話 3日目 君堂莉子
3日目の朝。
予報では今日の気温はこの三日間で一番高くなるらしい。
ホールの中にもすでに湿った熱気が満ち溢れていた。
冷房が効き始めるよりも前にホールの朝礼が終わり、ブロックごとに分かれてのミーティングとなる。
「皆さん、おはようございます」
「「おはようございます」」
小柄なブロック長の君堂莉子の挨拶に続き、ブロック員の出欠を確認する。
「遅刻欠席無し。UVブロックは優秀だねえ」
1日目欠席、2日目遅刻のブロック長はにっこり笑った。
ポニーテールがさらりと揺れる。
「先に言うことがあるだろう、ブロック長」
厳しい目を向ける副ブロック長江口橋。
「はいっ! 昨日はすみませんでしたあ! あたしが昨日寝坊した間抜けなブロック長です! でも江口橋さんよ、傷病者は不可抗力で……」
「その後も戻って来ずに救護室で涼んでたらしいじゃないか」
「だっ、誰がそれを……」
大げさに後ずさる君堂だったが、すぐに表情を改めた。
「冗談はここまでにしておくね。えっと、ご存知の通り、昨日事件がありました。うちのブロックのサークルさんがスペースで危害を加えられそうになった件です。これはみんなの協力で被害が最小限に抑えられました。犯人も警察に捕まってるし」
君堂はあかね達の方を向き直して、静かに頭を下げた。
「三山君、藤崎君、瑞光寺さん、本当にありがとう。でも、自分の安全が第一だからそれは忘れないでね」
「分かりましたわ」
三山と藤崎も同じようにうなずいた。
ちなみに三山の今日のシャツは「健康第一」と書かれている。
朝一にこれを見たあかねは口元を手で抑えて目を丸くし、三山は勝ち誇ったように鼻を膨らませていた。
「昨日の件を受けて、すぐさま館内の警備を強化するとかそういう話は出てないわ。ただサークルさんの話をよく聞いて、トラブルの可能性があれば優先して対応を、という方針が館内全体で出ているの。なのでうちのブロックでは、サークル受付の時にプラスアルファでコミュニケーションを取ることを目標にします。勿論忙しくてそれどころじゃないなら仕方ないけど」
君堂はブロック員を見回すと「例えば」と続ける。
「体調を気遣う、気になったことは小さくてもスタッフを呼び止めていい、そういった会話があるだけでサークルさんからスタッフに話しかけるハードルが下がるからね」
そういえば昨日の江口橋も、そう付け加えてサークルから心配事を引き出していた。あかねは実践している様子を横で見ていただけに、大いに納得できた。
「今日は最終日なので、昨日に比べてさらに一般参加者が増える見込みです。特に東の123に大人気サークルが固まっているし、朝一番の圧力は結構重たいことになると思います。もし、外周が混んでいるのを見かけたら、適宜応援に入ってくれていいので。どんどん外周のAブロックに恩を売っていきましょう」
ブロック員のリラックスした笑いで、ブロックミーティングは切り上げられた。
ブロック長の君堂。彼女が1日目からちゃんと出られていたら、2日目会場の前で傷病者に出会わなかったら、昨日の出来事はまた何か変わっただろうか。
ホール本部で支給される朝ごはんは、おにぎりセットとサンドイッチが選択肢。どちらにしようかと頭を切り替え始めたあかねに、その君堂が話しかけてきた。
「瑞光寺さん、食べ終わったらちょっと付き合ってもらえない?」
「ええ、構いませんわ」
君堂から話しかけられる用事に思い当たらなかったが、とりあえずうなずいて答えた。
待たせるのも悪いと思い、いつもより手早くサンドイッチを口に詰め、スポーツドリンクで流し込む。
普段ではとてもできないような、はしたない食べ方だ。
それもまた、コミマの特別感なのだと思い直し、あかねは口元を緩めた。
すでに額に汗が浮き、前髪が貼り付いている。あかねは持っていたヘアピンで前髪を留めた。これだけで少し涼しくなったような気がする。
「お待たせいたしました」
「早っ、ちゃんと噛んだ?」
「あまり……」
「普通に食べてくれてよかったのに」
ホール本部の前で合流した君堂は「じゃあ行こうか」と外シャッターの方へと歩き始めた。
あかねよりも小柄な君堂は、トレードマークであるポニーテールを揺らしながらチョロチョロと歩いている。
