表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
川崎オンリーイベント編
130/171

第116話 後半戦

 雀田しのぶが混雑対応から戻って来ると、お嬢様と倉敷が温かく迎えてくれた。

 ふたりとも表情に余裕がある。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 

 後ろに置いてあったペットボトルのお茶を開けると、一口含む。

 体感でも少し混雑が落ち着いてきたように思う。

 コミマに比べるとサークル数が少ないこともあり、見ようと思えばすぐすべてを見て回ることができる。

 当然すぐに帰る参加者もいるということだろう。

 

「君堂さん、一番奥のスペースを使っていたサークルも解消して、場所が空きましたわ」

「了解、ちょっと楽になるね。桐宮さんに使ってもらおう。伝えてきてもらえる?」

「承知いたしました」


 廊下のみなし館内運用はまだ続いているが、大きな混乱はない。

 一番の混雑を乗り切ったと胸をなでおろしていた倉敷に、戻って来た冷泉からねぎらう声がかけられた。


「壁のブロックを島とずらして配置したのは良い判断だったわね」

「ありがとうございます。結果的にはそうですね」

「誰かのアドバイスかしら」

「いえ、ふたりで決めました」

「へえ、やるわね」


 冷泉は糸目をさらに細めると、楽しそうに笑う。

 

「倉敷さん、いつでも東6に来てくれて良いわよ」

「あっ、えっ」

「はいそこー、ホール長の目の前で勧誘はご遠慮くださーい」

 

 突然、和泉が割って入って来た。

 眉を顰める冷泉に向けて、構わず列を指し示す。

 

「ちょっと列動かすから手伝ってくれ」

「貸しにするわよ」

「ああ、そのうち返すさ」


 和泉は雑に答え、冷泉はため息をついてから混雑に飛び込んでいった。

 仲が良さそうには見えないが、チームワークは悪くないようだ。

 雀田はもう一口、お茶を口にして息をついた。

 

 

 

 何となく本部で受付を兼ねた休憩をしていると、微妙に列ができているサークルがあった。

 あまり広くない通路では五人も集まれば列になる。

 Chikiが配置図を見比べてつぶやく。

 

「高村さんのサークル、混んでるわね」

「立ち読みが多そうですね……あ、瑞光寺さん」


 倉敷が少し驚いた声を上げる。

 確かに、お嬢様がスタッフ証を外して机の反対側に回った。

 売り子をするつもりだろうか。

 

「もう買うものが決まっている方はこちらへどうぞ!」


 妙に通る声で、手を挙げる。

 スタッフがいきなりサークルの売り子をする……あまり即売会には詳しくない雀田だったが、もちろんこれまでに聞いたことは無かった。


「……代表、あれはいいんですか」

「良くは無いですけど、列は消えていってますね」

「うふふっ、さすがあかね様。自由な人」

 

 Chikiは楽しそうに笑う。その眼差しは敬愛そのものだ。だが、

 

「そういえばあのふたり、お付き合いされているんですか?」

「えっ!? そうなの!?」


 何気なく倉敷が言った言葉に、音がしそうな勢いで食いつく。

 

「え、い、いや……私も分からないので」


 混雑が落ち着いた高村トシヤのサークルは、何やら談笑しているふたりの姿があった。

 絵に描いたような美男美女は、確かに良い雰囲気と言える。

 

「途端に憎らしくなってきた……あのイケメン……ちょっと顔が良いからって私のあかね様を……」


 ギリギリと奥歯を噛みしめながら、不確定情報に怒りを燃やす。

 ツッコミどころが多いが、雀田はとりあえず触らないでおいた。



 

「お疲れ様ー、とりあえずお昼もらいますね。外は今のとこ江口橋さんだけで問題なし。例の自転車も他のイベントだったみたいです」

「朝日さん、ありがとうございます」

「奥も落ち着いたから出入口閉めたよ」

「お疲れ様でした。桐宮さん、もう安心ですね。お昼どうぞ」

 

 ひと段落ついたスタッフが、次々に本部へと戻って来る。

 倉敷はひとりひとりにねぎらいの言葉とお礼を添え、お昼ご飯を勧めていた。


「Chikiさん今のうちにお弁当食べちゃってください」

「はーい……言われたら自分がお腹空いてることに気づきました。ふふ」

「イベントはテンション高いから空腹も良く分からないよね」


 桐宮があははと笑い奥の控室へと向かう。

 本当は十一時に到着する予定だった弁当の到着が遅れ、全員食べることができていない。

 

