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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
125/171

第111話 深夜のふたり

「シートベルトはよろしいですか」


 ハンドルを握る雀田が確認する。

 あかね、冷泉、一条、そして根岸。

 全員の装着を確認すると、滑るように車が出発した。

 深夜一時台ともなると、さすが車の数は少ない。


「はあ……面白かった」

「あれほど感動するとは思いませんでしたわ。根岸さん、お誘いありがとうございます」

「いえ……」


 子供向け映画と侮っていたのを反省しきりである。

 あかねの地元の映画館で行われる、子供向けアニメの最速上映。

 当然子供は見ることはできず、大人のファン向けのイベントである。

 初日から鑑賞したい熱烈な子供たちと、熱烈な大人たちを分ける良い施策だと思う。


「なんかオンリーイベントみたいな雰囲気だったわね」

「同じ作品を好きな大人が集まるという点では同じですわね」

 

 ちなみに雀田は仕事中の扱いなので、すぐ電話に出られるよう外で待機していた。気の毒である。


 最後部の座席で根岸とあかねが並んで座る。

 

「自分と嗜好の同じ方がいらっしゃると、楽しいですわね」

「たくさんの……子供たちが、応援する様子も……それはそれで感動します」

「なるほど。ということは、根岸さんは複数回ご覧になりますのね」

「だいたい4回ぐらい」

 

 それにしても饒舌だ。好きなもののことになるとこれほど言葉が出るのかと内心驚いている。

 去年は一緒に鑑賞はせず、見終わった根岸を家に迎え入れただけだった。

 思い返せば勿体ない。去年も一緒に映画を鑑賞すれば良かったのだ。


「正直なところ、子供向けだと思って油断していたわ」

「メッセージが分かりやすくて強い。私も応援したくなる」

「そうね」

「見る前は『いい大人が深夜に集まって……』なんて考えてたけど、自分の見識の狭さを恥じるばかりだわ」

「現地だからこその一体感もある」

「ほんと。何あの、自動車教習所のCMに合わせて手拍子するの。笑っちゃったわよ」

 

 前の席で冷泉と一条がそんなことを話している。

 ふと横を見ると根岸がなぜか照れている。

 今夜の映画鑑賞は、それぞれにとって良い体験だったようだ。

 


 

 

「それではお嬢様、私は車を入れて事務所に戻りますので」

「ええ。お疲れ様」


 雀田と玄関で別れた四人は、足音を立てないよう静かにあかねの部屋へと移動する。

 当然のように四人が入っても手狭感はない。

 

「皆様、お疲れ様でした」

「自分の住んでいる街に映画館があると文化レベルが高くなるわね」

「羨ましい」

「いつでもおいでくださいな」

「ちょっと遠い」

「そこが残念なところね」


 小声であっても会話が弾みそうになるが、さすがに深夜である。

 さすがに全員の顔に疲れも見える。


 風呂は三人まで同時に入れる広さのため、先に根岸、冷泉、一条が風呂に入った。

 根岸はあまり時間をかけずに早めに上がり、修学旅行以来の一緒の入浴だという冷泉と一条はゆっくりと時間をかけていた。

 あかねは根岸と映画の感想を話していたが、根岸の応答が段々と遅くなったので寝るように勧めた。


 入れ替わるようにして、一条が戻って来る。

 

「……根岸さんが寝ちゃったの」

「お疲れだったのでしょう。平日と言えば平日ですもの」

「そういえば仕事上がりね」

「前にいらした時は有給を取って仮眠されて、朝までゲームしましたわ」

「元気……ふあ」

 

 一条が口に手を当ててあくびをする。

 

「私も寝る。冷泉はまだドライヤー……」

「ええ。お隣に布団を用意しておりますわ。おやすみなさいませ」

「んー、ありがとう……」


 ふらふらと一条が去ると、あかねは自分の入浴の準備を始めた。

 少し遅れて冷泉が顔を覗かせる。


「ちびっこふたりは寝ちゃったわね」

「一条さんが怒りますわよ」

「そうね」

「冷泉さんは、お休みになりますか」

「もう少し、起きているわ」

「本棚の漫画はご自由にどうぞ」

「ありがとう」


 小声で会話を交わす。

 その日あかねは早めに入浴を切り上げた。



 あかねが部屋に戻ってみると、冷泉は古い漫画にその糸目を向けていた。

 とても有名だが古い作品だ。


「お待たせいたしました」

「おかえりなさい。読ませていただいているわ」


 それほど読み進めたわけではないだろうが、少し感想を語り合う。

 少し引っかかるところがあるようだが、解説するとネタバレになってしまうので難しい。

 

「意外に渋い漫画を持っているのね」

「作者の先生がこの地域にゆかりがありますの。ここから500メートルほどのところにお住まいですのよ」

「そうなの」

 

 珍しく誇らしげなあかねを見て、冷泉が小さく笑う。

 一度は自分が馬鹿にしてしまったこの場所は、思った以上に魅力が隠れているらしい。


「バカなことをしたものだわ」

「何か?」


 小さくつぶやいた後悔は、幸いあかねの耳には届かなかった。

 冷泉が首を横に振る。

 

