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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
川崎オンリーイベント編
127/171

第113話 準備と微妙なトラブル

 雀田しのぶの見本誌チェックも慣れたものである。

 だがこのオンリーイベントにおいては、手順が明確になっているのが大きい。

 つまり……

 頒布物はこれですべてか。

 今日のコンセプトである『二十年以上前の作品の二次創作』に該当するものはどれか。

 成年向けの内容はあるか。

 あれば確認する。

 ほかグッズなどの本以外の頒布物はあるか。

 あれば確認する。

 これだけだ。

 サークルは事前に机の上に配られているサークル登録証に署名だけして提出すれば良い。


 一番乗りしたサークルの受付を問題なく終えると、雀田はあらためて机椅子の並んでいる今日の会場を見渡した。

 隣のお嬢様が感想を口にする。


「コミマと比べると心に余裕がありますわね」

「そうですね。でもちょっと会場が狭いような」

「横幅があまりありませんのね」


 この会場は非常に縦長になっている。

 横幅は8m程度で奥行きが40m。

 机を並べるとどうにも横幅の狭さが気になってしまう。

 

「ええっ、早い」


 隣で電話をしていた倉敷が声を上げた。


「分かりました。桐宮さんと朝日さんに向かってもらいます」


 急いで電話を切ると、半分焦った様子で雀田たちの方を見る。

 

「一般参加の待機が始まったみたいなので、二十分後を目安に階段ルートで並べます!」


 少し声が大きくなってしまったのか、設営を終えて休憩中の全員がこちらを向くのが分かった。

 

「桐宮さんと朝日さんは、下に降りて江口橋さんと合流してください」

「了解ー」


 最初の一団が早すぎるだけなのか、それともこれから多くの人が来るのかは分からない。

 だが安全第一で外の管理をしっかりする必要があるとの判断だろう。

 堂々と指示をする倉敷に、雀田は感心していた。


「それにしても早いなあ」

「江口橋さんの判断なら、まあそうなんだろうね」


 呼ばれた桐宮と朝日がのんびりと話している。

 想定から外れてしまった倉敷に対して、意識して余裕を見せているように思えた。

 

「設営されていないサークルどころか、到着もされていないサークルもまだまだいらっしゃいますのに」

「やっぱり神谷晩天堂でしょうか」


 最近は通販なども充実していることもあり、一番乗りでイベント会場に入る意味も少なくなっているとは聞いていたが。

 

「書店委託もあるみたいだけど、会場特典でポストカード付けるみたいで」

「それかあ」


 途端にあわただしい雰囲気になってきた。

 机椅子の設営はもう終わっているが、当日搬入の荷物がまだ一部配られていない。

 本部でのんびりしていた雀田とお嬢様も出動して手伝う。

 すでに宅配搬入の荷物は届いているのでラベルを確認しながら該当サークルへと配ってゆく。

 当たり前だが宅配便の伝票には、住所と名前が載っている。

 これらを通路から見えないように気を付けながらサークルスペースへと置いていく。

 もう来場しているサークルには直接声をかけ、遅れてしまったことを詫びながら荷物を渡す。

 

 ほぼほぼ荷物を配り終えたところで、入り口で何か揉めている声が聞こえてきた。

 

「ダメです。入らないで」

「どけよ!」


 入口で立ちふさがる一条に、何やら男性が突っかかっている。

 近くにいたスタッフが何事かと手を止める。

 

 比較的近くにいた冷泉が、少々殺気を漏らしながら一条の方へと歩いていく。

 

「俺はコミマでスタッフやってるから、手伝ってやるって言ってんだ」

「あの、当日のスタッフ参加はお断りしています。ど、どなたかのお知り合いですか」


 精一杯の声で、倉敷が対応する。

 自称スタッフの男は対応するのが若い女と見るやさらに勢いを増す。

 

「いねーよ。いいじゃねーか。手伝うって言ってんだから」

「ちなみにコミマのどちらでスタッフを」

「館内だよ!」


 これには全員が反応した。

 ある者は不快感をあらわにし、ある者は意地の悪い笑みを浮かべる。

 何人かが入口へと歩み寄り、それを見て作業を再開する者もいる。


「館内の、どこかしら」


 明らかに物騒な気配を湛えた冷泉が、半分見下すような目で一条の前に出た。

 美人が怒ると余計に怖い、と雀田は呑気に考えていた。

 雀田にとってはお嬢様が無事ならば問題ない。そのお嬢様は冷泉が対応するのを見て問題ないと思ったのか、入口の方には目もくれず荷物を運ぶのに使った台車を戻している。

 

