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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
川崎オンリーイベント編
132/171

第118話 楽しみは打ち上げ

 思った以上に早く会場を返却し、予約より早い時間で打ち上げになだれ込む。

 ちなみに今日早く帰ったスタッフはいない。

 全員が打ち上げ参加である。

 そして、高村トシヤもいる。


 疲れ果てた倉敷に代わって児島が挨拶し、飲み物が回ったと思ったらあっという間に大騒ぎになった。

 それなりの人数ということもあり、一応フロア貸し切りにしてくれているらしい。

 あちらこちらで楽しそうに談笑する声が聞こえる中、あかねは隣に座るトシヤにビールのジョッキを掲げられた。


「あかねさん、お疲れ様」

「あら。トシヤさんお疲れ様でした」


 控え目に乾杯をして、上品にビールを飲む。

 飲酒の機会は家族の食事の時にあったが、こうも大騒ぎの中で飲むのは初めてのことだった。


「はーい、神谷晩天堂の本あるよー! 三冊しかないけど! 欲しい人はあたしとじゃんけんだー!」


 君堂の声に応えて、何人かが声を上げる。

 じゃんけん大会が始まってしまった。

 

「盛り上がってるね」

「そうですわね」


 本には興味があるが、雀田も参加しているし勝ち抜けたら読ませてもらうことにしよう。

 

「そういえば、もうお酒飲めるんだ」

「はい。嗜む程度に」


 一杯以上飲んだことは無い。

 当然酩酊することもなかったが、それだけにまだ限度というのが分からない。

 

「じゃあ、改めておめでとう。乾杯」

「ありがとうございます。乾杯」


 雀田に迷惑をかけるわけにもいかないと思い、周囲に流されず慎重にビールを口に含む。

 ビールは苦い炭酸で、さして美味しいとも思わない。だが仲間で同じものを飲んでいるという不思議な連帯感は嫌いではなかった。

 ただ、雀田は車なので当然飲めない。

 ああ見えてお酒は好きらしく、悪いことをしてしまったような気がする。

 

「今日は売り子まで手伝ってもらって、助かったよ」

「いえ、あまりよろしくないと倉敷さんから注意されてしまいましたわ」

「まあ特殊な例だよね……」


 それなりに裁量は与えられていたとはいえ、スタッフ業務の途中だった。

 少なくとも誰かに報告してからにするべきだったと反省している。

 

「でも助かったよ。ありがとう」

「いえ。お役に立てて何よりですわ」

 

 トシヤの頬に朱がさす。

 ビールはまだ一杯目のはずだが、あまり強くないのかもしれない。

 そんなことを考えていると、一条がやって来た。

 比較的静かな一角を求めていたのかもしれない。

 

「お疲れ様。仲良いね」

「あっ、いや……」

「ええ。仲良くさせていただいておりますわ」

「……」


 口ごもるトシヤと対照的に、あっさりうなずくあかね。

 一条は何か言いたげにあかねを見るが、特に言葉はない。

 

「わたくし、一条さんとも仲良くさせていただきたいですわ」


 東英仕込みの会心の笑顔を見せる。

 

「ひっ……」


 一条は息を呑むと、ぎこちなく目をそらす。

 

「刺激が強い」


 一条は強く目を閉じて、ビールを飲み干した。

 そして冷泉を見つけるとふらふらとそちらへ吸い寄せられていった。

 

「あの、あの」


 入れ換わりに、今度はChikiがやって来た。

 右手にしっかりビールを持っている。

 半分ほど残っていたそれを飲み干すと、Chikiは意外なほど大きな声で言った。

 

「あかね様は、高村さんと、お付き合いなさっているのですか!?」


 場が、凍る。

 トシヤを含め聞こえる範囲にいた人間が会話を停止し押し黙る。

 幸いなことにあかねだけは平然としていた。


「いいえ? どうしてそんなことを?」

「えっ、いや、その、仲が良さそうに見えて」

「そんなお付き合いだなんて。ゴシップになってしまいますわ」

「そっ、そうですよね」


 仲良くしているというのに、迷惑をかけられるはずもない。

 芸能人のそういう話は、往々にしてネガティブな空気をまとって話題となる。

 複雑そうな表情のトシヤを見て、あかねは唐突に思い出した。


「李下に冠を正さず……」

「えっ」

 

 ずっと誤解を受けてきた自分に課した戒め。

 何をするにも、疑われるような可能性を作ってはいけなかった。

 

「……ご迷惑でしたわね。申し訳ありません」


 トシヤが驚いた眼でこちらを見た。

 あかねの胸がちくりと痛む。


「い、いや……そんなことはないよ」

 

 一転して、空気がおかしくなった。

 雀田が心配しているような視線をあかねに送る。

 そんな中で、Chikiが努めて明るく声を出す。


「あーっ、ごめんなさい! あっ、そっ、そうだ! 高村さんも次回コスプレしたらどうでしょう!」

「コスプレ?」


 突然の言葉に、トシヤがそのまま繰り返す。

 

「現役の俳優で、コミマでコスプレしいてる方もたまにいらっしゃいますよ! だから高村さんも目立つんじゃないかって思って」

「うーん、どちらかと言えば、目立つというより本を見てもらいに来てるから……」

「あっ、なるほど……それなら仕方ないですね」

 

 あっさり引き下がるChiki。ちょっと気まずそうだ。

 

