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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
川崎オンリーイベント編
136/171

第120話 それを目にした人たち

 ダイニングテーブルに置かれた雑誌。

 それを挟んで瑞光寺の父と娘が向き合っていた。


「あかね。説明してもらえるか」

「はい。お父様」


 重苦しい雰囲気の中で、広げられているページに踊る文字は軽い。

 

『姫との休日の密会!』

『ニチアサ俳優ふたりきりで買い物デート』

『熱愛発覚、ファン悲鳴』

『ホテル街の方へと消えてゆくふたり』

 

 白黒のページには、トシヤと歩くあかねの写真が掲載されている。

 あかねは心の中でため息をついて、改めて父親を見た。

 目が合った父親の表情は変わらない。

 

「ここに書かれているのは事実か」

「事実ではありません」

「だろうなあ」


 答える声はどこか冗談交じりだが、冷たい目で雑誌を一瞥する。

 あかねもつられて雑誌に目をやる。

 写真は……渋谷だろうか。

 トシヤと渋谷を歩いたのは、冬コミの反省会しか思い当たらない。ずいぶん前だ。


「写真が撮られているということは、会っていたことは事実なのだろう」

「この方に会うためだけにお会いしたことはありません」

「うん? つまり?」

「同じイベントに参加しただけですわ。この写真は反省会のときでしょう。写真には映っておりませんが、前後に同じイベントに参加した方もいらっしゃいました」


 この時トシヤと言葉を交わしていたのは主に江口橋だった。後ろから雀田もついてきていたはずだ。

 少しの間並んで歩いた覚えはあるが、うまく切り取られている。

 

「東英の撮影所ではよく顔を合わせております。ただしそれも雀田が同席して、です」

「……なるほど」


 納得したかどうかはともかく、父親はうなずいた。

 

「イベントのことなら……雀田か神崎を呼べばいいのか?」

「雀田だけで十分かと」


 今日も同じ建物内にいるはずだ。

 父親は携帯を操作すると雀田を呼び出した。



 

「失礼いたします」

「悪かったな、呼び出して」

「いえ」


 数分もしないうちに、ダイニングへと現れた。

 やはり雀田は優秀だ。

 親子でいるのは珍しいのだろうが、表情を全く変えず冷静に声を出す。

 

「なにか、ございましたか」

「これを見てくれ」

「はい」


 言われるまま、父親の指す雑誌に目を通す。

 写真、見出し、そして細かい本文。


『実家は大地主という噂のコスプレイヤー』

『ローカルCMに出演も正体は謎』

『お相手の謎の美女については調査を継続』

 

 無言のままに雑誌を置くと、雀田はひとつ息をついた。

 静かに怒りの炎を目に宿しながらも、声色はあくまで冷静だ。


「なるほど……こういう書かれ方をするのですね」

「これらは事実無根か」

「全く事実ではありません。しかしごく一部、無根と言い切れない部分はあります」


 こういう記事はすべてが嘘ではない。少しの真実を混ぜ込むから余計にたちが悪い。

 

「正確に申し上げますと、切り取った事実を元にして面白おかしく書いてあるだけです」

「だろうな。後半はほぼ『だろう』『と思われる』『らしい』の伝聞だらけだ」

「はい。ですが……」

 

 雀田はあかねに目を向ける。

 たとえ事実でなくても、風評というものはどうにもしがたい。

 多くの人がこの雑誌を読むとは思えないが、これからあかねが好奇の目で見られてしまうことは十分に考えられた。

 そして、高村トシヤの仕事にも影響が出るだろう。

 

「まあ私もこういった事態は初めてだからな。これからどうするかは考えているところだ。東英さんとも無関係ではないし、あちらと話をしてみる」

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」


 あかねは、丁寧に頭を下げた。

 それを見た父親は、どこか他人行儀な言葉に寂しさを感じている。

 あまり育児に関わって来なかった自分のせいでもあるのだが。

 

「いや。気にするな。あかねは娘なのだから」

「いいえ。好き勝手させていただいた上で、このような結果になってしまったこと、深く反省しております」

「東英への講習参加も、宗家大紫堂のCM出演も、最終的には私が許可を出した。だから責任の一端は私にもある」


 隣で見る雀田は、やはり親子なのだと妙な納得をする。

 父親の方は距離を縮めようとしている雰囲気があるが、頭を下げたままのあかねが遠慮しているように見える。

 嫌っていたり苦手だったりというわけではないようなのだが。

 

「あかね」


 顔を上げたあかねの硬い表情を見て、父親はふっと笑いかけた。

 

「……もっと頼ってくれていいんだぞ。今更父親面されても困ると思うが」

「はい……しかし、わたくしもいい大人です」

「いくつになっても娘は娘さ」


 であればもう少しこの家に帰ってきてほしいと言いそうになるが、多忙な仕事の上に今の暮らしが成り立っていることはずっと前から理解している。

 あかねは言葉を飲み込んだ。

 その様子を見た父親は寂しそうに笑う。

 

「今日はもう下がりなさい。疲れているだろう」

「はい」

「あー、一応聞いておくが」

 

 どこか言いにくそうではあったが、言葉を待つあかねを見て小さく咳ばらいをした。

 

「この彼とは、そういう仲なのか?」

「……いえ」


 力なく首を振る。

 

「ただの趣味のお友達ですわ」

「……そうか」


 あかねの背中を見送ると、じっと父親を見ている雀田の視線に向き合った。

 雀田からの定期報告を確認する限り、最近は家族よりも長い時間を過ごしているはずだ。

 