「ひ、東2だよ」

「へー。菊田のとこかあ」


 ひょいと横から顔を出しのたのは和泉。

 事情を知っている人間からすれば失笑物の光景だ。

 なんせ東5と東6のホール長がここにいるのだから。

 

「和泉さん、連絡とります?」

「あいつ今日は蒲田だろ。引き取ってくれるんじゃないか」

「では呼びつけましょうか」


 いつの間にか一条が一歩下がり、いつもの定位置から冷泉を眺めている。

 すっかり余裕ができたということだろう。

 

「あー、君、菊田知ってるよね?」

「あ、ああ」


 さすがにホール長の名前を出されると、うなずくしかない。

 ここでとぼけるなら詐称確定だったが、一応は本当に東2ホール員だったのだろう。

 

「自分で電話する? それとも俺から連絡しようか?」

「なっ、なんで菊田さんが出てくるんだよ」

「だって、自分のところのホール員がこんなことしてたら恥ずかしいもの。私なら即回収するわ」

「俺もだな」


 うなずき合うふたりに何かを感じたのか、男が急に押し黙った。

 そもそも、見覚えぐらいありそうなものだが。

 同じことを思ったのか、君堂が横から口を出す。

 

「あらら。ふたりの顔見てもあまりピンときてないね。拡大ちゃんと出てる?」


 無言の男に首をかしげる。

 男は見るからにもう最初の気勢は削がれているが、ずっと立たれていても邪魔だ。

 ふたりを見てから面倒そうに男を指す。

 

「名乗ってあげたら?」

「次回東5ホール長予定の和泉です」

「同じく東6ホール長の予定の冷泉です」


 理解が一瞬遅れたのか、少し後にかすれた「えっ」の声が聞こえてきた。

 和泉は聞こえよがしにため息をつくと、携帯を取り出した。


「代表、菊田の蒲田川崎の往復の電車賃、出してもらっていい?」

「も、もちろんです!」


 携帯を耳に当てながら倉敷に確認を取ると、満足そうにうなずいた。

 電話はまだ通じないらしい。

 

「菊田の奴、ホールの改革を進めてるんじゃなかったのか」

「途上なのでしょう。良かったじゃない。まだホール人事確定前で」

「ああ、まあそうだな」


 ふたりして意味深な笑顔を見せるが、完全に目が笑っていない。

 呼び出し音が聞こえるぐらいの静けさの中、最後通牒とばかりに和泉が口を開いた。

 

「で、入ってきて何をしようとしたんだっけか」

「……」


 男は無言で背を向け、転がるようにして階段を駆け下りて行った。


「走らないでくださーい」


 和泉が煽るように声をかけるが、恐らく聞いてはいないだろう。

 江口橋が待機列を上げる前で良かった。

 そして、ちょうど電話の繋がった和泉は楽しそうに通話を始めている。


「あっ、菊田? 元気? まあ元気か。ちょっと夜確認したいことがあるからさあ。ああ、今じゃなくて良くなったわ。おう、こっち川崎。そっちも蒲田頑張れよ。ああ、じゃあな」


 これは倉敷に向けてだろうか。

 和泉はそのままにせず、ちゃんと対応することを周囲に印象付けている。

 この件は一応和泉に預けて良いだろう。

 

「あんな人もいるんですね……」


 緊張の解けた倉敷が、半分泣き笑いの表情を見せた。

 

「そもそも東2にあんなのいたかな? 瑞光寺さん見覚えある?」

「いえ……C96夏には見なかったと思いますわ」

「そっかあ。なんか勘違いしたのが新しく入ってきたのかな」


 努めて呑気に君堂が言う。

 ここで殺気を放っては倉敷と児島が委縮するだけだ。

 先輩として、ふたりの初イベントは明るく楽しく進めてもらいたい。


「名前も聞けなかったなあ」

「あ、写真と動画撮りました」


 児島が携帯を掲げ、誇らしげに見せる。

 

「さすが児島さん! 機転が利く!」

「すごい……」

「ありがたい。それを菊田送りつけよう」


 口々に児島を褒めちぎる。

 今日は良い仲間に恵まれたと、誰もが感じている。


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