「私もコスプレしにコミマに行ってるわけではないんですが……」

 

 雀田の呟きはさらりと黙殺された。

 

「それにコスプレは、するより見る方が好きかな。Chikiさんの少し前にやった『アトラナート』の『かなみ』のコス、素敵でしたよ」


 そう言って本職の笑顔を向ける。

 Chikiは目を見開いて口をパクパクさせた。

 

「まっ、み、見てらしたんですか!?」


 微笑ましく思うが、どうも言葉が見つからない。

 少し気持ちを変えるべく、あかねは一礼して席を変えた。

 

 


 冷泉が倉敷と話している席も、比較的静かだった。

 倉敷はあまり騒ぐタイプにも見えない。冷泉が気を遣ったのだろう。

 ちなみに児島は男性陣とわいわい賑やかに騒いでいる。

 

「いいイベントだったわね」

「ありがとうございます。冷泉さんのおかげです」

「あら謙虚。これだけ人が集められるのも才能よ」

「私はそんな……真面目しか取り柄のない面白みのない人間なので」


 あからさまにムッとした冷泉が、音を立ててコップを置いた。

 ほろ酔いなのかほんのり頬が赤い。

 あかねから見れば露骨な演技だが、倉敷はぴくりと体を震わせる。

 

「ちょっと、うちのイベントの代表を貶さないでくれる?」

「えっ……」


 自分のことだと思っていなさそうな倉敷が、かすれた声を出した。

 

「ねえ、瑞光寺さんも何か言ってやってよ」


 どこかいたずらっぽい糸目を向けられ、あかねは席に着いた。

 

「倉敷さん」


 冷泉の考えることはよく分かる。

 謙虚さは美徳かもしれないが、行き過ぎれば評価してくれる周囲をないがしろにしているのと同じになってしまう。

 あかねは意識して顔を近づけ、じっと目を離さない。

 

「真面目なあなただからこそ、わたくし参加しましたのよ」

「あっ、うっ……」

「そうよそうよ。不真面目などっかのホール長だったら参加しなかったわよね」


 ここぞとばかりに冷泉も声を上げる。

 

「冷泉のことか」

「あなたに決まってるでしょ! いいところなのに急に入ってこないで!」


 和泉に威嚇する。

 そこへ音もなく一条が間に入り込み、代わって和泉のことを睨みつける。

 

「一条、私を庇って……」


 感激する冷泉を背に一条が言い放つ。

 

「……冷泉で遊ばないで」

「あそっ……!?」


 冷泉の声を無視して和泉が笑う。

 

「悪い悪い。常時面白いからな」

「おもっ!?」

 

 冷泉の声を無視して一条がさらに威嚇し、和泉は余裕の表情でその視線を受け止める。

 誰に怒っていいのか分からない冷泉だけがオロオロしている。


「おお怖い怖い。一条ももう少し俺に優しくしてくれよ」

「行動を改めてから言って」

「ああ、もう。和泉さん、ちょっと向こうでお説教ね……C100夏のこともあるし」


 冷泉と一条に言われ、和泉が渋々うなずいた。

 三人は別の場所で話をするようだ。

 倉敷とあかねは呆気に取られてその様子を見ていた。

 入れ替わりで君堂がやって来る。


「お疲れ。はあ、賑やかだねえ」


 君堂は少し疲れが見える。

 倉敷が改めてスタッフ参加してくれたことに礼を言うと、君堂はお互い様だと笑って答えた。


「このぐらいの規模のイベント、好きだなあ」

「そうなんですか」

「あたしの持論だけど、小さなイベントって、同人文化の山裾だと思うんだよね。あ、山の頂点はコミマね」


 あかねと倉敷は、黙って言葉の続きを待つ。

 

「高い頂点を作るには、しっかりした山裾が必要だと思うんだ。だから、今日のイベントは同人文化の強固な礎になったなって思うよ」


 君堂は「倉敷さん偉い!」と口にしてビールを流し込んだ。

 恐縮する倉敷は少し遅れて言葉を理解する。

 

「褒めすぎですよ……」

「えへへ、あたしも言っててちょっと思った」

「もう……」


 ふたりが笑う。

 

「でもまあ、嘘じゃないよ。倉敷さん、お疲れ様」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 ほっとしたせいなのか、倉敷の目じりに涙が浮かんだ。

 ようやく、自分が成し遂げたことを実感したのかもしれない。


「やだ泣かないでよー」

「す、すみません……違うんです嬉しくて……ちょ、ちょっと外しますね」


 倉敷はハンカチで目じりをぬぐいながら席を立った。

 少しそっとしておいた方が良いかもしれない。

 

「行っちゃったねー」


 君堂は慈しむような目を向けて、小さく微笑んだ。

 そしてジョッキのビールを飲み干す。

 

「高い頂点を作るには、しっかりした山裾が必要……素晴らしい言葉ですわ」

「半分漫画のセリフの受け売りみたいなもんだけど」


 そして「大事なことは漫画で学んだからね」と恥ずかしそうに笑うと、空になったジョッキを傾けた。

 お代わりを頼むかと思ったが、そうではないようだ。

 スッと表情を引き締めると、あかねのことを見つめる。

 

「……次は、高い頂を守らないとね」

「ええ。そうですわね」

 

 夏コミの人事も固まって来た。

 その時は、もうすぐそこまで来ている。


 ※


 今でも元気です

 入場者数 420人

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