「いえ。それより……ご両親はいらっしゃるのかしら。ご挨拶し損ねているのだけど」

「別の家におりますの。お忙しいのでこちらには週の前半しかお帰りになりませんわ」


 ある程度の予想はしていたのだろう。

 冷泉は短く「そう」と答える。

 住んでいる場所も、家族構成も、それぞれの事情も違う。どう言葉をかけたものかと迷っているのかもしれない。

 気を遣う冷泉に、あかねは言った。

 

「妹たちがいますし、会社の従業員もおりますもの。ご想像なさっているよりは賑やかですわよ」

 

 半分は強がりだ。寂しいと思うことも多かった。

 だが、最近はそうでもない。ネットの先に知り合いが増え、またこうして会う友人もいる。


「妹さんも弟さんも、可愛らしい方ね。仲が良さそう」

「ええ。妹の方はこの間の冬コミで一般参加しましたわ」

「あら。紹介してくれれば良かったのに」

「そんな。お忙しいのに」


 多忙なホール長に妹を紹介する時間は無さそうだ。

 コミマの話になった時、冷泉がふと表情を硬くする。

 

「瑞光寺さんも知らせは聞いてると思うけど、次の夏コミは大変ね」

「ええ。でも責任者をなさっている冷泉さんほどではありませんわ」


 館内のホール長は、つらい管理職だ。

 上からの指示をホールのスタッフに伝え、彼らからの不満を引き受ける。

 どうにかして任務を遂行せんと、あちこちに起こる調整ごとを裁定する。

 周囲の助けを受けながらだろうが、誰でもできることではない。

 

「私はあの場所が好きだから」

「わたくしもですわ」

「そうよね」


 冷泉の表情は晴れない。

 

「……何かご心配ですの」

「そりゃ不安は不安よ。冬コミの最終日、私のホールで爆竹鳴らされたんだもの」


 臨時で行われた一斉点検、そのすぐ後に東6ホールで鳴った爆竹。

 まるでコミマを、スタッフを、あざ笑うかのように。

 

「本気のテロリストなら……4ホールと6ホールに何か仕掛けて、5ホールに逃げてきたところにとどめを刺すわね」

「……」


 恐ろしいことを言う。

 だが、漫革の後に見た夢は冷泉の言うそのままの光景だったではないか。

 もちろん冷泉にはそこまで詳しく伝えていない。

 ただ「456全体に火の手が上がる」とだけ。

 

「だから前回、試金石にされたんじゃないかって思うの」

「怒っていらっしゃいますわね」

「ええ。もう、腹の底から」


 普段の冷泉の糸目は感情を表に出さない。

 だからこそ、今彼女が本気であることがわかる。


「許さない。私のホールを傷つけた犯人を、絶対に許さない」

「頼もしいですわ」


 だが、ここまで激情を見せるのは意外だった。

 そう伝えると、冷泉は苦笑する。

 

「冷泉さんは、どこか一歩引いた雰囲気がありましたもの」

「……それは、無くはない……かな」


 歯切れが悪い。思うところがあったのだろう。

 聞いて欲しいのかもしれない感じたあかねは、じっと冷泉を見ながら言葉を待った。

 冷泉は「仕方ない」とでも言うようにため息をつくと静かに口を開いた。

 

「館内って、学校みたいだって思うの。スタッフは先生、ブロックは教室、サークルは生徒、朝入学して夕方卒業していく」


 分からなくはない。

 出席を取り、提出物をチェックし、直す必要があれば修正してもらう。

 体調に気を配り、困ったことがあったら相談に乗る。

 

「他の人に言ったら『ちょっと烏滸がましい』って叱られたけどね」

「参加者は対等ですものね」

「ええ。でも、サークルも一般もスタッフを頼る。スタッフは責任をもって業務にあたる。対等であっても役割というものはあるわ」

「さしずめブロック長は学年主任、ホール長は校長先生かしら」

「近いものはあるわね」

 

 全員の顔は覚えていないかもしれない。

 思い出の中に消えていくかもしれない。

 でも同じ時間を過ごし、同じ空間を共有する。


「だからほら。生徒に入れ込んじゃうと卒業が悲しいじゃない。だから一線を引くように心がけていたのだけど。そのうちに、あの場所そのものに愛着があるって気づいたの。それを強く自覚したのは、あの窃盗と盗撮の事件に立ち会った時……そうね、瑞光寺さんに会ってから」


 自分の名を告げられ、あかねは目を見開く。

 冷泉の転換点にいたとは思わなかった。


「自分が思っていた以上に、あの場所が好きなんだと思ったわ」

 

 冷泉は「でないとホール長なんて割の合わないことやってられないわ」と笑う。

 それは同感だ。自分がいくら苦労しても良いと思わせる何かがあの場所にある。

 

「あそこに集う人たちは、唯一無二の時間を過ごしている……そんな大事な場所を、壊させるわけにはいかないのよ」


 糸目に力が宿った。

 ホール長という重責を担う者の覇気を感じさせる。

 

「守ってみせるわ」

「ええ、必ず」


 どちらからともなく差し出された右手を、硬く握り合った。

 

C100夏の前にオンリーイベントがあります。

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