第122話 C100夏の拡大集会
最終章となりました
コミマの拡大集会は複数回行われるが、中でもこの第三回は非常に重要である。
諸々の決定事項が伝えられるほか、各部署の体制が明らかになり、通行証とカタログが配布される。
全体の部が終わり、部署別の時間になる。
人数の多い館内担当は引き続きこの国際会議場で部署別が行われる。
他部署のスタッフが退出したころを見計らって、館内統括の播磨が壇上に立った。
簡単なあいさつの後、明るい調子で共有事項を伝えていく。
守秘義務、変更事項、今後のスケジュール。
今回は特に大きい変更事項として警備体制の変更が伝えられている。
「……というわけで、100回記念のイベントは盛りだくさんなのですが、反面非常に厳しい警戒態勢を敷きます。先ほど代表からもありましたが、実は湾岸署との調整がまだまだ途上でして……今日が三拡なんですが、詳しくは今後お知らせすることになりそうなんですね」
少し真面目な雰囲気で、播磨が締めに入る。
聴いている館内担当は気を引き締めたことだろう。
「館内もフル回転することになると思います。で、直前集会はできるだけ来るようにしてください」
いつもより早く、ホール毎の打ち合わせに移る。
東5ホールは会場の外での打ち合わせだ。
外に追い出されたような形になるが、実は他のホールの声が聞こえないため人気の場所である。
「今回も東5ホール長になった和泉だ。あー、さっきの話の通り厳戒態勢で臨むことになる。自分のブロック長副ブロック長は当然として、隣のブロックの人の顔まで覚えて連携しやすくしてくれ」
今回の東5のスタッフは150人程度だろうか。
「それから、今回参加形態問わずすべての参加者に協力してもらうような事態もありえる。申し訳ないが、当日来場する知り合いという知り合いに、お願いをしてほしい。具体的な内容はまだこれからだが、直前集会で共有できると思う」
いつになく決まっていない事項が多いせいだろう。
一部でひそひそと話す声が聞こえたが、和泉は気にせず続ける、
「直前集会に来れない人は今日のうちに必ずブロック長、副ブロック長と連絡先を交換しておくこと。以上だ! 申し送りのある者がいなければ速やかにブロック別に移る。今回は隣のブロックとの顔合わせもあるからな」
和泉は東5のホール員を見回すと、満足そうにうなずいた。
「……よし、では今回もよろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!」」」
一旦解散となり、少し騒がしくなる。
ブロックを構成する人員はおおむね顔見知りであるが、初めての人ももちろんいる。
体制表は配られているが、名前だけでは誰がどのブロックなのか分からない人もいる。
「はーい、じゃあネノブロックこのへんねー」
大きく上に手を伸ばして君堂が声を上げる。
隣に立つ江口橋との距離が近いような気もするが、ひとまずあかねと雀田はその声に応えるようにして近くへ寄った。
ふたりを見つけた君堂が「お疲れ様」と嬉しそうに笑う。
体制表に目をやる。
ネノブロックには知っている人の名前もあれば、知らない人の名前もある。
そして、いない人も。
体制表をじっと見ていると、遠慮がちに声をかけられた。
「あの、瑞光寺あかねさんでしょうか」
「ええ。そうですわ……ええと」
記憶を辿るが覚えがない。
がっしりした体格の男性だ。年は少し上だろうか。
短髪に刈り込んだ髪がいかにもスポーツマンといった様子で、あまりオタクという風には見えない。
「今回ご一緒させていただく、三島です!」
「そうでしたの。よろしくお願いいたしますわ」
「ああ、少し待ってください! おーい、瑞光寺さんがいらっしゃったぞ!」
三島に呼ばれ、あっという間に四人があかねを取り囲んだ。
女性が一人混じっているが、全員がどこか体育会系の雰囲気を持っている。
そして、四人が一斉に頭を下げる。
「「「「瑞光寺さん、ありがとうざいました!」」」」
「……順を追って説明してくださるかしら」
助けを求めるように江口橋や君堂を見るが、彼らも心当たりが無いらしい。
同じく顔いっぱいに疑問符を浮かべている。
四人のうち、背の高い眼鏡の男性が居住まいを正した。
「失礼いたしました。私は風間です。こっちは春日野と神月」
いずれも今回の体制表で新しくネノブロックに名前があった。
春日野と呼ばれた少し幼さの残す男性が頭を下げる。
神月と呼ばれた女性はセンターで分けたショートボブの髪を揺らして会釈をした。
代表して風間が説明をしてくれるようだ。
「瑞光寺さんは『月華美神』というサークルを覚えておいででしょうか」
「もちろん。忘れるわけがありませんわ」
前回の冬コミ1日目に参加した格闘ゲームジャンルのサークル。
忘れようはずもない。
「私たちは同じ格闘ゲームジャンルで、彼にとてもお世話になったのです」
「まあ。そうでしたの。あの方は……」
「旅立ちました」
短く答える風間。
覚悟こそしていたが、やはり直接知らされると少なからずショックを受ける。
「……そう、ですのね」
少し重い沈黙がよぎる。
だが風間は明るく笑って続けた。
「ですが彼は最後に、瑞光寺さんに大変お世話になったと、笑っていました」
笑っていた。
自分はコスプレをして本を買っただけだが、本当に笑っていたのであれば救われるような気がした。
「私たちは彼に代わって、恩を返しに来たのです」
「腕には自信があります。どうか使ってください」
風間に続き、隣の三島も頭を下げる。