「雀田さんはどうしますか」

「そうですね……いえ、まだ大丈夫です」

「分かりました。じゃあ……一条さんが入口に付きっきりなので交代していただけますか」

「ええ、いいですよ。景品の受付はどうしますか」

「しばらく私が入ります。もう少ししたら冷泉さんが戻って来ると思いますので」

「なるほど。分かりました」

 

 すぐそこに立つ一条も聞こえていたのか、ちらりと雀田を見る。

 お互いに何か言いたげに視線を交わすが、うなずき合うだけで何も口にしない。

 

「……戻りました」

「お疲れ様です一条さん。お弁当食べちゃってください」

 

 一条は小さくうなずくと、スッと控室へと消えていった。

 

「入場時はパンフレットのご提示をお願いします」


 入口に立った雀田が言うことはまあこれだけだ。

 

「入場時はパンフレットのご提示をお願いします」


 人の出入りがあるたびに、同じことを繰り返す。

 

「入場時はパンフレットのご提示をお願いします」


 ゲームの村人のようだと説明されたが、そういえば昔やったゲームでは話しかけても同じ答えが返って来ていた。


「入場時はパンフレットのご提示をお願いします」


 長らくゲームはやっていないが、今でもそうなのだろうか。

 

「入場時はパンフレットのご提示をお願いします」


 だが、現実はゲームと少し違う。

 

「すみません、コンビニはどちらに」

「一度建物を出ていただいて、右の方に行ってください。隣のビルの1階にありましたよ」

「ありがとうございます」


 参加者の質問は、一番目立つ出入口のスタッフに集中しがちだ。

 

「喫煙所ってありますか」

「喫煙所……ちょっと待ってください」


 不覚。聞いたような気もするが覚えていない。

 雀田はすぐに倉敷を呼び止める。

 

「倉敷さん、喫煙所は……」

「あ、喫煙所はですね。ちょっと遠いんですけど、そこの階段をずっと下ってもらって……」

 

 説明は倉敷に任せ、念のため自分も聞いておく。

 また聞かれるかどうかは分からないが、覚えておいた方が良いだろう。

 

「倉敷さん、ありがとうございました」

「いえ。意外な問い合わせが来ますね」

「そうですね。もう少し予習してくるべきでした」

「私の方こそ、喫煙所は情報共有してなかったので。年齢層が高くなるから喫煙者も多くなることぐらい予想しておくべきでした」


 最近喫煙者人口は減っていると聞くが、それでもいないわけではない。

 ゼロではない以上、知っておかねばならなかった。

 雀田の中で反省点となった。

 

 

「あの休憩とかできるとこってありますか」

「下のロビーでも良いですよ。騒がないように気を付けてください」

「ああ、はい。ありがとうございます」

 

 もうそろそろいい時間のはずだが、アフターイベントが用意されているせいか人が減らない。

 コミマとはまた違う時間の流れだと感じる。

 

「あの、雀田さん」

「どうかされましたか」


 申し訳なさそうな倉敷から声をかけられた。

 とうとう自分のお昼ご飯かと期待した雀田だったが。

 

「瑞光寺さんって高村さんと、その……」


 そっちか……

 空腹を自覚してしまった雀田だったが、上手く隠して倉敷に笑う。

 

「ああ、そういうのではないと聞いています」

「えっ、そうなんですか?」

「はい。基本的にお嬢様のスケジュールは把握していますが、ふたりきりでお会いになったことはありませんね」

「そうなんですか……」


 どこか残念そうな倉敷。

 分からなくもないのだが、今お嬢様はそれどころではない。

 

「お似合いなのに」


 お似合いかどうかはともかく、見た目が美しいのは確かだ。

 お嬢様はどういうわけか高村トシヤのサークルに居座ったままだ。

 無意識のような気もするが、きっと居心地が良いのだろう。

 

「今は……お忙しいですから。あまりそういうことはお望みではないと思います」

「そう、なんですか」


 そう。少なくとも次の夏コミまでは。

 あと2か月後のために、お嬢様は頑張って来た。

 C100夏の惨事を回避するために奔走してきた。


(今はそれだけではないと思いますが……)


 自分が始めて会った高校時代のお嬢様は、周囲に友人と呼べそうな人はほとんどいなかったと記憶している。

 でも今はお嬢様が信頼を寄せ、またお嬢様を慕う趣味の仲間がいる。

 雀田と倉敷の視線に気づいたお嬢様が、小さく首をかしげた。


「じゃあ、瑞光寺さんにお昼勧めてきます」

「分かりました。あの私も、そろそろお弁当……」

「あっ」


 可愛らしい倉敷の声に、思わず吹き出す。

 そういうこともある、と雀田は明るく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