「何か言いたげだな」

「社長」

「分かっている。あかねが悪いわけじゃない」


 先んじられた雀田が口をつぐんだ。

 

「隙があったのは確かだが……それでもあかねが隙を見せられる相手ということだろう」


 目は隠されているが、写真のあかねは楽しそうに笑っている。

 覚えている限り、父親が見たことのない表情だ。

 

「はい。私から申し上げるものではないのですが、おふたりは仲が良くいらっしゃいました」

「今更だが、もう少し話をする機会を持てば良かったな」


 とはいえ「気になる男はいるのか」など親子関係が破綻しそうな質問だが。

 ただ、イベントの話を直接聞くだけでも、何か感づけたかもしれない。


「奇しくも……先日のイベントで『ゴシップに気を付けなければ』と確認したところでした」

「そうか。自覚はあったか……」

「はい。ですがこの写真はそれ以前の物かと」

「どういうことだ」


 雀田は、この写真が年始あたりで撮られたものであろうと推測している。

 事実、冬物のコートに身を包んだふたりは、今のこの梅雨明けの時期に見る写真としては違和感がある。

 

「相手の方が新しいドラマに出るようなお話があるようです。恐らく話題性を狙ったものと」

「加えて、宗家大紫堂のCMか」

 

 ため息をついた。タイミングが悪い。

 この雑誌の出版社も商売なのだろうが、それが成り立つあたり中々考えさせられる。


「だが読めば読むほど酷い文章だ。こういった雑誌は今まで読んだことは無かったが、いつもこうなのか」

「いえ、私も……」


 ふたりして「芸能人というのも大変だ」とうなずき合う。

 有名税といっても程度というものがあるだろう。

 

「……少しあかねの様子を見てやってくれ。同性の方が気安いだろう」

「分かりました」


 雀田は一礼すると部屋を辞す。

 残された父親は力が抜けたように息を吐き、まだテーブルに置かれている雑誌を静かに眺めていた。

 


 

 

「お嬢様、雀田です」

「……どうぞ」

「失礼いたします」

 

 ベッドに座ったあかねが、雀田に座るよう促した。

 少し話をしたいらしい。

 

「お父様は、お怒りでしたでしょう」

「いえ、お怒りなど微塵も。むしろ心からご心配なさっていました」

「迷惑を、かけてしまったわ」

「お嬢様……」


 そんなことは無い、と言っても無駄だろう。

 不要に手を煩わせてしまっているのは確かだ。

 だが、父親自身はきっと迷惑とは思っていない。

 

「よろしいでは、ありませんか」

「えっ」

「社長の言う通り、いつまで経ってもお嬢様は社長の娘なのです。娘なのですから迷惑をかけてもいいはずです」

「そんなこと」

「いいえ。あります。むしろお嬢様に手がかからな過ぎて物足りなかったのでは」

「雀田……」


 彼女なりに精一杯励まそうとしているのが分かる。

 どこかで見覚えがあると思ったが、コミマで一生懸命参加者対応している彼女の姿に似ていた。

 不得手な分野でも逃げずにちゃんと向き合うのだ。雀田は。

 

「社長は、お嬢様ともっと話せば良かったとおっしゃいました。これからでも遅くはないと思います」

「……そうね」


 人生の先輩である雀田の言うことには、うなずいてみてもいいだろう。

 これからでも遅くはない。いい考え方のように思えた。


「……トシヤさんにもご迷惑をおかけしましたわね」

「それは、高村さんも油断しすぎだったかと」


 とはいえ、ふたりが並んで話をした瞬間を写真に撮られるとは思いもしなかった。

 そういう意味では雀田もまた油断をしていたことになる。

 

「良いではないですか。それもまとめて社長に面倒を見てもらいましょう」


 雀田が努力して明るい口調で話しかける。

 父親は「頼れ」と言った。そして頼らざるを得ない場面だ。

 

「頼りましょう。家族なのですから」


 まだ自分を責める気持ちが残ってはいるが、雀田の一生懸命さに溶かされたような気がする。

 後ろ向きになりたいわけではない。前を向かなければならない。


「……そうね」


 まずは、言葉から。

 空元気だけでも始めてみよう。

 

「お父様にコミマのことを話してみてもいいかもしれないわね」

「それはいい考えですね。あの場所がいかに素晴らしいかをお話ください」

「……あの『夢』のことも話したら、協力してくださるかしら」

「しない理由がありません」

 

 少し前の雀田ならこんなことは言えなかっただろう。

 あの場所に共に立ち、乗り越えたことで繋がりが強くなったのだと実感する。


「コミマがあったからこそ、雀田と仲良くなれましたものね」

「それは……若干複雑ではありますが」


 コスプレのことを思い出しているのだろう。

 少し目を泳がせている。まだ恥ずかしさが残っているようだ。

 

「でも、私にとっても大事な場所になりました」


 本心でそう言ってくれているのが分かる。

 無理やり付き合わせてしまったが、雀田なら許してくれるだろう。

 

「だから、あの場所を守らなければならないのだと伝えましょう」


 雀田の言葉にうなずいた。

 ひとまず関係する人に頭を下げて、それから次にどうするかを考えよう。

 ひとりで抱え込まず誰かを頼ること。

 それが、あかねがコミマで得た大きな大きな教訓なのだから。

 

 しかし、そう間を置かずして事態は一変する。

 誰もが思ってもみない方向へ……

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