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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
川崎オンリーイベント編
129/171

第115話 主催の倉敷さん

「皆さん、おはようございます。代表のくらぽんです。今日は『今でも元気です』にご参加いただき、ありがとうございます」


 倉敷千夏は緊張したやや面持ちでマイクでアナウンスを始める。

 開場の数分前。サークルも全員スペースに入り、アナウンスに耳を傾ける。


「えっと……今回、二十年以上前の作品ということで区切っていますが、その時間にあまり意味はありません。ただ、やはり新しい作品の同人誌は沢山出て、古い作品の同人誌はあまり作られないのは、そうですよね」


 注目が集まるのを感じながら、倉敷はさらに続ける。


「サークルの方から、周年のオンリーがあったりすると同人誌を作るきっかけになると聞きました。なので……」


 ひとつ呼吸を整える。

 

「私は、古い作品の新しい同人誌が読みたかったので、イベントを開いてみました」

 

 そのストレートな言葉に、好意的な笑い声と拍手が返って来る。

 良いサークルさんたち、そして良いスタッフたちだ。きっと一般参加者も良い人たちに違いない。

 ちょうどいい時間だ。ようやくここまでたどり着けた。

 少しだけ声を張り、マイクに向かって声を出す。


「それでは時間になりました。『今でも元気です』開場です」


 再びの拍手と共に、倉敷と児島のイベントが始まった。



 

 一般入場は比較的言うことを聞いてくれてはいるが、やはり二時間待機した先頭集団は待ちきれなかったという様子で早足になる。

 そのほとんどは最大手の神谷晩天堂が目当てのようだ。


「ゆっくり歩いてください!」

「神谷晩天堂はここから外に出て外に列を作ってまーす!」


 冷泉と君堂の声が聞こえる。

 人の流れは強いが、混乱はない。外にあるちょっとした庭園に人をためているところだろう。

 

「周りを見ながら歩いてくださいねー!」


 倉敷も本部の中から声をかける。

 あっという間に展示場内が人で埋まり、人混みの喧騒が場内を包む。

 

「瑞光寺さん、混雑対応お願いできますか」

「承知いたしましたわ」


 今のところ目立った混雑は出ていないが、最大手を買い終わった人たちが次々に目的のサークルへと繰り出す。

 その目的地は様々であり、最初の入場列のよりは雑然としてくる。

 倉敷は頼れる瑞光寺に出動をお願いすると、ひとつ息をついた。


「雀田さん、受付は全部終わってるんですよね」

「ええ、それは大丈夫です」

「じゃあそのリストしまっちゃいますね。窓口は……問い合わせがあるかな」

「しばらくは暇そうですね」


 今はサークルも一般も、忙しさのピークと見ていいだろう。

 問い合わせの窓口を多く設ける必要はなさそうだ。

 

「Chikiさんもいるし、一旦雀田さんも混雑見てもらっていいですか」

「了解です」


 廊下からも人混みのざわめきが聞こえてくる。

 遠くて見えはしないが、本部と反対側のホールの出入口を開けたらしい。

 廊下を一時のみなし館内で使いそうであることは桐宮から言われていた。

 展示場の中の圧力は少し減るだろうか。

 

「ふう」


 一般入場の勢いも収まったあたりで、倉敷は息をついた。

 さすがにベテランスタッフが多いこともある。致命的な破綻はなさそうだった。

 

「お疲れ様です」

「あっ、Chikiさん……」


 椅子に腰を下ろしたところで、隣にいるChikiから声をかけられた。

 相変わらず可愛い。

 今日はコスプレではないが、私服のセンスも良い。

 鮮やかな青のプリーツスカートはまるで会場内に咲く花だ。

 

「うふふ、まだ緊張しますか?」

「そっ、それはまあ……」


 相手はそれなりに有名なコスプレイヤーだ。

 雑誌にも乗ったことはあるし、SNSでも写真が流れてくる。

 学生ながら精力的な活動を見せており、イベントによってはカメコの囲みができることも多い。

 

「Chikiさん、私服姿も素敵ですね」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「あの、私になんて敬語を使わなくても」


