幕間 高村トシヤの独り言
「はあ」
ホームにひとり立つ高村トシヤは、酒臭いため息をついた。
元々は雀田の運転する車に同乗させてもらって帰るつもりだったが、微妙にぎくしゃくした空気の中でそんな厚かましい真似はできなかった。
川崎からは複数回の乗り換えがあるが、仕方ないだろう。
『よろしいのですか』
一応引き留めてはくれたが、丁重に辞退した。
そもそもサークルなのに打ち上げに参加している時点で厚かましいのだ。
これ以上恥を晒すわけにはいかない。
固辞する倉敷にも打ち上げの代金を押し付け、逃げるようにして駅へと駆け込んだ。
「はあ……」
駅のホームで、何度目かのため息をつく。
『……ご迷惑でしたわね。申し訳ありません』
彼女の言葉が、耳から離れない。
どうしてすぐ、はっきりと否定しなかったのだろう。
仕事のことが頭に浮かんだのは確かだ。
駆け出しの自分にゴシップネタなど、話題性としては不足のように感じる。だが、ファンがいないわけではない。
そのファンから見ればどうかなど、言うまでもなかった。
それに万が一話題になってしまった時、より迷惑を被るのは彼女の方だ。
それだけは避けなければならない。
「次は、難しいかもな……」
一年間続いた特撮も、次回でクランクアップだ。
最近は次に向けて色々動き出しているが、受けたオーディションの感触もそれなりに良い。
順調。順調なのだ。
だからこそ、これまでお目こぼしされて来た同人活動も、注意を払わなければならない。
高校生の頃からだから……もう五年以上になる。
『へえ、若いのに面白い本作るね』
『そうだ。顔が良いし、オーディションとか受けてみれば?』
『特撮本作ってる同人作家が特撮に出演するってこと!?』
『おめでとう! 今度は撮影裏話本作れるじゃん!!』
思い出が頭をよぎる。
ジャンルの先輩方は良い人たちばかりだ。
つたなかった最初の本も手放しで褒めてくれたし、データ入稿で分からないことを手取り足取り教えてくれた。
遠くのロケ地に何人か車で乗り合わせて旅行したこともあった。
「手放したく、無いな……」
本を作り続けなければ、彼らは離れていく。
決してそのようなことはないのだが、自分の中のどこかにそんな思いはある。
まだ本にしたい情報は沢山あるし、まとめて形にしたい。
だが、事務所もそろそろ限界だろう。
改めて瑞光寺あかねのことを考え直す。
最初は美しい顔と立ち振る舞いに惹かれた。
偶然から出会い、再会してしまった。
表情を作るのが苦手だとはすぐわかった。だから手助けをした。
だが、彼女の本質は外見ではない。
その高潔さだ。
まるで自分の憧れたヒーローだ。
何が見えるのか知りたかったから、同じ場所に立ってみた。
そのスタッフという新たな世界は、自分を成長させた実感があった。
だから、そこへ導いてくれた彼女の存在が自分の中で大きくなった。
「はあ」
明るい表情を手に入れ、眩しいほどに溢れる彼女の魅力に目がくらんでいた。
そんな彼女が自分のことを見てくれているだけで嬉しかった。
だから、冷静ではいられなかったのだろうか。
『気をつけなさいよ』
思い返せば、姉も忠告していた。
こういうことだったのかと今更気づいて、思わずしゃがみ込む。
説明が足りないと責めたくもなるが、あの時に自分に言っても理解できたかどうか怪しい。
「あの、大丈夫ですか?」
体調が悪いように見えたのだろうか。
心配そうな表情の女性が声をかけてきた。
「ええ……少し立ち眩みが。ありがとうざいます」
「えっ、いえ……」
サングラス越しに見える顔に何かを感じたのか、心配して声をかけてくれた女性は顔を赤らめてそそくさと立ち去っていった。
(とりあえず、帰らないと……)
それなりに混雑する電車に、ひとまず乗り込んだ。
ドアの前に立ち、流れていく街をぼんやり眺める。
今頃彼女を乗せた車は首都高を走っている頃だろうか。
夜景をバックに後部座席に座るあかねを想像する。
きっと、絵になるだろう。
(だめだ)
ふとした瞬間に、彼女のことを考えてしまう。
もう迷惑はかけられないというのに。
なのに。
(どうしちゃったんだよ俺……)
電車の窓にうっすら反射する自分の姿を見る。
少し酔っていることもあるのだろう。
いつも以上に頼りなさげに立つ自分の姿が、あまり現実感を伴っていない。
もっと自信を持って立てないものか。
会場に立つ彼女のように。
(ああ、また)
いつでも思い出せるその立ち姿。
コスプレしていても伝わる、彼女自身の芯。
確固たる自分。そして理念、行動、所作、言葉。
すべてが自分の胸を躍らせ、引き上げてくれる。
目が離せない。
できることなら、ずっと見ていたい。
そしてできることなら、自分を見てもらいたい。
「いや……恋じゃん」
酔っているせいだろうか。
幸いにして誰にも聞かれなかったが、つぶやきが漏れた。
自覚してしまうと、もうダメだ。
考えないようにすればするほど、彼女の姿を思い出す。
……少し、距離を置いた方が良い。
夏コミも登録してしまったが、今からホール長の和泉に連絡しよう。
東英でのレッスンは……必ず自分が立ち会うというものでもない。
あと数回。女伯に任せてしまってもいいだろう。
姉には……不本意だが知らせておいた方いい。
他には……
酔った頭で考えを巡らせ、携帯のメモに残していく。
今は思いつくままに書き止め、考えるのは明日にしよう。
とにかく、彼女に迷惑をかけないように。
ちゃんと会うのは、自分の仕事がひと段落してからで良い。
その先は、その時に考えよう。
今はクランクアップ直前の仕事が先だ。
だが、トシヤの憂いは悪い形で現実のものとなってしまうのだった。