「女性の新人さんは初めてだし、瑞光寺さんとお話してみたかったんだけど、ブロック長って色々時間取られちゃうからね、全然機会がなかったんだよね」
1日目は仕事だったけど、2日目の遅刻は自分が悪いんだけどね、と君堂は笑った。
「そうなんですの。わたくしも昨日は君堂さんが閉会後までお忙しそうにしていらっしゃたので、中々」
「だよねえ。そしてあっという間に最終日なんだよね」
「それであの、今からどこへ?」
「あー、そうそう。江口橋さんから聞いたけどね。瑞光寺さんのお知り合いが、1日目不法侵入しちゃったって聞いたんだけど、詳しく話してもらえるかな」
あかねは君堂の言葉にうなずき、昨晩安威に確認した侵入経路を説明した。君堂は半分笑いながら、内容を詳しく確認していく。そうしているうちにホールから外へ出てしまった。
朝のぬるい風が体にまとわりつく。すでに周囲は明るく、どこからか聞こえてくる蝉の声は、これから気温がどんどん高くなっていくことを予感させた。
「了解了解。そんで、今聞いたそれをあそこの連中に話すから、横で聞いていて欲しいの」
未だに君堂の意図が汲み取れず、あかねはゆっくりうなずいて返事をした。
あかねが連れていかれた場所は、トラックヤードにあるテントだった。テントと言ってもキャンプ用のものではなく、運動会の本部のようなテントだ。
これまでもちらりと見たことはあるが、具体的に誰が何をする場所なのかは知らない。
そのテントにいる数人が、こちらの姿を認めた。
先んじて君堂が大きな声で挨拶をする。
「おはよー」
「おう君堂。お疲れ。今回顔出すの初めてじゃないか」
「中々忙しくてね……あ、今日は外務の船堀さんにちょっと大事な情報を持って来たんですよ」
「へえ、珍しい」
「実は1日目に不法侵入がありましてね。その経路が判明したんで教えとこうかと」
「マジかよ」
君堂の言葉を聞いて、周囲に四人ほどが集まった。
君堂は先程あかねから聞いた情報を、まるで自分のことのように船堀に話して聞かせた。
その様子にあかねは内心舌を巻いた。確かにところどころ二回説明した部分はあったが、それにしても素晴らしい記憶力だ。砕けた話し方からは想像しづらいが、かなり頭が良いに違いない。
「というわけで、外周を守る外務さんとしては見逃せない情報だと思うんですよ。匿名のタレコミとはいえ、実際見てもらったら分かると思うし」
「いや、盲点というか、確かにその経路は想定していなかった。何か考えた方がいいな」
「入口担当との調整もいるだろうから、この件はもう外務にお任せしちゃうけど」
「ああ。わざわざ来てもらって悪かったな。助かる」
「いえいえ。館内の治安維持のためですからね」
「……ところで、そちらは?」
外務の船堀があかねに目をやるのを見て、君堂は得意げに笑った。
「うちのブロックの瑞光寺さん。将来有望な新人だから連れてきたの。昨日のうちのホールの事件は知ってると思うけど、その犯人を捕まえたのはこの子なのよ」
「へえ、それはすごい。外務の船堀です。よろしく」
「瑞光寺あかねです。よろしくお願いします」
「美人でしょ」
「君堂さんは別部署の方ともそんな冗談を交わせるのですね」
「……ん?」
首をかしげる君堂。
「いやいや。瑞光寺さんは美人でしょ」
「初めて言われましたわ」
「「ええっ」」
外務の担当者と君堂の声が重なった。
その様子を見て船堀が笑う。
「こう見てると、どっちが年上だか分からんな」
「何だとう」
あかねが新人と言うことで、船堀は外務の仕事内容を簡単に説明してくれた。
一応館内担当の中の一部署だが、名前の通りホールの外について責任を持っている。
つまり外から不法侵入に対処したり、正規のサークル入口を管理したり、コスプレエリアの業務も請け負っているらしい。思ったより何でも屋だ。
話を聞いていて、かなり重要な役割であることに気づいた。
あまり人数は多くないようだが、彼らの仕事で広いホールの外のエリアが守られている。
夢の光景を思い出す。あれが123と456のどちらかは分からないが、もし避難を呼びかけるなら……
真剣な表情で話を聞くあかねのことを、外務の五人は勉強熱心な新人だと感心して見ていた。