「コミマは初めてですが、他のイベントではそれなりに鳴らしました」
「オンリーということですの?」
「地方なども色々と」
「そうですの。それは頼もしいですわ」
地方でもオールジャンルが開かれていると聞いたことはある。
数は少なくなったが、同人誌即売会の息吹は完全に消えてはいないのだろう。
「瑞光寺さん、どうか我々四人を手足のごとくお使いください」
「よろしくお願いします!」
春日野と神月も頭を下げる。
あかねとしてはもう少し気楽にしてほしい。少々やりづらさを感じる。
「頼りにはいたしますが、そう畏まらないでいただきたいですわ」
担当、ブロック長、統括など役割の違いはあれど、階級や順位があるわけではない。
同じ弁当を食べるし同じ飲み物を飲む。
代表すらスタッフ証を忘れたら会場には入れないぐらい平等な組織だ。
「『月華美神』さんというご縁で結ばれた仲間ではないですか」
三島は仲間という言葉に喜色を浮かべ、そしてにっこりと笑った。
「分かりました。よろしくお願いします!」
個性が強いと言われる東5だからか、ネノブロックの新しい仲間も個性が強そうだ。
一方、あきれ顔の君堂が首をかしげている。
「どうして保谷さんがこんなとこに」
「どうしてって、江口橋さんと同配希望を出したからですよ」
「暑苦しいなあ……」
ぼそりとつぶやいた言葉は隣の江口橋には聞こえただろうが、聞こえないふりをしているようだ。
「一緒を希望してくれるのはありがたいが、どうして」
「あれです。見本誌運搬係。負けていれられないなと思いまして。あの方は民兵でしたね」
「神崎さんのこと?」
あかねの手伝いとして、スタッフ登録をせずに手伝いをしている神崎のことだ。
雀田がスタッフ登録をしているため、拘束されないお目付け役として安威と神崎の両方あるいはどちらかが常に会場をウロウロしている。
「そう、その方です。印刷所搬入に飽き足らず、見本誌の運搬で鍛えようとしているなど見上げた精神。私もぜひ見習おうと思った次第です」
「保谷さん、フプヘペのブロック長だったでしょ。大丈夫なの?」
「ご心配なく! 後を任せられるぐらいには教育してきました!」
君堂がフプヘペブロックの集まっているあたりを見ると、緊張している若い男性が一生懸命声を上げていた。
……まあいいかと視線を戻す。
「ところでこのブロック……中々面白い新人が来ましたね」
保谷はきらりと目を光らせて三島たちを見る。
「あれは相当鍛えていますね」
誰もが心中で「そこか」と突っ込むが、誰ひとり声を出さない。
夏の薄着の彼らは、素人目にも立派な筋肉を持っていることは分かる。
「コミマは新人だけど、地方で経験あるみたいだよ」
「ふむ。やはりネノブロックに来て正解でした」
「……保谷さんの基準どうなってんの」
ブロック員がひと通り揃ったところで、順番に自己紹介をする。
今回のネノブロックは十五人。
ブロック長、江口橋。
副ブロック長、瑞光寺。
ブロック員として、君堂、倉敷、児島、雀田のいつもの女性陣。
Chiki、リョリョ、探花のコスプレ三人組。
朝日、保谷の東5ベテラン勢に加え、格闘ゲームジャンルの三島、風間、春日野、神月。
そして、和泉から言われた通り、ハパブロックとも顔合わせを行う。
今回もブロック長の椎名をはじめ、顔見知りの多いブロックでやりやすそうだが……
「保谷さんがネノに来て、雲雀がハパに行ったと。ちゃっかり副ブロック長に収まっちゃって」
「瑞光寺さんに勧められたのもあって……」
目が泳ぐ雲雀。
何も知らない椎名だけが目を輝かせている。
「前回の小竹さんといい、今回の雲雀さんといい、瑞光寺さんのお口添えでハパブロックがとても充実して感激です!」
「ふふ。心強いですわ」
「そうだねえ。小竹さんもいるしハパが充実しすぎているぐらい」
君堂が「羨ましい」と口にする。
だが小竹も雲雀も、本人たちがやりたい場所で登録した方が活躍できるだろう。
ネノブロックの面々を見回して、椎名がくりくりの目を輝かせる。
「ネノは前回から……入れ替わりましたねえ! C97冬から続いているの、朝日さんだけになってしまいましたね!」
慣れと実力が要求される偽壁でこれほどの入れ替わりは珍しいという。
「あの、あかね様……高村さんがいないのは、もしかして」
「Chikiさんのせいではないわ。トシヤさんがご自分でお決めになったの。お忙しいようでスケジュールが合わなかったと」
「そう、ですか……」
Chikiは川崎の打ち上げでの不用意な発言を気にしているようだ。
あれ以来東英でも顔を合わせていない。もし今顔を見ても、少し気まずくなるかもしれない。
「トシヤさんがお忙しいのは本当のようですよ。新しいドラマが決まったと」
「えっ」
「撮影所で聞きました。でもまだ内緒ですよ」
雀田のフォローに、Chikiが顔を上げる。
仕事が忙しくなってスタッフをやめる人間はそう珍しくない。
トシヤが登録したのはC99冬のみだ。
前回たまたまスタッフができたというのが正しいのだろう。
なのになぜ、これほど喪失感があるのか。
「高村さんも頑張ってるんだね」
「こっちも頑張らないとな」
何かを察したのか、君堂と江口橋があかねに言葉をかけた。
「そう、ですわね」
それぞれの場所で役割を全うする。
続けてさえいれば、また会えることもあるだろう。
どうせなら、その時は胸を張って会いたい。
「それでは、ブロック別の打ち合わせを始めますわね」
ネノブロック副ブロック長の、凛とした声が響いた。