 初対面の時は瑞光寺が隣にいたことから威嚇されてしまったが。

 今は柔らかな表情を見せ丁寧に話しかけてくる。

 

「スタッフの先輩じゃないですか。年上ですし。ねっ、くらぽんさん」

「はわ……」

 

 笑顔がまぶしい。思わず目を細める倉敷であった。

 

 

 

 

「ここからだとあかね様が良く見えるかと思ったけど、そうでもないですね」

「座っていますしね……」


 想像以上に人が多い。

 Chikiは残念そうに息を吐いた。

 

「和泉さん、混雑対応もできたんですね……すごい鮮やか」

「楽しそう」


 楽しそうに混雑対応をする自分たちのホール長を見ながら、倉敷とChikiはうなずきあった。

 

「あー、やっぱりイベントはいいなあ。空気吸うだけでも楽しい。開いてくれて、ありがとうございます」

「うぇっ、えっと、はい……」

「今日イベントが無かったら、きっと家でのんびりして、夜になって『今日何もしなかったな』なんて思ってそれで終わっちゃったと思います。いい刺激になります」

「あの、Chikiさん、今日欲しい本とかあるんですか」

「ふふ、こう見えて古い作品が好きなので」

 

 倉敷は相変わらず緊張しているが、Chikiは構わず話しかけてくれる。

 気を遣ってくれているのかもしれない。

 

「そういえばChikiさんたちの冬コミのコスプレも」

「あー、月下はリョリョの提案でしたけど。古い作品のコスをすると、こっちの想像以上に喜んでくれる人がいるんですよね。だからやめられなくて」

 

 冬コミの時にコスプレを見て涙したサークルがいたと聞いた。

 そこまで感動を与えられるのは素晴らしいと倉敷は思う。


 Chikiとの会話の途中に一条が声をかけてきた。

 見ると入口から会場の職員がこちらを見ている。


「代表の方、宜しいですか」

「あっ、はい」


 急いで話を聞きに行くと、会場の前に自転車を置いている人がいるらしいとのこと。この『今でも元気です』の参加者とは限らないが、今日施設を貸し出している団体の代表に順に言って回っているそうだ。


「こちらご参加の方にいらっしゃらないか確認いただいて、その後動きがないならこちらで撤去いたします。そうですね……十五分ぐらい後です」

「分かりました」


 倉敷の返事を聞くと、職員はうなずいて去って行った。

 

「三奈ちゃん、マイク使うね」

「はーい」


 児島の操作で、BGMの音量が一時的に下げられる。

 

「会場内の皆様にお知らせします……」


 自転車の件を過不足なく伝えるが、特に参加者に反応は無さそうだ。

 さっき発見されたのであれば、このイベントの参加者だと考えると、少し時間軸がずれているような気がする。

 時間が来れば撤去される旨を伝えて締める。


「お疲れ様です。代表って大変ですね」

「いえ……ありがとうございます」


 ねぎらってくれるChikiに、力なく笑う。

 倉敷としてはここまでが大変であり、この程度の想定外は十分に許容できる。

 もちろん無いに越したことはないのだが。

 

「最初コスプレが無いって聞いてちょっと不満に感じたんですけど、これなら仕方ないなって」

「すみません……」


 やはり気にしていたかと反射的に謝る。

 倉敷もコスプレを見たいと言えば見たかったのだが。


「いやいやいや。だからその……今までただイベントに乗っかって遊んでただけだから、こっち側も見てみないと分からないなっていう反省です」

「乗っかってもらえるだけでありがたいですよ」

「うーん、まあ私の気持ちなので……おっ」


 少し人の流れが変わり、黒髪の美女が見えた。

 男性ばかりの参加者の中でも、頭一つ出る長身はとても見つけやすい。

 

「はあ、今日も美しいわあ」

「瑞光寺さんですか」

「もちろん」


 そういえばこれほど落ち着いて瑞光寺の混雑対応を見る機会は今までなかった。

 指先まで意識しているように、動作が洗練されている。

 どうやったらあんな動きができるのだろうか。不思議だ。


(まるで踊っているみたい)

 

 疲れで頭が回らない倉敷は、まるで舞踏のような瑞光寺の動きをChikiとふたりでぼんやりと眺めていた。


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